偵察
「オスカー様! 北方より軍影を確認! 兵数はおよそ二百……急速にこちらへ接近中!」
夜の静寂を切り裂き、エリシャ宮殿の謁見の間に警備兵の切迫した声が響き渡った。
「北方だと……? 北にはノースグランドしか存在せぬはずだが」
領主オスカーの眉根が深く寄せられる。
エリシャ自治州とノースグランド王国は、固い絆で結ばれた同盟国であった。オスカーが領主の座に就いて真っ先に着手した大仕事こそが、このノースグランドとの同盟締結だったのだ。
かつて帝国が大陸の楔として機能していた頃、北部に位置する両国は互いに手を取り合うことでその独立を保ってきた。
帝国崩壊という激動の時代だからこそ、北の同胞として団結すべき――。
オスカーのその進言は実を結び、ノースグランドは豊かな資源を背景とした財政援助を、エリシャは大陸随一の防御力を誇る白騎士団による軍事援助を、互いに約束し合っていた。
ノースグランドは人口こそエリシャを凌駕しているが、特筆すべき大規模な常備軍は持たないはずだった。
その彼らが、盾の如き防御陣を敷くエリシャに対し、唐突に軍事介入を仕掛けてくるなど、智将オスカーにとっても全くの想定外であった。
「わずか二百の兵で、このエリシャに侵攻を企てるというのか? それは真か」
オスカーがその報告の信憑性を質そうとした、その時だった。
「オスカー様、その報告に間違いはありません。私もこの目で、北の地平に蠢く影を捉えました」
呼吸を乱すこともなく、凛とした足取りでアインが広間に姿を現した。
「アインか……。貴公の目から見て、あれはノースグランドの軍だと思うか?」
一触即発の事態だからこそ、慎重な判断が求められる。
オスカーは全幅の信頼を置く腹心、アインに決断を仰いだ。
「……可能性は五分五分、といったところでしょうか。ノースグランド国王が正気であれば、我が白騎士団の実力は骨身に染みて理解しているはず。本気で奪い取るつもりなら、二百という数はあまりに少なすぎます」
アインは冷静に、戦術家としての知見を述べた。
しかし、その瞳の奥には拭いきれない懸念が宿っている。
「私が白騎士団の一小隊を引き連れ、斥候として正体を確認してまいります。あくまでも確認が目的です。こちらから戦端を開くことはいたしません。……よろしいですね?」
二百程度の兵数ならば、自分の指揮する精鋭小隊で十分に抑え込める。
アインはそう確信しながらも、オスカーに許可を求めた。
「……許可する。ただし、くれぐれも深追いは禁物だ。相手が誰であれ、ノースグランドの旗を掲げている以上、我が国の同盟国であることを忘れるな」
「承知いたしました。――エリシャ白騎士団、これより出撃いたします」
アインは鮮やかな敬礼を残すと、鋭い拍車の音を響かせて踵を返した。
向かうは白騎士団の詰め所。
平和な夜は終わりを告げ、彼女の背中には、戦乱の時代の始まりを告げる冷たい風が吹きつけていた。




