トカゲと子鹿と柴犬とカワウソとたぬき
お母さんにだけ相談して、夜ご飯も、お風呂も早めに済ませて机の前で、オムニアをタブレットスタンドに置いて待機している。
『よし、待機人数を確認しよう。ん?』
『どうしたの。』
『いや、そうか。ちょっと待ってて。』
ピピピピ、と電子音が鳴る
『あ、藤尾。』
『え?藤尾さん?』
『何?今別の処理中だから後に…』
『お前ら、なんか規模の大きいことやる時は一言言え____』
『あ、始まった。あとでね。』
『は?』
机の上に映し出されていた待機画面が切り替わり、分割されたいくつかの画面が表示される。
私のアバターと、コムの女装髭おじさんのアバター(コムがめんどくさがってこれにした)と、トカゲと、カワウソと、小鹿と、柴犬。
以上。
『(少なっっ!!)』
トカゲがたぶん英語で叫ぶと、画面の下部に翻訳がでてきた。
(確かに。少なすぎる…。)
『(どういうことなの?こんな人数じゃ偏りすぎて、さすがに国際会議と言うにはお粗末すぎるわ)』
子鹿も明らかに不満げだ。
『…コム、どういうことなの?』
『応募はたくさんあったんだけど、土壇場で君の知能指数のことを、配慮して、たぶん相手にして話すのは3人くらいが限界だろうなって。とりあえず良さそうなのを3人選んだよ。』
『…ま、まぁ言われてみれば、そうだけど、知能指数って、ひどい。』
『(おい!おっさん!お前が地球皇帝?)』
トカゲがコムに呼びかけている。
『僕じゃない。地球皇帝は、このタヌキだよ。』
『(タヌキ?犬じゃないのか?なんなんだ?この気の抜ける顔つきは。)』
『(知らないの?ジャパンにしか存在しない神秘的な動物よ?古来には頭に葉を乗せてあらゆるものに化ける力を持っていたとか…)』
『(知るわけないだろ?…じゃあこのタヌキ?が?本当に?)』
トカゲのアバターの目玉がぎょろぎょろ動き、私が萎縮すると、アバターのタヌキがクンクンと鼻を鳴らす動作をした。
『(そう、なのかしら…)』
子鹿もこっちを見てぴくりと耳を揺らした。
『先に言っておくけど、応募条件にあったように、ここの場で、地球皇帝の個人に関して探るような行為は一切禁止だよ。少しでも違反行為があった場合は二度とこの場には入れないし、悪いけど今後ネットで自由にできると思わないでね。僕はオムニア。あ、今はコムかな?監視者として一緒にログインしてるから。』
『(オ、オムニア…ほんとに存在したのか…)』
『(横暴ね…)』
『…』
トカゲ、子鹿、カワウソは、三者三様の反応を見せる。カワウソはここまで終始黙ったままだ。
『(まぁ、個人情報を探らなきゃいいんだろ?おい、タヌキ、おまえが子供ってほんとかよ?)』
『(誰かこの愚か者は、個人情報という言葉の意味を知らないのかしら?)』
『(は?すでにメディアに出てる情報に個人も何も無いだろ?!)』
『え?子供って知ってるの?』
私の画面にも英語と、知らない言葉の字幕がいくつか出る。
『(は?)』『(え?)』
トカゲと子鹿が私の反応に対して固まる。
トカゲはため息をついて黙ってしまい、子鹿が私に向けて、話し始めた。
『(オムニアの地球皇帝の日本の東京から選出するって発表のあと、世界で各地で暴動が起きたわ。なぜ自分の国じゃないんだって。…でも、奇妙なことに各国の政府暴動を抑えるばかりで国単位での抗議とかは行われなかった。)』
『まぁ、僕が各国のシステム系に侵入して、圧力をかけてるからね。』
『(世界中がオムニアに支配されてしまった事実に気づき始めた頃に、ついこないだローマ教皇から全世界への発表があった。オムニアと対話したって。オムニアは特定の国や団体が有利になるような動きはしないし、あくまで地球のメリットを最優先すると。そして地球皇帝は幼い子供であるから、その成長を温かく見守って欲しいと。)』
『(…クソつまんねー)』
『(そう。そのクソつまんねー流れになったから、各国首脳や国際機関も子供の保護優先を主張して、マスコミも批判を恐れて興味を失った。各国の政府の胸の内はそんなことないでしょうけど。)』
そんなことになっていたなんて。
『(知らなかったって感じかしら?地球皇帝さんは地球のニュースに興味はない?)』
(何にも、知らなかった…)
ニュースは、家でテレビがついてる時しか見ないし、そういえば、最近はお母さんもお父さんも前みたいにテレビをつけてなかった。
オムニアも何も言わなかったし、私自分のことでいっぱいで。
カーっと顔に熱が集まる。
アバターは毛に覆われていて何も変化しないけど。
『…』
『(まぁ別にそんなことは、どうでもいいじゃねえか。)』
トカゲが画面の中で偉そうにふんぞり返って、足の裏が画面にドンと映りこむ。
『(俺は偉そうな権力者の大人が、さらに偉そうにするよりは、阿呆な子供の方がまだ好感が持てるね!)』
『…トカゲさん』
『(トカゲさん?おまえ、もしかして俺のことも知らないのか?)』
『(あら、地球皇帝より知名度が低いみたいね、リザードマンさん?)』
子鹿がおかしくてたまらないといった様子でクスクスと笑いを堪えている。
『(俺は、世界的人気を誇るYouTuberリザードマンだぞ?!このアバター見たことあるだろ?!)』
ふるふるとタヌキが首を振ると、子鹿が口に手を当ててついに吹き出した。
『(日本の子供には人気が無いようよ?ちなみに私も全然興味ないわ。)』
『(嘘だろ?登録者3000万人超えてるんだぞ?おい!おまえ、カワウソと犬のやつは?!知ってるだろ?)』
『お、俺も知らない。』
『……』
ここで柴犬が初めて発言したが、カワウソはまだダンマリだった。
『(ログアウトしてる?)』
『(回線の不調じゃない?)』
『いや、問題ないみたいだよ?黙ってるだけ。』
ずっとここまで沈黙しているカワウソ。
『しゃべれない、とか?』
私がそういうと首を振った。
チャットボックスに入力している表示がでる。
『I don't know(知らない)』
その文字のみで、チャットの表示は消えた。
『(くそー!!!もっと!もっと有名になってやる!おい!たぬき!)』
『は、はい!』
『(おまえを俺のチャンネルにだしてやる!地球皇帝とコラボ動画なんて全世界初だろ!一気に再生数稼げるし、おまえも圧倒的に足りない人気を多少は稼げるだろ。)』
『コラボ動画?!べ、別に人気なんて私はいらない…』
『(いや、いるだろ人気。おまえそんな人気ない状態で何やっても人を動かせないだろ。)』
『(一理あるわね。大衆を動かすのに、オムニで脅しているだけではいつか民衆から潰されるわよ?)』
リザードマンと子鹿ちゃんは頭の回転が早いのかものすごいテンポで話が進んでいく。
私が答えあぐねていると、柴犬の画面からガタンと物音が鳴った。
『お、俺は、地球皇帝なんて、いらないと思う!!』
『!!』
『(どういう意味?)』
会話が止まり、全員が柴犬に注目する。
柴犬は牙を剥き出しにして唸るような顔をしている。
『俺のお父さんは、 UNEP国際環境技術センターで働いてるんだ。すでに今だって地球のためにすごい量の廃棄物を減らしたり、海のプラスチック汚染だって世界規模で取り組んでるんだ!今更ニュースすら見ない子供の地球皇帝が、頑張ってる大人の努力を邪魔すんなよ!!俺がなった方が100倍マシだった!!』
私は、この子供だけのメンバーの中ですら、本当に何も知らない。
今柴犬から怒鳴られた内容は、正直一部の知ってる言葉以外理解できなかったけど、
私がどうやら地球皇帝に相応しくないことは分かった。
でも別に落ち込んだりなんかしない。
だって。
『別に、私がやりたくてなったわけじゃないから!代われるなら誰かに代わりたいよ!おみくじだったし。』
『(オミクジ?)』
『(ジャパンのダイスみたいなものね?)』
『ぐぅぅ』
柴犬はううぅと唸っている。
『あと邪魔するなんて言ってないし!八つ当たりしないで。』
『(ま、その通りだな。)』
『(負け犬の遠吠えね。)』
『…』
『でも、なんで私みたいな人がって思うのも分かるよ…。私もこないだそれでオムニアと喧嘩したから。』
『け、喧嘩?世界トップレベルのAIと?』
『(…そんなこと、あり得るの?)』
『コム、この子達にオムニアのことを話すのはいいの?』
『まあ、君の個人情報に関わらないことなら。』
『(おいおい、気をつけてくれよ。ネット上から消されたら俺はチャンネルを失うからな?)』
『(でも、興味があるわ。)』
『…』
私はコムの方を見て頷いてから口を開く。
この子達には、ちゃんと話したら、もしかしたら私に出来ないことを手伝ってくれるかもしれないと思ったから。
『オムニアには、4人の歴史上の有名人が入ってるんだけど、その中のジョージ・ワシントンさんに、そもそも私が生きてるうち地球の問題は解決できないですよって言われた。』
『…ジョージ・ワシントン?でも、そりゃ当たり前だろ!お父さん達が何年もやってるのに!』
『(UNEPだけじゃなく、そもそもパリ協定ですでに温室効果ガスの対策もされているしね)』
『あと、オムニアはそもそも誰が地球皇帝をやっても同じって思ってるみたい。全部AIが考えて、私は飴玉くらいの効果しか期待してないって。』
『(し、辛辣だな。タヌキ、元気出せよ!)』
『(案外まともなのね、オムニア。)』
『だから、私がニュースを見てないのは良くなかったかもしれないけど、たぶん私がちょっとニュース見たり、新聞見ても意味ないんだろうなって。だから、とりあえず子供にできることをやりたいと思って。』
『子供に?』
『(子供の視点ってこと?)』
『うん、分かんないけど、なんかもう、AIも大人も、勝手で嫌だなって。そっちはそっちで勝手に頑張っててもらって、私は私のやりたいようにやろうと思って。』
言葉にすると、すごくしっくりきた。
そう、向こうが勝手に私に決めたんだから、私も私が勝手にやる。
『(タヌキ、おまえ…)』
リザードマンの目がギョロギョロと動いて、カパッと大きな口が開いたのでギョッとする。
『(めちゃくちゃいいな!!!面白いじゃん!好き勝手やろうぜ!)』
『(嫌いじゃないわ。)』
『…お父さんたちの邪魔しないなら別に。』
『(いいじゃんいいじゃん!とりあえずこのメンバーで発足しようぜ!子供地球計画!Project Earth by Children!略してPEC!ペック!)』
『(ダサいけど、分かりやすくて問題ないと思うわ)』
『え?俺も入るの?なんていうか反対派なんだけど。』
『(UNEPとの繋がりはあった方がやりやすいと思うから、あなたの主張は一旦おいておいてメンバーよ。あと中にいた方が気に入らない行動も止めやすいわよ?)』
『ま、まぁそうか。』
『カワウソさんは?』
『"ok".』
チャットボックスにアルファベット2文字だけ。はいるってことかな?
『(じゃあとりあえずその間抜けなアバターを人気でそうなイケてる見た目に変えようぜ?)』
『(だめよ!!!!)』
『(え?)』
『え?』
『へ?』
突然の子鹿ちゃんの大声にリザードマン、柴犬、私の目が点になる。
『(タヌキは最高にかわいいもん!変える必要ない!)』
『(そ、そうかよ…)』
『キャラ、変わってる。』
『わたしも、タヌキ可愛いと思うよ。』
『…』
とりあえず私たちは、またこのサーバに集まることを約束して今夜の会を解散した。




