第29話 胸の奥の灯
【第一部】心の扉―始―
ずっと、誰かに話を聞いてもらいたかった。
肯定してもらいたかった。
心が押しつぶされそうな日々……
そんなとき「一人じゃないよ、私がいるよ」そんな言葉を、ずっとずっと私は求めていた。
『私が其方の全てを受け止めよう──』
この言葉が、どれほど私の心に深く沁みたことか。
少し前までは、美しい山や海の景色を見て、自然と涙がこぼれていた。
否定され、責められてきた日々──すべてから解放されたいという思いが、私の心を景色の中にそっと委ねさせていた。
でも今、栄善の言葉の一つひとつが、私の心を潤いで満たしていく。
そのあたたかさに包まれたまま、栄善が両手で私をしっかりと抱きしめた。向かい合う抱擁に、胸の奥までやさしい熱が伝わる。
目を閉じて栄善の胸に顔をうずめると、今までに感じたことのない安心感が全身に広がった。
心の中がぽっと灯るようにあたたかくなり、鼓動が穏やかに高まった。
私……
──栄善のことが好き──
蓋をしていたはずの芽生えつつあった感情が、一気に開花した気がした。
「トワ、私に心の内を話してくれて有り難く思う。其方の想いに触れ、寄り添えた気がして、私は嬉しい。その想いは、私の心にも深く届いた」
栄善って……どうしてこんなにも、私の欲しい言葉をくれるんだろう。
栄善のこういう優しさが、みんなに慕われて愛されるところだよね。
「栄善、私の方こそ話を聞いてくれてありがとう。栄善の言葉、すごく……すごく嬉しかった。あのとき、私をお城に迎えてくれて本当にありがとう。栄善に出会えたこと……心から嬉しく思う」
私がそう言うと、栄善は柔らかく目を細めた。
「礼を言わなければならないのは私の方だ。城という慣れない環境の中で、城の者たちのことを考えながら、日々一生懸命に勤めを果たしてくれている。トワの人を想う優しさは、城の者たちにしっかりと届いている。私もあの日、トワに出会えたことを……心から嬉しく思っている」
「……栄善」
嬉しくて、また涙があふれそうになる。言葉にならない喜びが、心の中を駆け巡っていた。
しばらくその余韻に浸っていると、栄善は少し照れくさそうに目を細め、柔らかな笑みを浮かべながら言った。
「それに、私の苦手な手土産選びまで手伝ってもらった。トワのおかげで素晴らしい品を選ぶことができた。……情けないであろう?品選びに自信がないなんてな……」
「ううん。あのとき、私、栄善のお役に立てたことがすごく嬉しかったの。栄善が私のことを必要としてくれているんだって思えて……『きっと喜んでもらえる』って、そう言ってもらえて……こんな私でも力になれたんだって感じられて。栄善のおかげで本当に幸せな時間だった」
「……そうであったのか。実は内心、気にしていたのだ。トワに情けない男だと思われてはいないかと……」
ふふっ。
私が知ってる栄善の可愛らしい一面、また発見しちゃった。
「ふふっ、私は一度も栄善のことを情けない人だなんて思ったことないよ。それよりも、栄善のことをすごく尊敬してる。この国の人たちを想う気持ちが、言葉だけじゃなくて行動にも表れてるから、町の人たちもあんなふうに気さくに声を届けてくれるんだと思うの。そして、お城の人たちを想う気持ちも……なかなかできることじゃないと思うんだ」
「トワはやはり……素敵な考えをするのだな。トワは先程、『こんな私でも』といったが、其方は人の心にそっと寄り添う、そんなやさしさを持っている。そのやさしさに、皆支えられている。ありのままの、そのままのトワでいいのだ。もっと自分を信じていいのだぞ」
ありのままの、そのままの私でいい──
もっと自分を信じていい──
長い間、自分を信じられなかった私の心に、その言葉は静かに深く響いた。
信頼してる人に心を打ち明けるって、こんなにも心が満たされることなんだな……
胸の中に静かな喜びが満ちて、波の音や遠くに色づく紅葉の山々、青い空、そして、空気すらもやさしく感じられた。
栄善の存在が、こんなにも心を穏やかにしてくれる。
しばらく穏やかな波の音に耳を傾けながら、私たちは互いの温もりを感じていた。
静かな声で、栄善がそっと言葉を紡ぐ。
「トワ……私もトワに話したいことがある」
この静けさの奥に、何か大切な言葉が待っている気がして、私はただ静かに栄善を見つめていた。
「もちろんだよ、栄善」
栄善は少し間を置き、言葉を選ぶように口を開いた。
「私の昔の話を……」




