オタクは走る
どこかの駅にて。
薄暗いプラットフォームに、2人が明るい電車から降りていきながら話している。
「物理法則どおりじゃないんですか?」
ホームを歩き始めた新に、ついていきながらハジメが言う。
「そうですよ。自然治癒がすごく早かったりしますからね」
すたすたと行く新に、ハジメはきょろっと周りを見回しながらついていく。
「……でもそれはその部分だけ歪めてるって事なんじゃないですか?」
傍の扉の光が、しゅいっと音を立てた。新はうーんと唸る。
「ある意味そうですけど、他にもすごい堅い材質の石とか……今回の海底ライブだって、音の速いスピーカー使いますよね」
するすると横が伸びていく。素早く絡むまだらの中で、あぁそっかとハジメは浮いた。
ふっと暗さが残った。所々の明かりと、古いんだか新しいんだかよく分からない材質の中をパツパツと歩く。話すと声が遠くに小さく響いた。
「そんな風に違う所はあちこちにあるから、リアルからはなんだかんだ結構離れてますよね。……他の世界に比べたら少ない方ですけど」
駅の端に着くと、そこから狭い階段が続いていた。
明かりの中、砂のかかる石の階段を上っていく。2人のぱさつく音が、かすかに遠く響く。
やがて簡単に照らされた扉の前についた。新が扉に手を伸ばしていくと、後ろでハジメがぼそっと呟く。
「……外に行くことって、私殆ど無いんですけど」
「…俺もです」
葉のさわめきの音がする暗闇が、隙間から流れた。扉を開いていく。
外は闇夜にひらけていた。さらに続いた階段を上っていくと、身の周りが抜けていく。
ぱさぱさと出ていき、新が立ち止まる。その横に、すっとハジメが並んでいった。
真っ暗な森が、2つの垂線を覆い隠した。ざあざあと、抜けていく風は遠くを揺らし、大量の曲線が辺りにしわを作る。
服がぴらぴらと揺れた。
「…行きましょうか」
新が呟くと、
「はい。……まあ逃げればいいだけだし」
とハジメが軽く言う。
そうですねと同意して、新は足を出していった。
炎に燃え盛る森の中を、2人がへとへとになりながら走っている。
「ハジメさんっっ!!」
「……あれ、おかしいな…w?……」
新の悲痛な叫びに、ハジメは息を切らし、腕を動かしていく。身を釣り上げながら勢いでソラから何かを掴むと、地面に向かって崩れ落ちていった。その横を、新がへろへろになりながら通り過ぎていく。
視界の地面は手の勢いを殺し、横で暗い線がちらついて揺れる。
暗いハジメの顔に水が伝い、服のベストは陰に覆われ、呼吸がすわれた。
やがて片肘に流れて横へ落ちると、熱と土が肌に跳ねる。
大の字にハジメは体をひらいた。顔の前に本を持ってきて、ぱらぱらとめくる。
「あれ?…あっこれラノベじゃん……」
力が緩み、手を遠くへ投げる。
森の天を視界に入れると、まばゆい明るさが広がった。燃える色が揺らぎに溢れ、蠢いている。
息を上下する。
前髪がふいになぜ、熱した枝葉が眉間にかかった。熱さがさらりと肌を刺す。
ハジメは身から腕を持ち上げ、ゆるゆるとうごめくそれに、手をかかげて触れていく。
ぴくっと指が止まった。遠くの空を吠え声が貫く。
「やばっ…新さん!」
急いで起きたハジメは地面に手をついて動いた。
新は木の根元に向かって、手を付けてしゃがみ込んでいた。頭を伏せ、小さく息をしている。
ハジメの声を聞いて頭を上げると、何かに気づいたように視線がずれた。
「あれ?……シゲル?」
近づいていくハジメはよろめきながらその視線を追うと、確かに一つ人影が見える。
木の根元から、新はなんとか起き上がろうとするが、腰がぐらついた。ハジメはその幹に手を付けると、下の新を見る。
「え?…知ってる人ですか?」
そう腕で汗をぬぐいながら聞くと、はいと新は俯いたまま声を絞り出した。ハジメはぐいと体を動かしていく。
「シゲルさーん!!??」
息を切らしながら、強くくっきりと呼ぶ。人影は足を止めてこっちを向くと、辺りを見回しながら近づいてきた。
帽子を被った大柄な男形だ。上は軽いTシャツと、下には迷彩服を着ている。
「…どうしました?……あれっ新?」
その人は目をずらして理解したように声を出す。後ろに新がふらついて歩いてきていた。
ハジメはちらっと後ろを振り返ると、勢いをがくんと緩め、膝を折ってそのまま下に沈み込んでいった。
「何やってんの?……あぁ今から行く?」
ゆっくり歩いて来る帽子の下は、涼しげに揺れている。シゲルはそう言い2人を交互に見た。
新は肩で息をしながら膝に手をついていく。
「リハ行くなら時間無いよ」
シゲルは買い物の会話でもするように言葉を放る。
「そうだね……行こう」
体を起こす新は、地面の方に目をやると、小さくその場に座り込んだハジメに気づいた。わずかに背中が呼吸で揺れている。シゲルもそれを見ると、ぽんと提案を口にした。
「肩車する?」
え?と新は息をしながら視線を返す。
「2人同時にいけるけど」
「……えっそうなんですか?」
ゆらっとハジメが顔を上げ、声を浮かせる。はいとシゲルは頷いた。
「…どうします?」
新はシャツで顔を拭きながらハジメに振ると、しゃがんだ人はそのまま答える。
「出来るなら……」
肯定の色を聞きすぐに動いていく新に続き、ハジメは立ち上がっていった。
上にハジメを乗せ、新がふらふらと立ち上がっていく中、下に潜り込んだシゲルが声を出す。
「いくよー」
そう軽く掛け声を出すと、返事を待たずにぐいっと持ち上げる。曲がりくねった声が宙に飛び、2人の体が重さに揺らついた。
「走るよー」
そのまま一言宣言してぶおっと走りだした。上は宙に躍りながら、各人何とか下の方にしがみついていく。
「ハギメはん!」
ごうごうと浴びる風の中で、新がひょろひょろな声を出した。
なんとか体勢を立て直していったハジメが下を見ると、新の顔を掴んでいた自分の手に気づき、ぱっと緩める。
「すいませんw……ちょっと滑りやすくて」
「あぁw…タオル使います?」
片手で宙を触ると、そこに固まったタオルが出現した。
ハジメは謝辞とともに足元に出たそれを掴んだ。びらびらと暴れるそれを、新のスキヘに当て、手を固定していく。
顔を上げると、光と色が迸った。裂いて鼓動がどくどくと流れ、身の周りを明るいちらつきが去っていく。
「うわーはやっっ!!」
ハジメの声が高く宙に舞う。細い髪を振り払った。
「ちょっと静かにしてもらえます?モンスターに気づかれるんで」
下からシゲルが冷静に言う。ハジメが笑顔であっと身を縮ませた瞬間、がくんと身が揺れ、叫び声は構わず飛び出る。
ざあざあと流れる桃色の炎が景色のすべてになった。開いた目の横を濁流が抜けていき、肌に花びらの塊がばらけていく。透き通る身には新しい風が吹き、塵の熱さがはなれていった。ハジメは顔を上げ、手を掻いて掠む色の雨に目を開く。
ふっと眩しさを抜けると、落ち着いた風のゆるみにいた。髪と首を振って見探ると横に、炎と闇夜の水平線があった。服からかすかな光が散っていく。
強い衝撃にさらされる。再び体がぐらついて、下にしがみついた。そのままよく分からない暗闇の中に、シゲル一行は走っていく。
暗い中をぱしゃぱしゃと音が立つ。遠くにはかすかに木の葉のさざめきが聞こえ、下には水が浸っているようだ。
3人が走っていた。足が無秩序に振れ、水しぶきを躍らせる。
水気を弾いて砂の疼きを蹴りだし、砂浜の闇へ飛び出していく。前を走るシゲルが声を上げた。
「間に合ったか?」
前方に見える海には光があった。色めきが海面に動いているのが見える。
「かもねっ」
新は答え、ばらばらとふりかかる風に、荒い呼吸を乗せていく。
「水中マスク持ってます?」
弾みながら聞くハジメの声に、シゲルは振り返った。
「持ってないです!確か船に置いてたよね」
そう言いながら前方に目をやり、辺りを見渡す。波打ち際に入り、ばちゃばちゃと音が跳ねていくと、シゲルはふっと足を緩めた。
「……橋かかってないな」
「いいよ、そのまま行こう。服大丈夫ですか?」
新はシゲルを追い越しながら視線を回すと、跳ねつく水音の中で、すでにハジメは腕を動かしていた。
「はい大丈夫です!」
声と上の一枚をふわりと風にさらうと、ソラに入れていく。
3人はそのままざぶざぶと海へ入っていく。




