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夢と現実とその狭間 11

同窓会とかって意味あるのかしら、何のためにやるのかしらね?

何年かぶりに来た往復はがき、過去一度も返信したことないからもう来ないものと思っていたけれど今年は苗字が違うから返信してやろうかな・・・どう反応するかしらね、みんな。

「高校の同窓会?愛さん行かないんですか?」

ソファーでビール飲みながらはがきを見ていたら猫ちゃんが背後から声をかけて来た。

「あら、猫ちゃんは行くの?」

「まず、行かないですね。」

ほら見たことか、一緒じゃないよ。

猫ちゃんはつまみとビールをもってきて私の横に座った。

「僕はまぁ、行って目移りしちゃったらまずいとかいろいろあるとしても、愛さんは行っても問題ないんじゃない?」

そりゃぁまぁ、あなたほど複雑じゃないけどね。

ってか、同窓会で物色はまずいでしょ。ましてや対象が男なんて・・・

「嫌なのよね、無料診療所みたいになるの。」

あーわかるかもと言いながら猫ちゃんは笑う。

私が医者であることはみんな知っているし、開口一番最近体がどーのとか親の体調がとか子供がとか言われるの、本当にウザったい。私はそんなにお人好しでもボランティア精神にたけているわけでもないの。

「あて名は高杉だね。」

そう言って猫ちゃんは私が放り投げたはがきを見ている。

「えぇ、だからわざと相良って書いて送り返してやろうと思って。どんな反応するかしらね。」

たぶん、悲鳴上げる人も出てくるでしょうね、自分で言うのもなんだけどあの高杉愛が結婚したんだから。

「愛さんは仲のいい同級生とかいないんですか?」

その言葉に、考えてしまった。

そーいえばいたような、いなかったような・・・

そしてふと、幹事の名前に目が行って気が付いた。

「高畑陽子、今回の幹事だわ。」

なるほど、だから送って来たのか。

「連絡先は?」

「知ってはいるけど・・・もう何年もしてないわよ。」

世の中が思うよりももっと代診の現状は最悪で、生きるのがやっとなそんな時代に友達とメールだとかランチだとか、そんなことはできるわけもなく、気が付いたら疎遠になってるわねぇ。

それはそれで忘れてた事なんだけど。

「久しぶりに行ってみたら?結婚の報告もかねて。」

そういう猫ちゃんは単純に行っておいでと言っているのではなく、面白そうだから反応見といでよと言っている。嫌な奴。

「行かないわよ、興味ないもの。」

私は猫ちゃんの手からはがきを取り上げ、そこにあったペンで不参加に丸をして相良愛と署名した。

「残念。」

絶対に面白がってる、嫌な猫。

そのはがきを投函して、同窓会の事なんて忘れた頃に携帯に着信がある事に気が付いた。それを見たのはちょうど帰る時で、メッセージがある。

聞くの、なんとなく怖いんですけど・・・

『愛!元気!?苗字変わってるけどどーいう事よ!電話してきて!じゃね!』

電話しなくっていいわよね、これ。

行かないって言ってるんだし。

帰ってみたらいい匂いがしていて、男の声が二人分聞こえる。飼い主が来てるか、早いじゃないか。

「お嬢お疲れ!」

「今日は寒いのでおでんにしてみましたよ。」

猫ちゃんの料理の腕はサイコーなのよね、横で飼い主は日本酒開けてるし。

「ちょっと、着替えてくるまで先に始めないでよ!?」

部屋に入ってバッグ投げて、着替えてドアを開けた瞬間・・・携帯が鳴ってる。

うそでしょ!?

急変とか言わないでしょうね!

「お嬢―早くー!」

「ちょっと待ってっ!」

慌てて携帯を見て、後悔した。

なんで、私に電話しろって言っておきながらかけてくるのよ・・・しかもまだ数時間しかたってないのに。

無視!!

鳴りっぱなしの携帯を部屋に置いてリビングに駆け込む。

「おい、携帯鳴ってるけど?」

「いいの放っといて、さっ、飲みましょ~」

飼い主が以前酒蔵の取材したときにもらったと言う結構いい日本酒、それを飲みながらおでん囲んでっていったいどこのおっさんの集まりだか。最近急に寒くなったからね、こんな事でも冬って感じがする。

おいしいお酒飲んでバカみたいな話しながらおでん食べているってのに・・・

   ピロリロリン・ピロリロリン・ピロリロリン

「愛さん、携帯鳴りっぱなしですよ?」

「いーのよ。」

   ピロリロリン・ピロリロリン・ピロリロリン

「病院からじゃねーの?」

「違うから平気よ。」

   ピロリロリン・ピロリロリン・ピロリロリン

「でも、ずーっと鳴ってますけど・・・」

   ピロリロリン・ピロリロリン・ピロリロリン

「おい。」

   ピロリロリン・ピロリロリン・ピロリロリン

「あぁぁぁぁぁぁぁん!もぉっ!!!!」

何だっての!!!!

あきらめろよ!!!

思いっきり部屋のドアを開けて携帯を取って、やっぱり!!!

「陽子!しつこい!!!!!」

『やったぁ!私の勝ち!』

「そーじゃない!かけて来いって自分で言ったんだから待ってなさいよ!」

『だって絶対にかけてこないでしょ?』

・・・まぁね。

『甘いのよ、愛!』

・・・負けたか。

がっくり項垂れてしまった私はその後延々と質問攻めに合い、若干生気を失ってソファーに戻った。

「猫ちゃん、ビール・・・」

言うのと同時に出てくるビール、よくできた婿だよ全く。

「すっげぇ敗北感出てるぜお嬢、」

えぇ、負けました・・・

「陽子さんって、同窓会の?」

「なんだお嬢、同窓会行くのかよ。」

行くつもりは更々ないんだけど・・・

「その様子じゃ行くこと決定したんですね。」

ほんと、よくできた子だよ猫ちゃんは・・・

「えぇ、そうなりそうなのよ・・・」

「いーじゃん楽しんで来いよ!」

このバカ飼い主は絶対に幹事とかを喜んで引き受けるタイプだ、そして全力で盛り上がるタイプだろう。

私、そういうの苦手なんですけど・・・

「顔だけ出して帰ってきたら?送迎ぐらいしますよ?」

猫ちゃんまで楽しそうじゃない・・・

「ちなみに愛さん、僕のバックグラウンドは言わない方がいいですよ?余計大変な事になっちゃうと思うんで。」

そーよ。猫ちゃんがあのSGRグループの御曹司だなんて知れてごらんなさい、もはや記者会見みたいになっちゃうんだから。

「言え言え!すげー人気者になれるぜお嬢!」

冗談きついわよ・・・

こんなんだったら返信なんてするんじゃなかった・・・

結局それから数日して、私は陽子に呼び出されて、渋谷のカフェにいた。

着いてみたら陽子が先に来ていて、私を見るや大げさに手を振っている。

「やーっと会えたじゃない愛!元気そうじゃん!」

「えぇ、そこそこね・・・」

陽子こそ、学生時代から何も変わっちゃないよ・・・

「みんな会いたがってるよ!?」

「よく言うわよ、どーせ無料健康診断所になるのがおちでしょ。行きたくなんてないね。」

同窓会なんて結局は寂しい妻や夫たちの唯一真っ当で堂々と参加できる合コン、自分たちはまだ女であり男であると言うことを再確認したいだけ。運命の再開だなんて現実から逃げるような言葉をつけてね。

そんなことに何の興味もない。このためだけに若作りして着飾って、何をしたいのかと疑う。そんな中に独身女が行けばもはやアイドル並みの扱いを受け、奥様方からの嫉妬や妬みの対象、絶対に行かない。

まぁ、今は既婚者の肩書だけど。

「それよりも愛!いつ結婚したのよ!」

それが聞きたくて呼び出したのよねどーせ。

「半年ほど前だったかしらね、あまりはっきり覚えてないけど。結婚したと言っても紙切れだけよ?」

猫ちゃんとは利害契約だけ、だって日高さんとは結婚できないんだもん・・・

日高さんと結婚したんだったらもっと堂々と自信もって言っていたかしらね。

「式あげてないの!?」

正確には上げたけど、その辺はめんどくさくなるからあえて言わない。

「別に必要ないでしょ?若くないんだから。」

私のこの言葉に、陽子はふ~んと言う顔をした。

なによ。

「年下でしょ、旦那。」

正解。

・・・なんで?

「主導権は完全に愛ってわけね。」

まぁ、そうかもね。

「で、旦那は何してる人!?医者!?」

「ただの会社員よ。」

「へぇ、珍しい。そんなふつーの人の嫁になんて、なんで急になったのよ?」

ふつーの人・・・ではないから、嫁になったんだけど。

ってか、猫ちゃんの事はこの際どうでもいいのよ。

「ねぇ、陽子、ちょっと確認したいことがあるんだけど・・・」

今日陽子と会ったのは私の結婚の事を話すためでも猫ちゃんの事を話すためでもない、同窓会に行くにあたって確認しなければならないことがあるだけ。

「菊池良介って、来るの・・・?」

「愛のストーカー?まさか、呼んでないよ!」

はぁ、良かった・・・

「元彼がストーカーになるなんて、愛も大変よね。」

全くだよ・・・

別段別れ方が悪かったわけじゃない。学生時代の恋愛だもの、好きじゃなくなった、他に好きな人ができた、やりたいことがあるなんてのはごく普通の話だし所詮は子供の遊びじゃない?そんな程度の別れでまさか数年も追い回されるとは思わなかったわ。

あの頃はストーカー規制法なんてなかったからやりたい放題よね、今だったらすぐ捕まえてもらうのに。

「今回の同窓会は学年じゃなくってクラスだから呼んでないわ。」

「だったら、参加するわ・・・」

そもそも、クラスだとしても行きたくないんだけど・・・それはもうここまで来たら諦めよう。

帰りに、日高さんに会ってから帰ることにした。

「ねぇ聞いてよ、高校の同窓会に行くことになっちゃったの。珍しいでしょ?」

おや、今日は反応がいいのね。

点滴を追加しながら話しかける私に今日は脳波がよく反応している。猫ちゃんのご融資のおかげでいろんな治療が試せているんだけど、残念なことにこれと言った目新しい反応がないのが現実。

いっそのこと、パチって目を開けてくれないかしら・・・

「高校時代の友人の陽子にそそのかされちゃってさ、行く羽目になっちゃったのよ。」

手足をマッサージして体位を変えたりして話しかけるのももう日々の日課で、もはや愚痴の掃き出し場所だ。日高さんの事は私が休みの時は看護師たちがやってはくれるけれど、積極的には関わろうとはしてこない、どーせジジィ共の圧力でしょ。

看護師たちは仕事だと割り切れば完璧に面倒は見てくれるしケアをしてくれる、でももし私が不在中に何かあっても医師たちは診ないだろう。

きっと就職面接の時にでも言われているんでしょうね、なんて陰湿なのかしら。日高さんが目を開けて、論文が評価もらった時はここのジジィ共みんな追い出してやるんだから!

いっそのこと猫ちゃんに共同経営者になってもらおうか?

・・・おっと、ここは大学病院だったけか。

「日高さんも知ってるよね、菊池の事・・・今回は陽子がうまいことしてくれてね、顔を合わせることはないみたい、ちょっと安心したわ。あの時、あなたが婚約者だって言ってくれたおかげでそれ以降静かに暮らせたのよね。あの時かっこよかったな~日高さん。」

ねぇ、またそう言ってくれない・・・?

私ばっかり好きだって言って、あなたはその十分の一も返してはくれていないでしょ?

目を開けて、答えてくれない?

「好きよ、日高さん・・・」

あなたの事は私が守るわ。


「ねぇ、猫ちゃん、明日の同窓会、迎えに来てもらえないかしら?」

「いいですよ、会場は?」

猫ちゃんはキッチンに立ちながら易々と了承をくれた。

旦那が迎えに来たと言えば抜け出すことはたやすい、これは正当な理由だもの、引き止められずに済むわ。

幸い猫ちゃんは見た目完璧だしね、うらやましがるでしょうね。

さて、当日はどんなスタイルで参加すべきなんでしょうか。猫ちゃんと出会った時のような大人の合コンってわけじゃないからイブニングドレス着て行くわけじゃないし、カラースーツ的なものでいいのかな?あんまり目立つのもねぇ、一応人妻って肩書だし、なんたって相良一族の嫁になるんだし。

おとなし目で行くかな。

で、当日会場入りしてびっくりした。

異様に老け込んだ者、所帯じみてる者、まさに合コンみたいにしてるもの、ビジネスの延長のような者・・・卒業して約17年と言う月日は人をこうも大きく変わるものか。

私も人のこと言えないのかな・・・髪色、派手かな・・・

「愛ー久しぶり!!」

「おっ!高杉来たじゃん!」

「とうとう結婚したんだって!?」

「お前まだ医者やってんの!?」

「女医ってすごいねー!」

・・・帰りたい・・・。

無理だ、来なければよかった。

みんなが口々に声をかけてきて集まって来るけど、もはや誰が誰かもわからず、一歩後ろに下がってしまう。陽子、助けて。

そんな盛大なスタートを切って、やっと場の雰囲気をつかみ始め、誰が誰なのかが一致し始めた時に年末にふさわしいような緊急事態が起こった。

菊池の姿を見た時の私の引き方は半端なかったと思う、横にいる陽子も完全に引き切った顔をしていた。

どうやら陽子も知らなかったみたい・・・

「陽子・・・どういう事?」

「私、知らないけど・・・」

そうよね、いくら何でも陽子は知らないでしょうよ・・・これが何かの策だったとしたら私は確実に陽子を刺している。で、自分で手術してるはずだ。

「おぉ!菊池来た来た!」

そういって菊池に声をかけたのは陽子と一緒に幹事をしていた佐藤だ、菊池と私が当時付き合っていたことは大概の人が知っている、だけど、菊池がその後ストーカーと化したことは一部の人しか知らない・・・

佐藤はあろうことか、菊池を真っ直ぐ私の所へ連れて来た。

「さぷらーいず!」

瞬間、殺意がわいた。佐藤の頸動脈切ってやろうかと思ったよ、マジで。

「高杉が数年ぶりに来るっていう話をしたらさぁ、黙って参加して驚かそうって話になって!どうだ!驚いたろ!」

えぇ!!!

心臓が止まるんじゃないかって程にねっ!!!

私は、陽子を見て、陽子は私を見て、知らなかったと弁解をした。ぜひそうであってほしいわよ・・・

これは緊急事態だ!

これ以上ここにはいたくない!猫ちゃん呼ばないと!!

不自然なほどにこやかな笑みを浮かべている菊池は見た目はごく普通の会社員だ、でもその笑顔が非常に胡散臭いと感じたのは私の偏見ではないと思う。

「久しぶり、元気そうだね。」

「えぇ、久しぶりね・・・」

どーしてくれるよこの空気!!!!

もうここから先あんまり会話は覚えていない、出所不明の妙な汗が出てきて体温が数度下がった気がした。

まさにショック状態だ・・・

懐かしいねとかみんながそんな話をしているけれど私の頭の中は今この場をとりあえず抜けることを考えていた。菊池はじっと私を見ている・・・早く、早く猫ちゃんに電話しないとやばい!

「陽子、ちょっと職場に電話してきていいかな・・・」

私の視線に陽子は反論できずに了承をする、私はバッグをもって会場からとりあえず外に出た。

トイレに駆け込んですぐに電話、猫!電話取れ!

『はーいどうしました?』

緊急事態発生だ!

「猫ちゃんお願い!今すぐに迎えに来て!」

私のこの発言に猫ちゃん一瞬止まる。

『えっ、だってまだ始まったばっかりじゃない・・・?』

そうなんだけど!

大人の事情だよ!!

「もう帰るから!」

『・・・わかりました、着いたらメールしますね。えーっとですねぇ、今出ても30分以上ははかかると思うけど待っていてくださいよ?』

「信号とかいいから!早く!」

はははって笑う猫ちゃん・・・コラァー!!!!

ここは、とりあえず落ち着こう。

あれから何年も経っている、菊池だって結婚しているだろうし、もう私の事なんて何とも思っていないだろう。もう35だ、大人だ、社会的地位を投げるほど馬鹿じゃない・・・はずだ!

そう自分に言い聞かせてトイレから出て、そのクソ淡い期待は砕け散る。

菊池はまるで私の事を待ち構えていたかのようにトイレの前に立っていた。

どうする、私!?

警戒心丸出しの私に菊池は不敵に笑みを浮かべる。

「結婚したんだってね、聞いたよ。」

「えぇ、」

話しかけてきた菊池にそっけなく答えて通過を試みる。

「前の婚約者、日高って人とは別れたんだね。」

やはり、覚えていたか。

ここを通せ菊池!

「相良って、言ったね、新しい苗字」

大方佐藤が話したんだろう、あいつは絶対に助けてやらない!

「調べたよ。」

・・・・・なんですって?

あの時のような不敵な笑みを浮かべて私を見る菊池、やばい、私PTSDだ、今フラッシュバックした。

「私が誰と結婚しようとあなたには関係ない事でしょ?」

そう言い放って菊池の前を通過しようとする、すると菊池はもたれていた体を壁から放して私の前に立ちはだかる。

・・・これ以上近づいてみろ、大声上げてやる・・・

「相良樹、SGRグループの御曹司だ、どこでそんな男捕まえたの?」

本当に調べたんだ・・・

一瞬ぞっとして、この男が今日以前から私の周囲にいたんじゃないかと思うと寒気がした。

「だから何?」

一歩出てすれ違った時に、菊池はすごい言葉を私に言って来た。

「相良樹って、裏の噂があるの、知ってた・・・?」

こいつ、マジだ・・・私は無言でその場を後にした。

裏の噂、それは猫ちゃんが猫ちゃんであると言う事だろう。それ以上にダークな話があってたまるか。

どうしてそんなことがわかる?猫ちゃんは決して不器用でもないし頭が悪いわけじゃない、人目についておかしく思われるようなことはやってないはずだ。だからこそご両親も気が付いていないし会社でも結婚を急かされていたんだ。じゃぁどうしてそんな事をこいつが知りえたのか・・・きっと、誰かを雇って調べ上げたのだろう。そうとしか思えない。

これは、猫ちゃんがこの場に来るのはまずいかもしれない。

会場に戻ってすぐに陽子を捕まえて人の輪から引き離す。陽子はすぐに事態を理解した様で掴んでいる私の事を逆に引っ張り男たちから離れた場で足を止めた。

「愛!私知らなかった!」

「だと信じているわよ・・・」

「たぶん佐藤が勝手にやったんだよ、あの男空気読めないところ治ってないのよ!」

それは私には治せない。

「とりあえず、陽子、連帯責任よ。菊池を引き受けなさい。」

「うそでしょ!?」

佐藤の頭が花咲か爺さんなのを知っていて野放しにしたお前にも責任がある。

「旦那を呼んだわ、到着次第私は帰るから。」

「えっ!?じゃ旦那さんもここに呼んじゃいなよ!」

お前は馬鹿か!!!

怒鳴りそうになったじゃないよ。

私の冷たい視線に気が付いた陽子は前言を撤回して帰宅を承諾した。もう絶対に同窓会なんて行かない!

どんなに頭下げられようとも押しかけられようとも誰かが死ぬ手前だと言われても絶対に行かない!

こんな大惨事になるくらいだったら全員と絶縁してやる!

「とりあえず私は帰るから、後よろしく。」

「ちょっと!愛!?」

私は預けてあったコートを掴んで会場を後にした。背後からなんだか呼ぶような声が聞こえるけど関係ないわ。こんなんだったらもっと飲んでおけばよかった・・・参加費が勿体ない。

エントランスにある喫煙用のソファーに座ってやっと煙草を吸った。まったく、喫煙者には厳しい世の中よね。とんだ災難だ、もう少し楽しめると思っていたのにこんなに短時間で逃げなければならないとは・・・明日夜勤だって言うのに、もっと楽しめたじゃないよ。

「あーあ、やってらんない。」

思わず声を出してしまい、ちょっと離れた場所にいたおじさんに見られてしまった。猫ちゃんのバカ飼い主浮気事件もそうだったけど、私たちにとってホテルって場所は鬼門みたい、事件ばっかり起こるじゃない、当分はよらない方が良さそうだ・・・庶民的に生きよう。

時計を見るとやがて40分・・・遅い!何やってるのよ猫は!?まさか私の事差し置いてバカ飼い主と遊んでるんじゃないでしょーねぇ!

   ピピン・ピピン

なんてイライラしていたらメールが鳴る、慌てて開くと、後5分ぐらいですよ~と書いてあった。

早く!と返す私にだいぶ早い方です、と返事。

確かに・・・だいぶ早い。ってことは職場からか向かってるのか?後ろにおまわりさんくっつけて来てなきゃいいんだけど。

じっとしているのももう限界で、何本目かわからない煙草をもみ消し立ち上がる。そして大きく手を伸ばして関節が鳴る音を聞いていたら・・・視界の隅に菊池が入った。

・・・なんで、

感情の読み取れないごく薄い笑顔で私のもとに歩いてくる菊池、ここまで来ると本当に恐怖だ。

私は慌ててバッグを抱えてホールを抜ける、そして玄関から外に出た。

外はもう冬、気温はだいぶ低くて風もある、慌てていた私は上着を着ることを忘れていてコートは手の中、とりあえず左右をきょろきょろと見渡して猫ちゃんの青い車を探した。

そんなことをしていたら徐々に昔の事を思い出してきた、ずっとこうだった・・・菊池は何をするわけでもなく必ず私の視界のどこかにいた。表情薄く薄ら笑ってじっとこっちを見ていて、家の外にもいた。ずーっとずーっとそうやって何年も何年も私を追いかけて来た。

菊池がどんどん近づいて来る!

猫ちゃん!早く!!!

狼狽える私の白い息の向こうに青い車がやっと見えて、やった!来た!そう思った次の瞬間、菊池は私の横に来ていた・・・

「旦那さんがお迎え?」

その声にぞっとして私は数歩離れる。

「結構年下だったよね、相良樹、良い男だしモテるだろうね。」

この男、やっぱり猫ちゃんの事・・・

猫ちゃんの青い車が私の横にピタリと止まる、そして助手席側の窓が開いて猫ちゃんが運転席からのぞくようにこっちを見た。

「愛さんどうします?乗ります?」

猫ちゃんは菊池の存在に気が付いてそう声をかけて来たんだろう、大方、私と菊池が話し込んでいると思っているんだ。これ、置いて行かれたりしないよね・・・?

   ガチャ、バタン、

しばらくの無言の空気の後に車のドアの閉まる音がして、その音の方向を見たらスーツ姿の猫ちゃんが車から降りてきて私の横までやって来ていた。その表情はにこやかで、いつも通り人当たりが良さそうな表情で、でも、ちょっといつもと違う気がした。

猫ちゃんは私の横に立つと、菊池に軽く会釈をした。

「こんばんは、相良です。」

なぜだろう、猫ちゃんがちょっと大きく見える・・・

「こんばんは、高杉さんの同級生の菊池と申します。」

菊池もまた、人当たり良さそうな笑顔を見せた。

「申し訳ありませ、今名刺を切らしていまして。」

猫ちゃんはそう言うけれど、嘘だ。このスーツは仕事帰り、名刺を持っていないはずがない。自分の身元が公になることを控えて、あえての発言だ。

「いえ、あなたの事は存じておりますから、SGRグループの相良樹さんですよね。」

菊池が仕掛けてきている、猫ちゃんはそれに気が付いているのか・・・?

「はい、そうです。失礼ですが以前どこかでお会いしましたか?」

猫ちゃんの表情はたいして驚いている様子がない、でも、私が菊池に話したんじゃないってことは理解しているようだ。じゃなきゃ普通、私から聞いたのかと返すだろう。

なんだか探り探りの会話が続く。

「いいえ、初めてお会いしました。」

「そうでしたか、」

相変わらずにこにことしている猫ちゃん、猫ちゃんは私の背に手をまわした。

思わず猫ちゃんを見上げたけれど、猫ちゃんは真っ直ぐ菊池を見たままだ。

「相良さんのお噂はいくつか聞いています、随分と多方面に手を広げられているようですね。」

「グループ企業なのでそうなりますかね、と言いましても社長は父ですし、僕は一社員なのでそこまで詳しくは把握してませんが。」

「プライベートもだいぶ手広いと、お噂は聞いていますが?」

「そうですか?」

この流れはよくない!猫ちゃんの事、こいつぶち撒く気だ!

これは菊池を制止させなければならない!

「でもまぁ、最近は手広い事はやめてるんですよ。」

私が口にするよりも先に、猫ちゃんがはははっと笑いながら答えた。

「一度ついた手癖ってのはなかなか治らないと思いますけど?」

「そうでもないですよ?」

猫ちゃんは私を掴んでいる手に力を入れて私を引き寄せる、私は半歩ほど猫ちゃんの方によって、猫ちゃんはそれでもにこやかに菊池を見ていた。

「菊池さん、あなたが僕の事をどう思おうとそれは自由です。僕はあなたにもあなたが思っていることにも興味はありませんし、僕の事を周囲にどう言おうとかまいません。ですが僕は愛さんの夫です、あなたがもしこれ以上愛さんを追ったり、愛さんの名誉を傷つけるようなことがあるとすれば、僕は夫として愛さんを守ります。場合によっては法的な方法を取らせていただきます。一社員ではありますが、僕もそのくらいの力は持ち得ているんですよ?」

そう言って、猫ちゃんはやっと私を見た。

「僕たちは夫婦です、愛さんは僕の尊敬する妻です。これでお分かりください。」

猫ちゃんは右手で助手席のドアを開けて私をエスコートするように座らせるとドアを閉めた。

「では失礼いたします、良い夜をお過ごしください。」

猫ちゃんは菊池に頭を下げて、運転席に回るとそのまま車に乗り込み走らせる。

猫ちゃんはすぐに暖房をつけてくれて、すごく、暖かかった。

「ねぇ、猫ちゃん、私以前あなたに菊池の事話したかしら?」

「いや、今が初めてですよ。」

「・・・じゃぁなんで、菊池が私に付きまとっているってわかったの?」

猫ちゃんはははっと笑って答える。

「わかりますよ、僕も散々やられたんで。」

・・・なるほど、すっごい説得力あるわ。

「こんなに寒いのに上着も着ないで外にいる、僕もやったなーって思って。」

それは、男性相手か女性相手か・・・

「泥酔してるとかとんでもなくテンションが上がってるとかならまだしも、身を縮めてさ、明らかに何かから逃げているとしか思えないよ。しかも菊池さんとは一定の距離を置いている、この人から逃げたいんだろうなってことぐらいわかります。」

猫ちゃんのこの柔らかい空気感は好き、落ち着く。

なんだか安心してふって息を吐いたら、さっきまでの事がすごく冷静に思い出されてきて、菊池に言い返せなかった自分に腹が立ってきた。

菊池が私に言った言葉を復習するように思い返してみて、ある言葉が引っ掛かった。

前の婚約者、日高って人とは別れたんだね

前の婚約者・・・その言葉に何かが切れた気がして、私はドアを思いっきり殴っていた。

「はいっ!?」

猫ちゃんが驚いた声をあげてるけれど私の怒りは収まらず、その感情は口から勢いよく溢れ出てしまう。

「別れてなんてないわよ!苗字が相良になっただけじゃない!法的に結婚しただけじゃない!そんなことが一体なんだっていうのよ!!日高さんと別れないために猫ちゃんと結婚したんじゃない!あんな男に何が分かるっていうの!?私たちの事なんて誰も何もわからないんだから!」

若干息を切らせてわめいて、悔しくって・・・泣きそうだった。そしたら猫ちゃんがいつも通り優しく声をかけてくれた。

「ありがとう愛さん、僕の事言わないでいてくれたんだね。」

別に、猫ちゃんの事を思って言わなかったんじゃない・・・言えなかっただけ。

「言ってくれちゃってもよかったんだけどね、僕はある程度慣れているから。火の消し方もだいぶ上手くなったしね。」

そういう猫ちゃんはやっぱりいつも通りのふにゃふにゃした感じ。

「言う訳ないでしょ?」

なんだか、笑えてきた。

「まだ、あなたを失うわけにいかないんだから。」

猫ちゃんを失えばすべてが水の泡、猫ちゃんを失えば日高さんの事は守れなくなる。それだけは絶対に嫌だった。嘘に嘘を重ねて青い空が見えなくなったとしてもそれで日高さんを守れるとしたらどこまでだって埋もれて見せる。そう決めたんだから。

「僕たちの関係は誰も理解できなくっていいんですよ、僕たち四人が理解できていれば、ね。」

正直、さっきの猫ちゃんはちょっと頼もしくって、在りし日の日高さんを思い出させるには十分だった。

「さっきの猫ちゃん、ちょっとかっこよかったかも・・・」

「そうですか?それは嬉しいかも。」

相変わらずははっと笑う猫ちゃん。なんだろう、今日の私はだいぶ口が軽い。自分から進んで自分の事を口にしてしまう。

「昔ね、もうずっと前だけど、日高さんが同じようなことを菊池に言ってくれたのよ、で、それ以降付きまといはなくなったの。」

「日高さんは何て言ったの?」

「自分は婚約者だ、私にこれ以上付きまとうならば君を警察に突き出すつもりがある・・・ってね。」

「かっこいいですね、日高さん。」

君だね、愛につきまとっているのは、僕は愛の婚約者の日高といいます。君と愛の間に昔何があったかは知らないけれどもう愛に着きまとうのはやめてもらえないか、彼女の仕事は人の命を救うことだ、これ以上余計な神経を使わせないでもらいたい。もし君がこの先も愛に付きまとうのなら僕は愛の婚約者として君を警察に突き出すつもりがある。こんな事はやめてこの先の自分の人生をよく考えるんだ、いいね・・・

「学生時代付き合っていたときは何も思わなかったわ、サッカー部でかっこよかったし、まさかあんなことになるなんて思ってもなかった。」

「ひどい振り方したの?」

「まさか、まだ子供の時代よ?ごく普通の別れ方よ、他に好きな人ができたとか遊びが楽しいとか勉強が忙しいとか・・・ってはっきり覚えてないんだけど、今までこじれたことがないんだからごく普通だわ。」

と、思うんだけど。

「確か高校が終わるころに付き合ったから大学のことで別れたんじゃないかしら。」

その辺の期間もあんまり覚えてないんだけど・・・

「それからずっと付きまとっていたの?」

「ううん、違うと思う。まぁ、正直大学時代は忙しすぎてよくわからないんだけど・・・代診になった時には付きまとわれてたわ、それこそ何年とかの単位で。」

「何かされたりした?」

「いいえ、直接何かされたわけではないの、ただ、視界に入る場所にいるのよ・・・カーテンを開けるといたり。」

「それ、すっごい恐怖ですね・・・」

「病むわよ、あれ。病んだもん。」

今思うと拒食症よ、あの激務で拒食症とか生命の危機だわ、よく生き残ったよ。

「よく同窓会行きましたね、それだけやられてて。」

「陽子が来ないって言ったのよ!そしたら同じ幹事のバカがサプライズとかいって呼んでたみたいで、殺意を覚えたわよ。」

「すっごいサプライズ。」

猫ちゃんが大笑いしている。

まったく、冗談じゃないわよ・・・移り行く窓の外の景色を見ていたら、昔のことを思い出して少し笑ってしまった。高校のとき大人にあこがれて背伸びしてたなとか、大学の勉強についていけなくってよく抜けたなとか、代診時代の過酷な日常とか、日高さんに出会って医療に対する考え方が変わったとか・・・それはそれで、楽しかったんだろうなって。

今よりもっと必死に生きていたな・・・って。

「若いってそれだけで楽しかったわね。」

「同窓会も悪くないんじゃないですか?」

「まさか、もう懲りたわ。」

そう言っているけれど、どうしてか笑ってしまう。

「僕は高校までは本当に世間を知らなかったんで恋愛したり部活したりみんなで遊びまわったりってことはしたことなくって、だから大学以下の時代はほぼ抹消されてます。」

さすが御曹司、エリート教育のたまものだわ。

「だからこうなっちゃったのね、かわいそうな猫ちゃん。」

「まぁ、一因でしょうね。」

「あんたの飼い主は生まれ落ちた時から楽しい人生だったでしょうねぇ。」

「だと思いますよ?」

私たちは車内でひとしきり思い出話で盛り上がって、猫ちゃんは少し遠回りをして帰っているみたいだった。本当のカップルならばドライブデートと言うんだろうね。

「ねぇ、菊池はもう諦めるかしら・・・」

「諦めると思いますよ?人生すべてを棒に振るほど、そこまで馬鹿じゃないと思いますけどね。僕は追い回す側の気持ちわからないけれど以前日高さんが婚約者だと名乗ってから付きまといがなくなったとするならば、もしかしたら愛さんのことが心配だとか守りたいとか、そんな想いが裏側にはあるのかもしれない。彼が婚約すると聞いていた日高という名と今の愛さんの名字が違ったから不安に思って確認に来たのかもしれないですね。」

「そんなもんかしらね・・・」

そう言えば、正義感の強い男だったわね・・・菊池。

「愛情にはいろんな形があると思いますけど、案外不器用なのかもしれないですよ?僕みたいに。」

「猫ちゃんほど器用な人間なんてそうそうそういないわよ?」

猫ちゃんとは何日も会えないこともあるけれど、たまに会った時ぐらいこうやってゆっくり話す事が必要かもしれない。たとえ偽装であっても私たちは夫婦、互いのことをしっかりと把握しておく必要がある。それこそがお互いのパートナーを守ることになるし、この関係を続けるために必須なんだ。

その後菊池が現れることはなかった。

陽子を問い詰めたけれど、会の中でも特に何か不審な様子はなかったという。佐藤は陽子にこっぴどく叱られたようでメールが来ていたけど・・・あいつは助けてやんない!

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