カワウソは俺だ
『夏休み中に得た経験が、新学期の皆さんの新たな学びに活かせるかどうかは、皆さんのやる気次第です_____』
『ねぇ、志乃ちゃん、美弥ちゃん居なくない?なんか知ってる?』
始業式、校長先生の話を聞いている途中、後ろのクラスメイトから耳打ちされて、はじめて美弥ちゃんが来ていないことに気がついた。
とにかくこの最近の私はボーッとしていた。
あのお祭りの後、家族で地球皇帝を続けることにかなり揉めた。
私自身、お母さんとひのきくんまで危険にさらしてしまったことで、改めて自分がとても危ない立場にいることを、やっと理解して、オムニアにも泣いて、辞めたいと訴えた。
ただ結論としてはやっぱり無理だった。
最低でもあと半年、つまり四年生の間は続けなければ国からもペナルティがあるかもしれないと。
とりあえずうちと、通学路、ひのきくんの保育園、お母さんの職場はかなりのSPが配置され、あらゆるセンサーで、常に危険物が感知されるようになっているらしい。
あのあとは特に何も起きていない。
教室にドヤドヤと生徒が戻ってくるが、やはり美弥ちゃんの席は防災頭巾も置いてないから、来ていないのだろう。
杉元先生が連絡事項の最後に
『ベネットさんはお家の都合で1週間ほどお休みするそうです。』
とだけ告げた。
『夏休み延長かよー!ベネットずるすぎる!』
と男子の誰かが文句を言っていた。
『おい白田。』
何となく美弥ちゃんの机を眺めていたら、反対側から野口くんが声をかけてきた。
『学活終わったら、帰る前にちょっと顔貸せよ。』
『なんで?』
『…今は言えない。』
歯切れ悪く答えた野口くんはそのままそっぽを向いてしまったので、それ以上聞けなかった。
帰りの会を終えて、野口くんが先に教室を出て顎で合図するので、ランドセルを背負ってついて行こうとしたら、出入りで誰かとぶつかる。
『痛っ!ごめん!』
『あ、俺こそごめん!』
見上げると、どこか見覚えのある上級生だった。
この顔どこかで…。
『白田!早く行くぞ!』
『う、うん。』
野口くんはなぜかわざわざ、渡り廊下を渡って人気のない校舎の、音楽室前の廊下まできた。
ここは突き当たりで、新学期初日に音楽の授業なんてないから誰も居ない。
『何のよう?』
『白田、呼ばれたからってこんなとこまでついてきちゃ危ないだろ?!』
『は?』
なぜか指示通りついてきた私に野口くんは急に怒り出した。
『もう祭りのこと忘れたのかよ?!』
『え?!』
あの時のことは、うまく屋台のガス爆発で誤魔化せたと、藤尾さんから聞いてたのに、野口くんは近くにいたから何か見てた?
『俺は知ってるんだ…。でも言うと罪に問われるから詳しくは言えないから、これだけ言う。』
『…』
『カワウソは俺だ。タヌキ。』
『!!』
ガシャン!と物が倒れる音がして振り向くと、慌てて倒れた譜面台を起こしている人影が居た。
先ほど教室の前で会った五年生だ。
彼は野口くんの方を睨んでいる。
その顔を見て、記憶が思い返される。
体育館を出る時に睨んでいた五年生の列の男子。
『ずっと黙っていたくせに、リアルで何の用だよ、カワウソ。』
『…おまえ、まさか、柴犬?』
『2人とも、冗談でしょ?』
五年生男子は野口くんを睨んだまま『冗談じゃないけど』と短く答えた。
『何か2人して、人気のない方に行くから、イジメかもと思ってつけてきた。』
『なんだよそれ、いいやつかよ…いや、知ってたけど。』
三人が三人、判明した事実に呆然とする。
『し、柴犬さん、体育館で…おみくじの時…』
私はあの時の鋭い視線を思い出して、思わず尋ねる。
『柴犬さんって、リアルだと僕、山田稔ね。柴犬でもいいけど。ていうか体育館??』
『…睨みませんでした?私が出ていく時』
もしかしてあの時から、何か地球皇帝としてバレるような行動を?と冷や汗がでる。
『あ!あー!あの日は何か挙動不審なやつは全員睨んでた。だって、俺絶対選ばれるつもりだったから。』
『柴山田、感じ悪すぎだろ!』
『紛らわしすぎる…』
野口くんがすかさず突っ込む。
なんか、柴犬と山田のミックスネームになってるし。
『ていうか一番の問題は白田だよ!おまえもっと危機感持てよ!』
『まぁ、確かに白田さんは不用心だ。けど、いきなりなんで?』
お祭りの一件を知らない柴山田さんが、首を傾げる。
『こいつ、こないだの上野部神社祭りで、よくわかんないやつから襲われたんだよ。』
『カワウソ・野口李人、今話した相手がPECの柴犬・山田稔じゃなかったら、削除、いや、左遷対象だからね。』
『は?!』
声の方向の私の手首に、三人の視線が集中する。
いつの間にでていたのか、水色の玉がくるくる回転している。
『こ、こいつは、もしかして。』
野口くんが、一歩離れて、柴山田さんもごくりと唾を飲み込む。
『コム、勝手には喋り出さない約束じゃん。』
『カワウソ・野口李人が、ルール違反したから。応募条件で、たとえ地球皇帝の正体に気付いたとしてもリアルでそれを示唆するようなことを第三者に言ってはならないって。』
『ていうか、なんでうちの学校の人が、二人も…。』
『カワウソ・野口李人は本来地球子供サミットにいれるつもりはなかったんだけど、ナイチンゲールと小野小町推薦枠だから。僕はノータッチ。』
『なんか、その、カワウソ、ミドルネームみたいなのやめてくれよ…。なんで俺カワウソにしたんだろ。』
『あの、俺、その話はそれ以上聞くのやめとくよ。とにかく、俺も気をつけた方がいいと思う。リザードマンと、子鹿は多分いいやつだけど、ネット上でも君の正体を探ろうとするやつもいるだろうし。』
『…分かった。』
私はまだ、自分が何を気をつけるべきか分かっていなかったけれど、柴山田さんの真剣さに頷く。
『柴山田、お前後期委員会決めてる?』
『なんかカワウソの時とイメージ違いすぎて調子狂うなぁ。まだ決めてないよ。なんで?』
『地球環境委員会入らないか?白田も。そしたら、三人で集まってても変じゃないし、それっぽいことも話してて目立たない。』
『まぁ、それは確かに。』
『え、私学校でまで、仕事するつもりないけど?』
私があからさまに嫌そうな顔をすると、野口李人はムッとした顔を返す。
『危ないことは分かってるだから、もうダラダラ続けないで、わっかりやすく仕事しました!って感じの功績作ってさっさと辞めるんだよ!そんな、仕事!』
『え?!そ、そんなの無理でしょ。ある程度は続けろってコムも。』
『いや。確かに分かりやすい実績があれば、周囲も納得させやすいし、期間を短縮することは可能だよ。』
『親に、政治家なんて公約発表して、やるだけやったらいなくなるやつばっかだって。お前も早く辞めるんだよ!辞めるために頑張れよ!』
『えー…』
『野口くん、す、すごい雑な理論だな』
こうして、なぜか怒り出した野口くんを止めることはできず、私も柴山田さんは、地球環境委員会に立候補することを約束させられたのだった。
柴山田さんは別れ際に、
『前は睨んでごめん。俺にはオムニアと話すなんて、とても無理だったよ。』
と申し訳なさそうに伝えられた。




