剣と魔法
色々なことがありながらも剣術の修行が続く。
その中では当然のようにフランと試合をすることもある。なんたってフランの対戦相手としてグレン先生の弟子になれたようなものだからな。
フランは女でありながらロングソードの使い手で、長いリーチと剛剣のように振り回す攻撃が特徴だ。
それだけならリーチの差で俺の方が不利に思えるが、懐に入ってしまえば簡単に対処できた。
俺には極限の集中に入る力があるから懐に入るのも簡単だ。だから当然の結果と言える。やはりこの力は相当な実力差がない覆せないもののようだ。
しかし魔法ありの試合となるとその勝率は逆となる。俺はどんな手を使ってもフランに勝つことができなかった。
「負けました……くっそー! やっぱり駄目かぁ」
フランに向けて礼だけはきちんとするが、それが終わると口から悪態が出る。
何度やっても駄目だ、まるで勝てる気がしない。
フランはこの試合で『瞬動』を使った。エリックも使っていた移動の魔法だ。他にも『土壁』という防御魔法を使う時もある。
『土壁』のほうはまだいい。精度がまだまだなのか完全な防御はできていないからだ。でもこの『瞬動』によって俺は何度も敗北していた。短距離と言えど瞬間移動のような動きには極限の集中と言えど対処は難しい。
それどころかむしろ、極限の集中に頼り切った動きになりがちな俺を崩すにはこの魔法は最適だった。何せいくら意識が速くても体の動きを速くすることはできないからだ。
だから俺の今後の課題は効率的な身体操作を学ぶことだ。それを理解できただけでもグレン先生の弟子になって良かったと思える。
「それは仕方ありませんわね。むしろ魔法なしでそこまで戦えるのが凄いと言えますわ。ねえヴィクター兄上」
フランの言葉はもっともなようで、ヴィクターは頷きながら解説をする。
「その通りだ。魔法を学びそれを戦闘に取り入れるからこそ、貴族や騎士たちが軽歩兵という兵科において主力でいられるんだ。魔法なしで貴族に勝てるのはほんの一握りに過ぎない。それこそ先生に匹敵する腕前がないと到底無理だ」
この世界は厳しい。魔法がそれほど強くないかと思いきや、実は滅茶苦茶重要なんだ。それこそ軽歩兵なんて脆弱なはずの兵科が主力になってしまうほどに。
「先生級ですか。あのヴァルガも魔法を使っていなかったようですけど、それだけの強さが必要かぁ」
「ヴァルガだって魔法は当然使える。しかしその必要性がなかったというだけさ。俺はその高みを目指しているがまだまだ遠い」
ヴィクターも強いはずだけどな。それでも超える事のできない差があるんだ。ほんと厳しい世界だぜ。
「修行を頑張るべきですわね。勿論そんな簡単に習得はできませんが、それでも努力し続ければいずれは習得できますわよ」
「年単位の修行が必要なんだろ? 先は長いけど頑張るしかないか。それはそうと魔法の種類についてもう一度教えてくれ。特に良く使う三つがあったよな」
「剣術と組み合わせるなら、覚えるべきは『所作発動』『精神発動』『反射発動』の三つ。エリック様の使う魔法で言うなら『強撃』『瞬動』『風打ち』がこれにあたりますわ」
『強撃』はまだ見たことはないが他の二つは分かる。ヴァルガとの戦いでも使っていたからだ。その有用性はあの戦いを生き残ったエリックによって証明されている。
「その中だと『精神発動』が一番できそうなんだよな。俺の中にある魔法のイメージそのままだし」
言うなれば無詠唱魔法がこれだ。精神を集中して効果を出すという魔法の使い方。エイル先生から教わった照明魔法もこれにあたる。
「魔法の練習の経験はどれだけありますの?」
「一度やって全然駄目でそれっきり。まったくイメージが掴めなくてさ」
「たった一度だけの練習で使える訳がないのは当たり前ですわ。私だって数ヵ月をかけて光魔法を使えるようになったものです。一度やって諦めているようでは全然駄目ですわね」
フランが軽く笑いながら俺をたしなめる。
やっぱそうだよなぁ。そんな簡単な世界じゃないぜ。
その後にさらに話をして分かったことだけど、ヴィクターが火魔法を使えることや、フランが地魔法を得意とすることが分かった。どちらも軽歩兵として重装歩兵や長槍兵の密集陣形を崩すために必要な投射魔法だという。
でもエイル先生はそんな派手な魔法はないって言ってた気もするけど、どうなんだろう?
それをヴィクターに尋ねると実際に魔法を使って見せるという。人形を的にするそうだ。
「これが俺の火魔法の『熱火』だ。そこで見てろよ……はっ!」
そう言うとヴィクターはまるで印を切るように手を動かして、最後に人形に向かって手を伸ばした。
するとヴィクターから少し離れたところから火の玉のようなものが現れ、それが真っ直ぐ飛んで人形に直撃した。
これぞ魔法! って感じでカッコいい。
でもそれだけだ。人形は少し焦げただけで、あまり威力があるようには思えない。
「見た目はいいですけど……しょぼいですね」
俺の正直な感想をヴィクターは当然であるかのように頷き解説をする。
「実際大したことはない。直撃しても人を殺す威力なんてないしな。でもこれが密集陣形を組む長槍兵に当たったらどうだ? 何事もなく耐えられて、そのまま陣形を維持できると思うか?」
それを言われれば確かにそうかもしれない。人間って痛みに耐えられるようにはできてないからな。
「この程度の威力しかなくても十分なんだ。これを軽歩兵が一斉に敵目掛けて投射するからな。どこかに綻びができればそこから崩せる。戦列に侵入できれば後はこっちのもんだ。そこからは近接戦闘の腕前が重要になってくる。そのための剣術なんだ」
「なるほど。理解できました。ならエリック様はどうなんですか? どう考えても『強撃』なんて崩しには向かないですよ」
ヴィクターに尋ねると笑いながら答えた。
「エリックは、剣士相手に優位に立つための魔法構成になっている。あいつは剣術馬鹿だからな」
詳しい説明によると『強撃』が対剣士用の防御破壊攻撃で、『瞬動』が戦闘補助の機動魔法、そして『風打ち』が迎撃用。という感じで近接戦闘に特化しているという。
ただ普通は『所作発動』魔法は密集陣形を崩す投射魔法にするのが一般的なんだとか。ヴィクターがやっていた印を切る動作だな。
俺としてはヴィクターの説明に納得したんだけど、フランが目を輝かせながら反論する。
「そこがエリック様の素晴らしいところですわ! 対剣士を専門とする軽歩兵も必要でしてよ! まさにエリック様に相応しい魔法構成ですわ!」
フランのきらきらとした目に、俺は少しだけ引きつった笑みを浮かべるしかなかった。
合理的な理由もあるのは分かるけど、エリックに対するこの全肯定っぷりはすごい。
それが恋から来るものであるとするならば……ここまで人を好きになれるというのも、それはそれで凄い才能なのかもしれない。
昨日は魔法について再確認して、照明魔法の練習は個人的な修行に取り入れることにした。
とはいえ昨日の今日だ。そんな簡単にできるはずもない。
そして今は魔法でなく基礎を鍛えるために素振りをしている。すると近くで同じように素振りをしていたヴィクターが近づいてきた。
「ここはこうしたほうがいい」
そう言って、ヴィクターは俺の姿勢を正してくる。その手が肩や背中、腕へと触れるたびに、少しずつ剣の振りが良くなっていく。
無駄な筋肉の緊張をヴィクターの手により意識することで振りが良くなった。
さすがグレン先生の一番弟子だ。
「おお、いい感じです! 少し速くなりましたね!」
喜びを隠せずにいると、ヴィクターがふと尋ねてきた。
「お前、恥ずかしくないのか?」
「……別に?」
俺が平然と答えた。
稽古のために触るわけだからな。別にどうってことない。
だがそんな俺の態度がいけなかったのか、ヴィクターはニヤリと笑って悪ノリを始めた。
「じゃあ、どこまで耐えられる? 俺のこと、全く意識していないなら問題ないよな?」
そう言うとヴィクターの手が次第に不自然な動きを始めた。
背中から腰をさわさわと撫でられる。ぞくっとする感覚が全身に走るが、俺は我慢した。
これってどう対応すればいいんだ? セクハラなのは間違いないけど、過剰反応するのは女になったみたいで、なんか嫌だ。
そんなことを考えていたのが悪かった。ついにヴィクターの手が俺の下半身へと伸びようとする。
「ちょっ、それは、やっ……!」
さすがに耐えられなくなった瞬間、訓練場にフランの怒声が響き渡った。
「ヴィクター兄上! なにしていらっしゃるの! リーナから手を離しなさい!」
フランは真っ赤な顔でヴィクターを睨みつけていた。ヴィクターも苦笑いを浮かべながら謝罪する。
「悪ふざけが過ぎたな。すまん」
「謝罪ならリーナにするべきですわ! モラント領の平民ならともかく、リーナはアリオン家の侍女ですし、私たちはグレン先生の弟子ですわ! そんなに溜まっているのなら、娼館にでも行けばいいのですわ!」
フランが一喝すると、その場の空気が一気に重たくなった。
というか自分の領地の平民ならOKって……フランから平然とそういう発言が出ることで、身分制度の厳しさが良く理解できる。
そんな微妙な空気の中、グレン先生が現れた。
いつも飄々としている先生はたまにひょろっと顔を出すと、課題を出してどこかへ行くことが多い。でも真面目に課題をこなすと体の動きが良くなるのが分かるから指導者として優秀なんだよな。
「今日は気分でも変えて魔法の練習でもしてみようか」
グレン先生は気まずさなんて何のその、いつものマイペース具合で指示を出す。
ヴィクターとフランは自分の魔法を高めるための修行で、的に向かって投射魔法を次々と打ち込んでいる。
俺には当然そんなことは無理だから、まずは発動させるための練習だ。やるのは当然ながら一番簡単とされる照明魔法となる。
魔法の使用はすぐに諦めたから才能があるかどうかすら分からない。これは今更ながらに後悔している。アリオン家にいるうちにもっとやっておけば良かった……。
才能があれば一カ月以内に習得できる人もいるらしいから、ここは俺に才能があることを祈ろう。
「気楽にやりなさい。魔法を使うのが目的でなくて、精神を統一する修行の一貫だからね」
グレン先生の言葉に従い照明魔法をイメージする。ロウソクや電球、蛍光灯にLED、色々な光を頭の中に浮かべていく。
何度かの失敗のあと、俺の手がほのかに光り始めた。
「え、なんで?」
間違いない。これ、魔法だ……なんでこんな簡単にできるんだ?
昨日の夜に少しやってみたけど成功なんてしなかった。なんで今になってできるんだ?
突然の魔法の成功に、皆が訝しむような目で俺を見る。
「本当に魔法を使えなかったのか? いきなり使えるようになるなんてどう考えてもおかしいぞ?」
「精神的に大きな衝撃があると、突然魔法を使えるようになるという話もありますけど、それでしょうか? 激戦を潜り抜けたという話ですし……」
「可能性としてはそれしかないだろうね。私の知っている逸話だと、命の危機を感じた少女が修行もせずに魔法を使い窮地を逃れたというものがある。今回の場合はそれとは違うけど、今のところそれくらいしか考えられないかな」
俺を除く皆が顔を見合わせながら議論を始める。
さきほどまでの気まずい空気がなくなったのは良いことだけど、精神的なショックだって?
あの戦いは確かにショックはあったけど、それなら昨日の夜に使えてもいいはずだし……ほかに何かあるのかな?
うーん……待てよ、あれか? いや、でも……そんなことってある?
「……もしかしてあのセクハラ?」
今日のことだけを考えてみる。そうなると一番のショックと言えばあれだ。
ヴィクターの手が下半身に迫った時に、女っぽい声が出ちゃったんだよね……実はあれって、結構ショックだった。
とはいっても命の危険と比べるのはどうなのさ?
「なんだいセクハラとは?」
「えっと、俺の出身地方の方言で、性的な嫌がらせって意味です。さっきヴィクター様に体を触れられまして」
どうやらセクハラという単語はこの世界にはないらしい。それはグレン先生だけでなくヴィクターとフランの顔を見ても分かる。
でもヴィクターに対して先生の無言の重圧が襲い掛かっているのは面白い。ヴィクターは真顔になりながら冷や汗をかいているようだ。
「ふーむ。とりあえず検証かな? 体を触られたのがきっかけで魔法を使いだすなんて聞いたことはないけど、精神は人それぞれだからね。ヴィクターとフランを好きに使うと良い。色々試してごらんよ」
俺の体のお触り権を見事にゲットしたヴィクターであったが、あまり嬉しそうな感じはしないな。
むしろフランのしらー、って顔で見られてさらに冷や汗が出ているように思える。
と、こんなことがあり今日の稽古は終わった。
でもこれから毎日体を触られるのか……検証のためだから別に良いけどさ。
……ん、待てよ? ヴィクターはともかく、フランにお触りされるというのは……もしかして、ご褒美なのでは?




