野口くんはいざとなったらやる
『おっはよー!おはよぉ〜おはよ〜!!遅いぞー!』
歌うように挨拶しながら、美弥ちゃんが教室に入ってきた私に立ち塞がる。
私の顔を見た瞬間に『うわ!』と驚きのリアクション。
右目と左目を順番に指差して
『クマ!』『こっちもクマ!』と指摘する。
『なんか変な夢いっぱい見て、何回も起きた。寝坊したし。』
『えー!どんな夢?!』
質問に答える前にチャイムがなり、美弥ちゃんは自分の席に戻る。
私も慌てて筆記用具と連絡帳だけ引っ張り出して、すぐにランドセルをロッカーに押し込んでから、自分の席に小走りで戻る。
私が席に着くと同時に、ガラリと教室の前方のドアが開き、たくさんの荷物を抱えた杉元先生が入ってくる。
荷物の中のプリントに、目敏く気付いた配布係が、忍者のように四方から音もなく教卓に集まり、プリントを各列に配布していく。
彼らの仕事ぶりは杉元先生の恐怖による調教の結果と言えよう。
先生はその様子を満足そうに微笑みながら見守っている。
『俺、絶対二学期も配布係やりたくない。』
隣の野口李人が、小声で耳打ちしてくる。
『まぁ、分かるけど。』
『だよな。あんな手下みたいなことやったら、吐く。』
『牛乳みたいに?』
野口李人は牛乳が大嫌いだ。
だから今までの学年では、どの先生も無理強いしなかったのに、杉元先生は何としてでも飲まそうとした。
そして、その結果盛大に吐いた。杉元先生の顔面に。
それ以来、杉元先生と野口李人は犬猿の仲と言える。
『あぁ、俺はやってやるぜ。』
なぜか野口李人は勝ち誇ったような顔をしてみせる。
今度は何を吐くんだか。
『野口さん!』
杉元先生の大声に、私と野口李人は2人してビクッと肩を跳ねさせる。
『今私は何と言いましたか?』
脅すような口調で尋ねてくる先生に私は竦み上がる。
後ろから素早く、何人かの生徒が早口でボソボソと内容を教えてくれる。
『…後期の委員会の話です。』
杉元先生はフンっと軽く鼻息を吐いてから『話は黙って聞くように』とだけ言って、全体に向けて続きを話し始める。
『この度、我が校から地球皇帝が選ばれた、ということで、せっかくなので学校全体としてももっと地球環境のことを考えようと、先生たちの間で話し合いました。それで、後期の委員会に"地球環境委員会“を新たに作ることにしました。夏休みの間に、入りたい人は考えておいてください。』
クラスの数人が『えーどうする?』と小声で話している声が聞こえたが、私の周囲の席の反応は薄く。
美弥ちゃんは飽きたのか、前の席の子の背中に指で何か書いて、嫌がられている。
反対側の野口李人は机の下で、先生に見られないようにスマートウォッチを弄っていた。
私もプライベートで地球皇帝やって、さらに学校でまで地球のこと考えるなんて、嫌すぎて全く興味を引かれなかった。
そういえば、鞠江先生はいつ藤尾さんに会ってくれるんだろう、と私は昨日のことを思い出していた。




