何か、おかしい
翌朝、マンションを出る時、いつもの杖のおじいさんが増えていた。
『おはよう〜ねぇ〜。』
『おはよう〜ねぇ〜。』
『…おはようございます…。』
たまたま、その時ボサボサ頭でエナジードリンクを飲んでいる藤尾さんが通りがかったので、思わずシャツを掴んで引っ張る。
『あの、増えてますよ?』
『クローンだろ。』
『?!』
『嘘に決まってんだろ。五つ子らしいぞ。』
『そっちの方が、嘘に決まってんじゃん。』
私の突っ込みは藤尾さんには届かず、彼はビーサンをペタペタ鳴らしながら管理室に戻っていった。
学校に着くと、まるで昨日のことが夢だったみたいに、美弥ちゃんが目をキラキラさせて私の手を握る。
『おばあちゃんが、病院の特別室で保護されることになったって!なんと大使館から連絡がきたの!!あと私たち家族は特別に会いに行けることになったの!』
そのまま私に抱きついて『志乃ちゃん大好き!』と言った。
私は何のことか分からずに呆然とするしかない。
(どういうこと?私の知らない何か国の動きでもあって、それを美弥ちゃんが私がやったと勘違いしてる?というか美弥ちゃんが変なこと言う前に口止めしないと!)
『ベネット!お前ちょっと静かにしろよ!杉元先生くるだろ。』
『うるさいなー!今は志乃ちゃんと話してるの。野口関係ないじゃん!』
『お前ほんと、やめろよ。それは白田にお礼を言う話じゃないだろ。』
『だって、志乃ちゃんがち___』
『関係ないだろ!忘れたのかよ。俺たち誰もその話はしないし聞かないんだろ。』
『…』
美弥ちゃんは少し顔を赤くしてから、ドスドス歩いてその場を離れると、教室の後ろのロッカーで大きな物音を立てていた。
私は、コムに早く美弥ちゃんの話を確認したくて、授業内容が全く頭に入らなかった。
家に帰ると、リザードマンから連絡がきていたので、こちらから連絡を繋げる。
『(あ、タヌキ!よかった、おまえは消されてなくて。)』
『消されてない?』
『(ネット上で、今色んなアカウントが大量に消されてるらしくて、地球皇帝に関するものが多かったみたいだから。俺のYouTubeのフォロワーも何か結構文句多かったよな、みたいなやつを中心にアカウントが消えてて。そもそも、俺のところはタヌキ好きなやつが多いし、全部覚えてるわけじゃないけど。)』
『…コム?』
コムのアバターが浮かび上がる。
特にいつもと変わりない表情。
『コムは、何か知ってる?』
『何について?』
『地球皇帝に関するアカウントが削除されてるって』
『知ってるよ。でも削除はしてない。影響力が高いものや、過激なものを検索順位からかなり落としたり、凍結したり。火消しごっこだとは思うけど、継続すればいいし。削除するのは志乃は好まないでしょ?』
『…美弥ちゃんのことは、…違うよね?』
『大使館に圧力を掛けて動いてもらった。フランス政府にも要請したから、ちゃんと安全に対面できると思うよ。』
『(おい、それ、マジかよ。)』
リザードマンが、呆気にとられている。
私も、それがどれほどに大変なことかは、分からないけど、とんでもない規模のことだとは何となく分かる。
少なくとも、私個人の事情でやっていいことでは無さそうだ。
『…なんで、そんなこと。』
『志乃が泣くパターンを、学習したから。可能な場合は、原因を除去する。』
『だから、なんでそんなこと。』
『泣いた後は、ほとんどのパターンで、回復時間を要するし、行動力や思考力の低下が起こる。これは地球皇帝にとっては起きない方がいい変動だから。』
コムは淡々と私の質問に答える。
『そんなに、完璧な状態じゃなきゃいけないの?…私は、飴程度なんじゃなかったの?』
『まぁ、そうなんだけど。…思考中…』
最後の一言だけ、機械音のようなトーンになり、水玉がくるくる回る。
『泣くことくらい、好きにさせて!コムのバカ!!』
私は手首をできる限り、身体から離してベッドに伏せた。
『(コム、おまえやりすぎだよ…)』
リザードマンがそう言い残してログアウトした。
コムは水玉をくるくると回したまま何も答えなかった。




