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聖戦記  作者: 桂木 京
第1章:イノチの意味は

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9/15

信頼

正午を待たずして、オスカーとゼロはエリシャの門を潜った。


大陸北部には主要な地点を結ぶ「転移魔方陣」が古の時代より敷かれており、険峻な谷や急流を飛び越え、一瞬にして距離を稼ぐことができる。

これならば、ノースグランド王城には陽が落ちる前には到着できるはずだった。


アインの手回しは、今回も完璧であった。

主君の発つ直前、すでに彼女は隣国へ早馬を飛ばしている。


『貴国との和睦、および現状の確認につき、領主オスカー自ら推参。直々の謁見を請う。』


この機先を制するような気配りの早さこそが、エリシャの安寧を支えるもう一つの盾であった。


風を切って進む道中。


「なぜ、ゼロ……君は白騎士団に入らないんだ?」


ふとした沈黙を破り、馬を並べるオスカーが問いかけた。


「姉貴と同じことを聞くんだな」


ゼロは、またかと言わんばかりの呆れ顔を隠そうともせずに応える。

騎士という人種は、揃いも揃って同じ思考回路をしているのか、と。


「いや、職務の合間に雑談を交わすたび、君のことが話題に上がるものでね。戦況を瞬時に見抜く眼力、そして一足飛びに間合いを盗む瞬発力……。あれは私ですら敵わないと、あのアインが手放しで賞賛していたぞ」


「あれはただの弟馬鹿だからな」


と付け加え、オスカーは穏やかに笑った。


「俺には、魔力(そんなもん)ねえからよ」


「だが、君の剣技はすでに常人の域を超えている。白騎士団の精鋭を相手に、手厳しい稽古をつけているという話も聞いているが?」


オスカーの口調には、一切の悪意も打算もなかった。

そこにあるのは、純粋な好奇心と、惜しみない期待だ。

しかし、ゼロの答えは、姉に問われた時と同じく、頑ななまでに不変であった。


「それでも、俺は姉貴と同じ騎士団にだけは入らねえよ」


「……どうしてそこまで、姉と共に戦うことを拒む? 大陸随一と謳われる『華将軍』の隣で、その背を守れるのだぞ。それは男にとって、夢のような栄誉ではないか」


納得のいかない様子のオスカーに対し、ゼロは淡々と、しかしどこか絞り出すような声で言った。


「……だからだよ」


「……どういうことだ?」


「姉貴の……『弱点』になりたくねえんだ、俺は」


ゼロの歩みが、わずかに鈍る。


「姉貴は、もし俺が窮地に陥れば、自分を犠牲にしてでも助けに来る。迷わず、躊躇わずにだ。……俺は、それが耐えられねえんだよ」


苦虫を噛み潰したような顔で、ゼロは胸の内に澱んでいた本音を吐き出した。


「足手まとい」――その四文字が頭をよぎった瞬間、彼の頬は、羞恥と悔しさで赤く染まった。

自分はまだ、守られているだけの子供だ。

その自覚があるからこそ、彼はあえて光の当たる騎士の道を拒み続けてきたのだ。


「……アインのことが、本当に好きなんだな」


オスカーの眼差しは、慈父のような優しさに満ちていた。


「別に、好きとかじゃねえ。ただ……俺の前であの人が死ぬところなんて、逆立ちしたって見たくねえだけだ」


「はは、素直じゃないねぇ……」


オスカーは馬を寄せ、ガシッ、とゼロの肩を抱き寄せた。

不意の親愛の情に、ゼロは困惑して身をすくめる。


「大丈夫だ。君はきっと、強くなる。誰よりも……アインよりも強く。そして、今度は君が彼女を救う日が来るはずだ」


不器用な少年の肩に置かれたその掌は、驚くほど温かかった。

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