夢と現実とその狭間 14
相変わらずの生活だけどそれなりにうまくやってたし、楽しく暮らしてた。
僕たちは定期的に三人で会っては飲んで騒いで、くだらない話をして笑ってた。
渉さんと愛さんの言い合いを見ているのが楽しくて、愛さんに尽くしている自分が嫌いじゃなくって、渉さんと二人きりで過ごす時間が増えたことに喜んでいた。
愛さんは夜遊びをしなくなって、少し落ち着いたように感じる。
渉さんもちょっと役職が付いたみたいで以前ほど海外なんかに行く回数も減った。
日高さんは相変わらずだけど、悪くはなってないって、愛さんは言ってた。
悪くなってないって事は、もしかしたら少しは希望があるんじゃないかって、無知な僕は、何の疑いもなく、そう思ってました。
そして、それがどれだけ無知だったかと言う事を思い知るのに、そんなに日数はいらなかった。
その日、帰って見たら部屋は真っ暗で、愛さんはいないんだと思ってた。でも、実際には愛さんは家にいて、真っ暗な部屋の中でソファーに座ってワインを飲んでいた。愛さんを照らす物は遠い街の明かりと月だけで、だいぶ疲れ切って憔悴しているように見えた。
「・・・愛さん、」
買い物袋をキッチンに置いて声をかけてみた。そんなに小さな声じゃなかったはずなのに愛さんには届いていない。脅かさないように静かに愛さんの元に歩いて、静かに覗きこんだその顔はやはり、泣いていた。
何となく、その理由がわかる気がした。
この間帰りが遅かったのも、病院に泊まり込んでいたのもきっとこのせいだったんだって。
「愛さん・・・?」
出来るだけ静かに腰を下ろして、愛さんを見つめてみた。愛さんは憔悴しきっていて、一体何時からここでこうしていたんだろうって思った。
「日高さん、死んじゃった。」
やっぱり、そうだったんだね・・・
愛さんの気配は愛さんではなくて、いつもなら強くて逞しくて恐怖さえ感じるほどの度胸で、女の人にはもったいない女の人で・・・でも、今の愛さんは、すごく弱そうで小さくて、皮肉にも女の人らしい姿だった。
最愛の人を失ったんだ、そうもなるよね・・・
「ごめんね、融資までしてもらってたのにね。」
そんな事、どうでもいいのに・・・
僕は黙って、愛さんの頭を自分の胸に寄せた。そんな事をされても抵抗も見せない愛さん、いつもなら皮肉やら散々言ってくるはずなのに、今日は何も言い返してこない。
どうしよう、胸が痛い・・・
「今、日高さんは・・・?」
「病院の冷蔵庫」
「明日、会いに行ってもいい・・・?」
「えぇ、会ってあげて・・・」
何となくだけど、何となくだけど、渉さんには言えなかった。これは僕たち夫婦の問題だ、僕達と日高さんには関係があっても、日高さんと渉さんの間には関係がない。僕は日高さんの愛さんを預かっているのだから、ちゃんとあいさつに行かなければならない・・・
渉さんには、その後に伝えよう。
「日高さん、顔しか見せられないけどいいよね」
「もちろん。でも、どうして?」
「臓器は全部提供したから、中身は何もないのよ・・・」
そう、なんだ。愛さんも日高さんも、さすがお医者さんだね・・・
「愛する人の死亡判定を自分で行って、その愛する人の身体に、暖かいうちにメスを入れて臓器を全部取り出してさ・・・まさかこんなに辛いと思わなかった。」
その言葉を聞いてあんまりだと思った。
酷過ぎると思った。
誰か、愛さんを助けてくれる人はいなかったの・・・?
誰か、愛さんの想いを察してくれる人はいなかったの・・・?
僕と結婚しているからと言っても、元恋人の解剖をさせる?
愛さんが以前言っていた、自分の事を大半の医師たちは良く思っていないと。女であり、しかも年齢も若い愛さんが外科部長に着いた事に多くの年上の外科医たちが反発をしていると、そんな奴らが、愛さんをこんな目に合わせたの?
一体どれだけ孤独だっただろう・・・
許せない・・・
僕は、愛さんを強く抱きしめていた。
翌日、僕は妻が体調悪いからと言って仕事を休んだ。こんな時、次期社長は融通が利く。
そして二人で日高さんの元へ向かった。助手席の愛さんは一言も話さないけれど、それでいいと思った。僕も何て言葉をかけていいかわからなかったから。
僕の登場に病院内はちょっとざわついた。病院には何度も来てはいるけれど、その時はビジネスマンだったから誰も気に留めてなかったろうね。今日はそんな姿ではないし、愛さんと堂々と正面から二人そろって入ったもんだから、僕たちの姿を見たスタッフたちは異様な物を目にしたと言わんばかり。
「本当に結婚してたんだって感じの視線ね。」
愛さんはそう言って苦笑した。
すれ違う白衣の人達も愛さんと僕を見るなり一瞬目を丸くして足を止めて頭を下げた。それは部長である愛さんに下げているのか、僕に下げているのかわからないけど僕達はそれを素通りして霊安室に向かった。
まさしく冷蔵庫のような冷たい部屋、たくさんの取手の付いた引き出しがあり、その一つに日高さんの名前があった。
本当に、死んじゃったんだ・・・
愛さんがそんな引き出しを引っ張り出すと、真っ白い袋に覆われた物体が出て来て、愛さんが袋を開けて顔を見せてくれた。日高さんの顔は何度も見ていたはずなのに、色が違った。
ショックだった・・・
「身体は見ないでね、きっとキレイに縫えてないと思うから。」
愛さんの言葉には張りがない。
日高さんを見つめて、彼がどれだけ無念だったかと考えてみた。志半ばで銃弾に倒れ、意識もなく何年も愛さんの言葉だけを耳にして、自分の想いを伝える事も、その姿を目にすることもできず、愛する人を守ることもできず一人残して無力感にさいなまれながら死んでいく・・・あまりに悲しかった。
僕たちはしばらく黙って日高さんを見つめていた。僕には、何も言葉は出てこなかった。愛さんの左手の薬指には、二人の名前が刻まれた結婚指輪がはめられていた。
不意に、愛さんは大きく息を吐いて。
「はぁ・・・日高さんも死んじゃったし・・・あなたが離婚したいと言うなら応じるわよ?」
その言葉に僕は現実に戻った気がした。
咄嗟に見つめた愛さんの笑顔はだいぶ疲れていた。
「私の方にはもうあなたといる理由はない、あなたがもし飼い主の元に戻りたいと言うのであれば当然離婚届にサインする。」
そんな事、考えてもみなかった・・・
そうだ、そうなるんだ。僕からしたら愛さんの存在は必要だけれど、愛さんからしたらもう僕と偽装結婚している理由はなくなるんだ・・・
「愛さんは、離婚したい?」
逆に、愛さんが離婚したいと言うのであれば、僕は応じなければならない。
愛さんは僕の問いに、日高さんを見つめた。そして目を細めてしばらく黙る。
「今は、考えられない・・・」
そうだと思う。昨日の今日だ、すぐ答えられる方がどうかしている。
僕は日高さんをじっと見つめて、自分はどうするべきかを考えた。渉さんと愛さんを天秤にかけるのなら、僕は当然渉さんを選ぶ、しかし、本当にそれでいいんだろうか?
今の日本の法では僕と渉さんの関係は認められない。そして僕は自分の人生の為だけに偽装結婚を考えるようになり、偶然愛さんが持ちかけてきた話に飛びついた。渉さんと今でも関係を続けられて自由に生きて来られたのは全部愛さんのおかげだ。愛さんは社交場にも嫌がらずに出てくれて僕との夫婦関係を演じてくれた。僕は愛さんを利用していたにすぎない。
散々利用して、捨てる?
僕だけ、愛する人の所に行くのか?
たった今最愛の人を失った女性を置き去って?
そんなこと・・・できるわけないよ・・・・・・・
僕は咄嗟に日高さんに頭を下げていた。
「愛さんの事は僕が引き受けます、一生、大切にお預かりします。」
「猫ちゃん!?」
僕の行動に愛さんは驚いた声をあげている。
「あなたの事は決して忘れませんし、忘れさせません・・・あなたは僕達と共犯で、この先もずっと一緒に生きるんです。」
そうだよ。
愛さんと結婚する時に日高さんの存在は理解している、愛さんが日高さんを愛している事は理解している。
だからこそ僕は日高さんの復活を信じて援助した。
今更何かが変わる事じゃないじゃないか。
とにかく僕は愛さんに、元気になって欲しかった。
「愛さん、日高さんの精子って、保存してありますか?」
「えっ!?」
僕の突飛な発言に愛さんはいつも通りの声を上げた。
「もしまだ、日高さんの精子が生きているならば、日高さんの子供、産んで見たら?」
「何言ってるの猫ちゃん!?正気!?」
もちろん、正気。
「その代り、戸籍上は僕の子供になってもらうよ?僕も跡取り跡取りって言われているけど、たかだか血縁の為だけに愛さんに僕の子供を産んでもらおうなんてそんな都合のいい事は思っていない。でも、日高さんとの子共だったら、愛さんだって産みたいんじゃないかなって・・・」
「いいよそんな事!猫ちゃんが気にする事じゃないわ!第一、相良の家に子供が必要ならあなたの子供を産むわよ!」
愛さんは一歩下がって、怯える様に声をあげている。
僕はそんな怯えている愛さんの手を取って再び引き寄せる、そして改めて日高さんの顔の前に立って、日高さんの顔を見て話した。
「僕は愛さんには本当に助けてもらってます、愛さんが僕と結婚してくれたと言うだけで僕は自由になれました。渉さんとの事もそう、愛さんがいるから僕は渉さんと堂々と会う事も出来ています。僕は、自分の子供が欲しいと思っているわけじゃない、ましてや一族の為だの家柄だの家系の為だなんて考えたこともないし反発心の方がどちらかと言えば強いかな。だから愛さんに僕の子供を産んでほしいなんて考えたこともありません。でも僕は今、日高さんと愛さんの子供は欲しいと思いました。本当に愛し合っている人たちの子供ならきっとかわいいだろうなって思いました。もちろん、愛さんが嫌じゃなければだけど。」
「そんな事出来ないわよ!」
できるよ、愛さん・・・
「できないとか、そうじゃなくって、したいかしたくないかで考えてよ、日高さんとの子供が欲しいか欲しくないか。」
僕の為なんて考えなくっていい、自分の為に考えてほしい。倫理とか世間体とか法律とかそんなの何も考えないで、愛さんがどうしたいか・・・
「・・・欲しいに、決まってるじゃないよ・・・」
愛さんは僕の胸で泣き崩れた。
「ちゃんとあるんでしょ?日高さんの精子、」
「・・・うん」
そうだと思ってた。愛さんならきっとそうしてると思ってたよ。
「もしかしたら父親が計三人になるかもしれないけど大丈夫かな。」
「それは、猫ちゃんのバカ飼い主も・・・?」
「きっと、そうなっちゃうよね。」
遺伝子上の父、戸籍上の父、そして育ての父・・・その子は一体誰に似るんだろう。
「あっ、その代わりと言っちゃなんなんだけどさぁ、日高さんの子供妊娠する前にさぁ・・・愛さん一回やらせて?」
僕のこの言葉に愛さんは勢いよく顔を上げドン引きした目を向けた。いいね、その顔。
僕は悪びれもなくへへっと笑う。
「女の人相手久しぶりなんだ。あっ、もちろん渉さんには内緒でね。」
さすが僕、バイだね。こんな時、自分は病気なんだろうなって思うよ。
「・・・病気、持ってないでしょうね、」
「ちょっと!持ってないよ!」
ちゃんと検査してるから大丈夫!
「下手だったら、わかってるわよね?」
愛さんが、いつものようにサディスティックに笑う。
少しは元気になってくれたかな・・・
「日高さんの葬儀は、僕達であげても平気なの?」
「うん、そうなると思う・・・」
「じゃ、渉さんも含めて三人で送ろうか。」
「・・・ありがとう・・・」
後日、渉さんと三人で日高さんを送りました。
一応日高さんのご家族にも病院から連絡はしたけれど、ご両親は来なかった。日高さんの御遺骨は一時的にお寺に預かってもらって、僕達が後々お墓を持った時に一緒に入れる事にした。僕と愛さんと日高さん、そこに渉さんは入ってくれるだろうか。
そして・・・
「上手くいくと良いな、お嬢。」
渉さんにも、愛さんと日高さんの子供について話をした。渉さんは優しく笑ってくれた。
「お嬢と日高さんの子共だったらきっと賢いだろうよ、それなら相良の家で生きる事になったって問題ないな。」
「その事だけど、」
その事については僕にも考えがあった。
「父さんの次にあの会社を継ぐのは僕になる、それはまず決まっているしそのレールからは逃れられない。でも、愛さんの子供はそのレールには乗せるつもりはないよ。」
世襲なんて今時馬鹿げている、僕が社長になったら完全能力制にする。次の社長は血縁なんて関係ない、能力のある者に譲る・・・それでこそ民主主義だと僕は思う。
「愛さんと日高さんの子供だよ?絶対に医者になるよ。そっちの方が向いていると思うしね。」
「だな、能力も環境も申し分ないんだ、自分が生きたいように生きた方が伸びるだろう。ちなみに写真家になりたきゃ俺が面倒見るぜ?」
「やめてよ、あんたなんかに渡さない。」
愛さんが笑ってくれている事が嬉しかった。それは渉さんも同じようで、僕達は顔を見合わせて笑った。
「ちょっと、こんな所で見せ付けないで。」
ねーっと言って小さくなった日高さんを抱えて先に歩いて行く愛さん、僕達男二人はそんな愛さんを追いかけた。一人の女に振り回される男二人、いつ見ても笑っちゃうね。
「亮!遊びに来てやったぞ!」
「渉!こっち!」
自分の息子、もとい、愛さんと日高さんの子供に自分の男を持っていかれるとは・・・さすがの僕も思ってなかったよ・・・
「猫ちゃん最大のライバルね・・・」
愛さんが苦笑しているけれど、本当にそうなりそうで恐ろしいです。
日高さんと同じ名前を持つ亮君ももう5歳で、両親の問題だと思うけれど頭の良さは半端なく、遺伝子の素晴らしさを実感する毎日です。高杉の両親も相良の両親も亮君の誕生をそれは喜んで、両家初孫の亮君は遊び相手に苦労せず・・・そのせいなのか。
「渉、お前老けたな。」
「そうか!?」
毒の吐き方が半端ないんです。
「これ、日高さん似よきっと。」
愛さんは相変わらずお酒を飲みながら、僕は相変わらずキッチンに立ちながら亮君と渉さんが遊んでいる姿を見ていた。
愛さんは亮君が生まれてから夜勤をやめて毎日家に帰ってくるようになった。
そして渉さんもほぼ毎日うちに来るようになった。渉さんのお目当てが亮君にシフトチェンジしているけれど僕はそれでもかまわなかったし、かと言って僕たちの関係が終わったわけではなく、相変わらず愛さん公認で続いている。
きっと亮君もそのうち気が付くんだろうね・・・頭いいから。
で、もちろんバイな僕は愛さんとの関係もこっそり続けていて、こっちは公にはきっと夫婦の営みだけど、セフレ的な感じで、もちろん避妊は完璧です。
「ねぇ、亮がバイになった場合だれが責任取るの?」
「いいんじゃねーの、今よりもっと自由な感性になる。なぁ亮?」
「ちょっとやめてよ、亮に同意求めないで。」
僕は全員分の昼食を用意してテーブルに並べながらそんな光景を見て笑った。
「亮君が僕みたいになったらまた愛さんみたいな威勢のいい女性が必要になっちゃうね、亮君は一応、御曹司の息子でもあるから結婚結婚ってうるさいはずだよ。」
「私、斡旋業できないかしら。」
「いいんじゃねーか、利害関係重視の偽装結婚相談所だ。」
渉さんが大笑いしている。
向かい合って食卓を囲む変な家族たち、にぎやかで楽しくて誰一人血はつながってないけど僕の大切な家族だ。
「亮、お前大人になったら何になるんだよ?」
渉さんのたわいもない質問。医者に会社社長に写真家、さてこの子はなんて言うんだろう?
そんな大人たちの期待の入り混じる想いを亮君はいつも吹っ飛ばす発言をしてくれる。
「虫博士。」
「・・・亮、お願いだからそれはやめて・・・」
「懐かしき青虫事件だな。」
渉さんは大笑いし、僕は苦笑。
いつぞや広場で遊んでいたときに両手いっぱいの青虫を見せてくれたっけね・・・愛さんも僕も逃げ回って、渉さんに助けてもらったと言うとんでもない情けない事件が起きた。
「僕も、虫博士はちょっと・・・」
そんな話をしていたら亮君が渉さんをじっと見つめて声をかけた。
「渉、お前は結婚してないんだろ?」
「うん?おぉ、まだしてないなぁ~。」
そう言って渉さんは僕を見た。
「じゃ、俺、渉と結婚してもいいよ?」
でた、さすが僕たちの子だ。
「ダメよ亮、このおっさんはパパの物なんだから。」
こりゃ将来が楽しみだねぇ・・・
END
お読みいただき、ありがとうございました。




