人生で1番緊張するくじ引き
体育館に着くと、各教室から引き連れられてきた幸か不幸かも分からない生徒たちが、間違いなく不安10割の顔で整列していた。
集まった他の生徒たちも、みんな各々の手首に今朝配られたスマートウォッチをつけていた。どうやら全クラスで同じ流れがあったのだろう。でもあんなに盛り上がったスマートウォッチなのに数分で上書きされた圧倒的な情報のせいでもうこの場の誰も今は頭にないだろう。
ざっと集められた生徒を見る限り低学年は見当たらず、たぶん4年生以上だけ。
体育館の窓は展覧会の時みたいに暗幕が閉じてて、絶対すっごく蒸し暑くなるはずの体育館がなぜかヒンヤリしている。
体育館にエアコンなんてあったの?と密かに驚いた。
端の方に副校長先生と養護教諭の先生がいるのが見えた。他にも知らないスーツの大人が何人か居る。
きっとケチすぎる学校がエアコンを稼働せざるを得ないほどの地位の人があの中にいるのだ。
体育館のステージの上にはすでに校長先生がマイクの前に立っていた。
私たちが最後のグループだったのか、4年2組が並び終わると、校長先生はマイクを握って話始めた。
『すでにニュースを見て、知ってる子もいるかもしれませんが、今、世界全体で一団となって、地球を良くしていくために、地球皇帝を決めようとしています。どこかの国に贔屓したりせず、公平に決めるために、その決定は、世界中の意思を反映して作られたオムニアというAIに託したそうです、そして君たちが、なんと、そのオムニアに選ばれたようです。
先生は我が校から地球皇帝が選ばれることが大変誇らしいです。どの子になったとしても、とても大変で困難な仕事でしょう、皆さんで支え合い、地球をもっと良くしていきましょう!』
校長先生が話を終えて、ステージから降りると、入れ替わるように、ひょろりとした細身の男の人が舞台袖のカーテンをめくって姿を表した。
Tシャツにスウェットに裸足で突っかけサンダル。先生たちよりは若そう。
でもなんだか場違いな格好。
サンダル特有のペタペタとした足音をさせてマイク前に歩いてきた。
肩くらいまでの長さの髪を後ろで結んでいるけど、ところどころピョンピョンと細かい毛がはみ出ている。おしゃれというよりはだらしないという言葉がピッタリくる。
学校にいる大人っていうより、近所で会っちゃった友達のお兄ちゃんみたいな感じ。
その男の人はこれまたラフな服装とちぐはぐな黒い角張った小型のアタッシュケースを持っていた。
推理マンガをほどほどに嗜む私は、アタッシュケースがドカンと爆発する未来を予感して、手の平をじっとりと湿らせた。
そんな私の妄想をよそに、彼はマイクの前に立つと、アタッシュケースを片手の手のひらに乗せて、取手の近くに反対の手の指を当てる。
ピー、ガチャと小さな音がしたので、タブレットみたいに指の指紋で鍵を開けたんだなって分かった。
蓋が空いたケースの中にあったのは今さっき見たばかりのスマートウォッチだった。何なら今も手首に巻いてある。
全く同じデザインのそれが、仰々しくクッションに挟まっている。
体育館中の空気が、ピンと張り詰めていた糸が一気に緩んだというか、なんだか白けた感じになった。
壮大な、想像を超えた何かがでてくるはずだったアタッシュケースの中身が、自分たちのよく知る、なんなら持ってるものだったガッカリ感と言ったら。
『みなさま、はじめまして、オムニアです。』
白けていた空気の中に、唐突に割って入った音声に、たぶん体育館中の全員の人間が『?』ってなった。
言葉は音声として耳に入ったけど、そのまま脳みそには行かずに反対の耳から抜けていった。
最初Tシャツサンダルの男の人が喋ったのかと思ったけど、彼はマイクから離れているし、口を動かしていなかったと思う。
あと声はかなり渋いおじさんみたいな声だった。あの人じゃ、見た目とちぐはぐすぎる。
『え、今オムニアですって聞こえなかった?』
『あの人が言ったの?口動いてなかったけど?』
すぐ近くで他の子たちのヒソヒソ話が聞こえてくる。
突然、舞台中央の机に置かれたままだったスマートウォッチがライトみたいに発光して、青くて丸い拳大くらいの光の玉が腕時計のすぐ真上の空間に映し出された。
『校長先生には大変申し訳ないのですが、まずこの学校を選んだのは全くの偶然です。宗教性の薄い日本の中から、犯罪発生率の治安の基準をクリアした地域の、ちょうど良い程度の学力の学校を絞り、その中から無作為に選出したのがこの学校です。』
青い光は話の抑揚に合わせて、ふよふよと波立つように表面を震わせていて、水で出来た玉が宙に浮いてるみたいだった。
この丸い玉が喋ってるんだって、言われなくても分からせられてしまった。
いきなり話し始めた腕時計に一同が驚く間も与えずに、オムニアは初っ端から校長先生のスバラシイ話を全否定しはじめたので、体育館の一同はは一人残らず唖然とするしかなかった。
『では早速なのですが、みなさんにくじびきをして頂いて、地球皇帝を選ぼうと思います。
皆さんの中から一人、地球皇帝として選出します。驚かれるかもしれませんが、この選出には能力、容姿、性別、出生、成績は一切関係ありません。くじびきですからね。
藤尾さん、くじ引きを用意してください。』
体育館一同、誰も話についていけてないだろうに、オムニアはプルプルと揺れながらマイペースにスウェットお兄さん、改め藤尾さんに指示を出す。
藤尾さんはオムニアの言葉を受けても気だるそうに猫背気味で突っ立ったまま動かずに、視線だけを舞台袖にチラリと動かして僅かに顎をしゃくる。
その合図を受けてか、黒いスーツの大柄な男の人が、角張った木の筒を持って現れた。
お正月に神社で引くおみくじの入ったあれに似ている。
ただし、神社のそれとは違って、六角形のいくつかの面に機械っぽいパネルが付いていて、定期的に明滅している。
私が、もっとよく見ようと前の子たちの頭の隙間を探して頭を上下左右に動かしていたら『はぁ、』と妙に艶っぽいため息が舞台の方から聞こえてきた。
なんというか、耳にしただけで、いけないことを目撃してしまったみたいな、耳の奥がそわそわする声だった。
『なんて美しい形。六角形は完全な調和だわ、蜂の巣、雪の結晶、宇宙、全て美しく調和したものは六角形。
くじびきの“籤”って人の直接の意思によって選ばない決め方って言葉の意味なのよ、だから私たちAIが決めるのね。』
酩酊しているような若い女性の声はおそらくオムニアから発せられており、おみくじ筒に移動していた関心は即座にオムニアに戻った。
『まだこの世の穢れに染まりきっていない、無垢を残した貴方がたに相応しい選び方ね。手垢だらけの心にいくらふるいかけても残らず全て下衆だから』
その声はまるでたっぷり蜜を含んだ甘い果実のようでいて、その実恐ろしい毒があるような、危険と分かっていても抗えない魅力の響きを持ち、あどけない我々小学生一群はぶるりと震えた。
『みなさん、余談だ。気にしなくていい。』
オムニアの声は再び当初の太いおじさんの声に戻った。
おじさんオムニアは大したことは無いといった様子でみんなの動揺を無視して話を続けようとする。
いや、気にしない方が無理でしょう。と、私は心の中で冷静に突っ込んでいた。
明らかに違う人でてきたし。
『ご存知の方もいると思うが、私はAIなので複数の人格を持てるのだよ。
美に関心が高い人格がこの美しい筒に感銘を受けたようだ。
話を進めさせてもらおう。
さてここで、5年1組の遠野さん、4年3組の市川さん、4年2組の小野さん、君たちは心身に明確な負荷が掛かり体調が芳しくないようなので、保健室に行って大丈夫だよ。看護の方よろしくお願いします。』
最初のおじさんの声に戻ったオムニアはマイペースに話を続ける。
私は挙げられた名前の中に自分の名前が入っていなかったことにがっかりした。私だってこんなに冷や汗で手汗びしょびしょなのに、なんでオムニアは私の心身の負荷は分からないのか。
『本日は、学校の許可を得て設置したカメラによって、みなさんの体温、脈拍、瞳孔、皮膚反応、動作の微細なブレなどを、すべてリアルタイムで記録しています。今日選ばれる者も、選ばれない者も、等しく共に地球の未来に住まうものです。名前を呼ばれた方々はまずご自身を大事にしてください。」
名前を呼ばれたうちの4年生の女の子2人は、ほっとしたような様子で保健の先生に付き添われてすぐに体育館を出て行ったのだけど、5年の男の子は大丈夫だから残ると言い張っているようで結局体育館に残っていた。
意味がわからん、じゃあ私と代わってくれと心の中では全力でアピールしたけど、私の願いはどこにも届かず、オムニアはあっさりと『OK。じゃあ君は残りなさい。』と男の子に残ってくじびきを引く許可を出した。
なんなの?結構適当なの?
『あんなんでいいのかね?』と隣りの顔見知り程度の女の子が話しかけてきたので私は全力の『ね!!』を返した。
『さて、くじびきを始めよう。このおみくじ筒の中には一本だけ先を金色に塗った棒がいれてある。それを引いた人が、その瞬間から“地球皇帝”だ。』
私は目を閉じて、顔の前でぎゅっと両手を組む。
金出るな金出るな金出るな金出るな、神様お願いします、私の時に金出さないでくださいと、人生史上最大に祈った。
私は地球皇帝なんていう責任重大で目立つ役絶対に嫌だし、そういうのはやりたい人がやればいい。
私はお願い事がある時だけ神様を思い出して頼るところがあるけど、神様だからきっと許してくれるはず。
『おみくじ筒の中は、内部カメラにより常に私に監視されていて、くじ棒の落下速度や重心に不自然な動作や操作が検知されたらその場で筒は閉じられるので、安心してください。誰もズルはできない。
おみくじの中身は1人引くごとに擬似乱数を使いシャッフルされます。その際に私の介入も無くすために計算に使うシード数は、先ほどからカメラで検知されているみなさんの体温の平均値にしましょう。』
懇切丁寧に、誰も理解できないであろう話を、オムニアはした。
分かったことはここに居る誰もズルできないってこと。
オムニアの画面が光り、舞台上の何も無い空中に謎の数字が浮かび上がる
36.36 36.29 36.21 36.16 36.12 36.15
『みなさん緊張していらっしゃいますね。ご安心ください。誰が選ばれても、何人たりともその方に危害を加えることは出来ない。そういう国際協定が結ばれております。私が保証しましょう。』
36.14 36.16 36.12
『では引く順番は、そうですね、体温が平均値に近い方からにしましょう。6-3渡辺さん、どうぞ。さぁ、藤尾さん舞台の幕を引いてください。誰が引き当てるかは、あなた方も知らなくていい。無知があなた方を守ってくれますよ』
私の斜め前に立っていた男子生徒がビクッと方を揺らして周囲に視線を彷徨わせていると、先生の1人がやってきて、彼を舞台袖の扉から舞台裏に通して壇上に向かわせた。
『さぁ次に幕が開いた時が新しい地球の物語の幕開けとなるでしょう』
オムニアのおじさんの晴れやかな宣言と、我々体育館の生徒たちの温度感は真冬の日本と真夏のオーストラリアくらいかけ離れてたと思う。
藤尾さんがスイッチを押したのか、舞台の幕のカーテンがするすると閉じていき、舞台に向かった渡辺さんの姿は見えない。1分くらいで渡辺さんは舞台袖の階段から現れた。入った時よりは緊張が解けたのか幾分マシな顔色だけど一言も話さない。
2人目、3人目と呼ばれる度に(この人に決まりますように)って心の中で念じていた。
やりたくないことを押し付けてひどいかもしれないけど、こんなひどい無責任な私になるよりよっぽどマシだと思うから仕方ないよねって自分に言い訳する。
こんな嘘みたいな現実が早く終わりますようにって。




