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39.ホワイトラヴァー♡~猫な店主~

「高い! 高すぎる!!」

 イリーナは激怒した。

 邪智暴虐の店主を除かなければならぬと決意した。イリーナには適正価格はわからぬ。イリーナは一国の姫である。お城で優雅に過ごし、何不自由なく育った。けれども、お金に対しては人一倍に敏感であった。


 看板を見つけてから約30分、イリーナたちはウインターファッションショップを名乗る『ホワイトラヴァー♡』になんとか辿り着いていた。


 なんとかというのは、イリーナとコトネはぴんぴんしていたが、ソラソラとテレーザは凍え切った状態であったからである。


 ホワイトラヴァー♡は傍目、小さなロッジであったが、中に入れば、案外広いお店であった。中はウインターグッズの販売だけではなく、奥には炬燵が並ぶ食堂もあった。店内に入るや否やソラソラとテレーザはその炬燵の中へと飛び込んでいた。


 一方、なんともないイリーナとコトネは何事もなかったかのようにショッピングを開始していた。

「絶対におかしいでしょ!! なんでこのダウンがこんなに高いのよ!」

「そう思うなら買わなければいいだけなんだにゃ」

 猫耳の帽子を被った猫目の若いホワイトラヴァー♡の女店主は、ニャッコリと笑いながらそう答えた。


「そうできるならそうするわよ!! でも、ここでこういう服を買わなかったら死ぬらしいのよ、あいつら」

 ここで言うあいつらとはソラソラとテレーザのことである。


「えーっと、あなたとあの水色の髪の方は大丈夫なのかにゃ?」

 猫目の店主は困惑した様子であった。


「そりゃね、これくらいならまだ大丈夫よ、ねえコトネ」

「私をさらっと化け物枠に入れないでください。私もできればここで冬服を揃えたいです」

 コトネはきりっとした顔で言った。


「いやいや、冬服を揃えたいって、その反応の時点でおかしいんだにゃ。そもそもここまで来る前にみんながっつり防寒着を着込んで来るけど、それでも寒くてここに駆け込んでくるんだにゃ。それなのに君たちは……」

 店主は改めてイリーナたちを、イリーナたちの装備を見た。


「本当によくここまで辿り着いたんだにゃ。そんな格好でこの山を目指してたらここまで辿り着く前に凍死するんだにゃ。運良くここまで来れても……普通はああなるんだにゃ」

 そう言う猫目の店主の視線の先には店に入ると同時に見つけた炬燵に入り込みながらも、いまだに血の気のない真っ白い顔で体をガタガタと震わせるソラソラとテレーザがいた。


「これはサービスだにゃ」

 と、店主は二人にホットミルクを差し出した。


「ちょっと! そんなサービスいらないからこっちをサービスしなさいよ!!」

「君は鬼かなんかかにゃ?」


「限りなく近い存在ではありますが姫は一応人間です」

「一応ってどういうことよ!!」

 噛みつくイリーナを傍に店主は「姫?」と呟き首を傾げた。


「こっちの話なのであまりお気になさらずに。それよりも時間もないので冬山登山装備一式4人分、いえ5人分そちらで揃えてもらえませんか? 料金は一切気にしないので」

「にゃにゃ!? いいのかにゃ?」


「いやいやいいわけないでしょ!! あんたこの値札見えないわけ!? 世間に疎いわたしでもわかるぐらいの異常な値段なのよ」

 嬉しさのあまり目を真ん丸にする店主の横でイリーナは激怒していた。


「ですから、そんなこと言ってる場合じゃないんですよ。ちょっと相場よりも高いぐらいでグダグダ時間を浪費している場合じゃないんですよ。……本当に死にますよ、ブリギッタさん」

 悲しそうにそう零すコトネの言葉に、イリーナは「うぐっ」と漏らしたきり黙ってしまった。

 妙な空気感を察した店主は恐る恐る尋ねる。


「えーっと……結局、5人分私が選んでもいいのかにゃ?」

「大丈夫です、ですよね、姫?」

「まあ……仕方ないわね」

 イリーナは渋々頷いた、その時であった。


「ちょっと待った」

 と店の角から待ったの声が響いた。

「その役目、あっしに任せてくれやせんか?」

 声の主は武具をおかずに白飯を5杯たいらげるで有名なデェエスケであった。


「「あなたは、デェエスケさん!!」」

 コトネと店主が揃えて驚嘆の声を上げた。


「コトネはなんでそんなに驚いてるのよ? あんたが魔王の武具の説明役を奪ってそのままフェードアウトしたように見えたけど、あの状況、場所的にわたしたちの後をついて来るしかなかったのは明かじゃない」

 イリーナの魔王の武具という言葉に反応したのか、女店主の猫耳……形のカチューシャがピクピクと動いた。


「そんなことはわかってますよ。そういうことではなく、武具屋でデェエスケさんに出会ったら驚かなければいけない。姫がいくら世間に疎くてもこれくらいは知っておくべき常識ですよ」

「どんな常識よ!!」

「いやいや、常識なんだにゃ」

 コトネの意見に店主も同意した。


「いや、知らないわよ! というか、あんたもこの手ぬぐいハチマキのこと知ってるわけ?」

 手ぬぐいハチマキ=デェエスケである。


「勿論だにゃ。この業界でデェエスケさんを知らないなんてもぐりだにゃ。それにデェエスケさんは我が店の数少ない常連なんだにゃ」

「常連って……こんな大寒地獄の入り口みたいなお店でそんなものが存在するの?」


「にゃはは、大寒地獄とは言ってくれるにゃ。うちは食堂も兼ねてるからそれ目当てで通ってくれる人が結構いるんだにゃ。まあ、それもデェスケさんがとあるグルメ雑誌でうちで食べる坦々系が最高って紹介してくれたからなんだけどにゃ」

「いや坦々系ってこの世界にそんな概念おかしいでしょ」


「姫、そこは突っ込んだら負けですよ」

「坦々系っていうのはよくわからないけどピリ辛で美味しいよ」

「味もですが、この程よい辛さが体を内側から温めてくれて、このような極寒地域にはとても良いものですよ」

 いつのまにか担々麺と坦々うどんを食しているソラソラとテレーザが満足そうに感想を述べた。


「ちょ、あんたらだけなに楽しんでるのよ。私のも寄こしなさいよ」

 そういうイリーナの前に担々麺と坦々うどんが差し出された。


「お好きな方をどうぞお召し上がりください、姫様。あっしの奢りです」

 デェスケはどや顔であった。イリーナは少し迷って言う。


「どっちって……決まってるじゃない、両方よ」

 イリーナは2つのどんぶりを奪い取ると炬燵に飛び込み、ずるずると麵をすすり始めた。


「すみませんコトネ様、姫様が選ばなかった方をコトネ様にと思っていやしたんですが、コトネ様はどちらに致しましょうか?」


 コトネは迷いもなく言う。

「決まっているじゃないですか、奢りなんですよね?じゃあ、両方です」

 デェスケは苦笑いするしかなかった。



 それから食堂のメニューを一通り堪能したイリーナたちは炬燵の魔の誘惑に屈し、ごろんとしていた。

「いやー、確かに美味しかったわ」

「寒いから美味しくなる食べ物があるんだね、初めて知ったよ」


「まあ? それでしたらソラソラ様の故郷には冬がなかったということですか?」

「ふゆ? ふゆってなに?」

「聞いたことあります。魔女の村は魔法で年がら年中気候を支配していると。従ってソラソラさんの故郷には四季がないらしいです」


「四季がないなんて情緒のない土地ね」

「よくわからないけど、悪口言われているというのはわかるかな」

「四季がないっていうのはここも一緒かにゃ……それよりも、君たち急いでるんじゃなかったにゃ?」

 猫店主の言葉にイリーナたちはハッとする。


「そうだった、危ない危ない。このまま麻雀を始めてしまうところだった」

「炬燵の定番ですが、姫という御身分の方が興じるものではありませんよ」

「何言ってんのよ、ギャンブルなんて薄汚れた王族貴族のたしなみに決まってるじゃない。それよりも、結局この糞高い値段はどうにかならないわけ? 店主。これだけ飯も食べたわけだし」


「いやー、それは確かにありがたいけれど、それでサービスしてたらきりがないんだにゃ」

「チッ」

 イリーナは露骨に舌打ちをした。


「一国の姫の態度じゃないね」

「ですがそれでこそイリーナ様です」


「一国の姫ってどういうことにゃ?」

「こちらの話なのでお気になさらずに。もう姫も値段は諦めて茶々っと選びませんか?」

 コトネの提案にイリーナは鬼のような形相をした。


「そこは一番譲っちゃいけないところでしょうが!!」

「姫、落ち着いてください、ここは人命優先で」

「か、金は……金は、命より重い」


「なに絞り出すような声でどこぞの中間管理職みたいなこと言っているんですか。それに人を死に追いやった人がその人を蘇らせるために、ちょっと高い冬用登山服買うときに用いるセリフではありませんよ」

「ぐぬぬっ」

 流石のイリーナも何も言い返せなかった。


「というわけで茶々っと選んじゃっていいですね?」

 イリーナは少し間を置いてそっぽを向いたままコクリと頷いた。


「じゃあ早速各自防具という名の防寒具を選びましょうか」

「「「はーい」」」

 そう気持ちの良い返事をした3人であったが一向に動く気配はなかった。そして、言い出した本人のコトネも炬燵から出ようとしていなかった。

 それどころがイリーナはキッチン上に並べられたメニューの札を見上げると、店主に手を振り

「みかん5個」

 を注文した。

 呆れながらも店主はミカンを炬燵上に置いた。


「あの、急いでいるんじゃ……?」

「しつこいわね、わかってるわよ。でも折角のおこた麻雀は諦めてもみかんくらいは食べるでしょ」

「へー、そうなんだ、炬燵にみかんって定番なんだ」

 そう言いみかんに手を伸ばすソラソラの手をイリーナは素早く叩き落とした。


「痛っー、イリイリなにするの?」

「それはこっちのセリフよ! なに、ナチュラルに私のみかん食べようとしてるのよ」

「えー、5個頼んでるからソラソラたちの分もと思ったのに」


「私もそうだと思いました」「わたくしもです」「なんならあっしの分も頼んでくれたのかと思いやした」

「そんなわけないでしょ、特に角刈り!! あんたの分なんか頼むわけないでしょ!!」

 デエェスケはしょんぼりと肩を落とした。


「まあ、デエェスケさんそう落ち込まないで、これでも食べて元気出してください」

 コトネはそう言いながらデエェスケにミカンを手渡した。


「ちょ、それ私のみかん!! ん?」

 とイリーナは主張したがイリーナが頼んだミカンは減っていないことにすぐに気が付いた。

「これは店主からのサービスですよ」

「サービス!! どういうことよ!?」


「いや、うちでは食堂で主食メニューを一品以上頼んだお客様にはデザートでミカンをサービスしてるんだにゃ」

「なんでそれを先に言わないのよ!! 無駄に5個も頼んじゃったじゃない!!」


「いやー、いつ食べ終えるのかわからにゃくてタイミングを逃したたんだにゃ、ごめんにゃ」

「注文前に言いなさいよ!!」

「いやー、面目にゃいにゃ」

 イリーナは不満そうな顔を浮かべながらも店主に手を差し出しミカンを要求した。


「まだ食べるんだにゃ……」

「当然よ!! オラオーラ家たるもの無料で得られ物は必ず喰らえ!! それが家訓よ」

「王族の家訓とは思えませんね」

「長年仕えている身としては、家訓として聞いてなくても染みついている教えです。加えてただは詐欺の可能性もあるののでその場合は力で解決せよとも教えられています」

「なにそれ恐い」


「似たような家訓はあるわよ。『理不尽は力でねじ伏せろ、しかし力で理不尽を押し通すな』っていうの」

「イリイリは前半は守れてるけど、後半は怪しいね」

「なんですって!!」

 イリーナは怒りのままにミカンの皮を絞ってミカンの汁をソラソラの目に飛ばした。


「目が、目がーー!!」

 ソラソラは悶え苦しんだ。

「そんな小ネタやってないで、さっさと防寒具選びましょう…………ん? いや、そう言えばデエェスケさんが選んでくれるって話ではありませんでしたっけ?」

 デェスケは綺麗に並んだ白い歯を見せ、ニッと笑う。


「炬燵の魔力であっしもすっかり忘れていやした。あっしでよろしければ、皆様にふさわしい防具をお選び致しやす」

 デエェスケは江戸っ子を離れ紳士さながらに頭を下げた。そんなデエェスケを見向きもせずみかんを頬張りながら、「じゃあよろしくー」と軽く返事した。

 それでもデエェスケはウキウキで防具売り場へと向かった。


 10分後、デエェスケはどや顔で戻ってきた。


「お待たせいたしやした、こちらがあっしが選びやした姫様たちの防具です」

 デエェスケ推薦イリーナパーティ極寒用防具


 イリーナ:ピンク基調のスキーウェア、白とピンクのニット帽、ピンク色のスキーブーツ


 コトネ:青基調のスキーウェア、白と青のニット帽、青色のスキーブーツ


 ソラソラ:黄基調のスキーウェア、白と黄のニット帽、黄色のスキーブーツ


 テレーザ:黒基調のスキーウェア、白と黒のニット帽、黒色のスキーブーツ


 イリーナは炬燵に突っ伏したまま眠そうな顔でデエェスケが持ってきた防具をまじまじと眺め、最後のみかんの一粒を口に入れじっくりと噛んで飲み込んでから目をカッと見開いた。


「この装備じゃただの仲良し女子大生グループのスキー旅行じゃない!! 私たちこれから雪山楽しく滑るんじゃなくて、登るんですけど!! しかも、なに無駄に帽子だけちょっとおそろい感出して仲良いアピールしてるのよ!! 更には雪山で見づらい白だし! 無能な上におっさん臭凄まじくて気持ち悪いのよ!!」

 イリーナの罵倒ともとれる悪意なき純粋な感想にデエェスケは涙を浮かべながら「て、てやんでぇえ」と呟きながらその場でしゃがみ込んだ。


 その姿はあまりに気の毒であった。


 コトネは小声で言う。

「姫ここは謝った方がいいですよ、でなければ某団体に革命を起こされますよ」

「ちょっと待って、今割と言い過ぎた自覚はあるけれど、どっかの某団体から革命起こされるほどの発言あった?」


「はい、姫の先ほどの『おっさん臭い』は某団体に『確かに我々は老け顔だけど、10年後にはあんまり老けないねってモテ期が来るのが約束されてるけど、だからと言って我々の青春を奪ってはいけない革命』を起こされた後、『私、俺、いくつに見える』というどうでもいいゲームを一万回繰り返されたのち、紫外線の恐さを知れと罵声を浴びせられながら干からびるまで日光にさらされ、処刑されます」

「いやいや、なんだろ、今までで一番納得いかない革命なんだけど!! だいたい、おっさんにおっさん臭いって言ってなんでそんな革命起こされなきゃいけないのよ」

 コトネは更に声のトーンを下げて言う。


「……デエェスケさんは20歳です」

 イリーナは思わず、なのにゆっくりとデエェスケを二度見した。


「えっ、同い年?」

 そう呟いたのはソラソラであった。


 イリーナはソラソラとデエェスケを三度見比べ、ソラソラの肩にポンっと手を置いた。

「そのロリコンのための魔法、あの角刈りにも教えてやれよ」

「ロリコンのための魔法じゃないよ! そんな犯罪臭溢れる魔法造らないよ!」

「いえ、見方によっては犯罪防止に貢献できる魔法ですよ」

 冷静なコトネのコメントであった。


「……合法ロリババア……それが量産できれば」

 そう呟くイリーナの目はいつになく真剣であった。


「姫の顔……これは珍しく姫として本気で国を憂うコメントですね」

「うーんっと、イリイリたちの国大丈夫なの?」


「大丈夫ですよ、万が一変なことを実行に移した輩にはきっちりと地獄の業火で焼かれるよりも後悔するほどの処刑方法を用意しているので」

 それはそれでどうなのとソラソラは感じた。


「神もその辺はきっちり裁きますよ。正しくは精霊たちが見つけ次第全力で裁くですが、業火の炎にも負けぬほどの方法ですが」

 テレーザはいつもと変わらぬ微笑みで告げる。


 テレーザが言う精霊=死者なので、死者からも見張られているということになる。

 ソラソラらは考えを改める、この国結局はやばくね? と。


「まあ、そういうわけなので、姫、デエェスケさんに謝罪の言葉を」

「どういうわけかは逸れた気もするけど、仕方ないわね……角刈り、おっさん臭いとか言って悪かったわよ、ちょっと古風だけど、まあ悪くないセンスよ」

 イリーナはほんのりと顔を赤らめた。


「新種のツンデレですね」「カワイイ」「イリーナ様、素敵です」

「あんたたちうるさいのよ」

 イリーナの顔は真っ赤になった。


 そんな中、デエェスケは呟く。

「じゃあ、あっしの選んだ服……スキーウェア、着てくれやすか?」

 イリーナは店主を見た。


「確認だけど、この装備でこの山ちゃんと登れんの?」

「問題ないにゃ」

「じゃあ、これでいいわ……あとひとつ、角刈りあんたならわかるでしょ? 棺桶の中身。あいつのスキーウェアも選んでよ」


「任せてくだせぇえ」

 デエェスケはパパっと赤基調のスキーウェアを持ってきた。


「なんでブリギッタが赤なのよ。まるで主人公みたいじゃない」

「ブリギッタさんのエプロンの下に隠された下着と勘違いされやすいビキニは赤ですからね。私たちのことをちゃんと追ってるデエェスケさんならではの選定ですね」


「エプロンしてるから前からは見えないはずでしょ!? この角刈りが私たちの後ろを付けてるストーカーって証拠じゃない!!」

「全力で言い訳させてくだせぇえ……あんな格好でうろうろしている方が問題なのではありやせんか?」

 イリーナたちは少し、いや、一瞬考えて確かにと思うしかなかった。


「角刈り、今の発言は全面的に謝るわ」

「そして、あの露出狂に対する認識を再確認させてくれたこと、そんな露出狂にふさわしい極寒装備を選んでくれたこと感謝いたします」

 コトネは深々と頭を下げた。


「いやいや、気にしないでくだせぇえ」

 デエェスケはどこか嬉しそうに鼻の下を人差し指でこすっていた。



 5分後。


 イリーナたちはデエェスケに選んでもらった防具に着替え終えた。

「なんだろう、サイズぴったり過ぎて気持ち悪いんだけど」

「デエェスケさんにとってはそれくらい楽勝なんですよ」

「正直どうかなーって思ったけど、いい感じだよ」

「はい、皆様とてもよくお似合いです」

 イリーナ以外の3人は満足そうであった。


「……まあ、いいわ。店主、お会計」

「毎度ありにゃー」

 店主は猫目の笑顔を見せながら、レジを打つ。そしてそこに表示されたのは25万6600オラオーラであった。

 イリーナはわらわらと震えた。


「姫、お金は気にしないと言ったじゃないですか」

「高すぎる……高すぎる……」

 イリーナはそう呟きながらも震える手でカードをレジ台に置いた。


「ありがとうございますにゃー」

 店主は満面の笑みで慣れた動きで会計を済ました。カードを返却しながら店主は言う。


「ところで、あにゃたたちは魔王の靴の情報については聞かにゃくていいのかにゃ?」

 店主はどこかニヤニヤしていた。


「魔王の靴? なによ、それ?」

 予想外の返答に店主は驚き目を見開いた。


「姫、話してたじゃないですか。この地には魔王の武具が隠されてると。どうやら、ここにあるのは魔王の靴みたいですね」

「あー、そういうことか。いや靴って、靴ぐらいじゃそんなに変わらないでしょ」


「確かにイリイリなら裸足で問題なさそうだよね」

「そんなわけないでしょ!」


「いえ、わたくしの記憶している限りイリーナ様は幼少期裸足で駆け回っていました」

「その記憶は即刻消しなさい!!」

 言い争うイリーナたちをよそに猫店主は戸惑っていた。


「じゃあ、あにゃたたちはこの山に何しに来たのかにゃ?」

「私たちが用あるのは魔王の靴ではなく、大雪山ユキユーキにあると言われる村、コリゴーリです」


「コリゴーリ……にゃははは、だったら結局魔王の靴が目当てじゃにゃい。魔王の靴目当て以外でコリゴーリを探すはずにゃいんだから」

「コリゴーリにとんだ偏見ですね。観光目的の可能性もあるじゃないですか」

「いやいや、そんな気軽に行ける場所じゃにゃいにゃ」


「ちょっと待って、あんたコリゴーリのこと知ってるの?」

「にゃはは、噂程度だけどにゃ」


「その噂程度でいいから教えなさいよ」

 店主は嬉しそうに笑いながら右の掌を上に向け、人差し指と親指でわっかを作り、残りの指で煽るように波打った。


「情報料を頂くにゃ」

「うぐっ、またお金」


「姫、ブリギッタさんのためです」

「ぐぬぬ、幾らよ」


「3万オラオーラにゃ……でも、お客様たちにはたくさん商品を買ってもらったので、特別にタダにするにゃ」

「ありがたいけど、タダにするなら最初からそう言いなさいよ」


「正規料金を告げてからサービス価格を教えた方がお得感が出るにゃ」


「商売の知恵だね」

「ですが、この場合は無料ですのであまり効果がないのではないでしょうか?」


「いえ、タダでもやはり本来の料金を聞くことで3万の物をタダにしてくれた気前のいい店という印象を植え付けられリーピーターになってくれる可能性が上がるので実に効果的です」

「冷静な分析はやめてほしいんだにゃ。恥ずかしいにゃ」

 店主はほんのり顔を赤らめた。


「そんなんどうでもいいからさっさとその情報寄こしなさいよ、そしたらこんなぼったくり店にもう用はないわ」

「イリイリにはあまり効果なさそうだよ」

「まあ、でも姫が正しいですよ。他の商品で散々良い思いして、原価0の情報だけ無料って言われてもこうなりますよ」

「それは確かにそうですね」

「やっぱ情報料貰ってもいいかにゃ?」


「あんたね、お客様相手に一度言ったことを撤回とかありえないんですけど」

「冗談だにゃ」

「それで、そのコリゴーリに関して知っているその噂程度とやらを教えてください」

 店主は「では」と言ってから一度コホンと咳払いした。


「『冷静に考えてほしいんだにゃ、年がら年中吹雪の中に村なんてあるはずにゃいんだにゃ』。おしまいにゃ」

 店主は笑顔のまま呆気からんと言い放った。


「いやいや、『おしまいにゃ』じゃないわよ。それってコリゴーリなんて村ないってことじゃない」

「にゃはは」

「にゃははじゃないわよ!!」

 イリーナは店主の胸倉をつかんで振り回した。


「これじゃ本当に無駄足だったね、どうしよう? コトコト……コトコト?」

 ソラソラがコトネに話しかけるも、何も言わず何か考えているようであった。

「コトネ様、どうかなさいました?」

 テレーザはコトネの目の前で手をヒラヒラさせながら呼びかけた。

「はっ、すみません、ちょっと考え事を」


「はあ、まあこいつに怒っても仕方ないわね」

 そう言うイリーナの手はまだ店主の胸倉を掴んだままであった。


「今から他の教会のある村を探すしかないわね」

「そうするしかないよね、でも確かここからならどこも遠いんだよね?」

「ブリギッタ様のお体がもつでしょうか?」

 3人は顔を見合わせうーんと唸った。


「教会? なんで教会なんて探してるんだにゃ?」

「あんたには関係ないでしょ」

 そう言ってようやくイリーナは店主を解放した。


「あの棺桶の中の仲間を生き返らせるためですよ」

「生き……そ、そんなこと本当にできるのかにゃ?」


「詳細は面倒なので諸々省きますが可能です。それを踏まえてですが、コリゴーリに教会はありますか?」

「いや、あの、それは……」

 店主の目が泳ぎに泳いだ。


「コトネ、話聞いてなかったの? そもそもコリゴーリなんてないのよ」

「あ、あるにゃ」

 店主が絞り出すような声で言った。


「はあ? あんたさっきコリゴーリなんてないって言ったじゃない」

「きょ、教会はあるにゃ」

 店主はイリーナの言葉を無視し、繰り返した。


「どういうこと?」「わたくしにもさっぱりです」

 ソラソラとテレーザは首を傾げた。


「こ、これ以上は何も言えにゃいにゃ」

 どこか必死にそう言う店主を前にイリーナたち3人は眉をしかめた。


「いえ、十分です。ありがとうございました。皆さん行きましょう」

「ちょ、コトネどういうことよ?」

「詳しいことは道中話します」

 コトネがあまりに迷いもなく動くので、イリーナたちもそれに続くしかなかった。店を出ようとしたところ


「ちょっと待つんだにゃ」

 と呼び止められた。


「これは本当の本当にサービスだにゃ」

 そういい渡してきたものは


「ロープ?」

 長さ5メートルほどのロープであった。


「ユキユーキの吹雪は多分皆さんの想像を超えてるんだにゃ。ほんの数メートル先も見えないくらいにゃんだにゃ」

「それでロープですか」

「えっ? どういうこと?」


「仲間とはぐれないように皆でこのロープを共有するということです。そうですよね?」

「そういうことにゃ。ロープを体に結ぶのはおすすめしにゃいにゃ、誰かが滑り落ちたりしたら全員巻き込まれちゃうから」

「わかりました、ありがとうございます」

 今度こそ店から出ようとした、が


「待ってくだせぇえ」

 と、再度呼び止められた。声の主はもちろんデエェスケである。

「なによ角刈り、あんたも何かくれるわけ?」


「……グッドラック」

 親指を立て最高の笑顔でデエェスケはそう言った。

 イリーナたちは特にリアクションすることなくホワイトラヴァー♡をあとにした。


 ようやく大雪山ユキユーキ登山開始。目指すは幻の村コリゴーリ。


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