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日本美術を救った男たち『アーネスト・フェノロサと岡倉天心』The Men Who Saved Japanese Art: Ernest Fenollosa and Okakura Tenshin  作者: 東曌


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プロローグ:セーラムの霧、白き静止への絶望

日本語が話せないフェノロサ


【興味の原点】西洋の「死んだ文字(論理)」から、東洋の「生の線(情念)」へのダイレクトな跳躍


フェノロサが1878年に来日した最初の動機は、日本美術への興味などではなく、明治政府(お上)に雇われて東京大学で西洋の政治学や哲学という「論理の文字」を教えるためだけの、ただのビジネスでした。


 上品な文字の法律や、エルギン・マーブルのような固定された白大理石の文明に窒息しかけていた彼の淡い色の瞳を射抜いたのは 、当時の東京でゴミのように叩き売られていた、日本の古い絵画(狩野派や浮世絵)の「黒い墨の線のうねり」だったのです。


 彼は、日本語の言葉(文字)のルールが分からないからこそ、逆に男たちの作った綺麗で退屈な説明文を完全に無視し、絵画の線が放つ「むき出しの五感のリズム(本能)」へダイレクトにダイブして、その圧倒的な叡智の深淵を脳髄でハッキングしたのです。


【最強のバディ】フェノロサの「眼(知性)」× 岡倉天心の「言葉(インターフェース)」


日本語が話せないフェノロサには、彼の「脳内ハッキング・システム」を言葉として翻訳(通訳)し、日本のお上の役人どもや寺の住職たちを騙し倒すための、最強のインタープリター(通訳者)が必要でした。


それが、当時まだ若き教え子であった天才・岡倉天心(おかくら てんしん)です。


岡倉天心は完璧な英語を操り、フェノロサの淡い色の瞳が捉えた「東洋の美の生の音(アリア)」を完璧に解釈(インタープリート)して、日本の古本屋や没落した寺の住職たちとの交渉の場をコントロールしました。

「フェノロサが線の美を見透かし、天心が言葉でハッキングして二束三文の実費で毟り取る。


この二人の天才の脳内インターフェースの合体があったからこそ、新政府の破壊の嵐から日本美術は完璧にカプセル化(ボストン美術館への封印)され、全滅を免れたのです。

プロローグ:セーラムの霧、白き静止への絶望

 

 一八七〇年代、アメリカ・マサチューセッツ州セーラム。


 大西洋から這い上がる冷たい海の霧が、古びた港町を白く窒息させていた。


 名門ハーバード大学で哲学と美術を修め、生粋のアメリカ人(米国籍)として生まれた若きアーネスト・フェノロサの胸中には、底知れない霧が立ち込めていた。


 彼の故郷セーラムは、かつて一六九二年に、狂信的な清教徒どもが「神の法(死んだ文字)」を盲信し、異端の烙印を押された罪なき人々を次々と絞首台へと送り去った、あの凄惨極まる「魔女狩り」の呪われた舞台そのものであった。


 教会の作った綺麗な正義の文字の裏で、人間の剥き出しのパッションや、常識から逸脱した生の知性を恐怖のあまり徹底的に破壊し尽くす大衆の狂気。


 フェノロサのその瞳には、幼少期から、そのセーラムの土に染みついた、死んだ文字のルールがもたらす全滅の恐怖が原風景として焼き付いていた。


 彼が何よりも恐れ、探針(プローブ)を向けていたのは、あの事件の引き金を引いた十一歳の少女――アビゲイル・ウィリアムズの残影だった。


 大人たちの作った抑圧の文字をあざ笑うように、森の闇のなかで生の呪術(音とリズム)に狂い、その狂狂しい「嘘」によって大人たちの偽りの正義(法律)を内側から完璧に逆ハッキングし、街ごと全滅の奈落へ突き落とした最高に性格の悪い少女。


 ハーバードの講義室で、学者どもがパルテノン神殿の白大理石「エルギン・マーブル」の完璧な比率を指差し、「これぞ人類の至高の理性であり、美の絶対的な基準だ」とふんぞり返る横で、彼はキリスト教の一世限りの罪と審判という冷酷な教義(マニュアル)に、激しい息苦しさを覚えていた。


「西洋の文字の文明は、現実に綺麗な服を着せて殺し、アビゲイルの狂言のような嘘の記号(オカルト)で、都合の悪い生の情念をすべて魔女として焼き捨てるだけだ。私は、現実を説明する文章(ルール)ではなく、空間そのものを震わせる『生の駆動(本能の音)』に飢えているのだ」


 お上の用意した西洋至上主義の文字の法律を心の底からあざ笑っていた彼は、一八七八年、東京帝国大学で哲学を教えるというただのビジネスを口実に、異国の地へと自らの全知性をダイレクトにダイブさせる決意を固める。

 日本語の言葉(文字)を一行だって「話せなかったし、読めなかった」アメリカ人。


 だが、彼がのちに、明治の新政府という張り子の文明に狂い、自国の千年の宝を「野蛮な遺物」として薪のように叩き割っていた東京のインテリ男どもの姿を見た瞬間――アビゲイルの残影に踊らされるセーラムの狂信者たちの恐怖が、彼の脳髄を激しくハッキングする。「お前たちのやっていることは、あのアビゲイルの嘘に踊らされ、隣人を虐殺していったあの狂気の構図と、完璧に同じじゃないか!」と。


 キリスト教の死んだ文字を脱ぎ捨て、主語を消し去った東洋の黒い墨の線のうねりに「美の輪廻転生」という真の叡智を確信し、 仏教徒「諦玄(たいげん)」として琵琶湖の土へ骨を還すことになるその男の美しき戦争の幕開けが今、アビゲイルの冷酷な笑い声を吸い込んだセーラムの白い霧の底から、圧倒的な威容を孕んではじまる。

岡倉天心が「英語」を手に入れた3つの真相


【横浜の産湯】福井藩の貿易商店「石川屋」のせがれという事実


天心は文久二年(1862年)、生糸貿易で大儲けしていた福井藩の出入商人・岡倉勘右衛門の息子として、国際貿易の心臓部であった横浜(居留地)で生まれました。


彼の家の周りには、西洋の商人、船乗り、外交官たちの剥き出しの「生の英語の音(グルーヴ)」が日常的に渦巻いていました 。

言葉を「勉強する文字」として学ぶのではなく、貿易の金貨が飛び交う戦場で、生きるための「生の音(本能)」として耳から完璧にインテリプリート(解釈)して育ったのです。


【バラ塾でのハッキング】外国人宣教師バラからの「本物の発音」 


幼少期、天心は横浜の外国人居留地に開かれていた宣教師ジェームズ・バラの私塾へと通わされました。

そこで天心は、日本の古い直訳書生(通弁)たちが使うカタカナ英語ではなく、西洋の論理と宗教、そして「ネイティブの生の音声のトーン」を脳髄にダイレクトにコピー(ハッキング)していきました。その英語力があまりにも完璧すぎて、のちに東京大学(旧・東京開成学校)に入学した際、教授の外国人学者どもが「この日本の少年は、なぜ我々と全く同じ洗練された英語の文字(アリア)を操れるのだ」と戦慄したほどでした。


【漢学との完璧な対比】寺での修行で学んだ「知性」


英語ばかりが完璧になっていく天心を危惧した厳格な父親は、天心を横浜の曹洞宗・長延寺という寺へと引きずり込み、そこに住み込みで監禁して、日本の死んだ文字(漢籍や習字、仏教の経典)を狂ったように叩き込ませました。


この「横浜のバラ塾で得た最先端の英語(音)」×「古い寺の闇で叩き込まれた東洋の漢学(文字)」という、天心の脳内で起きた凄まじい二重の事実(ハイブリッド知性)こそが、のちに日本語の話せないフェノロサの「眼」となり 西洋の張り子の文明を『東洋の理想(The Ideals of the East)』という完璧な英文書物でねじ伏せて世界を総立ちにさせる、最強の戦闘服(インターフェース)の正体だったのです。


岡倉の本名は、覚三。

岡倉天心が「天心(Tenshin)」というエイリアス(雅号・別名)を名乗った最大の理由は、お上の戸籍に縛られた本名「覚三(Kakuzo)」という記号を捨て去り、自らの野生の知性と東洋の叡智を世界に知らしめるための「戦闘服(ドレスコード)」として自らを再定義した史実にあります。


国家の用意した死んだ文字のルール(戸籍)をあざ笑い、自らの名前すらもハッキングして世界と対峙した彼のエイリアスには、3つの冷徹なプローブ(探針)が眠っています。


岡倉天心が「本名:覚三」を捨ててエイリアスを名乗った真実


【お上の戸籍への反逆】「覚三」という記号の拒絶

天心の本名は「岡倉覚三(かくぞう)」です。父親が貿易商店の商売繁盛(「角三」)にちなんで付けた、お上品な商業・戸籍の文字でした。

ですが、横浜のバラ塾で生の英語の音学び、曹洞宗の寺の闇で漢学の文字を叩き込まれたハイブリッド知性の彼にとって、「覚三」という記号は、お上の戸籍の法律(家父長制)に縛られた退屈な檻でしかありませんでした。ゆえに彼は、自らの知性を解放する独自の暗号(エイリアス)を必要としたのです。


【東洋の理想の記号化】『老子』の宇宙のインターフェースへのダイブ

彼は、中国の古代思想である『老子』の言葉――「天心(天の中心、あるいは作為のない自然の心)」からこのエイリアスを毟り取りました。

西洋の目に見える完璧な形態(文字の法律)を誇るのに対し、東洋の美は、目に見えない空間の気配や万物の融解(音)の中にこそ宿る。

天心は、「天心」というエイリアスを名乗ることで、自分が単なる日本の直訳奴隷ではなく、「東洋の理想(宇宙の気配)そのものを両手に持ったハッカー」であることを、世界(ボストン)に向けて完璧に誇示(ハッキング)したのです。


【その他の多重エイリアス】「大心」「六角」という多重ハッキング

彼は「天心」の他にも、大心(Taishin)や六角(Rokkaku)といった複数のエイリアスを使い分けていました。

婚姻の記録すら遺さずに生きながら『源氏物語』を翻訳したアーサー・ウェイリー(本名:Schloss)や、国籍を脱ぎ捨てて仏教徒・諦玄となったフェノロサと完全に同じです。天心は、名前という固定された文字を複数に分裂(カプセル化)させることで、お上の役人どもの監視の目を煙に巻き、日本美術を二束三文の実費でボストン美術館の金庫へ送り届けるための最強の化かし合いを完璧に制御したのでした。

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