その10
○登場人物
大田恵一・おおたけいいち(タクシードライバー、野望を携えて生きる野心家)
片柳彩子・かたやなぎあやこ(モデル、今どきの十代で分かりやすい性格)
久留米雀・くるめすずめ(女優、誰もが一目置く大物)
野木晃彦・のぎあきひこ(大田の学生時代の同級生、既婚で子供もいる世帯主)
柴村忍・しばむらしのぶ(週刊誌記者、久留米の連載を担当している)
亀谷右京・かめやうきょう(刑事、大田と過去に接してから後を追い続けている)
光村沙耶・みつむらさや(キャバクラ嬢、名の知れた有名店でナンバーツーを誇る)
深夜、タクシードライバーの業務を終え、帰ろうとする野木晃彦の前に懐かしい顔が
現れた。亀谷右京が東京へと勤務地を移したのが六年以上前になり、それ以来になる。
彼は大田恵一が上京する後を追うように徳島を離れ、それからは男からも話を聞いたこ
とはない。
「どうしたんですか」
「よぉ、ちょっと時間作れるか」
「はい、構いませんけど」
二人はファーストフード店へ移動した。ともにホットコーヒーを注文し、対面の席に
座る。彼が上京してからは年に一回ほど電話でやり取りをしていたが、改めて直接近況
でも聞かれるのかと思った。しかし、それにしてもこんな深い時間に連絡もなしに待た
れてるのも不思議だった。
「最近はどうしてる」
「特に変わりはありませんけど。もうじき、二人目が産まれます」
そうか、と彼は目を配らせながら小さく言う。子供が産まれる事は、彼にとってそう
大したものじゃないと思ったから付け足し程度に添えた。
「大田とは連絡は取ってるか」
通常通りの会話の進行。ただ、今回に限っては違った。これが本題への切り口。この
言葉への返信次第で進行は大きく変わる。
「はい、そんなに小まめじゃないですけど。あっ、でも二週間前ぐらいに急に掛かっ
てきましたね」
彼の目が開く。二週間前なら、彼の望んでいた女性の失踪のタイミングにばっちりと
合う。
「急に掛かってきた、ってのはどういうことだ」
「いつもは二年から三年に一度しか掛かってこないんですよ。何日かしたら帰ってく
るから時間取れないか、ってふうに。なのに、その時は前に来てから半年しか経ってな
いのに掛かってきて」
「何の話をした」
「いや、時間を取って欲しいって言われて。いつもは勤務中にタクシーに乗せて懐か
しい場所を回るんですけど、その時は一日開けてくれって言われたんで休暇を取って会
いました」
急な連絡、急な帰郷、男への怪しさは募っていく。これは掘れば先に行き当たるかも
しれない、と刑事魂に火がつく。
「どうして、休暇を取るように大田は言ったんだ」
「分かりませんけど・・・・・・まぁ、ゆっくりしたかったんじゃないですかね」
そんなところまではいちいち考えない。この年齢になれば、相手の言葉はそれなりに
尊重する。
「その日の事、詳しく聞かせてくれないか」
前傾で聞きに来る彼に対し、男性は当然に異変を感じた。彼は二週間前の男の動向を
なぜ知りたがっているんだ。
「あいつ、何かあったんですか」
「分からん。それを調べるために聞いてる」
それは、ほぼ疑いに掛かってるように聞こえた。男に一体何の疑惑があるのか。それ
を分からぬまま、話してしまっていいのだろうか。自分が素直に話す事は男にはまずい
事になるのだろうか、と葛藤する。同時に、目の前の亀谷からの圧力に似たものも寄せ
てくる。
「大田くんとは駅で待ち合わせをしました。正午過ぎに着くと連絡が来たので、その
頃に自分の車で迎えに行きました。そこから吉野川のキャンプ地まで移動して、あとは
自由行動ってことになって。僕は川で釣りをして、向こうは散歩に行くと言って別れま
した。そんで、大田くんの帰り時間に合わせてまた駅まで送った、っていうところだと
思います」
彼はしばし考え込む。男性の言葉の中にある違和感を探り出そうと頭内に反芻させて
いく。
「それは具体的に何日の事だ」
「多分、二週間前の木曜日だったはずです」
木曜日、柴村忍が最後に確認されたのが水曜日だから次の日だ。タイミングは合いす
ぎている。
「大田はその日のうちに徳島まで来て、帰ったんだな」
「はい」
「お前に休暇を取るように言ってきたのはいつだ」
「その前の前の日だったから、火曜日です」
男は何か理由があり、女性に手を掛けた。しかも、それは事前に考えられていた用意
周到な計画。女性の身を奪い、そのまま故郷にまで連れ運ぶ。生まれ育った場所なら地
の利はあるし、東京からも距離が離れている。女性の失踪が水曜の夜からなので、この
筋書きは見事に嵌る。あくまでも仮想にすぎないが、仮想に留めておけないものだと彼
は思った。
「あいつ、何か大きめの荷物を持ってはいなかったか」
「あぁ、スーツケースを持ってましたね」
ハッとなる。スーツケース、大きさとしては可能だ。まさかだが、その中に女性の体
があったんじゃ。そうだとしたら、おそらく女性は助かっていないことになる。
「その、キャンプ場からあいつが散歩に行ったのはどこだ」
「さぁ、そこは全然分かりません」
肝心なところにある穴に彼は息をつく。そこさえ分かるのなら、話は大きく進むはず
なのに。
「おい、そこのキャンプ場を案内してくれないか」
「えっ、今からじゃないですよね」
辺りに視界が広がり、ようやくハッとなる。こんな深夜に行ったところで何も出来や
しないじゃないか。男性の話がタイムリーすぎて、集中しすぎていた。
「明日、時間空いてるか」
「明日は夜からだから、それまでなら」
昼前からの約束を取り付け、二人は別れた。男性が去ると、彼は掴んだ成果の大きさ
を噛みしめる。一週間かけて休暇を作った甲斐は充分にあった。野木晃彦なら何か知っ
てるかもしれない、と踏んだのは正解だった。大田恵一の本質を分かっている数少ない
人間の一人、そこを突くために徳島まで足を運ぶ事を決めてからは時間が長く感じれた。
男が逃げたりなどしないことは分かってるが、早く真相を知りたくて気があくせくして
いたから。ただ、それだけ待った分の返りがあってよかった。これで、あの男を崩せる
かもしれない。
翌朝、十時に二人は駅で待ち合わせた。男性は自宅へと戻り、彼は漫画喫茶で睡眠を
とった。もうすぐ謎が解明されるかもしれないと思うと、あれこれ考えを巡らせて眠り
につくのが遅れてしまった。
男性の車で移動する間、会話は特になかった。男性は喋り上手ではないし、彼は妙な
緊迫感を携えていて、なにより二人の関係性が駄弁を振るい合うものでもない。それで
空気が張り詰めることもない。
二週間前に男と行ったキャンプ場へ着くと、男性はその時に自分が釣りをしていた場
所と男が散歩へ向かっていった方向を教える。彼はその道を進み出し、男性もその後ろ
を着いていく。男が歩いていったであろう道は普通の道だった。車道はあるが相対する
車二台の通過はギリギリ、歩道も人一人ぐらいの幅しかない。それでも、キャンプ地に
入るほど奥入った道なので大きな問題はないといえる。そんな道を二人はただただ歩い
ていく。
しかし、逸る彼の思いは眼前の光景に寸断されてしまう。十五分ほど歩いていると、
やがて目の前の道が行き止まりになってしまったのだ。彼には現状の理解に少しの時間
がいった。
「どういうことだ」
振り返り、後ろに着いてきていた男性に訊く。この道を男が散歩で歩いてきたのなら、
その先がここになるのはおかしい。
「あいつはどこに行ったんだ」
「どこかは分かんないですけど、適当に曲がったとかじゃないですかね」
ここに来るまで、右手には住宅が幾らかあり、左手には森が続いていた。曲がったと
いうのなら、右手になる。住宅地の方へと行き先を変えたのか。だが、どうにも納得が
いかない。散歩なら、もっと広々とした場所がいいんじゃないだろうか。都会ならまだ
しも、こんな地方なら長閑な風景を目にしたいものなんじゃないだろうか。日々を都会
で過ごし、たまに帰ってきた男なら特に。右手に目を向ける。住宅地の先の方にもこれ
といった休息の場所は見当たらない。思考がうまく男の行動へと重ならず、気が焦って
くる。
「何か知らんのか。何でもいい」
「そう言われても・・・・・・ずっと釣りをしてただけなんで」
目を閉じ、落胆に近い息をつく。ここまで来たのに、根っこを掘り下げることが出来
ないのか。
「あいつの行きそうな場所は分からんか」
「行きそうな場所っていうか、あいつが帰ってきた時にいつも行く場所なら」
「そこだ。教えてくれ」
二人は来た道を引き返し、男性の車で移動を始める。最も有力としていたポイントで
活路を見い出せず、気が落ちてしまう。なんとかここから盛り返したい。そう信じるし
かなかった。
一つ目の場所は小学校だった。男や男性が通っていた小学校、この地に住んでいた彼
も当然知っている。授業中だったせいか、静けさが目立っている。
一応に考えてみるが、すぐに振り払う。いくらなんでも、こんなところに女性を移動
させるような事はしないだろう。男の当日の空白の時間は平日の昼間、誰にも気づかれ
ずに小学校に入り込めはしないはずだ。
二つ目の場所は林檎山だった。小学校から数分の距離にある中学校の裏手にあり、子
供たちの隠れ基地とされている場所。林檎山は通称で、実際は山とは到底言えない広さ
しかない。遠くからの見た目から、そういう名前がどこからか付いただけだ。隠れ基地
というのも、それが大人まで伝わってるようでは疑わしい。実際のところは、小学生が
授業終わりに溜まる場所になってるらしい。それも、学校で大将を張ってるような奴ら
が主に。
ここも移動は難しい気がする。男の当日の空白の時間は、詳しくは十三時から十七時
まで。後半は小学生の下校時刻と重なってしまう。それに、ここは授業をサボる小学生
や中学生の集まる場にもなってるらしい。前半にも、ここを誰かが訪れる可能性はある。
そうなると、ここも違うのかもしれない。
三つ目の場所は一軒家だった。男がここにいた時に住んでいた家だ。元々は家族三人
で暮らすためにと購入したものだったが、父親は男が幼い頃に女を作って出てってしま
ったらしい。それからは母子二人で貧しい生活を続け、その母親も八年前に帰らぬ人と
なった。
ここも移動は無理だろう。今は別の一家の住まいとなっている。庭では母親らしき人
が洗濯物を干しており、家の中からも足音が聞こえてきた。
四つ目の場所は吉野川だった。男や男性だけでなく、そこは彼にとっても決して忘れ
去ることの出来ない場所だ。十七年前のあの忌まわしき過去、ここに来るだけでそれは
すぐに思い返されていく。目を覆いたくなる光景、多くの生命が失われた一時、廃と化
された亡骸。今もあの惨事から抜け出すことのできない人達がいる。彼も、男性も、男
もその一人だった。
ここなら、有り得るだろうか。あの男をああいう人間にさせてしまったであろうこの
場所なら。しかし、ここもキャンプ場である以上、オープンな場所だ。人間を移動させ
るのは容易ではない。誰の目があるかなど分からない。
「本当にここが最後なのか」
「はい。いつもこう回ってます」
男の四つの思い出の場所、可能性としてはこの吉野川が高い。だが、ここだと決める
何かは全くない。そんな段階の中で、安易にこことしていいのだろうか。ここではない
気がしてならない。
「他に何か知ってるやつはいないのか。何でもいい。大田について、何か手掛かりに
なるものがあるやつは」
懇願するような思いだった。この徳島ではあるはずなんだ。というより、ここでない
なら全ては振り出しに戻されてしまう。それも、そこから抜けることの難解な振り出し
へと。
「手掛かりになるかは分かりませんけど、鞆谷さんに電話してみましょうか」
「鞆谷」
その名前にはどこか聞き覚えがある。
「大田くんの近所に住んでいた子です」
その言葉で、彼の記憶の中と鞆谷の名前が一致した。実際に会ったことはなかったが、
名前だけなら資料で数えきれないほど目にしてきている。
鞆谷は、十七年前にここで起こったあのキャンプ場の火事に遭った学級の生徒の一人
だ。彼女が生き残っているのは、当日の病気でキャンプを欠席していたから。やむなく
の欠席が自らの命を救うことになった。確かに、彼女なら男のことを何か知っているか
もしれない。
「あぁ、その子に連絡つけてくれ」
鞆谷に連絡を取ると、行けることは行けると返答が来たのでここまで来てもらうこと
にした。
鞆谷とは男性も特に連絡は取り合ってるわけではないらしい。ただ、過去にあれだけ
の共通点が生まれた三人には言葉にはしにくい変な関係が互いにあり続け、連絡先は今
でも知っているようだ。
二十分ほどで鞆谷はキャンプ場へ姿を見せた。既に結婚し、息子は今年から小学生に
なっていると男性から聞いていたとおり、髪型やら服装やら全体的な気にもそんな感じ
は出ている。若々しいものというより、一段落して落ち着いたような印象。もとより、
この辺には東京のように奇抜な若者は少ないといえるが。
亀谷はこれまでのことを抜本的に説明する。無論、男性同様に奥底の方は包み隠して。
「何でもいい。大田について、何か知らないか」
また彼は懇願するように訊ねた。おそらく、男性はこれ以上に女性の移動場所に繋が
るものを持っていない。となれば、彼にはもう彼女しかいない。そんな強い思いで返答
を待っていく。
「さっき、野木くんが釣りをしてたって言ってたところって、この先のキャンプ場の
ところかな」
「あぁ、あそこだよ」
その言葉に、彼女は一つ頷く。何かが頭内で結びついたような反応に見える。彼はた
だ先の言葉を待つ。
「じゃあ、あの辺に大田くんがよく行ってたところがあるけど」
男が散歩に行くと消えたところの近くに、そんな場所があったのか。しかも、男性と
行ってきた四つの場所ではなく、断念をした元々の本命の場所。何か大きな活路が開け
たような気がした。
「すまないが、そこを案内してくれないか」
力強く頼むと、それに圧倒されたのか彼女ははいと頷いた。移動する間に聞いた話に
よると、男はその場所を頻繁に訪れていたらしい。幼稚園や小学校から帰宅するとそこ
へ行き、何をする目的もなく時間を過ごしていく。家が近く、同学年ということもあり、
彼女は何度かそこへ連れてってもらった事があったが、やはり何をすることもなく適当
に話をして過ごしたようだ。そこを訪れる目的を訊くと、男は何も考えなくていいから
落ち着くと言っていたらしい。
やがて、数時間前に最初に訪れたキャンプ地を通過し、男が散歩へと消えていった道
を歩き出す。そして、数分が経つ頃に彼女は左へと曲がった。当然、男性と彼は驚く。
その道の左手にあったのは森なのだから。
「もしかして、ここに入ってくの」
「うん、そうだよ」
まるで当たり前のことのように彼女は言った。どんどん茂みの中へと入っていく彼女
を追いかけ、男性と彼も森へ入っていく。森の中には道らしき道はなかったが、人一人
が歩ける程度のスペースはあった。それでも、森林に密閉された山なりの中を登ってい
くのは蒸し暑く、中々に体力を消耗する。子供ならこれぐらいは平気で登ってしまえる
んだろうが。
「ここら辺ですね」
そう彼女が立ち止まった場所を見てみるが、何も新鮮さは感じられなかった。そこに、
これまで歩いてきた景色と何の変化もなかったからだ。山登りの休息地点とまで言わず
とも、何かしら印象のある物でもあるのかと思ったが完全に裏切られた。単なる森の一
部、それでしかない。
「どうして、ここだと分かるんだ」
「なんとなく、勘です。でも、大体合ってるはずです」
子供の頃の記憶、ということか。彼は滲み出ていた額の汗を拭い、息をつく。周りを
見渡してみるが、これというものはやはりない。ただの森の中だ。
だが、気を落とすことはない。ここが男の昔の隠れ場だったことは間違いない。男は
小さい頃にここを安息の場所としていた。あの惨事が起こった前後もそうだったはずだ。
そして、男が二週間前に散歩へと歩いた道もここへと繋げられる。女性がここへ移動さ
せられた可能性は現時点で最も高い。
男は付近をしばらく歩いてみる。足場は悪いが、作業は不可能ではない。ただ、数分
歩いてみるも、それらしき跡は見当たらない。ただ、この付近とも限らない。この森の
全体が対象ともいえる。そうなると、範囲はずいぶんと広がってくる。彼自身、取って
きた休暇は今日が限りだ。それだけの広さを調べ上げる時間など到底ない。どうすれば
いいんだ。
その日の夜、男は片柳彩子と会っていた。朝方までは久留米雀の老いた体に身を崩し、
夕方までは光村沙耶の若い体に身を治す、いつもの流れで。夕食は個室のある店で鍋を
食べ、帰りがてらに遠回りをして夜景を見ながらドライブをした。女の子の表情は終始
緩みっぱなしで、男の側に寄りながら何度も幸せだなぁと零していく。男もそれに合わ
せるように笑みを見せていく。
ドライブの後、車は男の自宅マンションへと行き着く。通常なら女の子の自宅へ送り
届ける流れだが、今日は男の部屋に上げる口約束をしていた。男の部屋を見せてもらう
という名目だが、それでも女の子はこの上なく嬉しかった。一つ一つ進展していく二人
の関係は喜色そのものだから。しかし、純な想いを続ける女の子には予想だにしない現
実が訪れようとしていた。
マンションの地下駐車場に車を停め、エレベーターへと歩くうちに男は異変を察した。
駐車場にあった車の隙間から四人の男性が急に飛び出して、あっという間に男の周囲を
取り囲んでいく。その中には、亀谷右京の姿もあった。急すぎる展開に男の頭も複雑に
回転している。
「大田恵一、今から署まで同行してもらう」
今さら警察手帳の提示なんて必要ないだろう、という具合にいきなり言葉から入って
くる。眉間に皺を寄せ、険しい表情。ただ、その奥に芯のあるものも見えた。こうまで
してくるということは、自信に繋がる何かを得たのだろう。男は抗争の覚悟を心に決め
ていく。
「連れていけ」
彼の一言で、他の三人の刑事が男を連行していく。男が抵抗をしなかったので、無理
な力は加えられなかった。
「あなたにも来てもらいます」
彼の一言は女の子に向けられた。だが、女の子はそれどころではなかった。目の前で
起こっていく非現実的な現実の場面に着いていけず、不定な心情に身を侵されそうにな
っている。仕方なく、彼が女の子の肩を引いて歩かせた。
マンションの表に停めてあった二台の車の一方に男、もう一方に女の子が乗せられ、
車は動き出す。後部座席に刑事と乗せられた男はこの先に起こるであろう出来事を様々
に頭に思い巡らせていく。警察はどれだけ捜査を進めたのか、それに対してどんな対応
をすればいいのかと。女の子の方は顔色が悪くなるほど、思いを詰めていた。まさか、
自分の人生の中でこんなことが起こるなんて思いもしていなかったから。ただ、刑事が
名前を発したのは男の方だ。自分はその付属のような扱いだった。それはそれで、男は
どうしてこんなことをされるんだろうかと頭を悩ませ、詰まっていく思いは増すばかり
になる。
警察へ着くと、男は取調室へと連れて行かれる。亀谷ともう一人の刑事が残り、男と
対面の椅子に彼が座った。
「やっと、こうやって話せる時が来たな」
待ち望んでいた、という感じに彼は言い放つ。男は動揺はしていない素振りを表面に
出していく。
「どうして、ここに自分がいるのかは分かるな」
「さぁ、どうしてですか」
白を切る男にカチンとくるが一時の感情は押し込める。男のペースに持ち込ませはし
ない。
「前にも聞いたが、もう一度確認のために聞く。週刊誌の女性生活の記者をしている
柴村忍を知ってるな」
「はい、知ってます」
「どういう関係だ」
「僕が女優の久留米雀さんのマネージャーをしていて、久留米さんが女性生活に連載
を持っているので仕事で接していました」
用意していた言葉を並べるように男は喋っていく。まぁ、いい。前半はジャブで相手
の出方を窺う。
「柴村忍と仕事以外で接する機会はなかったか」
「仕事以外で」
「あぁ、久留米雀と柴村忍は仕事場以外でも交流があった。そこにお前がいてもおか
しくはない」
マネージャーがタレントの食事に付き合わされるのはよくある話だ。女性と男は仕事
で接しているのだから、その場に同席していても変じゃない。
「はい、何度か一緒に食事はしました」
「二人で食事をすることは」
「ありました。仕事の打ち合わせをしたい、と言われて」
「その後、柴村忍から言い寄られるようなことはなかったか」
「どういう意味でしょう」
「好意を持たれはしなかったか、ということだ」
そこを突いてくることは予測できた。男と女性の間を怪しむとしたら、そこを見るの
は自然だろう。
「さぁ、僕は彼女じゃないんで分かりません」
「そういう節はなかったか、ということを聞いてるんだ」
「なかったと思います」
食い気味に男は言った。彼の目を直視し、余裕を含ませて。相手もそれに怯む様子は
全くない。
「では、柴村忍が失踪したことは知ってるな」
「はい」
「お前、何か知ってはいないか」
「どうして」
あくまで、男は白を切り通す気だ。お互いがお互いの思惑を知ったまま、探り合いを
続けていく。
「じゃあ、もっと直接的に聞こう」
彼は姿勢を前傾に構える。男の目を一点に見突く。
「お前は柴村忍の失踪に係わってるな」
「意味が分からない」
「お前が実行犯だ」
「全然分からない」
「理由は分からんが、お前はしつこく柴村忍に脅しを掛けられた。おそらく、出され
たら困るような写真でも撮られたんだろう。お前は彼女の存在が邪魔になった。だから、
消したんだ」
「勝手な想像は止めてもらえませんか」
だんだんと二人の言葉は強くなっていく。ムキになりそうになるが、冷静さを保とう
と気を落ち着ける。
「柴村忍の行方が途絶えた夜、お前には決定的なアリバイはない」
「アリバイがないから何だって言うんだ。そんな奴、探せば腐るほどいる」
「その翌日、お前は仕事を休んでいるな」
「単に休暇を取っただけだ。数日前から申請してあった」
「あぁ、つまりは衝動的にではなく計画的に行われた犯行ということだ」
「馬鹿馬鹿しい。聞いてられない」
男は彼から視線を外した。攻められてはいるが、所詮は外壁から中には入らずに無駄
な球を投げてるだけだ。
「そこまで言うなら、何か証拠があるんだろうな」
挑戦的に男は投げた。こちらに致命傷を負わせるような重い球など持ってやしないだ
ろうと。
「あるぞ」
男の目が開く。再び彼の方へ向けると、鋭い視線がこちらに向けられていた。
「柴村忍が発見された」
男の目も鋭くなる。相手の目の奥の真意を掴もうと。ただ鎌を掛けているだけに違い
ないと。
「どこにいたんですか」
「知りたいか」
「それはもちろん」
次の彼の言葉で真意は判明する。真実なのか、嘘なのか。緊張が男の体の中を駆け巡
っていく。
「吉野川付近の森の中だ」
男は笑みを浮かべそうになり、それを必死に打ち消す。上歯と下歯の間に舌を入れ、
軋ませるのを防ぐ。
「昨日と今日、徳島に行ってきた。野木晃彦に会うためにだ。あいつなら、何か知っ
てるんじゃないかと思ってな。案の定、お前が休暇を取ったという日に日帰りで帰郷を
していたことが分かった。俺はここに柴村忍の行方があると確信し、お前が帰郷する度
に回るっていうコースを野木に連れて行かせた。だが、どこにもそれらしき場所はなか
った」
男は彼の話を聞くだけだった。あとはどこまでが調べ上げられているか、それ次第に
なる。
「そこで捜査は一度止められてしまった。でも、ここに柴村忍がいることだけは確か
だと思っていた。そうしたら、野木が鞘谷を紹介してくれたんだ」
鞘谷という名前に男は意表を突かれる。もう十七年、一度も顔を合わせていなかった
女性だ。
「彼女に経緯を話したら、一つの場所を教えてもらえたんだ。二週間前、お前が野木
とキャンプ場から離れて散歩へ行ったっていう道の先にある森だ。昔、子供の頃によく
行っていた場所だそうだな。そこに行った時、俺はここだと思ったよ。だから、地元の
警察に協力を依頼して捜索をした。昔の仕事仲間も多かったから、頼み込んだら力を貸
してくれたよ。俺は途中で東京に戻らないとならなかったが、その途中で柴村忍の遺体
が見つかったと報告が入った」
男も彼も視線を外すことなく、お互いを強く見ていた。その間に優劣は大きく変わっ
ていた。




