24.宿屋街ゴーストタウン
イリーナ一行がカエルの魔物たちの襲撃を退けたころ陽は既に傾き始めていた。それから2時間。陽も完全に落ちた。それでもイリーナ一行はまだ崖と崖の代わり映えしない一本道を歩いていた。
「まだ着かないわけ? その宿屋街とやらには」
「カエルとの戦闘にずいぶん時間かかりましたからね。特に最後の姫の狙撃があんなに時間を喰うとは思わなかったので」
「あんなにはずれるとは思わなかった、センスないんだね、イリイリ」
「イリーナ姫、下手糞でも俺は気にしないですよ」
はずしまくったのは事実、イリーナは特に反論せずふんっと鼻息を荒くしてそっぽを向くだけであった。
「しかし、あの門兵さんの話から考えればそろそろ着くはずなんですが……」
「あっ、あれじゃない?」
ソラソラが指さす先に小さな灯りが見えた。
「あら本当ね、でもまだ結構距離あるわね」
「妙ですね」
「妙? 何が?」
「今はゴーストタウン、無人の街のはずです。ということは灯りもないはず」
「先客がいるだけではないか?」
「その可能性はありますが、この距離からでも確認できるほどの灯り。宿のひとつが灯りついてるくらいの大きさじゃないと思います」
「まあ、行けばわかるでしょ、さっさと行くわよ」
「そうですね」
コトネの不安よりも休める場所を見つけた喜びが勝ったのか、イリーナ一行の歩は自然と速くなった。
宿屋街の木でできた門が見えるくらいの距離まで来た頃にはコトネの予想が当たっていることがわかった。宿屋街の全ての宿から光が漏れていて無人の街どころが無人の宿すら一軒もないように見えた。
「無人っていうのが間違いなのでは?」
「あの門兵が嘘ついていたとは思えませんが」
「幽霊じゃない?」
ソラソラはどこか嬉しそうだ。
「幽霊って灯り付けるもんなの?」
「幽霊も暗いと困るんじゃないですか?」
「だから幽霊などはいないと言ってるじゃないですか」
ブリギッタはなぜか怒り口調だ。
「朝の時から思ったけど、ブリギッタ、あんた幽霊恐いの?」
「なっ、そんなことないですよ。いや、そもそもいないものを恐がる意味がわかりません」
そんなこと言っているうちに門の前に着いた。門はしっかりと閉じられていた。当然、門を守る人間はいなかった。
「きっちり閉じてるけど開かないとかないわよね?」
「それはないと思いますよ」
その時、扉がぎぃーと大きな音を立てながらひとりでに開いた。
「……開きましたね」
「というか人いるじゃない、何がゴーストタウンよアホ臭い。遅くまでお疲れー」
イリーナとコトネは何事もなかったかのように門をくぐろうとした。
「いやいやいや、おかしいよね? 今の! 勝手に門が開いたよね?」
「ふ、二人とも何平然と入ってるんですか? ひとりでに開いた門に疑問を持たないんですか?」
ソラソラとブリギッタが慌てて抗議するもイリーナとコトネは気にも留めず門の中へ入っていく。
「あんたたち何言ってるの? 今あの人が開けてくれたじゃない」
イリーナが言うあの人をソラソラとブリギッタは必死に探したがどこにもそれらしき人物は見当たらなかった。
「えっ? えっ? どの人? イリイリ、どの人?」
「そんな人どこにも見当たりませんよ、イリーナ姫」
見かねたコトネがイリーナと少し距離を空けてから二人を手招きして呼んだ。二人は門の中に入ることに抵抗はあったが意を決して門の中に入った。
しかし、ギィー、ガタン。
二人が完全に中に入ると当然のように門は閉じた。二人は一瞬硬直してからダッシュでコトネにすり寄った。
「コトコト、なにこれ? 何が起きてるの?」
「コトネ殿はなぜ平然としているのですか? 明らかにおかしなことが起きてるのに」
コトネはすり寄る二人の手を払いのけた。その間もイリーナは何もないところに挨拶をしたり、手を振っていた。その光景にソラソラとブリギッタは一層怯えた。
「2人とも今のでおわかりだと思いますが……姫には幽霊が見えます」
「アハハ、コトコト、何言ってるの?」
「そうですよ、コトネ殿、幽霊なんているわけ……」
無理に笑う2人をコトネは気の毒そうに見つめた。
「おーい、あんたたち何やってるの? この人が一番いい宿に案内してくれるって」
2人とは対照的に楽しそうなイリーナが3人を呼んだ。
「だから……」
「どの人……?」
逃げ出そうとする2人の首をコトネは掴んでイリーナの元に向かった。
イリーナ一行はイリーナにしか見えない案内人に連れられその案内人のおすすめの宿に来ていた。
イリーナは着くなり誰もいないはずの受付でちゃちゃっと手続きを済ませ受付嬢に勧められたというロビー横のレストランで少し遅いディナーを堪能していた。いや、正しくはイリーナ一行ではなくイリーナとコトネだけであった。
何が起きてるか理解できないソラソラとブリギッタは味のしない名物らしいどんぐりスープを一気に飲み干した。
「コトコト! イリイリは今誰と喋ってるの!?」
「コトネ殿、イリーナ姫はなぜひとりで楽しそうに喋っているんだ?」
2人の言う通りコトネ、ソラソラ、ブリギッタが囲む円卓にイリーナは座することはなく、ひとり別のテーブルでディナーを楽しんでいた。見えないなにかと談笑しながら。
「お二人とも冷静になって聞いてください。先ほども言いました通り姫には幽霊が見えます」
ソラソラとブリギッタはコトネの告白を「アハハ」と笑ってからコップの水を一気に飲み干した。
「コトコト、何言ってるの? 冗談だよね?」
「そうですよコトネ殿、幽霊なんているわけが」
そんなこと言っている間にソラソラとブリギッタが空にしたコップに見えない何かが水を注いだ。その光景を2人は黙って見守るしかなかった。
「今のでわかりましたね?」
「わからない、わからない! あたしは何も見ていない!」
「悪霊退散!! 悪霊退散!!」
聞く耳を持たない2人にコトネは面倒くさそうにため息を吐いた。
「お二人の気持ちはよくわかりますよ。私もこの事実を知った時はかなり驚きましたから」
「コトネ殿、詳しくお願いします」
コトネはイリーナをチラッと見てから身をかがめ小声で話始めた。
「あまり過去の話をすると姫が飛んできますので簡潔に話します。色々理由合って私が姫の世話は係になった日、姫の母君、つまり国王の妻、エレザベス王妃に言われたことが2つあります。ひとつは姫を決して甘やかすな。そして2つ目は……」
勿体ぶるようにコトネは言葉を止めた。
「「ふ、2つ目は?」」
ソラソラとブリギッタはゴクリと唾を飲みこむ。
「幽霊と気さくに会話する痛い娘だけど気にしないでくれ、です」
「……コトコト、ちょっと言ってる意味がわかんないかも」
「そうですよコトネ殿、それじゃあまるで……王妃様も幽霊がいると信じてるみたいじゃないですか」
「その通りです。エレザベス王妃にも幽霊が見えてるみたいです。親子そろって痛いのかとも思いましたが、色々あって私も信じざるを得ないようになりました」
「色々って?」
「そうですね、あれは確か姫と私が」
コトネが話し始めようとするとガタっとイリーナが立ち上がった。
「回想の匂いがする」
とクンクンと鼻をきかせた。
「や、やめた方がよさそうだね」
「イリーナ姫の回想嫌いの理由の方も気になるんですが」
コトネはコホンと咳をする。
「では簡潔に話します。私も人の手を借り幽霊を見ました。以来、私にもぼんやりと見えるようになりました」
回想の匂いが消えたのか、イリーナはすとんと椅子に座るとまた見えいなにかと喋り始めた。
「なにそれ、最早呪いじゃん」
「イリーナ姫の回想嫌いも呪いでは?」
コトネは魚のソテーを一切れ口に運び、ハンカチで口を拭った。
「というわけで幽霊はいるという事実を受け入れてください。あと、厄介なことに姫は生きてる人間と幽霊の区別が付きません。なので決して姫に今話してるのは幽霊ですよとか言わないでください。幽霊が見えてるのに幽霊の存在を頑なに認めず、あまりしつこく言うと暴力で解決しようとするので」
「うう、それは勘弁してほしい」
「しかし、見えないものを受け入れろと言われても、どうにか俺たちにも見えるように……いや、やっぱ遠慮しとく」
「遠慮しなくても私には見せることはできませんのでご安心してください」
ブリギッタはほっと溜息を吐く。
「リギリギ、本当に幽霊恐いんだね」
「そ、そんなことはない。それよりも害はないのか?」
「害ですか?」
コトネは顎に手を当て少しの間考える。
「ない……と思います」
「言い切れないんですか?!」
「まあ、大丈夫だと思いますよ。それこそ悪い霊だったら姫がぶん殴るでしょうし。あっ、姫、食後のコーヒー注文してもらえますか?」
コトネがイリーナにそう頼むとイリーナは不満そうな顔をした。
「なによ、自分で頼めばいいじゃない。えっ? そうなのよ、人見知りが激しくてひとりで注文もできないみたい、もう嫌になっちゃうわよね、あっ、お姉さん、あっちのテーブルの水色の髪の不愛想な女にコーヒーひとつお願い」
文句を言いながらもイリーナはどこにいるのかわからないお姉さんにコーヒーを手際よく注文した。間もなくふわふわ浮かんだコーヒーカップがコトネの前に着地した。
「どうも」
コトネは見えていない相手にお礼を述べてからカップに口をつけた。
「コトコト、慣れてるね」
「まあ、たまーにこういうことはありましたから。しかし、今回は少々おかしいですね」
「俺から見れば全てがおかしいんですけどね」
「まあ、そうなんですが聞いてください。数が多すぎるんですよ」
「数って……」
「一体何体くらい……?」
ソラソラはブリギッタは恐る恐る辺りを見渡した。
「とりあえずこのレストラン満席です」
「「ひっ」」
ソラソラとブリギッタは悲鳴をあげた。
「それに街に入ってからここに来るまでの間に50近い幽霊とすれ違いましたし、他の宿屋にも気配はがありました。どうやらあの門兵の方の言う通りこの街は幽霊が棲む街という意味で完全なるゴーストタウンになっているようですね」
「そ、そんな……どうしてこんなことに?」
「だったら、やっぱり魔王軍の仕業なんじゃないの?」
ソラソラはそう零しながらいつの間にか頼んでいたウイスキーをくいっと飲んだ。
「ウイスキー、これまた強いのをいきましたね」
「こんな街、飲まなきゃやってられないからね」
「それにしても幽霊相手にどうやって頼んだんだ?」
「紙に書いて置いておいたら来たよ」
「なるほど、面白いこと考えますね」
「そんなことよりもコトネ殿どうなんですか? ソラソラ嬢の魔王軍の仕業とう考えは? もしあたっているならこの街は危険なんじゃないか?」
コトネは腕を組んで考える。
「個人的な予想ですが違うと思います。魔王軍がこの街をゴーストタウンにする狙いはがよくわかりませんし、幽霊たちは私たちをもてなしています。他の旅人たちが無事にウルウールに辿り着いているので恐らくは同様です。それに幽霊は全て人間のはずです……見えていないので絶対とは言えませんが。魔王軍が敵である人間を従えているとは思えません」
「じゃあコトコトは何が原因だと思っているのよ」
ウイスキーで酔いが回ったのか顔を赤くしたソラソラが乱暴な口調で絡む。
「わかりません。わかりませんがこの街には幽霊を呼び寄せる何かがあるのではないでしょうか」
ふと窓を見るとぽつぽつと振り出した雨が窓を叩いていた。
「おーい、あんたたち、明日の朝にこの街の長に挨拶いくわよ」
イリーナがコトネたちのテーブルの空いてる椅子に座りながら告げてきた。
「長? そのような方がいるのですか?」
「そりゃ長ぐらいいるでしょ。町長ってやつ? 皆が是非挨拶だけでも、だって」
コトネは眉をしかめて、ソラソラとブリギッタに目で合図を送る。そして3人でヒソヒソと話始める。
「どう思いますか?」
「どう思うもなにも、その長が幽霊たちの親玉じゃない?」
「親玉!? ならば会うのは危険なのではないのか?」
「危険とは?」
「捕って喰おうとか」
「ブリギッタさんは幽霊をなんだと思っているんですか?」
「なににしてもイリイリが会う気満々なだから拒否権はないんじゃない?」
「それもそうですね、では覚悟だけ決めときましょう」
ソラソラは頷いたがブリギッタは絶望的な顔をした。
「わかりました、姫。明日の朝ですね。因みにその長という方はどこにいるんですか?」
「街の教会だって。なんか長は夜中に起きて朝に寝る生活しているらしいから早めに起きるわよ、というわけで今日は早めに寝るわよ」
3人は思わず顔を見合わた。
「教会だそうです」
「しかも夜だけ活動だって」
「確実に幽霊のボスではないか……」
不安になる3人など気にした様子もなくイリーナは支払いをすませロビーに出てすぐ見えないなにかに声をかけていた。
「あんたら早く来なさいよ。客室に案内してくれるって」
イリーナは無邪気に手を振る。
「仕方ありません、行きますか」
「なんかイリイリ上機嫌だね」
「あわ、あわわわ」
ひとり戸惑うブリギッタを残しコトネとソラソラはイリーナの元に向かった。暫し動けなかったブリギッタであったがすぐに
「ま、待ってくれ、置いてかないでくれ」
と慌てて3人のあとを追うのであった。




