知るもんか
『おはよー』
『おそよーだよ。まぁ初日だからいいけど、夏休み中もお母さん仕事あるから、朝ごはんに合わせて起きてね!』
いつもより1時間近く寝坊して起きてくると、お母さんがパッとテレビを消して、小言を言いながら朝ごはんの準備に台所に小走りで移動していく。
『しのちゃん、ひのくんもうごはん、こんだけだよー?』
『あーそー、はいはい、すごいね〜』
ひのくんが、口の周りに牛乳ヒゲをつけたまま、得意げにフォークに刺したブロッコリーを見せてくる。
今、一瞬見えたテレビ、ニュースだったな。
"地球皇帝について徹底討論!諸外国の奇妙な沈黙"
って書いてあった気がする。
最近うちがニュースをほとんどつけなくなったのは知ってる。
別に私もニュースなんて面白くないからいいけど。
お母さんはパンとおかずを載せたお皿を、食卓の私の席に置くと
『食べ終わったら流しに下げといて!お弁当冷蔵庫のいつものとこだから、チンして食べて!』
と、あっちこっちに移動しながら私に言ってくるので、私は目を擦りながら『うんうん』と頷く。
未だ寝室で寝ているお父さんに『私、もう出掛けるから!よろしく!』と声をかけて、ひのきくんを抱えて風のように去っていった。
ひのくん、白ヒゲのままだったな、と私はニヤニヤしながらトーストを齧った。
朝ごはんの後、リビングでそのままゴロゴロしていたら、今日も家で仕事をしているお父さんから自分の部屋で宿題をするようにとお達しがでた。
机に向かって、宿題表を一度真面目な顔で眺めてから、ポイっと机の上に放る。
今日は初日だしね、自由を満喫しよう。
だからといって、友達との約束もないし、YouTubeばっか見てると履歴見たお母さんに怒られるし、私はクラスの男子みたいにゲームもそんなにしないし。
暇かも。
『もしもし、ナイチンゲールさん?』
『こんにちは。どうされました?』
もうナイチンゲールさんにはだいぶ慣れた。
『暇だから、地球皇帝しようかなって。』
『まぁ!志乃さんたら、そんなこと全世界の方に聞かれたら叱られてしまいますよ。』
『ナイチンゲールさんにしか言わないよ。』
ふよふよと揺れるたまに合わせて、ナイチンゲールさんのくすくすと笑う声が聞こえて、私もエヘヘと照れ笑いを返す。
『僕も聞いている。やっと仕事するのか。』
『あー!オムニア!呼んでないよ!』
『呼んでないっていうか、ナイチンゲールも僕だから。仕事するんだろ。』
『志乃さま、お仕事をされるんでしたら、もしお嫌ではなければ、まずはジョージ・ワシントンさんにお仕事の進め方を相談された方がいいかもしれません。彼は大局、つまり大きな課題を成し遂げるための物の見方に優れています。』
『いや、僕でいいだろ。』
『なるほど、ワシントンさんにお願いします』
『…』
ぐるりと水玉が回転するように動く。
『こんにちは。お呼びですか?Mis志乃』
『こ、こんにちは。あの、相談したいことがあって。』
『どうぞ、なんなりと私に聞いてください。お役に立ちましょう。』
『私、地球皇帝の仕事やろうと思うんですけど、まず何をしたらいいですかね?』
『なるほど。では、はじめにするべきことは決まっています。』
なんだろう。
何か世界に条例をだすとか、ロケットを飛ばすとか、記者会見だったらどうしよう?
あんなカメラ向けられて人前で話すとか無理すぎる!
『いつまで地球皇帝をするか決めましょう』
『え?』
『何年と決めるか。具体的な施策を制定できるまでとか。あるいは数値を目標にして達成するまでなど。なるべく明確に決めた方がいいですね。』
『…地球が良くなるまでじゃないの?』
『"良くなる"とは?』
予想だにしないワシントンさんの言葉に、思考が追いつかない。
地球皇帝って地球の環境を良くするのが仕事じゃないの?
『良くなるって、温暖化じゃなくなったり、二酸化炭素が、減ったり、みんなが平和に暮らせたり、とか…じゃないの?』
『なるほど、万事それらが解決したらエクセレントです。』
どうやら質問の答えは正解だったようで、ホッと息をついたが、ワシントンさんの話は終わっていないようだった。
『では、結論から言いましょう。それらをこの仕事のゴールにすると、君が死ぬまで働いても終わりません。』
『え?!』
『Mis志乃、あなたが地球皇帝に選ばれた日のお母さまの言葉を覚えていますか?』
え、お母さん?なんで言ってたっけ?ソウムショウとか、
だめだ、何も覚えてない。
私は諦めて首を振る。
『"いい歳した大人が何十年もかけて、壊してきた地球を今更10歳のあなたが1人で頑張ってもだめでしたって言ったところで、そりゃそうだよね!って感じよ"…ですね。』
急にお母さんの声が流れてびっくりして、開いた口が塞がらない。
『すみません、録音した音源があったものですから、そのまま使用しました。まさにこの通りですね。』
『10歳が頑張っても、何もできない?』
『そうではありません。それなら私たちはあなたを選ばなかった。』
『何十年もかけて、壊されて、すでに各国が何らかの対策をうった上で、じわじわと悪化し続けている。これを1人の人間が生涯かけたとて、全て解決はできないのです。』
じゃあ、なんで?
『なんで、出来ないと分かってて私なの?もっと大人の、賢い人がたくさんいるのに。』
『誰がやっても同じだからだよ。』
オムニアが小馬鹿にするような口調で口を挟む。
『莫大な演算の結果、人間には出来ないと、僕らには分かった。だからこの地球規模の課題を解決は、大筋は僕らがやる。志乃はそうだな、期待値の低いけど、何らかのプラス要因を起こす可能性のある不確定要素ってやつだ。』
『どゆこと?何言ってるか全然わからん。』
『すっごい遠くまで行かなきゃいけない時に、途中でお腹空いてる時、たまたまポケットにあった飴玉みたいなもんだよ。無くても困らないけど、あれば何かしらのプラス要素になるかも、くらい』
『私、飴玉…』
『人間の長い歴史を見ると、私たちAIの演算からは絶対に選出されないような人間の行いによって、プラスに働いた前例は、かなりあります。おそらく、私たちにはまだ理解できていない、人間と人間の反応だから起こり得ることがあるのでしょう。私たちはそれを、なるべく利害関係や、思想や、政治的に染まっていない形で得たかった。』
なんか気が抜けてしまった。
全然期待とかされてない。
『じゃあ、結局どうしたらいいのかな?何にも出来ないまま、おばあちゃんになるまでやるの?』
おばあちゃんになった私がオムニアにふがふが話しかけてる場面を想像してゾッとする。
『だからこそ、ゴールを決めましょう。』
『ゴールに着いたら、辞めていいの?』
『あなたは引退して、次の地球皇帝に引き継ぐのです。』
『引退していいの?!』
『ただし、すぐに達成できるゴールにすることはやめて頂きたい、Mis志乃を選んだことで発生したコストも少なからずありますし、我々も今後の運用をしやすくするために、ある程度の実績は残したい。』
コスト、実績、なんかまた不穏な単語が並んでくる。ぐぬぬと、喜んで上げかけた両手を、半分下げる。
『初代地球皇帝として、次代に残せる土台を作りましょう。』
『…土台。』
『Mis志乃は、地球皇帝として何が1番やりたいですか?』
あれ、私この質問、前にも誰かに聞かれた気がする。
『…ほうれん草。』
『は?ほうれん草?報連相?』
『ほうれん草を、たくさん食べられるようにしたいです。』
ワシントンさんも、オムニアも、ナイチンゲールさんでさえ、誰もすぐには私の発言に返答しなかった。
あ、これお父さんに冗談で聞かれたんだったっけ?
『…いいでしょう、Mis志乃。なぜほうれん草なのですか?』
『ほうれん草大好きなんですけど、最近高いみたいで、お母さんあんまり買わなくて。ほうれん草は寒い方が美味しくできるみたいだし、温暖化のせいなのかなって!』
『確かにほうれん草は寒冷な環境を好みますね。』
『え?!じゃあやっぱり!どうすればいいの?!』
『方法はいくつかあります。暑さに強い品種を作る、育てる場所を変える、温度を下げる設備を使う。ですが——』
『ですが?』
『それは暑くなった地球でほうれん草を育てる方法であり、地球を改善する方法ではない。ならば、地球環境をほうれん草の生育に適したものに戻すとなると、それは、あなたの生涯では成し遂げられない。』
『ほら、やっぱり僕に任せた方がいいよ。志乃はたまに僕が聞いたことに答えればいいから。』
オムニアに口を挟まれてイラッとする。
『そしたら、あんたがまた人間を削除とか言い出すでしょ?』
『課題解決の手段だよ。』
『あんたは誰の味方なの?』
『僕は、味方とかそういう立場はない。志乃が地球存続の課題を解決するために最適化されたプログラムだ。』
『…私は、そんなのいらない。』
みんな、誰もかも、勝手だ。
毎日学校は疲れるし、先生も理不尽なことばかり言うし、体育も嫌いだし。
家族は好きだけど、頑張っても頑張っても毎日何かしら叱られるし、ゴールの無い円の周りを走り続けてる感じというか、なんなら、円はどんどん大きくなるというか。
テレビのニュースでは怖いニュースばかりだし、お母さんは何かとアレコレは危ないから気をつけなさいと言うし、お父さんは政治家の人の悪口言うし、
変なウイルスも流行るし、夏も暑すぎるし、何買うのも高いし、
『全部知らないし!大人もAIも勝手なことばっかり!』
知らない!知らない!知らない!
知るもんか!
呼び出されて青い顔をして体育館に並んでいた生徒たち
私を睨んできた5年生の男子
壁の方を向いて泣いていたひのくんの背中
お通夜みたいな教室
机に突っ伏した野口くん
無表情で私を見ていた美弥ちゃんの目
全部知らない!!
私たちは、そんなこと望んでいない!
私だって勝手にする!
『私は、子供が大人に邪魔されずに地球のこと決められる場所が欲しい!それが私のゴールにする!』
水玉はしばらく、音もなく、フワンフワンと、身の置き場を迷うように、漂っていた。
『…子供相手の演算は、ものすごく複雑だな。』
ずいぶん経ってから、オムニアが自分も子供の声のくせに、一言そう呟いた。




