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ディスコードルミナス  作者: RCAS
嵐の前の平穏
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リーナという心

『ヴェリウス辺境伯軍は前線で敵軍との睨み合いを続けている。小競り合い程度の戦闘はあるが、全体としては大きな動きはない。油断は当然できないが、今のところは大きな戦争になる気配はない。そしてカイルとも合流した。怪我の予後は良好で現在は俺の副官としてヴェリウス辺境伯軍本営にいる。そしてカイルがアリオン領に送った傭兵からの情報もある。断定はできないが屋敷の者は騎士や兵士を除けば無事である可能性が高い。これが俺の把握している現状だ。最後に個人的な感想を述べる。やはり今回の戦争はどうにもきな臭い。ただの勘だがそう感じる。流石にカステリスで何かが起こるとは思えんが、そちらも注意してくれ。以上だ』

 

 そんな手紙がエリックから届いた。

 こんな手紙が書けるのもヴェリウス辺境伯領の伝令システムが優れているからだろう。

 今のところ大規模な戦闘には至っていないようだが、なんとも言い表せない緊張感が漂っているようだ。

 ただ、カイルと合流できたのは良かったし、屋敷の皆も無事かもしれない。ぬか喜びはできないけど、少しだけ安心した。


「断定できないってところが気になるけど……それでも、屋敷の皆が無事というのは嬉しいわ。それに大きな会戦に至っていないのはひとまずは安心ね。でもお兄様の勘……それにこちらも注意しろ、か……」

「良くも悪くもってところですね。ただ少しだけですが気持ちが軽くなりました。あとはこの戦争が終わることを祈るのみです。俺たちにできることはないですから」

「……そうね。もどかしさを感じるけど、今は待つしかできないわ」


 手紙を読んで俺とセシリアから安堵のため息が出た。特に屋敷の皆が無事かもしれないというところが大きい。

 でもこの緊張はまだまだ続く。エリックの勘というのも気になるし、精神的にも良くない期間がまだまだ長引きそうだ。

 この手紙が来る前は、セシリアはそろそろ外に出たいと愚痴をこぼしていた。でもエリックの忠告もある。まだまだ外に出ることはできないだろう。

 

「仕方ないか。まだ我慢するしかないわね。でも……退屈なのよ。本を読むのも飽きてきたわ」


 緊張感はまだあるとはいえ、ひとまずの安心を得た。だから退屈であることをなおさら意識してしまうんだろうな。

 

「一人遊びなら色々と思いつきますがどうします?」

「一人で何かするのは嫌。本を読むのと変わらないじゃないの。だからリーナと一緒に遊べるものがいいわね」

「なら考えておきますよ。俺のいた世界には色々ありましたから、楽しみにしてください」

「……そんな話もあったわね。なら、ほどほどに期待して待ってるわ」

 

 といわけで色々と暇つぶしを考えるわけだが、そもそも俺の暇つぶしといったらネットやゲームが大半で、気軽に遊べるアナログゲームなんて思いつかないことを、後になって気が付いた。

 これには俺も困ったが、一つの馬鹿な思いつきがあり、後日、それをセシリアとすることになる。

 その遊びはくだらないものだったけど、中々に刺激的な日々を俺たちに与えることになった。

 

 しかしこの時は、俺の魔法についての検証の真っ最中だ。

 ヴィクターやフランも自分の修行を後回しにしてでも、この検証を手伝ってくれている。

 そこまでするほど俺が魔法を使えるのはおかしく、興味深いってことなんだろう。だからこそ俺も本気で取り組んでいる。

 この検証は数日にわたったが、様々な実験によって俺の体質? の理解が進んだ。

 やはりあのセクハラは単なる切っ掛けで、重要なのは心みたいだ。女であることを強く意識すると魔法が成功するということが分かった。

 

 普通に稽古に参加する時、俺は自分を女だと意識していない。だからこの時はまるで魔法は成功しないけど、稽古の前に女であるという意識をすると、それだけで魔法の成功率があがるのだ。

 あとは女の意識だと極限の集中には入れないことも分かった。心が男でないと駄目みたいで、魔法との両立は無理みたいだ。

 そして今日はさらなる検証のために……俺はフランの着せ替え人形にされてしまうのであった!

 

「思った通りですわ! 普段は男っぽいですが、こうして女物の服を着ると途端に可愛くなりますわね!」

「あっ、はい。そっすね……」


 訓練場にある内弟子が住む建物の一室。そこには大量の女物の服が並べられていた。

 セシリアが普段来ているようなブラウスとスカートとかならともかく、フリルのたくさんついたドレスなんかもあるし、酒場の給仕が着ているような胸を強調しているようなものまである。


 こんなことになったのは俺が女物を服を一切持っていないからだった。

 メイド服は仕事着として慣れたけど、それ以外はちょっと……そんな話をフランとしたのが発端である。

 しかし……やはり恥ずかしい……俺の意識だと、女装としか感じないよ!

 

「あらまあ! そんなに照れるだなんて本当に可愛らしい! あなたみたいな侍女が側付きだなんて、セシリアさんが羨ましいですわ!」


 なんか知らんがフランは大絶賛だった。

 聞けばフランの側付きの侍女は年配の女性で、その人はその人で信頼しているけど、俺みたいな若くて可愛い女の侍女も欲しかったのだとか。

 その理由はこれだ。人肉着せ替え人形が欲しかったという、ある意味でやべー趣味のせいだった。

 

 これはヴィクターに聞いた話だが、モラント子爵はフランが好き勝手やるのを諦めて放置しているらしいけど、この着せ替え人形趣味だけは絶対に認めなかったそうだ。

 なんでも、自分の着ている貴族のフォーマルな衣装ですら使ってしまうらしいからね。


 そりゃあ駄目でしょ? 身分の詐称になっちゃうよ!

 そんな恋する乙女なんかより、さらにとんでもない女であったフランに俺は遊ばれていた。自分の住んでいる屋敷ではできないから、ここで俺を使うという魂胆だ。

 すでに魔法の検証なんか頭にないだろこれ……。

 でもフランがうきうきしながら俺の体を触ってお着換えさせてくるのは……俺もやべー趣味に目覚めそうで、少し怖い。


「ヴィクター兄上! いいですわよ! 入ってきてくださいな!」

「おう、入るぞ! ……リーナ。中々似合うじゃないか。悪くない」

「ははっ! そっすね!」


 ヴィクターまで俺を褒めてくるもんだから、もう恥ずかしくてたまらん。

 でも、こういう服を着るのも結構楽しい……という感情も少し湧いてきて、複雑な気分だよ。


「俺の目にもずいぶんと女らしくなったように見える。そろそろ試してみるか」

「分かりました。ならこれからが今日の本番ですね」


 そう! 重要なのは魔法の検証だ。

 今の俺はかなり女に心が寄っていると思う。だから今から行う投射魔法の検証も上手くいく可能性が高いはず!

 というわけで訓練場に出て的となる人形の前に少し離れて立つ。

 その距離はヴィクターが対長槍兵の訓練に投射魔法を使う距離と同じだ。実戦的な実験を行うってことだな。


「よし、初めての投射魔法の検証だが、水属性を試す。桶に水を入れておいたからこれを使ってみろ。『水礫』は雨天や水辺で最も効力を発揮する投射魔法だ。水属性は習得しやすいと言われているから、リーナには最適だろう」

 

 俺の隣に置かれた桶には水が並々と注がれている。これは実際に『水礫』を習得する時にやる練習法みたいだ。術者の近くにあるものを使うのが投射魔法の中でも特に威力が出るとのこと。

 どこにでもある物と言えば他にも土や砂があり、それに対応する地属性の『砂弾』という投射魔法もあるようで、そちらはフランが習得しているという。

 でもそれはそれで問題があるらしく、結局ただ投射魔法を習得するだけなら水属性がいいのだとか。


「ヴィクター様は『水礫』を使えるんですか?」


 すでにヴィクターは『熱火』を習得している。でも水属性の魔法を使っているのを見たことはない。

 だから疑問に思い聞いてみた。


「俺は先に『熱火』を習得してしまったからな。だから『水礫』は使えない。有用な魔法だから覚えたいとは思っているが、なかなか習得は難しい」


 詳しく聞くと二度目に習得しようとする『所作発動』などの同系統の発動方式の魔法は習得するのにさらなる時間が必要になるという。

 その理由は最初に覚えた魔法にイメージが引きずられるから、属性が違うものを覚えるのは難しいからだとか。

 だから魔法構成が重要になるわけだな。まるでゲームのスキルビルドみたいだ。

 

「……では、いきます!」


 気になっていた質問を答えてもらい、ついに魔法の検証の時間がやってきた。

 意識を集中して腕を宙に突き出す。ヴィクターは印を切るようにして魔法を使うが、その所作は自身がもっとも適切だと思うものならなんでもいいらしい。

 なら俺としてはこれだ。手で銃を模して撃つイメージ。つまりは指鉄砲。

 親指を曲げることによりハンマーを上げてコッキングする。撃つのはリボルバー。リボルバーで水の弾丸を撃ちだすというイメージを強く想い起こす!


 するとまるで本当に反動があったかのように肘が曲がる。そして俺の目線の向く先に、真っ直ぐに飛んで行った水の弾丸が人形の突き刺さった。

 穴の空いた所から水が流れ出す。貫通はしないまでも、かなり深くまで突き刺さったようだった。

 ヴィクターが人形に近づき穴を調べる。そして納得したのか、俺に振り返りこう言った。

 

「これは使える。当たり所が良ければ人を殺せるだけの威力があるようだ。修業期間もおかずにこれだけの魔法が使えるのは異常としか言えんが……今後何が起こるか分からん。それを思えばこの結果は喜ばしい」


 前に俺が魔法を使ったときはあり得ないようなものを見る目だったけど、今のヴィクターは真剣にその威力を見定めているようだった。

 この結果は俺にとっても朗報だ。俺の手札が一枚増えた。女の心になる必要があるというのは、ちと厳しいが……いや、待てよ。女の心……か。


「ヴィクター様! 試したいことができました! またやりますので的から離れてください!」


 そういってヴィクターに的から離れてもらい、指鉄砲の構えをする。

 リボルバーのイメージは十分だ。水の弾丸も頭の中で完全に想像できる。そしてさらなる威力を発揮するために必要なこと。

 それは……俺という心を、私という心へ、靖彦からリーナへ切り替える!


 水の弾丸を撃つ。コッキングをして間を置かずにすぐに撃つ。

 私という心によって、私の意志でもって、水の弾丸を撃つ、撃つ、撃つ。

 そして最後に残った一発を、私は私という、リーナという人格でもって撃ち出した!


 水弾を全て受け止めていた人形が、最後の弾丸によって完全に破壊される。

 それはまるで上半身を吹き飛ばされた人の如く、この結果が私の魔法の威力を証明していた。


「……驚いた。さらに威力が上がり、速射性もあるようだ。中央にいる魔導師団の魔導士と互角と言ってもいい能力だ。いったい何をした?」

「心を、意図して変えました。私は私だって……そう考えて、撃ちました」


 私という人格。私という存在。そうだ。私の名前……リーナ。それを意識したんだ。

 でもこれで分かった。感覚として理解できた。自分の意志でもって現実を書き換える力……それを魔法だと私は定義することにした。

 ははっ! 確かにこれは修行が必要かもしれない。これは言葉で説明するのは難しいかもね。


 何故女の心が、リーナの心が必要かは分からない。でもいいや、そんな難しいことは。世界のことを分かったようなこの感覚、不思議なこの感覚が気持ちいい……。

 一つの技能を習得したという余韻に浸っていると、隣にヴィクターがいるのに気がついた。私のところまでやってきたようだ。

 そして私の肩に手を置いて、ヴィクターは微笑みながら言った。

 

「お前が何を言っているのか良く分からんが……やるじゃないか。良い腕だ」


 かけられた言葉自体は短い。でもそこには大きな気持ちが込められているように私には感じられた。

 その気持ちに、私は心から嬉しくなった。

 エドワードさんに認められた時とも違うこの感覚……そっか。褒められるのって、こんなに嬉しいことだったんだ!

 私は私の心の赴くままに、満面の笑みを浮かべてこう返した。


「はい! ヴィクター様!」

「リーナ……お前」


 えっと、なんだろう? ヴィクターの顔がちょっと赤いような?

 それになんだろう? 私もヴィクターのそういう顔を見てると、ちょっと照れるというか……。

 そんな不思議な感覚に浸っていると、いつの間にか私とヴィクターの側までやってきたフランがこう言った。


「ヴィクター兄上。リーナはアリオン家の侍女ですし、そしてエリック様のお気に入りです。なので特別な好意を持つのはあまりおすすめできませんわ」


 そんなフランの言葉を聞いたヴィクターの顔が引きつるように見えた。

 これってつまり、ヴィクターが私を好きに、なっ……た? って、あれ? ……!

 

「……ぎえっぴぃ!」


 やべぇぇぇぇ! あぶねぇ! 心が女になっちまうところだったぁ!


「お、おい。リーナ、どうした、そんな声だして」

「また面白い顔をしますのね。先ほどまでの愛らしい笑顔はどこにいきましたの?」


 そんなこと言ってくる兄妹がいるが、そんなの知ったことか!

 こ、これは恐ろしい感覚だ……心からリーナになってしまうような。俺の人格が塗りつぶされるような。

 だが、堪えた。なんとか踏みとどまった。俺は嫌だぞ! メス堕ちは嫌だ!

 

 こうして俺の魔法の検証は終わった。結果は大成功。俺はこの世界の魔法の仕組みを感覚で理解した。

 しかし気軽に使えるものではなかった。これは危険だ。危険である。魂の危機であった!

 まあそれはそれとして、その結果をグレン先生に伝えたわけだが。

 グレン先生は俺が破壊した人形を見た後に、真顔になって忠告してきた。


「リーナ。これは誰にも話してはならない。いいね」


 初めて見るグレン先生の真剣な表情に、俺の顔は引きつっていたと思う。

 ヴァリエンタ帝国は魔法を重視する国。そう考えるとこれだけの魔法が使えるのは、何かいざこざの原因となるかもしれないということだった。


 ……まあ、何はともあれ、新しい技能が一つ増えたわけだけど……心を切り替えるって可能なのか?

 そんな簡単じゃないよなって思いつつ、まあ良いかと軽く考える俺であった。

 そう、俺であったのだった。

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