その5
○登場人物
大田恵一・おおたけいいち(タクシードライバー、野望を携えて生きる野心家)
片柳彩子・かたやなぎあやこ(モデル、今どきの十代で分かりやすい性格)
久留米雀・くるめすずめ(女優、誰もが一目置く大物)
野木晃彦・のぎあきひこ(大田の学生時代の同級生、既婚で子供もいる世帯主)
柴村忍・しばむらしのぶ(週刊誌記者、久留米の連載を担当している)
亀谷右京・かめやうきょう(刑事、大田と過去に接してから後を追い続けている)
光村沙耶・みつむらさや(キャバクラ嬢、名の知れた有名店でナンバーツーを誇る)
翌日、起床は四時だった。六時入りの現場だが、久留米雀は三十分前には着いてたい
ということで五時に迎えに行く事になり、初日なので余裕を見てこの時間にアラームを
設定しておいた。タクシードライバーの時はもう少し遅くまで寝れたが、これからは不
規則な時間になる事を実感する。体もうまく起ききれず、浮ついた感覚で身支度をして
家を出た。
マンションの地下駐車場から車を出すと、速度に乗せて軽快に走らせる。男に与えら
れた車はシルバーのベンツだった。以前の専用の移動車をそのまま受け取った形となっ
たため、車内はいろいろと中古感も滲んでいる。それでも、ベンツなんて初めての経験
なので新鮮な気持ちにはなれた。なんというか、車本体の威勢の良さみたいなのがある
気がする。走らせていて心地良い。
女の自宅に着いたのは指定の時間の十分前だった。女の住む一軒家は外観だけでその
高貴さが窺える気品のよい佇まいだ。成城にこの家を建てるとは成功者の証といえるだ
ろう。改めて、獲物の大きさを痛感する。現実に直面することで、衝動を確固とする事
が出来た。
五時になってから到着した旨を電話すると、女は三分ほどで姿を現す。ゆったりとし
た貫禄のある動きでこちらに向かってくる。男は外へと出て、女が車に来るのと同時に
後部席の扉を開ける。
「そんなことしなくていいわよ。ドアぐらい自分で開けれるから」
女はフッと笑みを見せる。勝手の分からない世界に戸惑う男に教育のしがいを見ただ
ろうか。それなら、男の思うがままだ。まずは下手に出て、相手の様子を窺おう。
車は次の目的地へ走り出す。男は仕事や住まいを提供してもらった事の感謝を伝え、
女はそれを大したことないというふうにする。その後はあまり話は繋がらない。朝一番
ということもあるが、これからは仕事上での関係になるのだから今までのようなお気楽
な会話はいらないのだろう。思えば、これまでも女の仕事については触れてこなかった。
それはあくまで芸能人と一般人という関係だったからであり、今日からは男も女のスタ
ッフの一員となる。だからこそ、今まで以上の配慮が伴う必要がある。こちらから無闇
に話を振るのは好ましくない。
十五分ほどで車は着き、女性マネージャーを拾って再び出発する。その十五分後に、
目的地のスタジオへ到着した。女と女性は車を降り、建物へと入っていく。姿が見えな
くなると、男は息をついた。
女は今日はドラマの撮影らしい。どんなドラマかは知らないし、聞く事もしない。別
にミーハーでもないし、女の方も仕事の話を聞いてもらいたそうなタイプではない。腕
時計を見る、まだ五時三十一分。終わりの時間は二十二時頃と聞いている。つまり、今
から十六時間半は空きになってしまう。撮影の終わりが早まったり、急な呼びつけもあ
るようだが、基本的には何をしていても構わないらしい。三日前までのタクシードライ
バーの仕事と比べると、なんともやりがいがない。だが、これで今まで以上の生活を用
意してもらえるのだから甘えておくに限る。
結局、男は家に戻って寝直した。昼過ぎに起き、片付けの行き届いてない引越しの荷
物に手をつけていく。買物に行き、夕食を作り、それを食べてから仕事に向かう。ほぼ
予定通りに仕事を終えた女と女性を自宅へ送り届け、男も自宅に変える。ずいぶん待遇
のいいアルバイトをしてるような感覚になった。
それからしばらくはおとなしい生活を続けた。久留米雀の送迎の仕事をし、合間の時
間は適当に過ごす。丸一日の休業日こそ少なくなったが、自由に使える時間は圧倒的に
増えた。とはいっても、大した趣味もない男にはそれほど有難味のあるものではない。
結果、家でだらだらと過ごす事が多かった。
久留米雀はとにかく落ち着いていた。男が仕事を始めるとともに動きを見せてくるの
かと思っていたが、それはなかった。車内でも必要以上の話はなかったし、態度も年齢
相応にどっしりと構えたものだった。それがまた厄介だった。外に表現してくれるなら
やりやすいが、内に込められるとやりにくい。彼女は男をどうしたいと思っているのか。
強引になら、働き口や住まいを提供した事を引き合いに迫る事だって出来る。好感触を
持ってるに違いない。だから、男を引き抜いたんだ。男からのモーションを待ってるの
だろうか。だとしたら、相当に洞察力に優れた人間でなければ見抜けはしない。いつか、
そう遠くないいつかに動きは見られるはずだ。
光村沙耶は今回の転職を喜んでいた。理由は、単純に自由時間が多く取れるようにな
ったから。二人とも不規則な仕事をしていたため、会うのは朝方が多く、一発やって寝
るという展開が大体だった。それが今はどの時間帯でも男側が合わせられる事が増え、
一緒にいる時間も多くなった。彼女の休日にはデートをしたり、普通にカップルみたい
な過ごし方をしている。
片柳彩子とは全く会っていなかった。理由は、単純に会う名目がないから。メールは
日に一回のペースでやり取りを続けていたが、それ以上の行為に走る事はしなかった。
彼女もそれはしなかったし、届くメールの内容も日々の仕事の内容ぐらいだった。思い
を制御してるのかは文字だけでは判別しにくかったが、実際は男からの誘いを待ってる
ように受けられた。ただ、それはしない。ここも無理な進展はせず、慎重に行くべきと
決めた。
亀谷右京の動向は不明に近かった。時々、後方からの視線を感じる事はあったけど、
特に注目はしていない。彼は動いてはこない。元々離れた場所から男の現在を確認する
程度の事しかしていないし、警戒しすぎる必要性はない。だが、このまま終わるとは思
ってはいない。お互いが果てるまで、この関係が変わらないとは思わない。何かがある、
そう感じている。
そんな生活を続け、二ヶ月が過ぎた。ありきたりな言葉を使うのなら、平穏と呼べる
日々だったと思う。大物女優の送迎をし、売れっ子キャバ嬢の恋人役を務め、残った暇
な時間は気紛れに過ごす。そんな毎日だ。
五日前には転職後の初給料が振り込まれた。確かに、五十万円だった。仕事の内容と
対比すると、逆の意味で割に合っていなかったが、好待遇をしてもらってる側がそれを
指摘する事はしない。良い生活だ、そう思った。
その日の夜、二十時過ぎに久留米雀とマネージャーを吉祥寺のカフェに迎えに行った。
雑誌の取材を受けた終わりらしい。いつものように中古同然に使われているシルバーの
ベンツを走らせてると、女から食事に付き合うよう言われた。それはおかしな流れでは
なく、これまでにも何度かあった場面だった。仕事終わりに夕食、運転手だからと車に
待たせておくのは忍びないので三人で、という建て前で。
女性のナビで向かったのは和食店だった。昔ながらの日本家屋という店の佇まいから
して、その質の高さが窺える。通された和室は庭に通じていて、池には鹿威しが引かれ
てあった。画面を通してでしか目にしていなかった景色や料理に勝手が利かない。ただ、
それ自体は男の演技にリアリティが付属されて良い方向へ転がってくれたが。
「今日はごちそうさまでした。いつもいつもありがとうございます」
食事が終わり、女性を送り届けた後、車は女の自宅に向かっている。男は運転席の窓
を小さく開けている。後部座席に座る女の存在感はかなりのもので、密閉された空間に
いると多少の圧迫を受ける。緊張しているわけではないが、楽にいける相手でない事は
承知している。
「いいのよ、これぐらい」
語調と言葉が重なっていた。話はそこで止まると思ったが、この日は女からの動きが
あった。
「ねぇ、あなたの部屋へ行っていいかしら」
言葉から汲み取れる展開は数個あり、どうしても誇張されたものが突出してくるが女
の語調からそれはまだ感じられない。
「僕のところですか。何かあったんですか」
「うぅん、そういうんじゃないわ。前に言ったけど、私は気分転換したい時にあそこ
に行くのよ。それで、今はちょうどそうだったっていう話。気が落ち着くのよ、あそこ
に行くと」
「あぁ、そうでしたね」
男は女の申し出を了承した。そういう考えだったのか、と同時に言葉の裏も読み取る
事ができた。勝負の時かもしれない、そう心持ちを構える。
マンションに到着すると、女とともに自宅へと戻った。部屋に入ると、そこには女の
見覚えのある光景が並んでいる。男がこの部屋に持って来た荷物は少なく、元々のイン
テリアの配置も変えていないので、部屋の印象に変化は見られない。
男はリビングのソファに座った女に紅茶を差し出す。紅茶はここに引っ越してきた時
からキッチンの棚にあったので、女がここに来た時に飲むためのものだろうと分かって
いた。
男は女の隣に座り、話を始める。内容は女の仕事について。仕事中には聞かなかった
ところへと手を伸ばす。ここは仕事場じゃなく、プライベートな場。心を解放していい
場所だから、というふうに。男は女の話を聞き、女の仕事への熱心ぶりを褒め、愚痴を
聞き入れ、気遣いの言葉を投げ掛ける。
女の心が傾きだしたのも把握できた。上辺の話ではなく、本心を語り出してきたのが
そのサインだろう。タイミングを見計らい、男は女の手を握った。女は顔を向けてきた
が、男は続けてくださいと先を促す。女はそれに気を許した。酒が飲みたいと言い出し、
年代物のワインを開けて二人で飲んでいく。味なんてどうだっていい。今はこの目の前
の獲物を手中にする事だけに欲は向いている。
「今の待遇に満足してるかしら」
女の方から男の手のひらを摩ってくる。感触を確かめるようにゆっくりと丁寧に触れ
ていく。
「してますよ。当たり前じゃないですか」
月給五十万円、それ以上の家賃の四LDKマンション、仕事時間は平均三時間ほど。
これだけの待遇に満足しない人間はいないだろう。だが、これだけ破格の待遇を用意さ
れるということに意味があるのは察している。良い話には裏がある、とどこかで誰かが
言っていた。
「あなたが望むのなら、もう少し上乗せしてあげてもいいわよ」
女の手が男の首元に伸びてくる。鎖骨に触れ、下の方へと降りてくる。この後にどう
なるかぐらい、アホでも分かる。
「そんなことしてくれるんですか」
「いいのよ。ウチの会社は私で成り立ってるようなものなんだから。私のわがままは
通してくれる。だから、あなたの事も雇ってくれたわ」
「でも、さすがに今以上となると疑われますよ」
「もし、そうなら私のポケットマネーであげるわよ」
お金ならあるから、とでも言いたげな顔だった。女の瞳は開錠されている。この後の
展開を頭の中に動かせている。なら、望むようにしてみせよう。今から俺はただの玩具
になる。俺の意思は必要ない。全ては女の欲望に埋もれればいい。その先に俺の欲望が
あるのなら何だってやってみせるさ。
女の手は男の胸の下あたりで止まっている。遠慮があるのか。そんなものはいらない。
男は女の唇を奪い、体を触っていく。唇は角度を変え、何度と吸いつける。触れてい
く体には老いが感じられるが、そんなことは漠然としか気には掛からない。俺は、俺は
道具なんだ。そう言い聞かせ、倍以上も年齢の離れた女の体に手を掛けていく。表現の
仕様のない笑顔を浮かべて。
ベッドへと移動し、行為は加速する。男は服を脱ぎ、女の服を脱がし、艶のない体を
隅まで舐めまわす。カーテンは閉め、鏡は予め別の場所に移しておいた。この狂った己
を目に映す事にならないように。確認さえしなければ、あとで深く思い出す事もない。
男は女の体で最後まで行為を成し遂げた。女は感度の高い声を上げ、どれぐらいぶり
かという若い男性の体を味わった。行為が終わると、女は大きな疲労を見せ、男は現実
に自らを引き戻す。男は女を抱き寄せ、女はそのまま男の腕の中で眠りにつく。男は女
を包みながら、後悔の念に駆られないように必死に逃避していた。
翌日、男が目を覚ました時には女はすでに起きていた。男が起きると、女は二人分の
朝食を作り終えていた。恋人気分と錯覚したわけではない。女はいつものままの久留米
雀として、そこにいた。自分の所有する家のキッチンで料理を作っていただけ、普通の
事として片付けられる範囲にある。
朝食を食べている間も、仕事へ向かう間も昨夜の事は話題に上がらなかった。男から
話す事はしない。逃避は続けている。事実の認識はある。あくまで、逃避だ。忘却では
ない。呼び起こそうと思えば、いつでも戻せる。
女を自宅へと送ると、二十分ほどで着替えを終えて戻ってきた。その後、女性マネー
ジャーも拾って現場へと送り届ける。男と女の間に不自然な点はない。体の内側にはあ
れど、外側から見る事はできない。全て二人の中に仕舞われた。車を降り、スタジオへ
去っていく女と女性の姿を見届けると男は呪縛から解き放たれたように全身の力が抜け
ていった。
何かに縋りたくなり、誰かに包まれたくなり、男は携帯を手に取る。最初に光村沙耶
を考えたが、すぐに止めにした。惰性で付き合ってる人間と抱き合ったところで、根本
は昨夜の行為と変わらない気がしたから。じゃあ、どこかで金で繋がる女性にするか。
その方が何も考えずに済むかもしれない。ただ、その前に一人の女の顔が頭に浮かんだ。
その女には包まれそうにない。それでも、記憶の中の女の笑顔に救われたくなり、男は
携帯のボタンを押した。
「ごめんなさい。終わりが伸びちゃって」
二十二時過ぎ、待ち合わせ場所の焼き肉店に片柳彩子は姿を見せた。慌てぎみな様子
から急いできたのが窺える。
「いや、俺も今来たばっかりだから」
男も久留米雀とマネージャーを自宅へ送り届けた足で来たところだった。朝に女の子
に電話をすると、今日は雑誌の撮影があるから夜になら会えると言われた。二十一時に
終わる予定だから、と二十二時に待ち合わせ時間を整える。場所は個室のある店を選び、
男が指定した。
「頼んじゃっていいですか。もう、お腹ペッコペコで」
女の子は席につくなり、メニューを広げる。すぐに店員を呼び、適当に注文をしてい
くとようやく息をついた。
「今日、にわか雨あったじゃないですか。午前中はロケに出てたんですけど、雨で中
断しちゃって押しちゃいました」
すいませんと女の子が謝ると、君のせいじゃないからと男が宥める。
「でも、嬉しかったです。誘ってくれて」
そう言い、下を向いてはにかむ姿はなんとも可愛らしかった。転職して以来、女の子
には一度も会っていなかった。獲物として捉えたい気持ちは正直あったが、まだ社会に
さほど揉まれていない純粋な子を利用する事に戸惑いもあって。汚れなさすぎている。
泥臭く揉まれてきた女性との駆け引きにはなれていたが、逆にこういうタイプにはどう
接すればいいのか迷う。計画性がない分、規格外の事を起こされてしまう可能性がある
気もしたから。
それでも、今日は誘ってしまった。気が正常ではないのかもしれない。そうだったと
しても、この子の笑顔に癒やされたかった。老いた生真面目な女の体に壊された身を、
若い快活な女の子の体に包んでもらいたかった。
「よかった。俺なんかが誘ってもよかったのかな、って思ってて」
「全然。誘ってくれたりしないのかなぁ、って実は待ってたんです」
「そうなんだ。それを聞いて安心した」
二人は擦れ違いを笑った。本当は、女の子が誘いを待ってるのを男は気づいていた。
それを知りながら、そこに触れないようにしていた。脈がある、という事を武器として
携えたままにして。
「待ってたって言ってたけど、こっちが誘わなかったらどうしてたの」
「どうだろう・・・・・・こっちから誘ってたかも」
「どういうふうに」
えぇ、と女の子は深く考え込む。男との様々なシチュエーションを頭に浮かべ、最適
なものを選びこむ。
「好きな食べ物とか聞いて、そっから誘ってもらえるように探り探りで」
「それ、結局こっちが誘うんじゃん」
また二人で笑った。女の子のその笑顔に心を撫でられるのが分かる。男にとっては他
のどの薬よりも特効性のあるものに感じれた。
その後は焼き肉を食べながら、女の子の仕事について、男の仕事について、今どきの
若者について、昔の若者について、話を交わしていく。目の前の子は未成年で、自分は
三十歳の手前である事を刻ませながら。今はこの時間に身を寄せるが、これは長く続く
ものではない。
勘定の約二万円は男が払い、女の子はごちそうさまですと頭を下げる。それは男には
少し複雑な状況だった。その金は久留米雀から貰ったものだ。今朝、男が出掛ける支度
をしていると、リビングのテーブルに十万円が新の状態で置かれていた。要は、久留米
雀を抱いた報酬ということだろう。男はその金の中から勘定を払った。正しくない金を
使ってしまいたい気持ち、残しておくべきという気持ち、それを使った気持ち、女の子
との食事に使ったという気持ち、様々な感情が入り乱れる。何が今の自分にとって正解
なのかは分からなかった。
車で女の子を青山の自宅まで送り届ける。御馳走になった感謝を告げて車を降りよう
とする女の子を不意に止めていた。男は女の子の手を握っていた。女の子は男を見たま
まで止まっている。
「どう・・・・・・したんですか」
すいません、と男は手を離す。息をつく男に異変を感じ、女の子は逆に離したばかり
の男の手を取った。
「話してください、よかったら。私なんかじゃ、全然役に立たないけど」
女の子の澄んだ瞳に見られると、心が洗われていく気がした。そのまま、体の中にあ
る汚物を吐き出してしまいたくなる。
「実は、正直なところ、母親の看病と仕事の両立に負担が掛かってて。家では看病、
外では仕事、ってなると気の休まる場所があまりなくて。家で療養してる母親に仕事の
愚痴は零せませんし、外であれだけお世話になってる社長の前で看病の重荷を零したり
できません。捌け口に困ってしまって、今日は君を誘ったんだ」
ごめんと言うと、女の子はかぶりを振る。
「嬉しいですよ。そういう時、呼んでくれるのって」
女の子はフッと笑みを見せる。弱さを見せてくれる男に頼られてる感じがあり、心を
くすぶられる。男の嘘には気づく由もないが、本物の弱さは女の子の感情を揺さぶる。
守ってあげたい、そう強く思った。
男は助手席の女の子に身を寄り添わせ、その体を女の子は柔に抱きしめる。愛おしい
ものとして。
「ありがとう。君のおかげで救われた」
「いえ。私でよければ、いつでも話してきてください」
女の子の温かさに昨夜の記憶は浄化されていった。傷を宥められながら、男は素直に
心を委ねた。
その日から、非日常的な循環が続く事になった。久留米雀は週に一度、男の家を訪れ
て行為は行われた。その都度、十万円から二十万円の札が男に与えられる。そこに愛情
に等しい感情がない事は女も分かっている。少しでも気持ちが傾いていればと思う事は
あるが、甘い考えに目を眩ませないようにと引き締めてある。金銭と欲で繋がった関係、
それを自負しながら関係は続いていった。
そして、その翌日に男は片柳彩子を誘う。精神の損失を補うため、女の子との時間は
最も効き目があった。若く甘く香る体に包まれると心地良く、幾らかでも悪夢を散らす
事はできた。
女の子の都合が合わない時には光村沙耶のところへ行く。早朝には家に戻ってるので、
久留米雀を仕事場へ送り届けてから行く頃には女は眠りについている事が大体だ。それ
でも、女を起こして行為に走る。数時間前に別の女に入れた性器を入れ、何も知らない
女は快楽に誘われる。
客観的に眺めれば、自らの行動の変質さに痛くなる。だから、それはなるべくしない
ように心掛けた。俺は金のためなら何だってする亡者なんだ、と主観的に捉えては納得
させていく。
金だ、金をくれ。金がこの腐ってく心を豊かにさせてくれるんだ。地位や権力なんて、
どうだっていい。あるならあるでいいし、無いなら無いで構わない。あっても困りはし
ないし、無くても困らない。だって、それを持ってる人間たちがどれほど優れた人格だ
というんだ。見た目は平凡、着る物や身に付ける物ばかりに金をかけ、やってる事自体
は大した事じゃない。同じ位置にいれば、他の人間にも出来るような事ぐらいしかやっ
ちゃいない。それなのに、そいつらは先生やら社長やら崇められる立場にある。それに
目が眩み、自らがだんだんと貶められていく事にも気づかずに衰退の一歩を辿るだけで
しかない。能ある鷹は爪を隠す、前面に出て目立つばかりの奴には一定の能力しかあり
はしない。俺はそんな人形に成り下がるつもりはない。この手で望む未来を勝ち取って
やるんだ。今、俺より高い位置にいる奴らは俺に平伏す準備でもしながら笑って待って
ろよ。




