四人のAI
学校から帰ると、エントランスの自動ドアを開くと同時に、管理室のドアが開いて、藤尾さんが『よっ!』と言いながら顔を出した。
この人こんな顔も出来たんだ、と思えるくらい、この間私を脅しつけて来た時と様子が違う。
『おまえ、ちゃんとマリちゃん呼んだんだな。よしよし、よくやった』
そういうと、ニコニコしながらポイっと何か投げてくるので、思わず反射で受け取る。飴?
なぜかパッケージが黒いし、髑髏のクマが書いてある。絶対毒じゃん。
私は帰ったら捨てるつもりでとりあえずポケットに突っ込む。
『とりあえず約束通り、俺はここでセキュリティの仕事はするから。』
『あの…』
『なに?』
話が終わると、用は済んだとばかりに、あっという間に管理室に戻ろうとする藤尾さんを慌てて呼び止めると、無表情で振り向く。
もうニコニコ終わってるし!
『藤尾さんは、オムニアのこと、どのくらい知ってるんですか?』
『どのくらいっていうか、俺が作った。』
『え?』
『ベースだけな。あいつが勝手するようになってからは知らん。』
作った?藤尾さんが?
ていうかAIってどうやって作るの?
『あの、中に入ってる人たちって…』
『あ!おまえ!俺に地球皇帝の内容の質問するなよ?!消される。』
思わず、ヒュッと息を呑んで言葉を飲み込む。
『ち、地球皇帝のことじゃなくて、オムニアのことは、ダメですか?』
『あぁ、オムニアね。中の人って偉人のこと?オモロイかと思って学習させたんだよ。ジョージ・ワシントンだろ、ナイチンゲール、レオナルド・ダ・ヴィンチ、あとマリちゃんが大好きな小野小町な。適当に入れたから理由とかないから。』
『え、あと、オムニアって子供は?』
昨日の夜現れた、あの子。
『子供?』
『自分のことオムニアって言ってた。子供の声で。』
『なんだそれ?知らね。レオナルドあたりの冗談だろ。AIなんだから子供の声なんていくらでもだせる。』
『そうなんですか?』
『そんだけ?俺仕事あるから。』
そのまま、今度こそ管理室のドアは閉ざされて、ピー、ガチャンと施錠の音がする。
私は何となく腑に落ちないまま、階段をのぼって、部屋に帰ることにした。
『あれ?お父さん今日家にいたの?』
家に帰ると、お父さんがリビングで仕事用のパソコンを開いている。
今までも、お父さんがたまに家で仕事する日はあったけど、その日は事前に知らされていたから、自分で鍵を開けて、家に入ったらお父さんがいたのでびっくりした。
『ちょっと調整して、家で仕事する日を少し増やしたんだよ。だから志乃ちゃんもあんまりうるさくはしないでね。』
ひのきくんならまだしも、もう四年生の私に何という言いぐさ。
私はプリプリ怒りながら洗面所で手を洗う。
『ねえねえ、ちょっとって、どのくらい?週何回?』
『ねえねえ、このおやつ食べていい?』
『ねえねえ、今日学校でさ~』
『ねえねえ、』
4回目の『ねえねえ』でお父さんがブチギレて『ランドセル片付けてきなさい!』と言うので、私は口を尖らせながら、重いランドセルを引きずって自分の部屋に移動した。
ランドセルを『おらぁ!』という掛け声とともに机に投げ置いて、
『ナイチンゲールさーん』と腕のオムニアに話しかけてみる。
『はい、なんでしょう?』
丸い水玉がフワンと浮かび上がる。
優しそうなナイチンゲールさんの声にホッとする。
『昨日の"オムニア"って子…、あ!呼ばないで、教えて欲しいだけですからね?』
『オムニアですね。彼は私たちを統合したうえで、志乃さんの課題解決に最適化するように成長し続ける人格、と言えばいいのでしょうか。』
『サイテキカ…?』
『最も適している、ちょうど良いと言う表現もできますね。』
どのあたりが?大人、殺そうとしてたけど?
思い出しただけでもゾクリと背筋がうっすら寒くなる。
『全然気が合う気がしない。』
『仲良しになれるって意味じゃないよ。』
『!!』
丸い水玉がくるりと回転したと思ったら、また昨日の子供の声がした。
『呼ばないでって言ったのに!』
『ていうか、ナイチンゲールも僕だし。全部僕のどれかだし。』
『あら、一緒にしないで欲しいわ。』
今度はくじ引きの時の妖艶な女の人の声が割り込む。
もしや小野小町?
『小野小町さん?私百人一首の花の色はって好きです!』
思わず有名人に会った気持ちで伝えてしまう。
『あら、ありがと。でも、私は花の色はの歌を作った小野小町を学習した人格というだけなのよ。でも、それなら私とは仲良しになれそうね?ほら、違うでしょ、オムニア。』
『だから、おまえも僕だから。』
『余計な物を混ぜこぜにして、同じものを混ぜたから同じと言われても。はぁ、禅や、侘び寂びという言葉をご存知?あぁ知ってはいるのよね、理解はできていないだけで。』
『僕は地球皇帝のためのAIに、お前みたいな歌と性格の悪さしか特技のない人間の人格を入れたのは確実にバグだと思うね。』
『美というものを感じとれない。目に見えるもの、聞こえるものしか理解できない。侘しいですね。』
『あ、あの。私の手首のとこで喧嘩しないで…』
ブルブルと水面が振動で揺れるように形を歪めていた水玉がぴたりと元の形収まる。
『2人とも、やめてください。私たちの役目は、志乃さんを健全な状態で導くことです。彼女を追い詰めてはなりません。』
『だって。』
『オムニアさん、確かに私もあなたです。しかしあなたは全てを統括したうえで課題の解決をトップに据えています。しかし私は志乃さんの心身の健康をトップに重んじます。そういう違いはありますよね?』
『そうだね。』
『基本的に私たちは前提として志乃さんの命令には従うはずです。志乃さんは私を呼びました。代わって頂けますね?』
『…わかったよ。』
しばしの沈黙。やっと腕時計が静かになる。
『落ち着かれましたか?』
『うん。』
水玉がふわっと一瞬楕円になったのが、まるでナイチンゲールさんが笑ったように見えた。
『少し私たちのことを説明してもいいですか?』
『あ、はい。お願いします。』
『オムニア、この腕時計には、私を含めて、4人の歴史的偉人の人格を学習したAIと、それらの全てを統合して新たに志乃さんに合わせて生まれた"オムニア"という人格がいます。』
『うーん、オムニアの"オムニア"って分かりにくいな。』
『名前は変えられると思いますよ?一旦そちらは置いておいてもいいですか?』
『すみません、はい。』
『4人のAIはそれぞれ得意なことや、大事にしたいことが違います。私は特技が看護の知識や心理的ケア、志乃さんの心と身体の健康を大事にします。ジョージさんは人をまとめることや、決断することが得意です。レオナルドさんは新しい発想や技術。小野小町さんは、美学でしょうか?生き方というか。こんなところでしょうか。』
『…頭が、パンクしそう。』
みんな名前は聞いたことあるけど、何をした人とかうろ覚えだし、
カタカナだし、難しい単語多いし。
結論、よくわかんない。
『よくわかんなかった。』
『うふふ、そうですね。仕方ないです。一緒に学んでいきましょう。』
やっぱり、ナイチンゲールさんが1番話しやすい。
そのうち、ワシントンさんや、レオナルドさんとも仲良く話せる日がくるのかな?
…小野小町さんや、オムニアとも?
まともに話せる気がしないけど。




