神様はゆるしてくれなかった
『4-2白田さん、どうぞ。』
ついに8人目にして、私にきてしまった。
緊張はしていたけど、どこか他人事のような気持ちでもいた。こんな大役選ばれる訳ないし。
大丈夫、たぶん大丈夫。
体育館の壇上に上がったのなんて、入学式以来だし、普段から運動は平均以下、勉強は真ん中より少し出来るぐらいの私が他人の注目を浴びることって滅多に無い。
つまりこれ以上無いくらい緊張してて、すでに舞台裏の階段でこっそり脛をぶつけた。
足の痛みに耐えながら、舞台に着くと、机の上にくじ引きとアタッシュケースの上に置かれたオムニアがある。
『ではお手に取って、どうぞ好きなだけ振ってから下に向けてください。』
オムニアの水色の画面がゆらりと光を動かしてしゃべった。
恐る恐る動作していた私に藤尾さんが『時間ないから早くして』と無情な催促をする。
近くで見る藤尾さんは目の下に黒いクマがあって、妙に目が大きくてギラついていて怖い。手足がヒョロヒョロしてるのに目が大きくて私の記憶の中の宇宙人的イメージと合致する。
私はこれ以上藤尾さんのイライラに触れ合いたくないので、急いでくじ引きを手に取った。
拭いたはずの手汗がすぐにドッと吹き出してきて、ツルツルした木がズルッと滑った。
私は慌てて反対の手で支え直そうとしたが、勢いで筒を振らないままいきなりひっくり返してしまった。
カラン
乾いた音がして、棒が出てしまったことがわかって慌てて筒の下を覗き込む。
見るより先に藤尾さんの『あっ、』という気の抜けた声が聞こえた
棒の先はキラキラと光っていた。
なにが『あ』なのか。
説明して欲しい。全部のクジがキラキラだよって。『あ』って、しゃっくりでちゃったって。
私の脳みそは目の前の情報が理解不能で、おみくじを抱えたまま完全停止していた。
藤尾さんは机の向こうから近づいてきて、固まる私から筒を取り上げると何か操作し始めた。
『あ、あの、私、今滑っちゃって、振らないで出しちゃって…』
私は今の一瞬を無かったことにしたかった。何か言わないと。
心臓が痛いくらいバクバクして、喉に何かせり上がってくる感覚がして、口の中がカラカラに乾く。耳に入ってくる自分の声が自分の声じゃないみたい。
『問題ありません。私がその都度ランダムに撹拌しているので、振らなかったことによる不正は起こり得ません。』
無情な機械音声が私の戸惑いを体育館の炉端に投げ捨てる。
『藤尾さん、お願いします。彼女に私を装着してください。』
藤尾さんは私の前に立つと、
『やりにくいから、手、前に出してよ』と言ったけど、私は手が震えて自分の意思でうまく手を動かせなくて、おみくじを持った時の姿勢のまま固まっていた。
藤尾さんは、時々舌打ちをして『ストップ!』とか『どうどう』とか言いながら、今朝つけたばかりのスマートウォッチを外して、見た目だけは全く同じだけど、似て大いに非なるオムニアを巻きつけてしまった。
彼は言われた通りに動けない私のことを、言葉の通じない動物だと思ってるのかなと思ったけど、そうじゃなかった。
だって一瞬目があった藤尾さんは、私の目を見て最後に恐ろしい言葉を残した。
“白田志乃の人生終わらせたくなかったら、このこと一生誰にも言うなよ”と
そのあとは、私以外の全ての人は何事も知らずに、もう当たるはずの無いおみくじを淡々と引き、全ての生徒がそれを終えた。
『みなさん、お時間を頂きありがとうございました。無事選定が終わりました。
全ては偶然が選びました。本人が望んだわけでも無ければ、能力で選定されたわけでもない、皆さんと同じ1人の地球にすむ人間として偶然選ばれました。
そして誰が選ばれたかを公開する予定はございません。
みなさまも憶測はせぬ方がご自身の人生を満喫できることでしょう。無関心は時に最大の防御です。
地球皇帝は特別な存在ではないことをお忘れなきようお願いします。ここに居る皆様が30分ほど前までは平しく可能性を持って居たのですから。
では校長先生、私からの話は以上です。』
『あー、はい。ええ、ではみなさん教室に戻りましょう…』
ざわざわという話し声が遠くの方に聞こえる。
私だけ薄い膜をかけられたみたいに息苦しい。
オムニアをつけられた左手が上げられないくらい重たい。
ぞろぞろと集団に歩調を合わせて歩いていたけど、足が鉄みたいに重くてだんだん遅れてきてしまう。
急に隣に大きな影が現れて、身体がビクッと震えた。
『あらー、この子も貧血だわ。教室あっつい癖にあんなに急にガンガン冷やすから!自律神経乱降下よ!』
やたらガタイのいい養護教諭の先生が私の横に立って、大きな声でおそらく校長先生や副校長先生に聞こえる様にクレームを言っている。
『貧血ー?』『誰がー?』
みたいなざわつきも混じる。
私は注目されるのが怖くて消えてしまいたかったけど、
『もう、体育館いた全員よ!体調不良がんがん出るだろうから怪しい子ら早めに保健室来なさいね!』
先生はよく通る太い声で、あっという間にざわつきを抑え込むと
私だけに早口で小声で
『一緒に行くわよ。歩ける?』と囁いた。
一刻も早くこの場から逃げ出したくて、私は低学年の時に戻ったみたいに、コクンと頷いて、魂が抜けてしまったみたいな足取りで養護教諭の先生についていく。
実際全身が水泳の地獄のシャワーを被ったみたいに冷たいし、指先の一本すら力が入らなくて、今にも膝から崩れ落ちそうなのを、この場の視線から逃れたい気力だけで脚を交互に動かして移動してる感じ。
冷え切った身体の左腕の腕時計がじわじわ温かくなってきている気がする。まるでここにいるぞ、これは現実だぞと私に主張しているようで、それを視界にいれるのすら怖い。
左腕の方で小さく女の人の声で
『深呼吸をして』
と聞こえた気がしたけど、私は聞かなかったことにした。
体育館を出る時、保健室に行くのを拒んだ遠野って5年生の男の子がこっちを睨んでた気がしたけど、怖くて確認すらできなかった。
神様は許してくれなかった。
私を神様にしてしまった。




