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8/10

10年後はプールに入れなくなる?

保育園から帰ってきたひのきくんは珍しくムスッとしていた。


うちの弟ひのきくんは365日のうち350日くらいはずーっとニコニコしてるんじゃないかなってくらいニコニコしてるのに。

私が保育園の時なんて毎日保育園行きたくなくて泣いてたのに。姉弟なのに私とひのきくんは結構違う。


お母さんは私がそのことを言うと『志乃ちゃんがしっとりしてて、ひのきくんがさっぱりしてて人間関係としてはバランスいいじゃない』って言うけど、しっとりした人間とは?

うちのお母さんは言葉のセンスがたまに謎。


まぁ4歳児の機嫌を直すなんて姉歴4年の私には赤子の手をひねるようなもの。

私は、ちょうど私もいじりたかったひのきくんのプラレールのレールを持って『あー、おねえちゃんプラレールで遊びたいなぁ〜ひのきくんも一緒にやるー?』とひのきくんを覗き込んだ。


生意気な4歳児は『今ちがうの!』と語気強めに私の誘いを一刀両断した。

一丁前にちっこい背中を丸めて壁を睨んでいる。

『ああそうですかい』とドスドス歩いて自分の部屋の机に向かってやりたくもない漢字ドリルを開いて睨んでいる。せっかく誘ってあげたのに可愛くない弟!


とはいえひのきくんは保育園児だし、私は小学四年生だし、10分くらいすると私たちの怒りはくやしいけれど、なぜかふわふわと霧散してしまうもので、私は漢字の書き取りの嫌さで頭がいっぱいで、ひのきくんは今朝壁の近くに自分が置き忘れたミニカーで遊んでいた。


お母さんは隙あらば家事がしたい人だから台所で夜ごはんを作ってる。


しばらくしてガチャガチャと玄関の鍵を開ける音がして、お父さんがリビングに入ってくる。


『ただいま。なに?ひのきくんそんな隅っこでどうしたの?お父さん帰ってきたよ〜』

『今はここがいいの!』

『あー、今日プールの日だったんだけど、入れなくて、それが嫌だったみたい。』

『朝お母さん今日暑いから入れるって言ったのに!』


私の部屋はリビングのすぐ隣にあって、さっきは怒りに任せてドアをちゃんと閉めなかったから、お父さんとお母さんとひのきくんのやりとりが丸聞こえだ。


ひのきくんはプールが大好きだ。ちなみに私はプール大嫌い派。プールがなかったくらいであんなに拗ねてたのか。


『え?入れなかったの?』

『最近は気温が34℃とか、暑すぎると危険って基準があってプール中止になるんだって。』

『お母さん入れるって言った!!』


そこでビエー!とひのきくんが泣き出した。


『ごめんね、知らなかったんだ。残念だったね』

とお母さんがひのきくんをたぶん抱っこして慰めている。


『暑すぎて中止とか、そんなんある?』


お父さんがうちわで顔を扇ぎながら、お母さんに怪しむような顔で聞いている。


『小学校は中止とか無いけど?』


とりあえず私が口を挟む。


『保育園の方が幼児だから基準が厳しいんだよー。』

グズグズと鼻水をすするひのきくんの頭を撫でながらお母さんが答える。


『昔は30℃超えなんて、年に数回だったしなぁ。』


お父さんはいつの大昔の話をしてるんだ?30℃を超えてるのなんて毎日なのに。


『それって明治時代とかの話?』

『あのな、志乃。お父さんは何歳だ?』

『わかんない。たぶん40歳くらい。』

『41歳。今の西暦から41引いてみな。』


やってしまった。お父さんと話すとすぐこうやって算数が嫌いな私に数字の計算をさせようとする。2026-41なんて、桁が多くてとても面倒くさい。


『えー………………1985?』

『1985年は何時代?』

『知らん』


お父さんはジトッと私に何か物言いたげな目線攻撃を送るけど、私は正々堂々受け止める。だってそんなん習ってないし。


『昭和だよ。お父さんの子供の頃とか、それこそ最近の5年10年とかは30度超えたらニュースだったよ。』


大人って10年を最近とか言うから本気で意味が分からない。

でもとりあえず10年前は暑すぎてプール中止にならなかったってこと?

じゃあ次の10年後は?


お父さんは着替えに洗面所に行ってしまったし、お母さんはひのきくんを宥めながらお皿を何個もテーブルに運んでて夜ごはんの準備のラストスパートって感じだった。


ひとまず私は10年後よりも今夜の夜ご飯のことを考えることにした。





お風呂のあと、脱衣所で少し深呼吸してから腕のオムニアの画面をタップしてみた。


ふわん、と画面が青く発光した


『…あの、オムニア?』


『はい、何でしょうか?』


『あの!ナイチンゲールさんいます?!』


返事の声が低いおじさんのそれだったから、思わず用もないのにナイチンゲールさんを呼んでしまう。


少なくとも今まで話したワシントンさん、ダヴィンチさん、ナイチンゲールさんの3人の中では圧倒的にナイチンゲールさんと話すのが1番怖くない。


『はい、おりますよ。』


女の人の声に変わった。


『あの、ナイチンゲールさんじゃなくてもいいんだけど、すみません1番話しやすそうだったので、いいですか?』

『問題ないですよ。どうかされました?』


『あの、暑くてプールに入れない日って昔はなかったんですか?』


青い球体が浮かんで、くるりとひとまわりするような動きをする。


『まったくなかったとは言えません。ただ、現在ほど頻繁ではなかったと考えられます。』


なんだ、昔もあったんじゃん。


『お父さんが、10年前はこんな暑くなかったって言うんだけど、じゃあこのあと10年後ってどうなるの?』

『地球の平均気温だけなら、十年で突然何度も上がるわけではないですよ。』

なんだ、そんなに焦らなくていいんだ。こっそり息を吐きと、またオムニアがフワンと揺れる。

『ただ、人間が感じる変化は平均気温の数字より大きいことがありますね。たとえば、今まで百年に一度だった暑さが、もっと頻繁に来るようになるとか』

『そのうちもっとプールに入れなくなったり?』

『屋外プールは、そうですね。』

私は内心でガッツポーズだ。

早くもっと暑くなってプールの授業が無くなりますように!

『地球規模で考えると、プール以外にも、人間の居住が難しい地域も増えていきますね。』

『住めないってこと?なんで?』

『暑すぎて、長い時間外にいるのが危険になる地域が増えるからです。あとは雨が降らなくなって水が足りなくなったり、逆に大雨や洪水が増えたり、海の近くでは海面が上がって住める土地が減ることもありますね。』

『え?…じゃあそこに住んでる人どうするの?』

『他の場所に移住するでしょう。』

なるほど。と頷きつつ、心に何か引っ掛かるものも感じる。

これで解決になるのかな?

『…それで、大丈夫になるの?』

『人が移れば、移った先で土地や仕事、水や食料を分け合う必要があります。急に人数が増えれば、足りないものを巡って争いも起きやすくなります。国境を越えるなら、どの国が受け入れるかという問題もあります…。』

争い?それってつまり

『…戦争ってこと?』

『場合によってはですね。』

ダメじゃん!プール無くなっても戦争起きてたら全然ダメじゃん!

『ダメダメダメ!戦争はダメ!禁止!』

私は思わず予想だにしなかった規模感にあわてる。

『地球皇帝として、全世界に戦争の禁止を発令しますか?武器系統の全てに干渉することも可能です!』

ぷよぷよと浮かぶ水色の玉の中に、見たことない赤や紫や緑がチラチラと滲み出すように揺らめく。

『違うよ!そういうんじゃない!やめて!』

ぐるりと回ると、いつもの水色に戻った。


『いつまでお風呂入ってるのー?』

リビングからお母さんの声が聞こえて、ハッとする。やばい、結構時間経ってたのかな。

『もう出るー!』

私はリビングに聞こえるように、大きな声で答えると、オムニアに『また後で!』と声をかけて光を消すと、肩にかけていたタオルを洗濯機に放り込んでから、急いで自分の部屋に戻った。


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