夜の海底リハーサル
船はかなり大きい。中は光が溢れ、広い空間の廊下を人がぱらぱらと歩いていた。イベントの関係者だろう、話し声と足音が行き来している。
3人は下への階段に差し掛かり、身を揺らしていく。
タオルを首にかけたシゲルが口を開いた。
「そういえばアップデートの告知あったけど知ってる?」
とんとんと階段を下っていきながら、ちらっと横を見る。その奥で服にタオルを当てていたハジメが、振り向いて反応した。
「立体ディスプレイのことですか?」
シゲルは目をずらし、肯定を応えた。ハジメはタオルをソラに仕舞いながら相槌を打つ。
「そうか要望送ってましたしね」
そう呟きながら廊下の床に降り立っていき、3人は体を緩めていった。ふとハジメは何かに気づいたように横を見る。
「さっき言ってた物理法則とかも、要望送ったら良いんじゃないですか?運営に」
「もう送りました」
新はずんずんと歩きながら、ちらっとハジメを見て即答する。
はやっとハジメは笑いをこぼすと、目線を前に戻して足を早めていった。
部屋の端にて、迷彩服のズボンが現れた。屈んで箱の上で手を動かし、ぱっとついた画面をいじっていく。バラバラとした物々が現れ、それをつかんだ。
「あったよ!」
辺りには明るくごちゃごちゃと色々なものが置いてあった。壁には大きな搬入口が開き、外の夜が見えている。搬入口には2人がおり、小舟を外へ出していっているようだ。
シゲルは歩いていくと、うっすらと涼しさの混じった空気があたっていく。
片足を船に落としていたハジメは、髪を揺らし振り返る。透明なゴムっぽい布とベルトを受け取っていくと、その横で海の方を見ていた新も、振り返って続いた。
渡し終えたシゲルは、足元に目を落とし、ほいと、ぽんと船に足をかけていく。ぐわっと船が傾き、床がばこばこと揺れた。乗っていた2人から驚きの声が立つ。
「あぁごめんw俺重いから」
2人が船の壁にしがみついている中、シゲルは構わずぼかぼかと乗っていく。
「じゃあ行こうか!」
傍から櫂を手に取って漕ぎ始める。3人の向かう先には、てらてらと色づいた光が見えている。
海の上に設置された大きな足場のような、その広い構造の上に人々が動いていた。
色めいた光の波が打ちつけ、ぎざぎざと朧げな音楽が大音量で巻いている。
「いまうちのだ!」
ハジメたちが乗り移っていく後ろで、ボートの上のシゲルが、下の色に染まりながら声を出した。
「ハジメさん!」
足場の上に立ち、突っ立ってきょろきょろしていたハジメが、声の方に振り向いた。ロン毛の人が構造の奥からやって来る。
「どうですか?うち終わりました?」
「いやまだです。さっき下でミツルさんが探してましたよ」
大声でやり取りし、ロン毛は下の方を手で示す。
ハジメは分かりましたと言うと、振り返って再び海面に向かった。そばにいた新は腰に重りを巻いていた。ハジメも手に提げて持っていた重りを、腰に巻いていく。
ふっと眼下に、2つの影が水から浮かんできた。人影はうごめきながら構造に手をかけ、ざばっと身を出していく。
ハジメは水中マスクをつけながらしゃがむと、先に落ちた新に続いて、たっと水の中に身を落とした。
泡と重みにまみれると、音楽の輪郭が体を揺らした。萌える緑の光が一面に差し、明るく水の端を照らしていく。
下の方に揺れていく影を追って、ハジメは泳ぎだした。
線上の細い構造の上で、歌手が腕とともに歌っていた。辺りにきらきらした石が舞っている。
下には差し乱れる光と、人工的な水の揺らぎが見える。動かす素足には、火花が散っていく。
歌手は口元に笑みを散らし、重みをつけて振り返る。目を動かし気づくと、向こうの方に小さく落ちていく影が見えた。力をふるわせつつ、漂いの中で手を振ってみる。
2人が海底に降りていく。
新は見渡すと、会場は広く閑散としていた。向こうのステージ付近で、小さく関係者が手を振ってるのに気づく。
後ろを振り返りハジメを見ると、視線と頷きを返してきた。
新は再び泳ぎ始めた。
横に泳ぎながら上を向いていくと、また光の様子が変わり、暖かな色に包まれた。
ぱっと花色のさざめきが広がり、視界を覆っていく。
船の部屋から出ると、扉の並ぶ通路に出た。
横では、隣の扉も開いていっている。バタンと閉まり、桃の髪の大柄な男形が現れた。
「さーこれからどうしようか?」
シゲルは体を楽にして歩き始めながら言う。隣を歩いていく新は、ソラから紙の束を出した。
「これしおり」
振り向きシゲルはそれを受け取ると、ぱらぱらとめくっていく。軽く目を通していき、思考が止まったように言った。
「……何やるか本当に何も決まってないのか」
新は頷く。その目線の先には、広い空間の切れ端が見えた。
廊下からレストランへと出ていく。広く暖かな空間には、沢山のテーブルが並んでいた。ちらほらと食べている人が見える。
「何か食べる?」
新は横に振ると、シゲルはちらっと手元の紙から目を上げる。
「俺はいい」
そのまま2人は部屋の壁際を横切り歩き始めた。人の声がぱらぱらと聞こえ、遠くに椅子の音が鳴る。
しおりに目を通していたシゲルが顔を上げた。
「秋祭りか……」
腕を下げてぼんやりと呟くと、その視線の先に目を止める。
「…あワタルだ。ワタルー!」
レストランの入り口付近で歩いている2人がいた。
人のすらすらと通り過ぎていく中で、そのうち一人の水色の髪が反応し、振り向き音の発生源を探る。
「新さん!」
すぐに気づき、ワタルは向きを変えた。その後ろにはレモンっぽいのがついていく。
「どうなりました?」
近づきながら新が声を出すと、ワタルは歩いていきながら答えた。
「一応、そういう方向で考えることになりました!」
横のシゲルは一瞬きょとんとすると、あぁホログラムのね、と落ち着く。
歩いていく新は、頭をひねって言葉を続けた。
「でもよく考えたら、アニメの立体表現が合うかとかは考えてなかったんですよね」
「それさっき話してたんですけど……こちらチエさんっていって、そういうのに詳しい方で」
立ち止まっていきながら後ろを振り返ると、横からレモンの髪がぱっと出てきた。2人とさくっと挨拶をかわしていく。
「さっき見せてもらったやつ……」
ワタルはチエを見て示唆するように言うと、その言葉にチエは動き、ソラを触りだした。ワタルは続けて辺りを見ると、
「あっちに座れる所ありましたよ」
と壁の向こうを指す。シゲルはそれに思い出したように声を上げ、一同は動いていった。
さあ、いよいよ立体映像を見ていこうっ!




