愛
アインの命の灯が、今まさに消えようとしていた。
「姉貴! 死ぬな……死ぬなよ! 早く、家に帰るんだ。冷めた野菜スープを温め直して、また二人で……!」
意識が遠のく彼女を繋ぎ止めるように、ゼロはなりふり構わず、掠れた声を張り上げ続けた。
「……窮屈な思いばかりさせて、ごめんね。私……厳しすぎたでしょう……?」
「姉貴が厳しくしてくれたから……俺は、俺は……道を踏み外さずに済んだんだ!!」
「料理も……下手でごめんね。美味しくなかったでしょう」
「不器用な姉貴が作る、あの不恰好な野菜スープが……俺は、世界で一番好きなんだよ!」
「もっと……自由にさせてあげれば……よかった。私のせいで、あなたは……」
「姉貴と一緒にいる世界が、どこよりも自由で居心地が良いんだよッ!!」
握られた指先の力が、少しずつ、確実に失われていく。
力が弱くなるなら、その分だけ強く握り返せばいい。
ゼロは必死に、縋り付くようにアインの細い手を握り締めた。
「お父さんも、お母さんもいなくて……寂しい思いを、させてしまった……わね」
「姉貴がいたろ! 親父みたいに強くて、母さんみたいに優しくて……キレイな姉貴がいたから、寂しくなんてなかった!!」
涙が、止まらない。
嗚咽とも叫びともつかぬ咆哮を上げ、ゼロは姉をこの世の側に引き戻そうともがく。
「ゼロ……、ゼロ……」
呼吸が、浅く、途切れがちになっていく。
「起きろ! 起きろよ姉貴!! こんな地べたで寝るなんて、あんたらしくねえだろ!」
「私の……ゼロ……。ずっと……守って、あげる……から」
指先から、完全に力が失われた。
「俺が守る! 今度は俺が、あんたを守るから! ……頼むから、そのチャンスを俺にくれよ!!」
「……あい……し……て……るわ……」
そして。
「バカ野郎! なに言ってんだ! 俺にだって言わせろよ! 言い逃げなんて……卑怯だぞ! 騎士にあるまじき不当行為だ!!」
返事は、なかった。
「………………………………」
頬に一筋の涙を伝わせ、それでも最後まで慈愛に満ちた微笑を湛えたまま。 美しき『華将軍』アインは、静かにその旅路を終えた。
「あ……ね……き……」
茫然自失のまま、ゼロは姉の冷たくなり始めた頬を何度も、何度も撫でた。
「冗談……だろ、おい……」
いつだって自分にだけは格別の優しさを向けた、美しい顔。
「やだよ……姉貴、置いてかないでくれよ!」
しなやかで、温もりを宿していたはずの、気高い肢体。
「独りにするなよ……! 俺、これからどうしたらいいんだよ!」
いつも花の香りがした、黄金の、絹のように柔らかかった長い髪。
そのすべてを、誰よりも、何よりも愛していた。
「姉貴!! 聞いてんのかよッ!!!」
うるさい、と。
いつものように小言を言いながら起きてくれる気がして、ゼロは力の限り叫んだ。
動かなくなったアインを、壊れそうなほど強く抱きしめて。
エリシャの地に、雨が降り注ぐ。
それは燃え盛る業火を鎮め、泥を洗い流し、ただ一人の青年の慟哭を覆い隠すように、どこまでも冷たく、降り続いていた。




