第48話 歪む視界 零れる心【小梅編】
【第一部】心の扉―始―
栄善の御誕辰祭も無事に終わり、私は今、栄善とともに夕食をいただいている。
慌ただしかった式典も終わり、やっと二人きりになれたというのに、栄善は何かを考えているのか、ずっと上の空だった。
「栄善、食べないの?」
私がそう声をかけると、栄善ははっとしたように夕食に手を伸ばした。
その後、栄善は今夜の御品書きに目を通していた。
そして、その紙をゆっくりと撫でている。
まるで──
愛しい人を撫でているかのような、優しい手つきで。
何かを思い出しているのか、柔らかな笑みを浮かべていた。
そして私は、再び栄善に声をかける。
「栄善、舞茸ご飯食べないのー?せっかくの舞茸なのに、冷めちゃうよ?」
私の声に、「……あぁ、そうだな」と呟く栄善。
栄善は、今度はじゃがいものお味噌汁をじっと見つめていた。
その瞳があまりにも印象的で、私も思わずじゃがいものお味噌汁に手を伸ばす。
だけど、そのじゃがいもの形ときたら、あまりにも歪で……思わず私は栄善に声をかけた。
「なぁーに、このじゃがいも……すごい形してない?ねぇ、栄善」
そう言ってじゃがいもを差し出す私に、栄善はふっと笑いながら呟いた。
「ふっ、そうだな」
そのまま歪なじゃがいもをじっと見つめて。
私の見たことのない、その表情。
私には一度も向けられたことのない。
誰かを想う気持ちが、無意識に零れ落ちたような、あまりにも柔らかな微笑み──
知ってる。
このじゃがいもを作っているのは、お手伝い係の笠原トワ。
このお城で暮らし始めたとき、お城の方たちが口を揃えて言っていた。
じゃがいも占いがとても人気だと。
歪なじゃがいもが出た日は当たりで、その日一日、良い日になると言われていると。
そして、栄善が愛おしそうに見つめ、撫でていた御品書きも、笠原トワの手によるもの──
栄善は、自分から私に触れてくれない。
私が言えば触れてくれるけれど……
これから夫婦になるのだから、触れ合うのは当然のことのはずなのに。
幼い頃から許嫁として、私は栄善と両国の行事のたびに顔を合わせてきた。
栄善は昔、人に心を閉ざしていた時期があった。
だから、人に触れることや心を許すことが苦手なのだと思っていた。
しかし、それは違った──
栄善も、あんな表情をするのね。
愛しい人の前では、あんなにも柔らかい表情を浮かべる。
ここにはいないというのに。
この場所にいるのは、私であるはずなのに。
御品書きや歪なじゃがいもを通して、笠原トワの存在を感じ取っている──
私もあんな瞳で見つめられたい。
私もあんな風に愛しく想われたい。
昔からずっと好きだった。
栄善のことが。
私は、栄善と一緒になる日のために生きてきたの。
それなのになぜ、急に現れた笠原トワなんかに──
また栄善に目を向けると、今度は切なく、どこか苦しそうな表情……
……きっと、笠原トワを想ってるんでしょ。
なんなの。
どうしてなの、栄善。
私はあなたのことを、こんなにも愛しているというのに……
心の内が、どす黒い闇に包まれていく。
私は、抑えきれないほどの激しい嫉妬心に駆られていた。
だって、栄善と一緒になることが、私にとっての生きがいだったから。
私のこの心を、もう止めることなどできなかった。




