表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
49/53

第49話 満月の冬の夜

【第一部】心の扉―始―

今夜は師走の冬至。


栄善(えいぜん)の誕生日──


夕食を済ませ、今日の仕事を終えた私は、お城の庭にある池のほとりに立っていた。


ここは、あの日、栄善のことを想いながら静かに涙を流した場所。


あのときは晩秋だったけれど、冬の夜の冷気は吐く息を白く染め、胸の奥まで沁みていった。


「もう少し厚着してくればよかったかな……」


手に息を吹きかけ、そっと温める。


なぜ私が今ここにいるのかというと、小梅姫(こうめひめ)に頼まれてのことだった。


小梅姫に話しかけられたとき、初めは少し驚いてしまったけれど……


ほんの数分前のこと──


仕事を終えて自室に戻ろうとしていた私に、ふと声がかけられた。


笠原(かさはら)トワさん、ですよね?」


振り返ると、小梅姫がそこに立っていた。


「えっ……」


私は、まさか小梅姫に話しかけられるなんて思っていなくて、戸惑ってしまった。


「ごめんなさい……急に驚かせてしまいましたよね。実は、トワさんにお願いがあって……」


困ったように両手を添えて、そう口にする小梅姫。


「トワさん、料理が苦手だと聞きました。でも、このお城でトワさんの作る料理を日々いただいて、苦手でも努力すれば料理ができるようになるんだと、希望が持てました」


「え、あの……」


「だから、その……私に料理を教えてほしいんです!」


……え?


小梅姫の突然のお願いに、私は思わず肩の力が抜けてしまった。


「ごっ、ごめんなさい……変なことを言ってしまって。私も料理が苦手なんです……」


小梅姫は俯き、悲しそうにそう言った。


「私、栄善の妻になるのに、愛する夫に料理も作れないなんて……やっぱり妻として、時には私の手料理も食べてもらいたいんです」


そう言って、頭を深く下げる小梅姫。


「栄善の妻」という響きに、胸がチクリと痛んだ。


でも、栄善の隣に立つのは小梅姫なのだから、私が協力しない理由なんてない。


それに、料理が苦手な気持ちは、とてもよく分かるから。


「こ、小梅姫、顔を上げてください。私でよければ、もちろんですよ」


私にずっと頭を下げている小梅姫を見て、申し訳なくて、私は手をあたふたさせながら口を開いた。


「トワさん、本当ですか!?」


私の言葉に、小梅姫の表情がぱっと華やいだ。


そして彼女は、そっと私の両手を握る。


「トワさん、本当にありがとうございます。こんなことをお願いしてしまって申し訳ないのですが……今日は栄善の生まれた日でしょう?だから、記念に今夜食べてほしくて……夜も遅いですし、無理を申し上げているのは分かっています。でも、もしトワさんがよければ、今夜お願いしてもいいでしょうか?」


ふふっ……小梅姫も乙女だな……


「もちろんですよ。一年に一度の大切な日ですし、今夜作りましょう」


「トワさん……ありがとうございます。それでは、私は着物を着替えてきますね。少ししたら、お庭の池のほとりで待っていてもらえませんか?今、(くりや)へ行くと、何かしているところを誰かに気づかれてしまいそうで……それが少し恥ずかしくて……」


確かに、まだ今のうちは、お(きく)さんや私が厨にいる頃合いだ。


それに、遅めに食事を取られる方もいらっしゃるから、何を作るかも含めて、別の場所で決めてからの方がいいかもしれない。


「はい、わかりました。それでは、私は池のほとりでお待ちしていますね」



そして──今に至る。


やっぱり小梅姫は、華やかでとても美しい方だった。


私は、お菊さんが優しく丁寧に教えてくださったおかげで、苦手だった料理も少しずつではあるけれど、できるようになった。


苦手な料理を、みんなが「美味しい」と笑顔で食べてくれるのは、本当に嬉しいことだった。

 

だから私も、小梅姫に分かりやすく丁寧に教えたい──


そして、小梅姫が作った料理を、栄善に「美味しい」と喜んでもらえるように……


私にできることは、精一杯尽くそうと思った。


小梅姫は、まだかな……


着物だから、着替えるのに時間がかかっちゃうよね。


私は、ふっと夜空を見上げた。


今夜は満月なんだ。


冬至の頃って、確か三日月や上弦の月だったような……珍しいな。


……あ、そうだった。

この世界は、私のいた世界とは違うのだから、そんなことも不思議ではないんだった。


この世界の居心地が良すぎて、つい忘れちゃうな……


満月、綺麗だな……


夜空に輝く美しい満月を、ただ静かに眺めていた──


そのときだった。


「トワ!!!!」


愛しい人が、私を呼ぶ声が聞こえた。


久しぶりに聞いた、私の名前を呼ぶその声。


振り向いた私の視界に飛び込んできたのは──


愛しい人の、大きな背中だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ