ゼロの役目
「――以上が、昨夜の顛末にございます」
翌朝。朝靄が残る宮殿の執務室にて、アインは隣に立つゼロと共に、昨夜の調査結果をオスカーへ報告していた。
「では、ノースグランド軍の正規兵ではなかったと……。ならば、その不死の兵どもは、一体何者の差し金なのだ?」
オスカーは顎に手を当て、深く考え込む。
同盟国との間に生じた、あまりにも不可解な火種。
その出所が見えないことに、領主としての焦燥が滲んでいた。
「俺は直接、国境のノースグランド詰め所を覗いてきたけどよ。そりゃあもう、呆れるくらい平和なもんだったぜ。欠伸してる門番すらいたくらいだ」
ゼロが、気怠げに偵察の成果を付け加えた。
独自のルートで敵陣深くへ潜り込んでいた彼の言葉には、単なる推測を超えた確信があった。
「むぅ……」
オスカーの沈黙が部屋を支配する。
その均衡を破ったのは、やはりアインだった。
「オスカー様。
直接、ノースグランド国王と面会されるのが最善かと存じます。
正体不明の敵が現れた以上、先方に敵意がないのであれば、早急に共同戦線の意志を固めておくべきです」
「……国王と直々に、か」
「留守はこのアインが責任を持って守り抜きます。どうか、オスカー様は王都へ。国家間の信義を問う場に、一将軍である私が出るのは、いささか分不相応というもの。領主である貴方様でなければ、事の真相は掴めないでしょう」
「恐縮です」と頭を下げるアインに、オスカーは堪えきれぬように笑みをこぼした。
「……全く、君が我が国の将軍でいてくれて助かったよ。常に私が求める、最も的確な一手を示してくれる」
オスカーは表情を引き締め、決断を下した。
「分かった。ノースグランド国王と面会してこよう。ただし、公式な軍勢を引き連れては無用な警戒を招く。秘密裏に、御忍びで向かう。アイン、留守を頼めるか?」
「はっ!」
アインは即座に敬礼を返すと、隣のゼロへ鋭い目配せを送った。
「――それならば、このゼロをお供にお連れください」
「はぁ!? ……おい待て、俺は騎士じゃねぇって言っただろ!」
冗談じゃないとばかりに顔をしかめる弟に、アインは涼しげな微笑を向ける。
「ええ、知っているわ。だからこそよ。身分に縛られない『ただの町人』だからこそ、御忍びの領主の護衛が務まるのよ。友人とでも銘打てば、余計な勘繰りも避けられるでしょう?」
「……姉貴、さては最初からこれが狙いだったな? 全部お前の手の平の上かよ!」 「察しの良い弟を持って、姉は誇らしいわ」
アインの柔和な笑顔に、ゼロは「ちっ」と舌打ちして頭を掻いた。
「仕方ねぇな……。いいか、オスカー様。俺は夕食に肉がねぇと絶対に動かねぇからな!」
不満げな放浪者の要求に、慌ててアインが頭を下げようとしたが、オスカーはそれを優しく制し、ゼロに笑いかけた。
「ゼロ、君とは一度、身分を抜きにしてじっくりと語り合いたいと思っていた。よし、隣国への気ままな二人旅と洒落込もうじゃないか」
「未熟な弟ではありますが、いざとなれば必ず貴方様の盾となり、矛となりましょう。私が保証いたします」
アインのその言葉に、オスカーは力強く頷いた。
「『華将軍』のお墨付きなら、これほど心強いことはない。――では、行ってくるとしよう」
宮殿の窓から差し込む朝日は眩しかったが、その光は、北へ向かう二人の背中に長く不穏な影を落としていた。




