第43話 縁なき契り【栄善編】
【第一部】心の扉―始―
まさか、こんなことになるなんてな……
私は自分の不甲斐なさに、言葉にならないやるせなさを覚えていた。
対縁の儀のあの日……私は縁談の断りを申し出た。
朽葉ノ国は塩が取れず、米の生産が盛んな内陸国で、我が国にとって非常に大切な相手国である。
案の定、朽葉ノ国は米の取引を停止すると申し出てきた。
ならば我が国も、塩の取引を控えることはできた。
しかし、冬の備えとして朽葉ノ国から求められた塩の増量については、すでに承諾の文書を出してあった。
当初の見積もりでは冬を越せぬとの声が上がり、さらに増量を求める文書も届いた。私はそれにも快く応じる旨を伝えさせた。
我が国もまた、冬は食糧の消費が増えるため、米の供給量を増加させる文書を出している。
幼い頃、貧しい思いをしてきた私にとって、両国の民を苦しませるような決断など、とてもできなかった。
だが、そのことも見越して縁談とは切り離し、民の暮らしを守るための交易の道をなおも模索していた。
しかし、予想外であったのは私が養子であることまで知られていたことだ。
養子であるという事実が他国に知れ渡れば、国の信頼や格式は損なわれ、この国の立場は一気に不安定になる。
そして──
あの日、トワが無断で城にいたことも、すでに情報として漏れていた。
そのことが国中に広まれば、羽田家の名は失墜し、これまで積み上げてきた信頼も一気に崩れ去るだろう。
それだけではない。
何より……これは重罪だ。
トワも門番たちも皆、命に関わる。
だからこそ──
私はこの事実を、決して表に出してはならなかった。
縁談を承諾する代わりに、私が養子であるという事実、そしてあの日の出来事はすべて内密にする──そうした条件のもと、私は文書に署名した。
それは契約であり、同時に自らを縛る誓いでもあった。
誰かを犠牲にすることも、国を危険に晒すことも私にはできなかった。
この国のすべての人々を大切に想っている。
私は殿となったその日に誓ったのだ。
──自分と同じ境遇の者を、二度と生み出さぬと。
私の下した決断で、国の者たちを苦しませてどうする……
しかし……これほどの内情が伝わるとはただ事ではない。
もしかすると城内に敵が潜んでおったのか……その可能性も否定はできぬ。
トワ……
私はまたトワを悲しませてしまっているのだろう。
一人で泣いていないだろうか……
あの日、私が口にした言葉──
『トワ、一人でよく頑張ったのだな。だがもう一人ではない。私がいる。泣きたいときは思う存分泣けばいい。弱音もため込まずに吐けばよい。楽しいことは、共に楽しもう。私が其方のすべてを受け止めよう』
あんなことを言っておいて私は本当に情けない……
簪に込めた想いが、少しでもトワに伝わっていればと……
まるで私の心そのもののような、真っ暗な夜空へ静かに願った。




