プールと特設会場
「えーっと……次はアニメフェア会場か」
一人の蜜柑の髪の女形は呟くと、手を下ろして歩き始めた。囲まれた壁から、光の方へ抜けていくと、青空の広がる競泳プールのような場所に出ていく。
細い線が爽やかに広がる中を歩き始めると、柔らかい風がさらさらとなぜた。ゆるりと塵の匂いが空色に抜けていく。
辺りに目をやると、まだ準備中のようないくつかの出店が、プールサイドに場所を構えているのが見える。ドーナツやら何やら書いてあるようだ。
前から歩いてきた人に、蜜柑は謝辞の声を明るめて、すれ違っていく。
ふと首を振り向き上空を見ると、少し遠くに巨大な高くうねり立つ木が見えた。
「そっか、あっちにも行かないと」
そう呟きながら、横に、半開きの屋台で、ガラス細工体験をなぜか今やってる人たちを通り過ぎていく。
ガラスと人の声が、空気に映り、ちらちらとそよいでいる。
半身ほどの扉を閉めて、その場所を後にしていく。
身を返していき空中がひらけると、目の前に這う階段と、その向こうにかかるどっしりとした広がりが見える。
蜜柑の髪は手すりに手をかける。体を落とし、ぺたぺたと足元に風がこぼれていく。
特設会場にて。
広大な天井裏で人々が作業をしていた。はっきりした照明の天井と壁のもと、大きく黒い、崩れたような角ばった機械が、どかどかと遠く向こうの方まで並んでいる。機械の周りには人が動いている。
歩く2人がいた。イチョウの髪のトオルと、スキヘ新だ。
その場の端の方には巨大な口が開いており、明るい光が差し漏れていた。
近づいていくと、ふとその光の陰の中に、ソラから人が出現していく。2人は見ずに現れた人と挨拶を交わしながら、明かりの中へ足をかけていった。
外の足場へ出ると、風がかかった。空中に浮くように足場が続き、2人はそこを歩いていく。
会場の足場から見える空と水平線は、景色をよけて奥へ遠くへと抜けていた。
カタカタと2人は慣れた足取りで歩く。
トオルはふと上方へ首を見上げると、高く更に拡張されていく会場の構造が、大きく見えた。
「おー!結構進んでんじゃん」
後ろを進んでいく新はその言葉に上をちらっと向くと、歩いていきながらソラを触る。
「今何時?……8時半か」
前でかちかちと階段を下り始めたイチョウの髪は、その声に振り返った。
「結構時間たちましたね」
「そうですね。……一旦飯食って来ようかな」
続いて階段を降りていきつつ、新は呟くように言う。
前のトオルはそれに応えながら、カランという音とともに上ってきた人とすれ違っていく。こんにちはと、その顔を見てトオルが反応し声を出す。その人はコロンと振り返ると笑顔になり、挨拶と手をはなしていった。
会場の4階部分の廊下に、2人は降り立っていく。
新はすとんと床に着地すると、先に降りて手をぱんぱんと叩いていたトオルを一瞥した。
「じゃあ」
返事とともにトオルは頷くと、体を返して廊下を歩き始める。
窓から光の射す、広々とした床を歩く。人はまばらで、抜けた暖かい色が差している。
辺りに目をやっていると、知った人に気づいた。
「八重さーん!」
ごてごてした格好のおじさんが振り返った。軽い挨拶を浮かして手を振り、そこにあった入り口の奥に消えていく。
入り口をくぐっていくと、座席が多く並んでいる場所が視界に広がった。
向こうには会場の巨大な空間が見える。そこと座席との間には柵は無く、開放的な作りになっている。
前の方に人がいくらか固まっていた。そこへ八重は向かっていく。
彼らの頭上高くに、巨大なホログラムが出現した。本来は存在しない5,6階席の構造が、会場の上の方に、はっきりと見える形で現れている。
一人のぼろい服を着た白っぽいやつが、手元からそれを見上げる。
「おーいい感じじゃん!」
見上げた別の一人が声を上げた。
その場にふっと現れた人影がいた。ホログラムと同時に出現したようだ、川水の髪は出現すると、ぱっと辺りを見回す。
巨大なホログラム構造から、彼らの立つ座席の並ぶ場所へは、同じくホログラムで映された架空の階段と通路で繋がっていた。その根元には、こちらとの境目に、半身ほどの架空の扉がある。
扉はばたばたと勢いよく、独りでに開閉した。川水は扉に手をかけて、動きを緩やかに止めながら、開いて通っていく。
「こういう感じねー……」
「あっ空中に橋とか架けるのとかはどう?……異世界人用の」
後ろから八重が揺れながら入ってくると、場に反応の声が立った。
彼らの会話の後ろで、別の2人が動いている。ホログラムの奥でその上に立ち、川水はこちらを向いていた。近くにいた茜色の髪は、そこへ近づいていくと、ホログラムとの境目でしゃがんでいく。
会場の下の方までが見通せ、目の前にはホログラムがあった。それにアカネは腕を動かしていくと、手はすっと影を通り過ぎていく。
後ろで八重が続ける。
「それなら歩くホログラムも邪魔にならないし、参加してる感も出るし」
「それ良いね!」
会話を進めていくぼろ服の足元の近くで、しゃがんだアカネはぱたぱたと連続で扇ぐように手を動かす。するすると手は影を掠めていく。
階段の向こう側で、川水もそれを見てしゃがんでいった。ぱたぱたと同じように手を動かすが、その手は影に引っかかる。
アカネは顔を上げ、それを見た。小さく笑みを漏らして川水に目をやると、続けて後ろを振り返って会話に入っていく。
「……で開演するときに、演出っぽく消えていくとか?」
「あぁなるほど!」
下のアカネに視線をやったぼろ服が声を上げた。他からも反応が流れる。
「分かった、それ作ってみるわ」
ぼろ服は頷くと、向こうへ動きだしていった。
その場を後にしながら、入り口の方へ歩いていくと、その先の廊下から、見知った人がふっと入ってきた。茶葉の髪だ。
「ススムさーん」
とつとつと歩いてきながら、ぼろ服を見て声を出す。ぼろ服ススムは挨拶を放って返すと、茶葉は近づきながら確認を入れてきた。
「企画どれくらい出来ました?」
「まだ出来てない人、結構いますね」
足を止めて答えていくと、その言葉に茶葉はふと耳を触る。
「あー……間に合います?」
「まあ何とかなるんじゃないですか?」
視線をぶつけながらススムが適当に答えていると、後ろから八重が口を挟んでくる。
「でも危ない部分は少しあるよね……全然思いつかないってさっき言ってたじゃん」
「……イズミさん手伝ってくれません?」
「えっ?」
茶葉の声が縮む。
「結構アニメ見てるって言ってませんでした?そういうの考えるのとかやってみません?」
構わずススムは続けていくと、枯れ草のような目がススムを見た。
間も無くゆるやかに動きだし、口を開く。
「……どんなのですか?」
「えーっと…こういうのです」
八重がソラをさっと触り、データを渡していく。イズミは受け取ると、頭を傾げて眺め始めた。
そこへ、実はさっきからずっと、座席に座って彼らを見ていた、派手な格好の男形がおもむろに近づいてきた。
「……企画出来てない人いるの?」
八重は振り向いてその姿を見ると、うんと頷く。
「じゃあ俺も考えていい?」
カナデは口元を揺らがせ、ワクワクで遠慮を被らせるように言う。
「あぁいっすよ!」
奥のススムが反応してこっちを見た。イズミが顔を上げる。
「マジで?いいの?w」
そうカナデは嬉しそうに揺れながらちょっと近づく。
「何か案あります?」
「じゃあ創作の形について議論とか?……そういう変なラジオとかも全部創作…なんだよね?」
そう疑問を向けていくと、明るい声が上がった。
「なるほど!」
「確かに議論形式とかはやってなかったね」
横でススムが気づいたように言うと、八重が続けて聞く。
「どの作品使うとかある?……どういう目線からとか」
「どういう目線?……」
呟いてカナデは巡っていく。様子をじっと見るイズミは、その間に口を開いた。
「……そういう話題ならカタリメーンさんとか呼ぶとか?」
「…カタリメーンさんって現実の?」
聞く八重に、イズミは静かにうんと頷く。
「融合するってこと?…現実と?w」
ススムがピンピンと聞くと、あぁそっかと、イズミは理解に沈み視線をよけていった。
その横で考える八重が口を開く。
「でも確かにカタリメーンさんが話したら面白いね」
「でプロも呼んだりとかw」
とカナデが入ってくると、それいいねと同意が弾む。
じっとどこかを見るススムは、間を刻み頷いた。
「分かった……じゃあとりあえず呼んで面白くなりそうな人がいたら、各自呼んでもらっていいですか?」
そう呼びかけながら周りを見ていくと、黙って近くで見ていた蜜柑の髪と、ついでに目が合っていく。
「でもどうやる?」
八重が口を挟むとススムは振り返り、
「いやそれぐらいだったら多分何とかなるだろ」
と雑な確信で会話を終わらせた。その前で、銅像のように様子を眺めるイズミが口を開く。
「……え私も?」
「うん」
「あー……分かりました」
ソラに消えていくように返事を落とす。ススムは動きだしながら「内容はこっちで考えるんで」と付け加えていくと、イズミはやや機械的な頷きを残し、踵を返していく。
他の人も散り始めた。歩きだしかけた蜜柑の髪が、思い出したように振り向く。
「そうだカナデさん!」
行きかけた派手なやつが、返事とともに振り返った。
「さっき向こうで、メインステージのリハをこの会場を使ってやるみたいな話をしてましたよ」
手をかざして向こうの方を指すと、その方を見たカナデは、本当ですかと声を跳ねる。
蜜柑ははいと肯定に頷くと、
「分かりました、ありがとうございます!」
と謝辞を残し、入り口の方へうきうきと動いていった。
特設会場の1階の廊下を、蜜柑が歩いていく。
廊下には、脚立に上って作業をしている人たちが、ちらほらと見える。
それに目をやりながら歩き、ふと前の方を向くと、入り口近くで立っている人たちに目がとまった。知り合いが中にいる。
3人で話しているようだ、その内の、向日葵の髪がこちらに気づく。
「メグリさん」
「お疲れ様でーす」
辺りには外の光が漏れ、薄く溢れてそよいでいた。蜜柑メグリは近づいていくと、向日葵が聞いてくる。
「あそこのプールって、中に別の人が使えるような場所とかってありましたっけ?」
メグリは立ち止まっていき、思案に宙を見た。
「どうなんでしょう……場所探してるんですか?」
その場を見て聞くと、向いた残り2人とともに、向日葵がはいと頷く。
「ここの下とかはどうなんですか?……確か開放してましたよね」
下を手で示しながら言うと、そのうち一人の朝焼けの髪が反応した。
「もう埋まってるみたいなんですよね」
それを聞き、メグリは理解に揺れながら手を下ろす。
残りの一人のバイクスーツを着た人は、考えるように静かにその様子を見ている。
朝焼けが案に浮いた。
「それなら、上に新しく作ってる構造で、アニメ関係以外も入らないかって聞いてみましょうか?」
バスツはそれを聞くと動き、本当ですかと聞く。
「はい、ちょっと来てもらってもいいですか?」
朝焼けが動きだすと、引かれてバスツがついていく。
残った2人がそれを見送る中、向日葵はメグリを見た。
「メグリさん、エリア19でも何かやる人達いるみたいですよ」
メグリはそれを聞いて少し漂い、
「19……分かりました、じゃあ私そっち行きますね」
と動き始めた。向日葵は頷き、2人は交差していく。
大きく開いた出入り口の方へ走っていき、会場の外へ出ていく。
さあ、いよいよ準備も佳境だっ!




