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33.園長ふつつかと入れ歯

 コトネはノリノリが立ち去ったのをしっかりと確認してからふつつかの所へと歩み寄った。


「それにしてもコトコトがここまで徹底的にやるなんて珍しいね。やっぱ怒ってたのかな?」

 ソラソラが小声でイリーナに聞く。


「まあ、そういうことね。コトネが怒ったらこんな感じでねちねち来るから気を付けることね」

 ソラソラは勿論、しっかりと会話を聞いていたブリギッタとテレーザも肝に銘じた。


「ふつつかさん、お時間よろしいでしょうか?」

 コトネが声をかけるとふつつかは「ほふぃふぉんふぇふ」と返事した。イリーナたちは予想していたこととは言え目を合わせて軽く息を吐いた。


「園長とりあえず椅子に座って下さい」

 コトネはふつつかを園長のデスクに促しながら、無限空間ポーチからノートとペンを取り出しデスクに置いた。


「ここからは筆談でよろしいですか?」

 ふつつかはペンを手に取ると物凄い勢いで書き始めた。


『はいはい、勿論OKです。いやー、わたしがこんな状態で本当に申し訳ない。詳しいことは妻から聞いております。あっ、挨拶が遅れました。イリーナ姫様、コトネ様、ソラソラ様、ブリギッタ様、テレーザ様、ようこそツルツール最大の観光地魔物サファリパークふつつかへ。わたくし園長のふつつか堅物と申します。好きな食べ物はTボーンステーキなのですが、真に残念なことに今はこの有様、もう一週間も食べられず。そこでわたくしが考えましたのがTボーンステーキをミキサーにかけてシェークシェークにするのです。そうすれば何枚でも、何杯でも食べられます。しかし、なぜか飲んだ後はブギーな胸騒ぎが起きてしまうのです』


「いやそれただの胸やけだろ! というか筆談なのに滅茶苦茶喋るな!」

「仕事も問題なくできそうだよね」「代理を立てる必要などなかったのではありませんか?」

 ふつつかの目がきらりと光ったと思ったら再び凄い勢いで書き始めた。


『いやいや、そんなことないですよ。やっぱり喋れないと何かと不便ですからね。それにノリノリ君が代理をしてくれてるお陰でこうして暇な時間が増えてね。朝は海岸沿いをランニング、昼からはこうして将棋の研究、夜は魚をつまみに焼酎をぐいっとね、いいことだらけだよ。そうそう、最近は将棋の研究の成果が目に見えてきてね、ツ・ナミヘイさんとの対局の勝率がとうとう7割を超えたんだよ。このままいけばプロになってしまうかもね。あっはっはっ』


「うるさい。筆談だけど、うるさい……」

「しかも、どうでもいいことばかりだな。それにしても書くの速い人だ」

 その言葉を待っていたと言わんばかりにふつつかがペンを走らせる。


『いやー、実は恥ずかしながら副業でこうしてペンを使うお仕事を少々してましてね。お陰様で書くのは人の二倍、いえ三倍、いいや十倍速いんですよ』


「あー、本家同様小説家でもあるのね」

 ふつつかは首を横に振る。


『いいえ、絵師です』

「絵師!?」


『主に萌え絵の』

「萌え絵!?」

 文の下にはしっかりと萌え萌えしい少女の絵が添えられていた。


「この人はこの人で話が進みませんね。仕方ありません」

 コトネはふつつかからペンとノートを取り上げた。ふつつかは涙目になりながらコトネに縋るように手を伸ばしたが、コトネはその手をペチッと叩き落とした。


「鬼か」「さっきの不機嫌引きずってるね」「コトネ様、どうか慈悲を」

 コトネはイリーナたちの声もペチッと叩き落す。


「ふつつかさん先ほど詳細は聞いていると書いていましたのでここからは無駄話なく用件だけをお話しします。ふつつかさんは秘伝技『渦潮を消す』を教えることができるとか……あの聞いてます?」

 ふつつかの落ち込み具合は予想以上で抜け殻みたいになっていた。


「えーっと、それでですね……ここからは姫が話します。さあ姫、どうぞ」

 コトネは一歩身を引いて代わりにイリーナをふつつかの前に押し出した。


「ちょ、どのタイミングでチェンジさせんのよ。あのー秘伝技のことなんですが……」

 イリーナが話しかけてもふつつかは絶望した顔でイリーナを一度見てすぐにまた宙を見つめた。さすがのイリーナもふつつかが醸し出すあまりの悲壮感に気圧されそれ以上話を続ける気が失せてしまった。


 イリーナたちは円陣を組みヒソヒソと話始める。

「どうすんのよこの空気。コトネのせいだからね」

「すみません、まさかここまでしょげるとは……」


「とりあえずペンとノートをもう一度渡してみたらどうでしょう?」

 ブリギッタの提案でコトネは円陣から離れ、ふつつかの前にこっそりとペンとノート置いた。しかし、ふつつかは全く興味を示さず、指先ひとつ動かさなかった。


 コトネはひっそりと円陣に戻る。

「いや、おかしくないですか?」

「コトコト、気持ちはわかるよ」


「返せばいい、ってわけじゃないってことじゃないの?」

「そもそもノートとペンをあげたの私ですからね」


「コトネ様、気持ちはわかりますが落ち着いてください」

「しかし、これでは秘伝技を教わることができませんね。どうにかしておっさんの機嫌を取らなきゃですね。手っ取り早い方法は……」

 そこまで言いかけてブリギッタはハッとする。そしてわざとらしく目を逸らす。


「残念なことに全く思いつきませんね。いやー、困りましたね」

 あまりに不審なブリギッタの言動。何か裏があると察したコトネ、ソラソラ、テレーザは少しの間思案しほぼ同時にハッとする。そして各々先ほどのブリギッタ同様に不自然に目を逸らした。


「……そうですね、これは困ったことになりましたね」

「……困ったなー」

「……困りましたわ」

 イリーナを除く4人がうーんとわざとらしく唸りながらチラチラとイリーナを見た。


(わたし、期待されてる? そうよね、私がこのパーティのブレインだもんね)

 イリーナは見当違いな解釈をして、4人と同じようにうーんと唸りながら考え始めた。


 数十秒後イリーナが「あっ」と声を上げる。

「い、入れ歯! そうよ、入れ歯よ」

 イリーナがそう言うとしっかりと聞き耳をたてていたらしいふつつかの負のオーラがわずかに和らぐ。と同時にコトネたち4人はこっそりとガッツポーズする。


「さっきあのバカ代理が言ってたじゃない。今、入れ歯がないからこんなことになってるんでしょ? あんたの入れ歯私たちが見つけてきてあげる、それと秘伝技『渦潮を消す』を教えてもらう。どう、完璧じゃない?」

「姫、完璧です」「イリイリすごーい」「さすがはイリーナ姫です」「イリーナ様恐れ入ります」

 コトネたちがわざとらしく賞賛したがイリーナはそんなことに気が付かず鼻高々に笑った。


「園長もそれでいいわね?」

 ふつつかは両腕で頭上に大きな丸を造って力強く頷いた。


「では決定ですね。皆でふつつかさんの入れ歯を探しましょう。……ところで姫」

「ん? 何?」


「入れ歯を見つけた場合は姫が拾うということでよろしいですね?」

 コトネの言葉の意味が理解できずイリーナは硬直した。


「ん? んんっ? どういうこと?」

「いえ、そのままの意味です。」


「いやいやいやいやいや、なんでそうなるの?」

「だって姫が言い出したんじゃないですか。ふつつかさんの入れ歯を探そうって。責任はとってください」


「いや責任ってそういうこと?」

「そういうことですよね、皆さん」

 コトネがソラソラたちにそう問いかけると、ソラソラたちは何度も深く頷いた。ついでにふつつかまでもが何度も頷いていた。


「言い出しっぺはイリイリなんだから責任取ろうよ」

「いやいや、それは関係ないでしょ」


「いえいえ、イリーナ姫が出した案なんですから責任持ってちゃんとしましょう」

「責任ってそういうこと?」


「イリーナ様、責任とはそういうことですよ」

「責任責任ってあんたたち揃いも揃ってなんなの? 野党なの?」


「まあある意味姫は役職的には与党ですし、逃げずにしっかりと責任を取って、入れ歯に触るのは姫と約束してください」

「そうだそうだ」「逃げるな」「今ここで約束しろ」

 コトネたちは一致団結していた。そこでイリーナはようやく気が付く。


「あんたたちはめたわね!!」

「さあ、なんのことやら」

 コトネたちは素知らぬ顔ですっとぼけた。


「おかしいと思ったのよ。こんな簡単な方法を誰もすぐに言いださないなんて」

「その割には姫結構考えてましたけどね」


「うるさいわね。それよりも、入れ歯に触れるのは私、そんな約束絶対にしないからね!! だいたいなんで姫であるこの私があんな今にも枯れはてそうなおっさんの入れ歯に触れなきゃいけないのよ。ブリギッタ、あんたがやりなさいよ」


「いやですよ。あんな部屋にいても気づかれない存在薄いおっさんの入れ歯に触るのなんて、それに、だから思いついても言わなかったんですよ」

「やっぱりか!!」


「まあまあ姫、みんなあんな部下に園長の座を実質奪われ部屋の角に追いやられているおっさんの入れ歯なんか触るの嫌ですよ。しかし、どんな嫌なことでも誰かがやらなきゃいけないんです。どうでしょう公平にここは……多数決で決めるというのは」


 コトネの提案にイリーナ以外の3人は

「そうだね、それが公平だね」「それが一番公平ですね」「そうですね、神の名のもとに公平ですね」

と賛同した。だがイリーナは違った


「いや、ちょっと待て。この流れでそれは完全に不公平よ。真の公平さを保つため、じゃんけんにしましょう」

 4人はイリーナを白けた顔で見た。


「なによ、その空気読めない子ねみたいな顔! そんな顔しても無駄よ! 私は引き下がらないわよ!」

「……ではここは公平に入れ歯に触る人を決める方法を多数決で決めましょう」


「いや、だからそれも公平じゃないでしょ!!」

「姫、ひとりの意見を押し通そうとするのは民主主義に反しますよ」


「た、確かにそうなんだけど今の状況はなんか違う気がする!」

「全く何を言っているのだが、それではじゃんけんで決めるのがいいと思う方挙手を」

 イリーナは右手を高々と垂直に上げた。しかし、上がった手はその一本だけであった。


「じゃんけんに一票と、では次に多数決がいいと思う方」

 すっと4本の手が上がる。イリーナが何か言おうとしたがそれよりも早くコトネが喋り始める。


「では決め方は多数決ということで。続きまして入れ歯を見つけた場合誰が拾うかの多数決を行います。では姫がいいよ思う方挙手願います」

 4本の手が上がったままであった。


「はい、というわけで姫で決定です。皆さん拍手を」

 すかさずパチパチと拍手し


「イリイリよろしくね」「イリーナ姫頼みました」「イリーナ様、お願いします」

 各々笑顔でそう言った。


 それに対しイリーナは意外なことに笑顔で応対した。しかし、その笑顔は不自然なほど爽やかであった。


 そしてボソッと言う。

「オマエラアトデドウナルカカクゴシトケヨ」


 ソラソラたち3人はピタリと拍手を止め顔を青くしながら二歩ずり下がった。

「それで園長、入れ歯どこでなくしたのよ? 心当たりとかないわけ」

 ふつつかはノートを開きペンを走らせる。


『その前にひとつ確認したことがあるのですがよろしいでしょうか?』

 そう書くふつつかの勘は真剣であった。事の重大さを察知したイリーナたちも真剣な顔つきになる。


「なに?」

『実は秘伝技は一度覚えたら忘れることができません。それでもあなたたちは本当に秘伝技【渦潮を消す】を習得しますか?』

 イリーナは真剣な顔のままノートを取り上げた。


「真面目に聞いて損したわ!! 私たちはどっかの世界のモンスターと違って覚える技が4個までとか制限ねえんだよ!! そもそも人間秘伝だろうがなんだろうが覚えた技早々忘れねえんだよ!! わかったか!? この爺が!!」


「さっき怒れなかった分も怒ってますね」「とばっちりだね」

 ふつつかは怯えた様子でありながらもノートを返してほしそうに手を伸ばした。イリーナは迷いもなくその手をひねり上げた。


「貴様にこれはもうやらん。ここから先はイエス、ノーだけで答えろ。わかったか?」

 ふつつかは何度も頷いた。


「それであんたがなくした入れ歯は金の入れ歯? 銀の入れ歯? それとも普通の入れ歯?」

 ふつつかは返答に窮し助けを求めるようにコトネたちを見た。


「初っ端からイエスノーで答えられない質問だもんね、あんな顔にもなるよ」

「質問の内容は泉の女神とほぼ同じなのにこっちのは悪魔ですね」


「そんな呑気なことを言っていないで助けてあげましょうよ」

「仕方ありませね」

 コトネは今度はノートではなく3cm四方の紙を取り出しふつつかに渡した。


「漢字ひとつならこれで十分ですよね」

 ふつつかは少し悲しそうな顔をしてからゆっくりと書き始める。紙には「金」の一文字が書かれた。


「金か……ってこの世界漢字ある世界観なの?」

「姫、細かいこと気にしたらハゲますよ」

 2人がそう言っている間にふつtかはこっそりと金の横に小さく「岡」と書き足した。そのことに気が付かないイリーナとコトネではない。


「金に岡って……鋼じゃない!! なに金とか見栄張ってるのよ」

「いや、しかし鋼の入れ歯、それはそれでレア度は高そうですよ」


「攻撃力は高そうですね」「Tボーンステーキも一撃だね」「これなら骨ごと食べられそうですね」

 ふつつかはテヘヘと照れ臭そうに笑って。


「褒められたみたいな反応してるんじゃねえよ」

「それで、その鋼の入れ歯をどこで失くしたか心当たりはないんですか? ……ノートを渡すんで簡潔に答えてくださいね」


 コトネの言葉通りイリーナは渋々ふつつかにノートを渡そうとした。しかし、ふつつかはノートを受け取らず、デスクの引き出しを開け一枚の紙を取り出デスクに置いた。

 イリーナたちは出した紙を覗き込んだ。紙には新聞紙の切り抜きで次のように文が作成されていた。


『お前の大事な入れ歯は預かった。返してほしければ他の誰にも言わず1億オラオーラ用意して●月×日夜10時に魔物サファリパーク海岸エリアに来い』


 数秒後の沈黙の後イリーナは言う。

「……いや、これ、誘拐じゃん」

「入れ歯を誘拐とは斬新ですね」

「1億オラオーラ払うくらいなら新しいの買いますよね」

「あの、この日付ですが、一週間も前のものなのですが」

「本当だー、でも入れ歯が戻って来ていないってことはふつふつは要求に応じなかったの?」


「そりゃ入れ歯ひとつに1億オラオーラなんて払うわけないでしょ」

 ふつつかは引き出しからもう一枚紙を取り出しデスクに置いた。


『昨夜は行けなくてごめんね。実はとっても言いにくいんだけど、どこかで入れ歯落としちゃったみたい、テヘ。ホント、メンゴメンゴ。魔物サファリパーク内で落としたのは間違いないから探しておくね。見つけたらまた連絡するね。あっ、このことは皆には内緒だよ。じゃあ、またねー……本当にすみません』

 …………。


「誘拐犯、落としてんじゃねえよ!!」

「誘拐……もとい盗んだものを失くすって人としてどうなのでしょう」

「軽い感じで誤魔化そうとしたのに最後に素が出ちゃってるね」

「しかしこれでは結局失くした入れ歯を探すというは変わりませんね」


「いえ、そうでもないですよ。別の道が見えました」

「別の道? 別の道って何よ、コトネ」


「誘拐犯を捕まえて新しい入れ歯を買わせるという道です」

 イリーナたちは「おーっ」と感嘆の声をあげた。


「確かにそっちの方が早そうですね」

「手掛かりの少ない落とし物より、推理できる犯人の方が見つけやすいのは間違いありませんわ」

「ふふふっ、ここは見た目は美少女、頭脳はノーベル賞級、名探偵イリーナの出番ってことね」


「いえ、見た目は平凡、頭脳はお花畑、迷探偵イリーナの出番はまたの機会にお願いします」

「誰が平凡よ! お花畑よ! 迷探偵よ!!」

「まあまあ落ち着いてください、姫。ただ単に姫が推理を披露するまでもなく犯人の手掛かりは既にあるってことですよ」


「犯人の手掛かり?」

 一同は首を傾げた。


「手掛かりって何よ?」

「その前にふつつかさんに確認したいことが。この脅迫状を人に見せたのは私たちが初めて。それでよろしいでしょうか?」


「少し前ページのノリノリとかいうバカの発言を見返してください」

「ページとか言わない」「


「これは失礼。ウェブ小説じゃページの概念がないですもんね」

「そういう問題じゃない!」


「では、少し前のノリノリの発言を思い出してください。私がふつつかさんに用があると言った時のあの男の言葉を」

 皆は必死にその時のことを思い出そうとした。しかし、誰もが覚えているセリフは同じであった。


「バカだなー?」

「それも確かに言ってましたが重要なのはそこではありません。あの男は園長は今、入れ歯を失くされたから喋れないと言ったのです」

 迷探偵イリーナはしっかりと数秒考えた。その上で言った。


「……つまり、どういうこと?」

「あの男は入れ歯を失くしたではなく失くされたと言ったのです。つまり、ノリノリは入れ歯を失くしたのはふつつかさん自身ではなく別の人と知っていたということです。ふつつかさんの入れ歯が盗まれて失くされたと知っているのはふつつかさんと犯人しか知らないはずです。なのにノリノリがそのことを知っているということは……」

 イリーナたちは感心したようにポンっと手を叩く。


「なるほど、では入れ歯誘拐犯はノリノリということですね」

「あるいはノリノリが入れ歯誘拐犯から聞いたことになります。どっちにしてもあのバカは誘拐犯を知っているはずです」


「いずれにしてもノリノリ様に懺悔させるのが最短ということですね」

「そういうことです。よろしいですね、ふつつかさん?」

 ふつつかは首を縦にも横にも振らず、ただ渋い顔をした。


「それではダメなのです」

 代わりにイリーナたちの後ろから返事が来た。扉が開けられると初老の女性がひとり立っていた。


「突然会話に入って失礼しました。私はふつつか堅物の妻、ふつつかお重です」

「奥さんでしたか。ご挨拶が遅れました、私は姫の世話係のコトネと申します。こちらがその姫、イリーナ様とその他です」

「その他って! 雑すぎませんかコトネ殿!」


「それで奥さん、それではダメとはどういうことでしょうか?」

「はい。実は私は何度も新しい入れ歯を買いましょうと提案したのですが主人は頑なに拒否しまして。というのもあの入れ歯は主人にとって大事な 思い出の品でありまして」


「思い出の品? 入れ歯が?」

「そうなのです。あの入れ歯は娘が小学生の時、学校の授業で父の日のプレゼントとして造った物なのです」


「学校の授業で入れ歯を造る小学生ってどうなの?」

「しかも鋼のですからね」「歯科学校だったとか」

 お重がコホンと咳をしてイリーナたちの会話を止める。


「そのため主人はどうしてもあの入れ歯がいいみたいで。……それに娘も自分がプレゼントした入れ歯を失くされたことに大層腹を立てておりまして」


「なるほど、ウワキさんはそれであんな態度だったのですね」

「私たちの話が聞こえたわけじゃなかったのね、良かった」

 イリーナたちはホッと胸を撫で下ろす。


「話とは?」

「いえ、何でもないです」


「はあ、そうですか。とにかくそう言った事情で他の入れ歯では主人と娘が納得しないのです」

「面倒な親子ね」


「ですが素敵だとも思いませんか?」

「素敵? どこが?」


「娘から貰ったプレゼントをいつまでも大事に使う父親。自分があげたプレゼントを失くされて拗ねる娘。すれ違いはありますが互いに愛が会って素敵ではありませんか」

 澄んだ目でそう語るテレーザ、を見てイリーナはペッと唾を吐いた。


「けっ、下らん」

「イリイリ荒みすぎでは?」

「姫にも色々あったんですよ。ふつつかさん、奥さん、事情は分かりました。仕方ありませんね、いえ、そもそも姫とふつつかさんの交わした約束は失くした入れ歯を見つけるというものでしたからね。約束通り犯人ではなくふつつかさんが娘から貰った大事な入れ歯を見つけてきます。それで、よろしいですね?」


「お願いします」

 ふつつか夫妻は深々と頭を下げた。


「皆さんも、それでよろしいですね?」

「勿論ですわ」「仕方ないなー」「ウワキさんのためでもあることですしね」

 テレーザ、ソラソラ、ブリギッタは快諾した。しかし、イリーナは……。


「は? 嘘でしょ? なんでそんな面倒なことしなきゃいけないのよ? だいたい、娘さんが小学生の頃に造った入れ歯とかもう入り色やばい状態なんじゃないの? そうよ、これを機に新しい入れ歯に、もご、って何するのよコトネ、ちょっと放してよ、ブリギッタあんたまでなにするのよ、ちょーー」

 コトネとブリギッタがイリーナを取り押さえ、抱きかかえると駆け足で園長室から出て行った。


「イリイリは本当に空気が読めないなー」

 続いてソラソラが園長室を出て行った。


「ふつつか様、入れ歯は必ず見つけ出すのでご安心ください。それでは失礼します」

 最後の残されたテレーザが代表し、しっかりと挨拶してからイリーナたちを追った。


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