第18話 あの日の想い【栄善編】
【第一部】心の扉―始―
今朝の朝座を終え、続けて重役たちとの会議を済ませた今──私はようやく、少し遅めの朝食をとっている。
最近はどうにも時間が取れず、あいつらともゆっくり食事を共にすることができていない。
トワにもあの日以来──会えていない。
そんなことを考えながら、朝食の御品書きへと視線を落とす。
白く整えられた紙に、品のある清らかな文字。
一筆一筆に心を込めたような丁寧な筆運びだ。
そこに記された料理の名を追ううちに、書き記した者の気配までもが伝わってくるようで──ふと、心があたたかくなる。
きっと城の者たちの顔を思い浮かべながら、一つひとつ、記したのだろう。
……町へ赴いたあの日。
客人の手土産を選ぶトワの姿が、ふと胸によみがえる。
『栄善!この漆塗りのお箸なんてどうかな?お箸だったら食事のたびに必ず使うし、それに職人さんの真心やぬくもりが込められていて、喜んでもらえるんじゃないかな?』
そのとき、私は思ったのだ。
──ああ、この者は、人の心にそっと寄り添う、そんなやさしさを持っているのだなと。
ふと、本日の献立に目を戻す。
「芋きなこ和え」と記された品の名が目にとまり、その日の甘味屋でのひとときがよみがえる──
美味しそうに並ぶ団子を前に、目を輝かせるトワ。
あまりにも美味しいのか、頬をふくらませながら夢中で頬張っていた。
「まるで小動物のようだ」と笑った私に、トワはとたんに顔を赤くして、あたふたと慌てていた。
そんなトワの様子に、胸の奥からどうしようもなく愛しさが込み上げてくる。
トワの口元についたきなこを払おうと、そっと手を伸ばす。
指先が触れそうになる頬は想像以上に繊細で──まるで、触れた瞬間に壊れてしまいそうだった。
小さく儚げなその顔は、私の手のひらにすっぽりと収まりそうで思わず息を呑んだ。
……そして、まだ微かに頬を染め、恥ずかしそうに揺れるトワの潤んだ瞳。
あのとき、私の胸の奥で──一本の糸がふいに切れる音がした。
止める間もなく、手が伸びる。
触れた頬に伝わる温もりが、私をさらに強く引き寄せていく。
気づけば、互いの視線が絡み合い、私の体に満ちていくのは止めようのない熱。
目頭が熱くなる。
トワへと吸い込まれていきそうになったその刹那──
店主の声で、我に返ったのだ。
あのとき、追加の団子を注文していなければ、私は何をしていたのか分からない。
私はなんてやつなのだと……ため息混じりに、ふと微笑んだ。
トワはきっと知らないだろう……
品選びに自信がなくて、君に情けない男だと思われていないかと内心、気にしていた私を。
トワを町へ誘ったのは、ただの付き添いなどではない。
君のことをもっと知りたい──そう願っていた私の胸の内を。
次は礼を込めて。
トワの行きたい所へ、私が連れて行こう。
そんな想いに浸りながら朝食を終えたそのとき、襖の向こうから元気な声が飛び込んできた。
「え〜いぜん、開けるよ〜」
「哀伝、どうしたんだ?」
「この書類なんだけど、誰に渡せばよかったんだっけ?茶々蔵……?」
「いや、外交補佐のあいつに渡しておけば間違いない」
「だよね!やっぱ栄善は頼りになるな〜!すぐ届けてくる!ありがとう!」
哀伝が、襖を閉めたその直後。
「おい、栄善!おいらの訓練の成果を見てくれ!めしも食って力がみなぎっているんだ!がはははー!」
「お前はみなぎりすぎなんだよ……同じ体力ゴリラでも、仕事詰めのあいつとはまた違うな」
「ぷっ!言えてる七左衛門!」
襖の向こうから、もうひとつふたつ、聞き慣れた声が重なって響いてきた。
「……まったく、騒がしい奴らだ。」
思わず、口元がゆるんだ。
賑やかな幼馴染たちの声に心地よさを感じながら、静かに次の任務へと歩み出す。




