第39話 立ち尽くした朝
【第一部】心の扉―始―
今日からまた、お手伝い係としての一日が始まる。
羽田家の家紋と栄善からもらった簪を身につけて、いつもよりちょっぴり特別な朝を迎えられた気がした。
窓から差し込む朝の光が、厨を温かく照らしていた。
「トワちゃん、おはよう。あら〜、今日もとても良い天気ね〜。ふふっ、今日も一日頑張りましょうね」
「お菊さん、今日もよろしくお願いします!」
お菊さんと朝食の準備をしていると、哀伝たちがにこにこしながら手を振ってやってきた。
「お菊とトワおはよう〜。いい匂いに釣られてやってきたよ〜」
「って言っても、今から朝座だからもう少しお預けだけどな」
「おいらもう我慢できないから朝座さぼろうかな……うん、そうだな、それがいいな!がははははーっ!」
「いや、だめだろ!」「だめでしょ!」
みんなの声が一斉に重なった。
哀伝と七左衛門は、今にも作りかけの朝食に手を伸ばそうとする団丸を引っ張り、朝座へと連れ去っていった。
団丸が体力ゴリラだからか、二人が連れていくのは少し大変そうだった。
「ふふふっ、朝から笑っちゃうわね」
「ふふっ、本当ですね。涙が出ちゃいそう」
賑やかな三人のことを思い浮かべ、お菊さんと笑顔を交わしながら朝食の準備を楽しく終えた。
あとは、御品書きを食堂前に貼り出すだけ……
ひと段落ついたところで、お菊さんが私に声をかけた。
「トワちゃん、一週間と少ししたら朽葉ノ国からご一行様が来られるのよ。そうしたら、数日間少し忙しくなるから、そのお話は後でするわね」
朽葉ノ国って聞いたことある……
どこで聞いたんだっけ……?
あっ、そうだ。
昨日、栄善と一緒にだん吉さんのところに行ったときだった。
『だん吉、一昨日の会議で朽葉ノ国への塩の増量が決まった』
あのとき、栄善が言ってたんだ。
だから聞き覚えがあったんだ。
「その準備のために、これを茶々蔵さんへ届けないといけないから先にお渡ししてくるわね」
「わかりました!ありがとうございます、お菊さん!」
お菊さんが茶々蔵さんのところへ行かれたので、私は最後の仕上げに御品書きを食堂前に貼りに向かった。
私が御品書きを貼っていると、後ろから声をかけられた。
「トワさんおはようございます。いやぁ、今日もとても良い天気ですね」
「トワさん、いつも朝早くからありがとうございます。おかげで仕事にも精が出ますよ」
振り返ると、琥景さんと煌景さんだった。
「琥景さん、煌景さん!おはようございます!」
お二人はお城の朝の門番を担当していて、城内に出入りする人々の管理をしながら、お城を守ってくれている。
町へ出かける際には元気よく「いってらっしゃいませ!」と声をかけ、戻ると「おかえりなさいませ!」と迎えてくれる。
「こかげ」「おうかげ」という名前にちなんで、朝の大小組と呼ばれているけれど、兄弟ではないらしい。
ただ、たまたま名前が似ているのだとか。
お二人は意見が衝突して、よく言い合いになってしまうみたい。
けれど、私がお手伝い係になって初めて朝食に作ったじゃがいものお味噌汁──
そのじゃがいもの歪な形を見たら、言い合いしていたこともあまりの面白さにどうでもよくなり、仲直りしたんだって。
そんな経緯もあって、私を見かけるとよく声をかけてくださるようになった。
ふふっ、その話を思い出すとなんだかちょっと笑っちゃう。
「いや〜このお城ももう少ししたら忙しくなりますね。お互い体調には気をつけて励みましょうね」
「はい!琥景さん、ありがとうございます!朽葉ノ国からご一行様が来られるんですよね?」
「そうなんですよ。いや〜、それにしてもこの国の安泰も間違いないですね。朽葉ノ国はこの国の大切な貿易国、そして何より、栄善様と小梅姫様は許嫁同士!お二人が結ばれれば国も安泰。いやぁ、めでたい!」
安泰……結ばれる……許嫁……?
琥景さんの言った言葉の意味が、私にはよく分からなかった。
隣で煌景さんが、にこにこと笑いながら言った。
「対縁の儀なんて、本当にめでたいですよね。栄善様と小梅姫様は幼い頃からの顔馴染みですし。お二人のご婚約が決まるかもしれないこの日を、私たちもお祝いできるなんて胸が躍りますな!」
……え?
今、なんて……言った……の……?
お二人のご婚約が決まるかもしれない──
その言葉が何度も何度も頭の中で繰り返された。
胸の奥がすうっと冷えていくようで、同時に足元が不確かになる。
さっきまで差し込んでいた朝の光が、なぜか少しだけ遠く感じられた。
私はただその場に立ち尽くしたまま、言葉を失っていた。




