五感すべてを使った表現が、VRだと可能?
日の差す海岸にて。砂浜にはあちこちに人の声がふりかかっていた。海の向こうには船がある。その間には簡易的な橋が渡され、人はその上を通っていっているようだった。
「じゃあ」
「はいっ」
一行と別れながら、丁寧な探検家は小さく一礼し、離れて別の方へ歩き始めた。きょろっとほど近くの波ぎわを見渡すと、それに応えるように声が飛んでくる。
「ナギサさん!こっちです!」
見ると、海の近くで手を振っている水色の髪がいた。
「こんにちはー!」
挨拶しながらナギサは近づいていく。水色の横には2人いるようだ、向こうも動いてきた。
「イベントに出資したいって方がいて」
歩きながらそう言うワタルの隣には、パーカーを着た女形がいた。どうやらその人を示しているようだ。
「そうですか!」
「どこに連絡したらいいですか?」
歩くパーカーが言葉を向けると、ナギサはソラへ手を動かしていく。
「えーっと……この人に連絡して下さい」
足を緩め、近づいて重なる。ぱっと出た影をナギサが渡した。パーカーは分かりましたと受け取ると、体の向きを変えていく。
残った一行もそのまま別の方へ歩きだした。辺りには、武装のようなものを身に着けた、一般人風の人たちがちらほらと見える。
肩の帯に小さく身をよじったナギサの隣で、ワタルが思い出したように声を出す。
「立体ディスプレイの仕様とかは分かったんですか?」
振り向いて聞くワタルに、ナギサは元気よく肯定を答えた。それに反応し、奥にいるレモンの髪がくいっと動く。
「そうなんだ!…視覚情報だけですか?」
間を挟んで問いかけると、ナギサは軽く頷いていく。
「みたいですね」
一行は会話しながら橋の近くに来ると、付近にはイベントの関係者のような人たちが立っていた。
「こんにちはー。水中マスクと重りはありますか?」
3人に声をかけてくる。その足元に置いてある箱と、その人が手に持つ透明な樹脂の束を、ナギサは見ていき答えた。
「はい、大丈夫です」
ワタルも横で頷いていくと、その人は手で前を示す。
「じゃあどうぞー」
会釈をして通り過ぎながら、ワタルが前を見て話を再開する。
「そうか……何かもっと色々出来るかもって思ったけど」
横のチエと顔を見合わせる。その様子を見たナギサは疑問の音を出した。
「色々?」
足元を一行が橋に入っていくと、コタコタと音が鳴り始めた。橋の上には向こうの方にちらほらと人が見える。
水色の髪は振り向いた。
「最近、全感覚型とかあるじゃないですか」
「え、何ですかそれ」
ナギサは初耳の声を動かすと、奥からチエが会話を補っていく。
「直接感覚に作用するようなやつです」
「へー……直接感覚に……」
呟きながらナギサは前を向く。広い橋には海が見え、すぐ向こうには大きな船がどっしりと構えていた。奥の海の上には、小さくぼんやりと島のようなものが見える。
チエは続ける。
「例えばここの世界に来る時のPVとか……風を感じてどんどん風景が変わっていってみたいな……」
「あっ!あぁいうのの事ですか」
ナギサは頭を浮かせると、横でワタルも理解を刻むように頷いていく。チエは続け、
「最近だと心臓の鼓動感を得させたりとか、体を覆う何かとその発散とか…」
吐息が押し出された。爆音が体から染み出し、言葉の中で辺りが陰る。
目が上に引かれると、巨大な竜の体が、空の青い光と視界を横切っていく。光がちらつき、重みが辺りをさらった。
「……そういう今まで無かった表現がありますよね」
空からこぼれた波があたりの耳元を打っていく中、チエはそのまま続けていく。ナギサは遠ざかっていく竜をちらりと見ながら、
「何かって何ですか?」
とチエに目線を移しながら聞く。竜は少し遠くの海面に落ち着いていってるようだ、小さく翼のそよぎが流れている。
「触覚をただ感じるようにしてるだけだから、別に何も無いんですけど」
チエは目を向け答える。なるほどとナギサは頷いた。
「あとは細かい体温感覚の操作とか……」
チエが引き続き、宙を見ながら考えを並べていくのに、ナギサは言葉を入れる。
「でもそういうのはここでは難しくないですか?」
船の入口が近く、海面にするりと飛び込んでいく人たちが見える。チエは振り向いて頷き、
「そうですね、全部デジタル制御ならできるけど……」
と言うと、隣でワタルも頷いた。
「ここだとデジタルだけどアナログですからねw」
ナギサに振り向き、3人は同意に笑って頷く。一行は船の入口に足をかけていった。
船の中にて。
目の前にがちゃっと部屋が開けると、新がちょうど扉の方に向かってきていた。中にはライブの準備をしている人たちが見える。
「ワタルさん、ちょっと手伝ってもらっていいですか?」
「あっはい、何をですか?」
扉から身を引いて、廊下の方へどけていく。廊下には、そばに話し声が近づいていた。新は扉を出ていきながら続ける。
「ライブの後で握手会をやるっていう話になったみたいで、その場所作りです」
隣で喋り終えた2人は、足を止めつつ彼らの会話を見る。
ワタルが了解を返し、後ろにいたチエもそれについて歩きだそうとすると、そのうち一人から声が出た。
「俺も手伝おうか?」
新は振り返ると、ストラップをじゃらじゃらつけた衣装の、トマト髪が目に入った。(立体映像の説明の時、最後にいたやつ。)
「良いの?」
「いいよ。暇だし」
そう言うとトマトはすたすたと歩きだし、一行も廊下を動きだす。
隣にいたワイシャツのアカリも、それを見て一緒についていきかけ、引っかかったように声を出した。
「あっアバターそのまま?」
「え?」
トマトは歩みを緩めながら振り返り、惑いの音を出す。身にあちこち着いているストラップが小さく揺れた。
「……まあいいのか別に」
他の人もちらっと振り返っていると、アカリは一人で納得するように動き、再び足を運びだす。
トマトはふと目を落とし、何かに気づいたようにソラを触った。
「……やっぱだめだわ、何か呼ばれた」
再び一行が適当に振り返った。トマトはそう言い残すと、髪を返して一行と逆方向へ向かっていく。
ひらけた船尾に行ってみよう!




