第35話 栄善のお願い
【第一部】心の扉―始―
山茶花の香りと色が、まるで記憶とともにこの場所に息づいているようだった。
栄善は、ふと私の方を見て言った。
「トワ、私からお願いがあるのだが……」
「私にできることなら、もちろんだよ!」
栄善は目を伏せ、わずかに表情を和らげながら、静かに息をついた。
「来月、師走の冬至には私の御誕辰祭がある。その際、夕食には毎年舞茸ご飯が出るのだが、御菜は芋きなこ和えと、トワが剥いたじゃがいもの味噌汁でお願いしたい」
御誕辰祭って……
栄善の誕生日ってことだよね……
来月、誕生日なんだ……
「栄善、来月が生まれた日なんだね。……だけど、いいの?芋きなこ和えはともかく、私の剥いたじゃがいもだよ?すごく歪なんだよ?せっかくのお祝いの日に、ちょっと申し訳ないよ……」
申し訳なさそうに俯く私に、栄善は静かに視線を落とし、穏やかな笑みを返した。
「私はトワが剥いたじゃがいもがいいんだ。それに……歪な形のときは、『当たり』であろう?」
そう言った栄善のいたずらっ子のような顔に、私の胸は小さな花を咲かせるように、ほんのりと揺れた。
「あと……御品書きには、じゃがいもの絵も添えてほしいと思っている……」
ふふふっ……なんだか栄善、可愛いな。
「栄善がいいのなら、もちろん喜んで。御誕辰祭だもん、私も気合い十分だよ。御品書きのじゃがいもも任せてね!」
「トワ……感謝する」
栄善が嬉しそうな表情を浮かべてくれるので、私まで心があたたかくなった。
「舞茸ご飯……季節を感じるし、師走の栄善の御誕辰祭にぴったりだよね」
「私も毎年、季節の舞茸をいただき有り難く思っている。その豊かな風味をトワもゆっくり味わい楽しんでほしい」
「豊かな風味……堪能させてもらうね!」
「あぁ、きっとトワは幸せそうに味わうのだろうな」
互いに微笑み合い、静かに幸せを噛み締める。
お団子も食べ終え、湯呑みに注がれた温かいお茶をゆっくりと味わう。
紅葉の落ち葉が一枚、湯呑みの縁にゆらりと落ちた。
それを見つめながら、栄善が「秋もあと少しだな」と呟く。
「トワ、晩秋もそろそろ終わり、冬の季節が近づいてきた。城の離れには囲炉裏のある部屋がある。寒い日には、そこで暖を取るとよい。今度、お菊に案内してもらうといいだろう」
「お城の離れに囲炉裏のある部屋なんてあったんだね。なんだかあたたかくて、落ち着きそうな部屋だな。今度お菊さんに聞いてみるね。ありがとう、栄善」
「城内では足袋であるゆえ、囲炉裏にあたれば、冷えた足元もすぐに和らぐであろう」
「ふふっ、そうだね」
来月の御誕辰祭に、囲炉裏のある部屋。
そう思うだけで、体の芯までふっと和らぐ気がした。




