人外の軍勢
エリシャ・ノースグランド国境地帯。
白騎士団は、外交上の火種を避けるべく、厳格に国境線を背に陣を敷いた。 展開したのは、守備に特化した精鋭二百。
アインが直々に選りすぐった、鉄壁の防陣を誇る騎士たちだ。
例え倍の兵数を相手にしても、この「盾」が破られるはずがない――騎士たちの間には、静かな自信が漂っていた。
「将軍……。敵軍、ノースグランドの紋章を確認できません」
隣に並ぶ騎士の報告を待つまでもなく、アインもその異変を察知していた。 月明かりに照らされた軍勢には、誇り高き騎士の旗印もなく、揃いの鎧もない。
何より、その足取りが異常だった。
「旗も、意志も見えない。……あの動き、まさか」
力なく膝を引きずり、ゆらゆらと揺れる不気味な影。
最前線の騎士が、戦慄を押し殺した声を上げる。
「不死人」
その叫びを合図としたかのように、二百の腐肉の塊が一斉に喉を鳴らし、白騎士団へと殺到した。
「魔導師隊、前へ! 牽制、第一射!」
アインの号令ひとつで、一糸乱れぬ陣形が組み換わる。
前衛に躍り出た魔導師たちが詠唱を刻み、放たれた猛炎が夜闇を赤く染め上げた。
しかし、炎に焼かれながらも、物言わぬ軍勢は歩みを止めない。
「私が行く! 弓兵、騎兵は援護を!」
アインは一瞬で距離を詰め、腰の白銀剣を解き放った。
「はっ!」
月光を宿した一閃が弧を描き、数体の不死人を一薙ぎにする。
崩れ落ちる腐肉。
だが、首を跳ねられ、四肢を断たれてもなお、彼らは事もなげに再び立ち上がった。
欠けた体の一部を残したまま、ただ生者への渇望だけを露わにして。
「将軍!!」
すかさず後方から矢の雨と爆炎が降り注ぎ、アインを包囲せんとする影を削り取る。
「……さすがは不死の身、道理は通じないということね」
アインは一度後方へ跳び退き、戦況を再構築する。
矢が刺さり、身体が炭化しても歩みを止めぬ敵に対し、彼女は即座に次なる手を打った。
「魔導師、騎兵は後退! 僧兵隊、前へ!」
近接戦闘を不得手とする僧兵たちが、アインの周囲を固める。
アインはその中心に立ち、剣を鞘に収めると、指先で静かに十字を切った。
「浄化を行います。私に、魔力増幅の加護を!」
僧兵たちの詠唱が重なり合い、アインの細い身体が眩いばかりの白光に包まれていく。
彼女の金の髪が光の奔流に舞い、蒼い瞳に聖なる輝きが宿る。
《不浄なるものへ、天の裁きを――》
アインの掌から解き放たれたのは、無数の光の糸だった。
それは生き物のように夜空を舞い、呪われた不死人たちの心臓を、喉を、正確に射抜いていく。
光の糸に絡め取られたアンデッドたちは、断末魔の叫びすら上げることなく、聖なる波動に浄化され、一筋の灰となって夜風に消えていった。
「……神聖魔法。相変わらず、恐ろしいほどの出力ですな」
膝を突き、魔力を使い果たした僧兵の一人が、感嘆の吐息を漏らす。
アインは乱れた息を整え、穏やかな、しかしどこか憂いを含んだ眼差しで灰の跡を見つめた。
「皆の助力があってこそよ。……さあ、急ぎ宮殿に戻りましょう。事態は想像以上に深刻だわ」
アインは背後の北の闇――いまだ底知れぬ気配を湛えるノースグランドの方角を一瞥すると、翻るマントと共に、愛すべき自治州へと急いだ。




