22.ディアのリベンジ
「イリイリ、この蟹とっても美味しいよ」
「蟹? 蟹って食べるのに殻剥かなきゃいけなくて面倒なのよね」
「イリーナ姫、でしたら俺が剥いて差し上げますよ」
「あら、気が利くのね」
イリーナたちはウルウール最大のホテルで最高級のバイキングディナーを楽しんでいた。
「あの、皆さん。あれから何日経ったかわかっていますか?」
冒険者一武闘会から三日、イリーナたちはまだウルウールにいた。
金の玉を即日換金し大金を手に入れたイリーナはすぐに最高級ホテルのVIPルームを予約し豪遊を開始した。一日くらいはと大目に見たコトネであったがそれが間違いであった。
イリーナたちは次の日、昼はネイルにエステ、垢すりマッサージを堪能し夜は高級ディナーにありつけた。
次の日は街へとショッピングに繰り出し陽が落ちるまで買い物を楽しんだのちに高級ディナー。
さすがに今日はやることがなくなり旅立つだろうと思っていたが、予想に反し、劇団八季の「ライオンクイーン」を鑑賞、その後映画館へと足を運びアニメ版「ライオンクイーン」を見たのであった。そして今に至る。
「わかってますか? 3日ですよ、3日! 大金が手に入って嬉しいのはわかりますがはしゃぎすぎですよ。 そもそも姫は元々お金なんて腐るほどお持ちの立場なのになんでこんなことになるんですか?」
「うるさいわね、別にいいじゃない、なんせ500億オラも入ったのよ。少しでも使って経済を回すのがお金持ちの役目ってもんじゃない」
「経済を回そうという気持ちはいいのですがいつまでここにいるのかって話ですよ。数日前にも言いましたがこの旅には時間制限があるのですよ」
「時間制限? それはなんですか?」
丁寧に全ての蟹を剥き終えたブリギッタが問いかける。その横でイリーナは蟹にむしゃぶりついた。
「そうですね、ブリギッタさんにはまだ説明してませんでしたね。実は期日までに魔王城に乗り込まなければ魔王は眠りから目覚め、攫われた勇者は魔物化してしまうのです」
「勇者が攫われるなんて……これだから男はダメなんですよ」
「いえ、勇者は女ですよ」
「しかも超美人なんだよ」
ソラソラは白ワインをグビグビ飲みながら言う。超美人と聞いてブリギッタの目の色が変わる。
「超美人? それはいかほどの?」
「うーんとね、イリイリと比べると月とすっぽんってやつかな。勿論すっぽんがイリ」
そこまで言いかけてソラソラが口に運ぼうとしていたステーキ肉にフォークが飛んできてそのままステーキ肉をさらって壁に刺さった。
「ソラソラ、なんか言った?」
「いいえ、なんでもありません」
ソラソラはイリーナと目を合わせず丁寧な口調で答えた。
「それでその期日というのはいつなんですか?」
「えーっとですね、少々お待ちを」
コトネが手帳を取り出し調べ始めると天から声がした。
「その質問には私がお答えします」
と同時に部屋に置かれていた大きなモニターが勝手に点いた。モニターには大方の予想通り緑色の水に漬かったお茶の間でくつろぐディアが映り出された。しかし、前回と違うところもある。
「なんでパジャマ?」
ディアは勇者の服ではなく水色の可愛らしいパジャマ姿であった。
「なんでっておやすみ前だからに決まってるじゃないですか」
イリーナは時計を確認する。時刻は午後7時過ぎ。
「早くない?」
「そんなことないですよ。夕食前にお風呂入ったらそれからずっとパジャマ、普通じゃないですか?」
イリーナは少し考えてから
「それもそうね」
と納得した。その隣には目をハートにしたブリギッタが今にも天に上りそうであった。
「正に月、いや天女。確かにこれならイリーナ姫はすっぽ」
まで言いかけてナイフがブリギッタの鼻先を飛んでいった。
「ブリギッタ、何か言った?」
「い、いいえ何も」
ブリギッタは全力で否定した。
「あら、そちらのキレイな女性、先日はいませんでしたよね」
「キ、キレイ!! そんなとんでもない!! 俺なんかより勇者様の方が何百倍もキレイですよ」
「な、何百倍!? そ、そんなことないですよ。確かに私は超絶美しいですけど何百倍は言いすぎですよ」
「言いすぎなんてそんなことはないですよ。少なくてもイリーナ姫の400ばっ!」
興奮するブリギッタの前をイリーナが投げた箸が通過してモニターに突き刺さる。
「面倒だから自己紹介だけをしたのち黙れ」
「は、はい。俺はブリギッタ・ギータ、戦士です。この度イリーナ姫の旅のお供に加わることになりました。よろしくお願いします」
「これは丁寧にどうも。私は囚われの身ですが勇者のディアです。よろしくお願いします」
「勇者ディア様、素敵なお名前ですね。あの御趣味は?」
「チッ」
ディアが答える前にイリーナが舌打ちをして二人の会話を遮った。
「す、すみません姫様」
謝るディアにイリーナは笑顔を見せる。
「いいのよディア、あなたの罪は腹立たしいほど美しいそれだけだから。それよりもお前だよ」
ぐるりと首を回転させギロリとブリギッタを睨む。ブリギッタは「ひっ」と小さな悲鳴を上げる。危険を察知するも手遅れ、目の前にはイリーナの手が迫っていた。
イリーナはブリギッタの頭を鷲掴みにするとそのまま持ち上げギリギリと握りしめた。一言で言えばアイアンクローだ。
「お前には自己紹介をしたのち黙れって言ったよな?」
「すみませんでした、イリーナ姫、どうかお許しください」
ミシミシ言っていたブリギッタの頭を解放するとイリーナはモニターに向き直し不自然なほどの笑顔を見せる。
「それで残り何日なの? ディア」
満面の笑みのイリーナの足元でブリギッタは声も出さず痛みのあまりのたうち回っていた。ソラソラは改めてイリーナを2度と怒らせないとひっそり誓うのであった。
「はい、姫様、私が魔物化するまでの残り日数なんですが……なんと! 残り88日です!!」
ディアがそう告げると、イリーナは数秒腕を組んでから席へと戻り食事を再開した。
「ひ、姫様! なんですかそのどうでもいいみたいな感じは?」
「いやー、だって残り88日でしょ? およそ3カ月よ。まだまだ時間たっぷりなんだし全然焦る必要もないかなーって。ソラソラ明日はどうする?」
「明日はカエル祭があるらしいよ。カエルをぶつけ合うお祭りなんだって。それに参加しようよ」
「へー、それは楽し…………いか、それ? なにその気味の悪いお祭り! どこに需要あるの!?」
「あのぬめりとした感覚とぷにゅっとした感触が若者に大人気らしいよ」
「全然理解できない」
「最後はカエルの丸焼きで飲み会するんだって」
「ますます理解できない」
「では明日こそ出発ということでよろしいですね?」
コトネがやんわりとまとめると。
「「えーー」」
とイリーナとソラソラが不満そうに頬を膨らませた。
「だいたいさ、出発って言ってもどこに行くのよ?」
「どこって……次の街ですよ」
「だーかーら、その次の街っていうのが曖昧なのよ? いい? こういうの普通はねこの街でのイベントが終ったらさり気なく次目指すべき街を示唆するようなキャラとか噂とかのイベントが発生するものなのよ。な・の・に! こんだけ街にいても何もないじゃない!」
「イベント、イベント言わないでください。仕方ないじゃないですか、世の中そんな甘くないんですよ。地道に幹部を探しましょう」
その時「ふっふっふっ」と誇らしげな笑い声が響き渡る。声の主はディアである。
「ディア、どうしたの? どこにツボったの? コトネがイベントを2回言ったところ?」
「違いますよ! そういう笑いじゃないですよ!」
「じゃあ何なのよ?」
コホンとディアは一回咳ばらいをする。
「前回は案内役を名乗り出ておきながら碌な情報も持たず役立たずと罵られました。が、今回は違います。とっておきの情報をお持ちしました」
えっへんと胸を叩くディアにイリーナたちはまだ特に情報をもらったわけでもないのに思わず拍手を送った。
「やるー、ディアディア」「それよりも勇者ディア様が罵られたってどういうことですか!? いったいどこのどいつがそんな無礼な真似を!? 俺がぶっ飛ばしてきます」
そう息巻くブリギッタは直後にイリーナにぶっ飛ばされ壁にめり込んだ。
「それよりもディアさん、そのとっておきの情報とやらを教えてください」
「そうよ。流れで拍手しちゃったけど、これでまたもう知ってる情報だったらソラソラも壁にめり込むわよ」
「ちょっと待って、なにそのとばっちり? ディアディア本当に大丈夫なの?」
「ソラソラちゃん、安心してください。聞いて驚いてください、なんと幹部一体の居場所とどんな魔物かっていう情報を入手したのです!」
微妙な間のあとに「おー」とイリーナたちは再度拍手した。
「なんか思ってた反応と違うんですが……」
「いや、どうせ引っ張るだけ引っ張ってどうでもいい情報なんだろうなと思ってたから」
「私もそのパターンだと思っていました」
「ソラソラももう壁にめり込む覚悟をしていたよ」
「皆さん酷い、私だって体を張って頑張っているのに……」
ディアは目に見えて落ち込んだ。
「す、すみまさん、ディアさん流れ的にそういうものだと。それよりも囚われの身でありながらどうやってそんな情報を入手したんですか? それに体を張ったということはどういうことですか?」
「それもそうね。はっ、まさかディアあんたその美貌をいかして情報を?」
イリーナの問いに答えずディアは目を伏せたまま無言で立ち上がりお茶の間の角の桐たんすを開け、何かを取り出すと元の場所に戻った。
「これです」
ディアは円型のテーブルにポンっと取り出したものを置いた。イリーナたちは何が出てくるかと緊張した面持ちでそれを見た。そこには……。
「トランプ?」「ですね」「だね」
呆れる3人とは対照的にディアは誇らしげであった。
「そうですトランプです」
「うん、どういうことか説明しようか」
「私も魔王軍と戦っているということです。大貧民で!」
大貧民とはウルウール王国でも有名なトランプゲームのことである。しかし、そのルールは地域によって微妙に異なるよいう特徴を持ち、色んな地域の出身者が集まった際にはルールで揉めるのが定番だ。
「要するに大貧民で勝負して勝ったから情報をもらったと?」
「その通りです。いやー、大変だったんですよ。魔王軍のローカルルールが複雑怪奇で慣れるまで時間がかかって大変だったんですよー」
「いや要するに遊んでただけじゃない」
「あ、遊んでた!? 誤解ですよ、姫様」
「いやトランプして遊んでただけでしょ?」
「違いますよ。互いのプライドをかけて戦っていたんですよ。勝てば情報を負ければ……」
言葉を濁すディア。イリーナたちもディアが言っていた体を張るの意味を察し黙った。しかし
「まさか。負けたら服を1枚1枚脱いでいくとかですか!?」
壁の中から興奮気味のブリギッタの声が響いてきた。
「そして脱ぐものがなくな、あっ、あれーー」
ブリギッタがそれ以上余計なことを言う前にイリーナがブリギッタを壁から引っこ抜き窓から外にぶん投げた。
「ディア、あのデリカシーない奴の言ったことは忘れてね」
「ディアさん、今日はお酒でも飲んで嫌なことは忘れましょう」
「ディアディア、どんなに汚されてもソラソラたちはディアディアの味方だからね」
優しい言葉をかけるイリーナたちの真意を察したディアは慌てて否定する。
「皆さん、なにか勘違いしてませんか? さっきブリギッタさんが言ったようなことはありませんからね」
「そう……そうよね、そういうことにしておきましょう」「ディアさんがそう言うならそうなんでしょうね」「ディアディア、大丈夫、わかってるよ」
ソラソラはグッと親指を立ててウインクするよ。
「いやわかってないですよね。私は仮にも勇者ですよ。そんな負けたら服を脱いでいくなんて卑猥なゲームしません!!」
「えっ? 違うの? だったらなんなのよ?」
「負けたら……」
「「「負けたら?」」」
「……負けたら○○が勇者だったらシリーズの物まねをさせられたのです」
ディアはしくしくと泣き始めた。対してイリーナたちは
「しょぼ」「遊びの延長ですね」「見てみたい」
と楽しそうであった。
「なんですかその反応は? やればわかりますが皆さんが思っている以上に辛いんですよ! なんなら今からやりますか罰ゲームありの大貧民!」
ディアはトランプを突き出した。
「いや、いいわよ画面越しの大貧民とか。それよりも、そこまでして頑張ったその幹部の情報を教えてよ」
「うう、本当に辛いのに。……えーっとですね、まずその幹部の場所なんですが、姫様たちが今いるウルウールから北西に位置します港町ツルツールにいます」
「港町? ということは海! 次は露骨な水着回ってことね?」
イリーナはなぜか少し嬉しそうだ。
「違います。ツルツールは漁港ですし、大陸の北の海は冷たくて泳ぐのに適してません」
「そうですね。それに今、海はその居ついた幹部のせいで大混乱みたいですよ」
「大混乱ってどういうこと?」
「その幹部が具体的な名前までは聞き出せませんでしたが、どうやら海の生物をモチーフにした魔物のようです。そのためアジトを海中に構えているようです。それに呼応するように海中に魔物が増えて漁ができなくなってるみたいで、今は浜辺で獲れる蟹や貝くらいしか収穫できてないみたいです」
「言われてみれば、この3日間ディナーに蟹や貝はありましたけど魚料理が不自然なほどありませんでしたね」
「そうだった? 私は肉さえあればどうでもいいから気づかなかったわ」
そう言いながらイリーナは鶏の唐揚げを口に運んだ。
「ソラソラは気づいてたよ、魚のお刺身はお酒によく合うのになくて不満だったんだ」
そう言ってソラソラはビールをグラスに注いでいた。
「そ、そう」
そんなの関係なく毎晩大量に飲んでただろ、とイリーナは突っ込みたかったが我慢した。
「まとめますと、ディアさんが得た情報は魔王軍幹部はツルツールにいる。幹部は海の生物の魔物で海中のアジトにいるってことですね?」
「そういうことです」
イリーナは残っていた料理を一気に口に入れ飲み込んだ。
「これで行先は決まったわね。そのツルツールまではここからどのくらいなの?」
「丸2日ってところですかね。真っすぐ西に進めば途中に宿屋街があったはずです。そこで一泊してから北の道に進んで行くっていうのが一般的ですね」
「宿屋街? そんなのあるの?」
「街と街を繋ぐためだけにあるような街なんですよ。その街から北に行けばツルツール、そのまま西に行けば温泉街ユキユーキ、南に行けば3大都市のひとつのヘソヘーソがあるんです。ここにウルウールも入れた4つの街は人も物も大量に行き来しますからね、4っつの街の交点には自然とそういう街ができるんですよ」
「へー、なるほどね、それで宿屋街か。じゃあ、気分が乗ったらそこを目指しましょうか」
「気分が乗ったらじゃないですよ。明日、朝一でここを発ちますよ」
「えー、カエル祭りは?」
「ソラソラさん本当に参加したいんですか? ディアさんからも何か言ってあげてください」
「そうですね。私はカエルは見る分にはかわいいと思いますが触る分には勇気がいりますね」
真面目な顔でディアは答えた。
「いえ、そうじゃなくて。とりあえず、明日出発です。いいですね」
イリーナとソラソラは不満そうではあるが「はーい」とやる気なさそうに返事した。
「そうと決まれば明日は早いのでもう寝ますよ。あっ、デイアさん情報ありがとうございました。また情報を入手しましたら連絡ください。それじゃあ、おやすみなさい」
「はーい、おやすみな」ピッ
と笑顔で手を振るディアがさいを言い終える前にコトネはリモコンでモニターの電源を切った。
「それで消えるのかよ」
「さあさあ、寝ますよ」
コトネはイリーナとソラソラを立ち上がらせると背中を押して部屋の外へと向かわせた。
「えー、もう少しゆっくりしようよ、お酒もまだまだあるんだし」
「ダメです。飲みすぎて起きないじゃないですか」
コトネは扉をバンッと勢いよく開けるとそのままイリーナとソラソラを押し出した。コトネの強引さに二人も諦めて大人しく宿泊部屋へと戻っていった。
そして、コトネが勢いよく開いた扉と壁に挟まれたブリギッタがひとり廊下に取り残されたのであった。




