パリ協定と、子供の意見と、大人の未来
『ずっと黙っててごめん。今日からは俺も話すから。』
『(おう!なかなか気持ち悪かったぜ!よろしくなカワウソ)』
『(まぁ、確かになんなのって感じだけど。アバターの可愛さに免じて許してあげるわ。)』
『改めて、よろしく。』
第三回PEC会議にて、カワウソこと野口くんが改めて自己紹介している。
とはいえ、安全上私たちはアバター以上の情報は明かせないルールだ。
リザードマンはYouTubeで割とダダ漏れだし、なんなら柴山田と野口くんは、リアルで知り合いだけど。
『(事前にチャンネルで、子供の意見を募集したぜ!子供のフリした大人くさいのは省いといた!)』
『(どうやって分かるのよ、そんなの。)』
『(なんか、分かるんだよ。なんか、金とか偉さとかの欲しさが透けて見えるんだよ!俺を信じてくれ!)』
『まぁ、とりあえず見てみようよ。僕みたいなUNEPのこと知ってる子もいるかな?』
『あ、先に言っとくけど、俺はおまえらみたいに、すごいIQとか、YouTubeやってたりとか、親がUNEPとかないから。限りなくタヌキに近いから。』
『(なるほど。平凡ということね。)』
『そのとおりだけどさ〜』
リザードマンがコメントの一覧を画面共有してくれる。
・暑すぎて、学校休校した
・洪水で家流れた
・温暖化は陰謀ってお父さんが言ってた
・エアコン欲しい
・暑すぎて学校行けない
・魚とれなくてお父さんが仕事減ってお金ない
・畑野菜、獲れなくて潰した
・鹿だらけなんだけど。
・動物守って
・地震怖い
・地球滅亡するの?
・地球皇帝がんばってほしい
・タヌキもっと踊りがんばれ
・大人嫌い
『(もっとあるけど、多かったのとか、俺が気になったのはこの辺りだな!)』
『(なんという偏り。でも面白いものもあるわね、陰謀論とか、動物とか!)』
『魚とかは海洋汚染の問題で、UNEPも色々頑張ってるんだけどな…』
『暑すぎて休校すんの?まじ?なんでうちの学校しないの?』
一覧を見て、うーんと唸る。
リザードマンが集めてきただけだし、全然世界の声なんて言えないのは分かってるけど、色々あるな。
『(ていうか、鹿だらけってなんだ?)』
『(そうね、何が問題なのかしら。可愛いじゃない。)』
『(いや、そういう話じゃねーし!)』
『これは日本の話じゃないかな?新聞で見た。』
すかさず柴山田さんが訂正に入る。なんか子鹿ちゃん、動物話題の時だけ、基準が緩くなるような。
『コム、そうなの?』
『日本だけじゃなくて、ヨーロッパやアメリカでも問題になってるよ。考えられる原因はいくつかあるけど、人間の乱獲によってオオカミとか天敵が消えたことや、温暖化で冬に死ぬ個体が減ったことかな。』
『ごめん、分からんけど鹿多いとなんか困るの?』
野口くんが遠慮がちに口を挟んだ。私も謎だったので同意を示して頷く。
コムの水玉がグニュグニュと形を変え、画面ではおじさんのアバターが口元を捻る。
『増えた鹿が、山林の植物を食べ尽くすことで、他の小さな生き物の棲家も無くなるし、剥き出しになった土壌が土砂崩れを起こしたり。あとは畑の作物も食べにくるなら農業被害額も深刻な額だね。』
『(なんていうことなの。可愛さでカバーできない規模だわ。)』
『生態系のって意味では魚獲れないって話も同じだよね』
『漁師の子供とかなのかな?ほんと心配だろうな。』
しばしみんな、思うところがあるのか沈黙する。
『(陰謀論!これは俺も知ってるぜ!アメリカはこれでパリ協定抜けたもんな)』
『コム、パリ協定って?』
私は知らないことが多すぎて、コムに説明を求める。
『志乃にも分かるように言うと、世界のほとんどの国が参加している、温暖化対策の国際的な約束だよ。それぞれの国が自分で削減目標を出して、定期的に見直していくんだ。』
『なるほど。それをアメリカが抜けたってこと?え、なんで?!』
『(人間の出す二酸化炭素で地球温暖化なんて、嘘だ。長い目で見れば普通の自然現象だって理論ね)』
『アメリカは馬鹿だ!!二酸化炭素と温暖化の関係なんて科学的にちゃんと証明されてるのに!屁理屈で自分たちだけ努力したくないだけじゃないか!』
柴山田さんが興奮しているが、子鹿ちゃんは呆れたようにため息を吐いた。
『(あのね、本気でアメリカが温暖化の根拠を理解できないから、協力しないと?柴犬ならほんとは分かってるんでしょ?それともお父さんがそんなことを?)』
『…お父さんは俺と違う。考え方の違いだって。』
『(俺は、)』
リザードマンが躊躇いながら口を開いた。
『(俺は、アメリカ好きなんだけど、これは何かちょっとカッコ悪いなって思った。アメリカのことはアメリカで決める!ってのは良いけど、都合が悪いから陰謀ってのはなぁ。大人ってなんでたまにこういうめちゃくちゃカッコ悪いことするんだろう。)』
『(ヒーローみたいに綺麗事だけじゃ経済も世の中も回せないからでしょ?)』
私はみんなの話のスピードに理解が全然追いつかない。画面のカワウソをチラッと見ると、私と同じように口をぱくぱくしてるから、たぶん同じ状態。
『ごめん、全然分からなくて、パリ協定って入ってると何か損でもするの?』
『お、俺も分からん。目標決めて頑張るだけじゃないの?』
『(環境に優しくするのって案外お金かかるのよ。配慮した生産活動も、新しく作って捨ててってするよりも時間が掛かるし、手間の分お金が掛かる。つまり利益優先したかったら、二の次にした方が効率がいい。)』
『え、でも、それで地球滅んでたら、意味ないんじゃ。』
全員が黙る。
『…たぶん、ほとんどの人がまだ、洪水で家が流されたりしてないからじゃないかな?』
『どういう意味だ?』
私は今までの、オムニアとの話や、みんなの話を聞いて、心に浮かんできていたことを、何とか組み立て言葉にする。
『たとえば、目の前に水が迫ってきてて、ここの部屋の電気を一日全部消せば水は止まるとか、ゴミを捨てる場所がなくなって、全部自分ちに溜まってくってなったら、たぶんすごくゴミでないようにするでしょ?あとは鹿が普通に町に来て襲ってくるとかなったら、ゲームみたいに討伐とかしそうだし。』
『(まぁ極論だけど…)』
『(鹿の討伐おもしろそー!)』
『オムニアが、今も色々世界で対策してても、結局じわじわ悪化はしてて、でも、数年で急に住めなくなる!とかはならないって。たぶんだけど、大人ってほんとにまずくなったとき…生きてないよね?』
私はかなりドキドキしていた。
ずっと思ってた、何となく世界の秘密を言ってしまったような緊張感。
『まぁ、…普通にそうだよな。』
『(自分たちの生きてる間の豊かさ、優先ってことね。)』
『そんな風に思っていない大人も沢山いるよ!!そうじゃなかったら環境問題の研究や調査なんてされてないじゃないか!』
『(それでも、圧倒的な決定権は経済と政治にあるは。)』
『…じゃあさ、その大人たちを参加させるしかないよね?』
『(ま、まさか、タヌキ、オムニアを使って世界中の政治の要人を強制的なデスゲームに参加させるんじゃ…)』
『?!?!』
『は、早まるなよ!!』
『ち、違うよ?でも、参加せざるを得ないようにはしたい。』
『(つまり?)』
私は考えていた。
ひのきくんがイヤイヤして、なんなきゃいけないことをやらない時、いくら怒っても無駄なんだ。
お母さんはそんな時、大抵こうする。
"ひのきくん、頑張れたら、ご褒美にこれをあげようか?"
すると、今までの嫌がりようが嘘のようにすんなりコトが進むのだ。
『大人が、思わず参加したくなるようなご褒美を地球皇帝が、用意しよう。頑張った国が得するような仕組みを作ろう。コム、そんなことできる?』
『世界を掌握してる僕なら、できるだろうね。』
コムのおじさんアバターは、まるで足し算のドリルでも渡されたように、つまらなそうな顔で私のとんでもない要求に、頷いた。
残り全員のアバターは口を開けて固まっていた。




