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聖戦記  作者: 桂木 京
第1章:イノチの意味は

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アインの命の灯が、今まさに消えようとしていた。


「姉貴! 死ぬな……死ぬなよ! 早く、家に帰るんだ。冷めた野菜スープを温め直して、また二人で……!」


意識が遠のく彼女を繋ぎ止めるように、ゼロはなりふり構わず、掠れた声を張り上げ続けた。


「……窮屈な思いばかりさせて、ごめんね。私……厳しすぎたでしょう……?」


「姉貴が厳しくしてくれたから……俺は、俺は……道を踏み外さずに済んだんだ!!」


「料理も……下手でごめんね。美味しくなかったでしょう」


「不器用な姉貴が作る、あの不恰好な野菜スープが……俺は、世界で一番好きなんだよ!」


「もっと……自由にさせてあげれば……よかった。私のせいで、あなたは……」


「姉貴と一緒にいる世界が、どこよりも自由で居心地が良いんだよッ!!」


握られた指先の力が、少しずつ、確実に失われていく。

力が弱くなるなら、その分だけ強く握り返せばいい。

ゼロは必死に、縋り付くようにアインの細い手を握り締めた。


「お父さんも、お母さんもいなくて……寂しい思いを、させてしまった……わね」


「姉貴がいたろ! 親父みたいに強くて、母さんみたいに優しくて……キレイな姉貴がいたから、寂しくなんてなかった!!」


涙が、止まらない。

嗚咽とも叫びともつかぬ咆哮を上げ、ゼロは姉をこの世の側に引き戻そうともがく。


「ゼロ……、ゼロ……」


呼吸が、浅く、途切れがちになっていく。


「起きろ! 起きろよ姉貴!! こんな地べたで寝るなんて、あんたらしくねえだろ!」


「私の……ゼロ……。ずっと……守って、あげる……から」


指先から、完全に力が失われた。


「俺が守る! 今度は俺が、あんたを守るから! ……頼むから、そのチャンスを俺にくれよ!!」


「……あい……し……て……るわ……」


そして。


「バカ野郎! なに言ってんだ! 俺にだって言わせろよ! 言い逃げなんて……卑怯だぞ! 騎士にあるまじき不当行為だ!!」


返事は、なかった。


「………………………………」


頬に一筋の涙を伝わせ、それでも最後まで慈愛に満ちた微笑を湛えたまま。 美しき『華将軍』アインは、静かにその旅路を終えた。


「あ……ね……き……」


茫然自失のまま、ゼロは姉の冷たくなり始めた頬を何度も、何度も撫でた。


「冗談……だろ、おい……」


いつだって自分にだけは格別の優しさを向けた、美しい顔。


「やだよ……姉貴、置いてかないでくれよ!」


しなやかで、温もりを宿していたはずの、気高い肢体。


「独りにするなよ……! 俺、これからどうしたらいいんだよ!」


いつも花の香りがした、黄金の、絹のように柔らかかった長い髪。

そのすべてを、誰よりも、何よりも愛していた。


「姉貴!! 聞いてんのかよッ!!!」


うるさい、と。

いつものように小言を言いながら起きてくれる気がして、ゼロは力の限り叫んだ。

動かなくなったアインを、壊れそうなほど強く抱きしめて。


エリシャの地に、雨が降り注ぐ。

それは燃え盛る業火を鎮め、泥を洗い流し、ただ一人の青年の慟哭を覆い隠すように、どこまでも冷たく、降り続いていた。

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