28.港町ツルツール
丘を道なりに下ること約10分、ツルツールの門に辿り着いた。門の前には椅子に腰かけた兵が二人うたた寝していた。
「門兵が寝てるけど、イリイリたちの国って大丈夫なの?」
この大陸で唯一、オラオーラ王国から独立した組織、隠れ魔女の村出身ソラソラならではの率直で辛辣な意見であった。
「いや、これは、あの、そのきっとあれよ……そうよ、あれよね、コトネ?」
「そんな適当な感じに振られても困ります、姫。仕方なく援護するなら、この街は陸側からの攻撃は全くないからこんな呑気に寝ているのではないでしょうか?」
「そ、そうよ、そういうことよ。わかった、ソラソラ?」
「いや、わかった? って言われても正直そんなこと知らないけど」
イリーナたちが大声で話していても門兵たちはグースカいびきをかいたままであった。
イリーナは呆れるようにため息を吐いてから門兵に近寄り、意外にも優しく揺り起こした。
「うにゃにゃ、なんだよ、何かあったか? ……どちら様ですか?」
イリーナは怒りを抑え笑顔で
「さあ、どちら様でしょう?」
と答えた。困惑する兵を無視してイリーナはもう一人門兵も優しく揺り起こした。先ほどよりも揺らし方は雑であったが。
「ふあー、なんだなんだもう交代の時間か? ……お嬢さん、何か用かい? おじさんたちは忙しいんだ、さあ帰った帰った」
そう告げ欠伸をする兵は、次の瞬間イリーナの鉄拳に吹き飛ばされ彼が守るべき門にめり込んだ。
相棒に突然訪れた悲劇を目の当たりにした残兵は身を正しがたがたと震えた。
「あ、あ、あ、あなた様はどちら様でしょうか?」
「さてどちら様でしょう?」
そう言ったきりイリーナは無言の圧力を掛けたため、兵は固まってるんだが震えてるんだがわからない状態から動けなくなった。
「姫、そのくらいで」
仕方なくコトネが間に入ってイリーナを落ち着かせようと試みた。そこで、ようやくコトネの存在を認識した兵が天使でも見つけたのかのように歓喜の涙を流した。
「その水色の神、コトネ様、姫の世話係のコトネ様ではありませんか?」
「はい、そうです。私がイリーナ姫世話係のコトネです」
「あー、やはりそうでありましたか。コトネ様、どうかお助けください、この小娘がなぜだかいきなり襲い掛かってくるのです」
真剣な顔で助けを求める兵を見てイリーナたちは各々何とも言えない微妙な表情を作るしかなかった。そして、ソラソラは再度尋ねる。
「もう一回聞くけど、イリイリたちの国って本当に大丈夫?」
「王妃がいる限り王都が滅ぶることはないので細かい部分を見逃せば大丈夫だと思いますよ。ところで兵さん、その小娘に見覚えは?」
兵はイリーナをじっくりと、まじまじと舐めまわすように見てから首を横にブンブンっと振った。
「いいえ、見たこともありません」
そう答えるのとほぼ同時に彼も門の一部と化した。
※
無事に門を開けてもらいツルツールに入ったイリーナ一行は色とりどりのレンガで舗装された道を下っていた。
「それにしても、なぜ兵たちはコトネ殿は認識できるのにイリーナ姫は認識できないのでしょうか?」
「うーん、やっぱ髪の色じゃない? コトコトの水色って珍しいでしょ? ソラソラもこんな髪色だからわかるうよ。一度会った人は絶対にソラソラのこと忘れないもん」
オラオーラ大陸に住む人間の99%の髪色は黒、茶、金の三種である。よってコトネ、ソラソラはかなり貴重な存在と言える。
「失礼ながら申し上げるならば……イリーナ様の周囲の人々は外見から濃い方が多いのでそのせいではないかと。王妃様は髪型が、国王様は髭がとても個性的なので……比べてイリーナ様は……そのちょっと……地味です」
「はああああ、この縦巻きカールのどこが地味だっていうのよ!? 他に類を見ない個性的で魅力的な髪型じゃないの!!」
「ちょっと待って、イリイリってそんな面白い髪型だったっけ?」
「ソラソラ様、イリーナ様は幼いころから縦巻きカールでしたよ」
「うーん、そうだったかな?」
「姫、正直縦巻きカールはお嬢様キャラの定番と化してありきたりかと」
「はあ! この現実では実現不可能な髪型がありきたりですって! 冗談じゃないわよ!」
「イリーナ姫、もういいではないですか。イリーナ姫の魅力に俺が気づいてるのですから十分じゃないですか!」
「全く持って十分じゃない!」
イリーナの会心の一撃。ブリギッタは遥か前方の公園の砂場まで吹き飛ばされた。
「それよりも姫、門兵たちの話は覚えていますか」
「なに? あの糞どもの言い訳? 覚えてるわよ! 『姫様、髪切った?』じゃないわよ! 切ってないわ!!」
「いえ、姫、そっちではなくてですね」
「じゃああっち? 『私たちは決してサボっていたわけではありません。体力を温存するため寝ながら守衛していただけです』って寝ぼけた言い訳の方でしょ?」
「ソラソラさんすみません、そっちでもありません。そして王政側の人間としてすみません」
「それではこちらの話ですか? 『より強い陸側からの守っているため詳しいことはわかりません。港町を襲っている敵幹部の詳細は漁業組合の組合長から聞いてください。組合長は海辺のどこかで釣りをしているはずです。街の人なら知っているはずなので聞いてみてください』というお話の方ですね」
「ちが……わないですね。すみません、流れ的に違う方言われると思って反射的に否定しそうになりました」
「いえ、こちらこそ流れを読めなくて申し訳ありません。なにせ新参者なので……」
「いえ、悪いのは私です、本当にすみません」
「いえ、こちらこそ本当に申し訳ありませんでした」
コトネとテレーザは互いにぺこぺこと何度も頭を下げ合った。
「そのやり取りリアルに新入りの扱いに困ってるように見えるからやめて。それでコトネは何が言いたいの?」
「いえ、ですので、とりあえず砂場に突き刺さったブリギッタさんを恐る恐る突っついている子供たちに組合長の居場所を聞いてみませんか? ってことです」
「あー、そういうこと」
というわけで公園で遊んでいた子供たちから聞き取り調査を開始した。
「やーやー、君たちちょっといいかな?」
フランクに話しかてきたイリーナを、子供たちは鋭い目つきで睨むと迷いもなく防犯ブザーの紐を勢いよく引き抜いた。
ピピピピピピ助けを求める音が鳴り響くと同時にコトネたちはイリーナを残して颯爽と逃げ出した。
「あんたたちちょっと待っ」
イリーナも逃げようとしたがなぜだか子供たちが全員イリーナの服をつぐっとまんでいるので動きだせなかった。
そうこうしているうちに周囲の家からフライパンやら金属バットやらゴルフクラブやらを手にした奥様方が十数人も現れ、イリーナを取り囲んだ。
「えーっと、皆さん、私は決して怪しいものではなくてですね」
弁明を始めるイリーナを殺気立った貴婦人たちは手に握った獲物をパンパンと唸らせてより一層睨みつけた。
その中のひとり、頭に三つもお団子がある奇妙なヘアーの奥様が一歩前に出る
「あなたよそ者よね? こんなご時世にこんな街まで来て子供たちに何の用だい?」
「いえ、子供たちに用というわけではなくてですね」
「じゃあ、なんで声をかけたんだい?」「いえ、実はですね人を探してまして」
「人探し? 人を探すなら子供より大人に聞く方が合理的ではなくて? それをあえて子供に聞こうとした理由は?」
「おっしゃる通りです。確かにその通りなのですが、残念なことに外に子供しかおらず……」
……と続くやり取りをコトネたちは木の陰から見守っていた。
「イリーナ様、なぜあんな挙動不審な対応になっているのでしょうか?」
「姫という立場上、不審者扱いなんて今まで受けたことありませんからね。初めての経験でテンパっているんでしょうね」
「イリイリって姫なんだよね? この国の姫なんだよね? ソラソラのこと騙してないよね?」
そうこうしているうちにイリーナを取り囲む主婦たちの輪は間合いを詰めイリーナの姿は見えなくなっていた。
その時、砂場の砂が舞い上がり、砂嵐……はさすがに起きなかったが、砂の雨と呼べるほどの砂がご婦人たちとイリーナの頭上に降り注いだ。
「淑女の皆様、その方をどなたと心得る? 我らオラオーラ王国の姫、イリーナ姫であるぞ」
砂を巻き上げながら復活を遂げたブリギッタは仰々しく言い放った。そして、誇らしげに鼻をふふんっと鳴らした。
しかし、淑女の皆様にはブリギッタの言葉はさほど届いておらず、裸エプロン(実際は裸ではないが)の変態女に砂を掛けられたという憎悪で渦巻いていた。
その憎悪の中央に位置するイリーナも助けが来たとは微塵も思わず、砂をかぶせられたという怒りでブリギッタを睨んでいた。
木の陰ではソラソラが
「良かったー、あんな状況でもリギリギがああ言うってことはイリイリは本当に姫なんだね」
と呑気なことを言っていた。
手に個性的な武器を持った奥様達の標的は自然な流れでイリーナからブリギッタへと移行する。
じりじりと怒りに満ちた集団がブリギッタに詰め寄る。と、その時集団の中から声が上がる。
「あれ? ハリセンボン田さん、この娘、こないだの大会の優勝者じゃない?」
「あら、やだザバーン野さんの言う通りよ、ハリセンボン田さん。この娘、この前の武闘会で優勝した娘さんよ」
「武闘大会ってこの前の冒険者一武闘会の? 言われてみればそうね。盾だけで戦ってた娘さんね」
「私も見たわよ」「私も」「私も」
ガヤガヤワイワイしているうちに、集団は不審者を見つけた自警団から有名人を見つけた叔母様集団へと早変わりした。しかし、この間集団のリーダー格ハリセンボン田さんは一言も発することはなかった。
珍しくちやほやされているブリギッタの顔はどんどん緩んでいった。それに反比例するようにイリーナの顔には苛立ちの色が見えて行った。
「それで武闘会の優勝者がなんでこんなんところに? もしかして、あの島に棲みついている魔物を倒しに来てくれたのかい?」
「確かにそうなんですが正確には俺ではなく姫です。我ら王国の姫様が率いるパーティが、です」
「姫?」「姫ってこの国のかい?」「この国の姫っていうと……イレーナ姫だっけ?」「エレーナじゃなかったかしら」
姫という言葉を聞いた主婦たちは眉をしかめながらヒソヒソと話す。
「イリイリの知名度リギリギよりも低い……姫なのに」
「違うのですソラソラ様、これは、あの、その……違うのです、これは違うのです」
ソラソラとテレーザは泣いていた。
「なにも泣かなくてもいいじゃないですか。ブリギッタさんのお陰で誤解も解けそうですし私たちも行きましょうか、って……」
見ればブリギッタも泣いていた。
「なぜ皆イリーナ姫を知らないんですか?」
「そうそう、イリーナ、イリーナ姫」
「それでそのイリーナ姫がどうしたって? 嬢ちゃん」
ここまで話してもいまだにイリーナの存在に気が付かないおばさんたち。そもそも話を聞いているのかすら怪しいおばはんたち。
その悔しさのあまりブリギッタは号泣した。そして、散々な扱いを受けている当人であるイリーナは下を見て本気で落ち込んでいた。
「で・す・か・ら。そこの不審者がイリーナ姫なんですよ!」
ブリギッタは泣きながらビシッとがっくりと項垂れていたイリーナを指さした。
ブリギッタの必死の訴えに
「えっ? 姫?」「この娘が?」「嘘? ヤダ、本当?」「そういわれたらそんなような気もするけど……」「見て見て、よく見ればあの髪型、姫属性特有の縦巻きカールよ」「えっ? でも姫にしてはオーラというか……顔? 顔がなんか平凡よ」
こそこそと井戸端会議を始めたおばちゃんたちはイリーナの顔を確認する。
イリーナは作り笑顔で庶民たちの視線に応えた。
その笑顔に民衆はゾッとした。主婦たちはすぐさま井戸端会議を再開させた。
「あの目……あの目は……」「笑ってるようで笑っていないあの目……」「あの目の奥に潜む深淵の闇……」「間違いない……」
王国の民たちの顔は見る見るうちに青魚のように青ざめ、皆が心の中で叫んだ。
(エ、エレザベス王妃と同じ目!!)
訂正しよう。実際は何人かは心の中に留められず声に出していた。
主婦たちは恐る恐るもう一度イリーナを見た。イリーナは先ほどと変わらぬ笑顔で手を振っていた。
笑顔でもイリーナが怒っているのは主婦たちにもすぐにわかった。しかし、どのくらい怒っているのかは判断がつかない。今すぐ謝罪すれば今保ってる笑顔のまま許してくれる程度なのか。 それとももうすべてが手遅れだから散り散りになって山奥にでも逃げたほうが良いのか。
どうすべきか迷う奥様方は判断を仰ぐようにリーダー格のハリセンボン田を見た。
悩むハリセンボン田。その時、ようやくコトネが群衆の前に姿を見せた。
「あの皆さん、ちょっとよろしいですか」
その瞬間、主婦たちの顔に血の気が戻り、パァーっと笑顔になりコトネの方へ駆け出した。そして、あっという間に今度はコトネを取り囲んだ。
「コ、コトネ様! どうかお助けを!」
婦人たちはすがるように助けを求めた。
「あー、やっぱりコトコトは一目でわかるんだ」
やや遅れて姿を見せたソラソラが呆れるように呟いた。
「神よどうか自国の姫の顔も覚えていない彼女たちをどうかお許しください」
テレーザは祈った。しかし、許しを請うべき相手を間違えていた。
数秒後、我慢の限界を迎えたイリーナは笑顔のままソラソラ、テレーザ、ブリギッタの3人にキレイなボディブローを決めた。
「な、なんで俺たちに……?」
「それは勿論、姫ですから。決して国民には手を挙げないように教育されています」
「私とブリギッタ様は国民なのに……」
「確かにソラソラは国民ではないけど、あまりに理不尽だよ……」
そう言い残しぱたりと倒れる3人を見てイリーナはすっきりした表情を浮かべていた。
「それで皆さん、少々お聞きしたいことがあるのですがよろしいですか?」
イリーナは国民たちに向き直し笑顔で尋ねた。国民たちは怯え切った表情で首を縦にブンブンと何度も振るのであった。




