陥落
「おい、嘘だろ……。おいおい、冗談じゃねえぞ……」
夕刻。
ノースグランド王都に足を踏み入れたオスカーとゼロは、言葉を失った。
眼前に広がる光景は、想像しうるいかなる地獄よりも無惨であった。
天を突くほどに誇り高かった王城は無惨に崩れ、平和な暮らしを営んでいたはずの民家は、黒い煤となって燻っている。
そして、道端に横たわる無数の―― 人。 ヒト。 ひと。
一瞥して、すべてを悟った。
ノースグランドは、陥落していたのだ。
「……援軍の要請など、どこからも届かなかったぞ」
オスカーの顔から血の気が引いていく。
転がっているのは兵士だけではない。
女、子供、老人――老若男女を問わず、ありとあらゆる命が、等しく、そして冷徹に斬り捨てられていた。
「誰一人として……ここから出られなかったというのか」
ギリ、と噛み締めた奥歯が軋む。
半日で駆けつけられる隣国へ、たった一羽の伝書鳥すら飛ばせなかった。
その事実が、この地を襲った「死」がどれほど圧倒的で、迅速であったかを物語っていた。
「何者だ……よくも、これほど惨いことを……」
温厚なオスカーの拳が、静かな怒りに震える。
対照的に、ゼロは激しい憤りを胸の奥へ押し込み、冷徹なまでに周囲を観察していた。
「オスカー様……これ、一刻も早く戻って姉貴に伝えなきゃヤベェんじゃねえか? ノースグランドを半日で飲み込むような化け物だ。次は間違いなく、俺たちのエリシャだぜ」
オスカーもその懸念を同じくしていた。
だが、その足は自然と、凄惨な静寂に包まれた王城へと向かっていた。
謁見の間。
そこには、無惨に斬り伏せられた国王と、その傍らで息絶えた王族たちの遺体があった。
ゼロは、無言でそれらの亡骸を寄り添わせるように並べると、静かに手を合わせた。
「……家族、仲良く逝けよ。せめて、あっちでは戦わずに済むように……」
祈りを終え、城門まで戻った時。
「ゼロ、君のほうが足が速い。全力でエリシャへ戻り、アインに事の次第を伝えるんだ。私は――」
オスカーが言葉を切って振り返る。
その眼前に広がる影。
崩れた王城の亀裂から、まるで黒い泥が溢れ出すかのように、夥しい数のアンデッド兵が湧き出してきた。
「こいつらを一通り浄化してから行く」
ゼロが半歩前に出、オスカーと肩を並べた。
「だったら! 二人で片付けてから戻ればいいだろ!」
だが、その肩を、オスカーの分厚い掌が静かに、しかし力強く制した。
「足手まといだから言っているんじゃない。これが最善、唯一の作戦だ。ゼロ、お前は――」
ぐっ……と、制した手に万力の如き力が込められ、ゼロの身体を無理やり後方へと押しやった。
「お前は、守るために走るんだ。一刻も早く、エリシャの民とアインに、この『絶望』の正体を伝えるために」
その言葉が、ゼロの魂を叩いた。
自分にはまだ「戦う」ための剣はないが、情報を「届ける」ための脚がある。 ゼロは弾丸のように身を翻し、地を蹴った。
「エリシャを、頼んだぞ。若き姉弟よ……」
うっすらと、慈悲深い笑みを浮かべた『エリシャの盾』は、遥か後方にある愛すべき祖国を守るため、その背中に一歩も通さぬ決意を込めて、剣を握り直した。




