繚乱のファンタズマゴリア 28 可能性変生~善王具現~
1.
暑い太陽が真上から陽射しを注ぐ刻限。
王都が人間の目では見えない距離にある陽炎揺らめく荒野で二人の男が対峙していた。
片や淡い光を放つ短剣を提げた少年、片や左手に長杖、右手に『色なき輝き』を持つ男。
「怖気付かずに来たな。もし逃げていれば本当に切り殺していたぞ」
男―――アルトが不敵な笑みを浮かべて少年に告げる。
「当然です。そんな事をすればオレがオレを殺してますよ」
少年―――ナシュトが緊張の面持ちで答える。
アルトは頷くと、離れて対峙する二人の丁度中心に浮かぶ光球を示した。
「ルールは簡単、どちらかが戦闘を放棄するまで戦う。それだけだ。
どちらかが試合を放棄したとみなせば、あの光球が一時的に強力な防護結界を両者に発生させ戦闘を強制終了させる」
「―――オレは何があっても放棄しないつもりです」
「それはお前の自由だ。ちなみにあの光球を通じてセレス姫達がこの戦いを観戦している。せいぜい恥をかかないようにしろ」
言い終えると、アルトは長杖をナシュトに向ける。
「さあ、後は互いに初手を打つだけだ。貴様はどう打って出る」
―――場に殺気が満ち始める。それは「試験」と言うにはあまりにも濃厚な殺気。
事実、これは「試験」ではない。むしろ「試練」と呼んだ方が良いだろう。
命を掛けてしかるべき「試練」。
頷いたナシュトは短剣バーストを持つ右腕を軽く横に持ち上げる。
そしてその右腕に紺の光―――彼の異能たる『幻想』が集い始める。光は右腕を取り巻き、更に身体の周囲で螺旋を描く様に漂う。
『さっそく出番だな! 派手に行かせてもらうぜ!』
ナシュトの脳裏に『焔』の声が響く。
意気揚々としたその声にナシュトは小さく首を振る。
(いいや、今日は『影』で行く)
『適切な判断だ。信頼性を示せと言うならば、彼が知らぬ僕を披露する方が効果的だろう』
『あぁ!? ふざけんじゃねえぞ、楽しみにしてたっつーのに―――』
『焔』の抗議を黙殺し、ナシュトは意識を“そこ”へ向ける。すなわち心象に広がる灼熱の沙漠に。
そしてそこに聳え立つ渇望螺旋階段を一気に駆け上り、異能を求めるカタチに紡ぎあげる。
渦巻く『幻想』は輝きと密度を増し、ナシュトの身体を覆い隠していく。
「可能性変生―――『善なる影』!!」
叫びと共にバーストを振り払い纏わり付く『幻想』を振り払う。
その中から姿を現したのは背の高い痩せた青年。髪はナシュトとも『焔』とも違う灰色、肌は褐色の肌は濃さをまし、『幻想』と相俟って陰鬱な雰囲気を匂わせている。
その手に持つバーストもまたカタチを変え、棒のように細長いまるで指揮棒のような形状と化した。
―――ナシュトの可能性の果ての1つ。善なる道の果て『善なる影』ナシュト・シャッガイ。
「自身の可能性を幻想し異能にて具現させる……成程、その歳としては随分螺旋階段の高みへ至っている」
「お褒めにあずかり光栄だ、『魔術師』アルト・オブライエン殿。此度はこの『善なる影』ナシュト・シャッガイがお相手する。
―――宣言通り一切の加減なしにやらせてもらう」
『影』の言葉に「それで良し」と頷きくと、アルトは輝きを宿す右手を掲げた。
「ならば私も初手を打つとしよう。
『Veni, Sancte Spiritus, Et emitte coelitus Lucis tuae radium.
Mors et vita duello Conflixere mirando, Dux vitae mortuus Regnat vivus.』―――」
詠唱と共に、輝きがアルトの身体を包み、形を成す。
それは顔の半分と全身を覆う巨大な黒のマントだ。魔術師の外套、敵の攻撃ではなく己の攻撃の余波を防ぐための柔らかい鎧。
更に軍帽のような帽子をかぶっている為、隙間から僅かに見える金の瞳がより煌々として見える。
「その瞳、竜のものではないな。《黄金瞳》か。『力』の流れを視覚化し所有者に加護を与える魔眼の一種。いいものを持っている」
「フィオーネの眼には劣るがな。条件通り《契約者》としての力ではなく生来の物だ。異論は無いな」
「ああ」
「ならば始めよう。先手は打たせてもらうぞ―――!」
――――――
* * *
「はじまったようですね」
王城の一室。セレス達は光球を通じて戦いを観察していた。
キースとシーラはあくまでも興味深げだ。
一方のセレスは気が気でないようで、心配そうにそわそわと視線を彷徨わせている。
「―――で、どっちが勝つと思う?」
何気なくシーラがキースに訊いた言葉にセレスが一瞬ビクッとなる。
それを見てシーラがしまったと自分の口を押さえる。
どうせ隊長が上手くやるだろうという確信があるシーラ達からすればこの戦いはある種の見世物みたいなものだが、アルトの思惑を知らないセレスからしてみれば二人が怪我をしてしまわないか、最悪の事態になってしまわないかと心配で仕方ないのだ。
セレスにとって応援すべき相手はナシュトだ。しかし同時にこんな無茶をしてほしくないという思いもある。
だからといってアルトにも怪我をしてほしくない。
なによりもセレスの心を責め立てるのは、この事態の中心にいる自分だけが何もできない立場にいるという事だ。
いまやセレスは時代の台風といっても過言ではない。セレスと言う“目”だけが穏やかで、その周囲を烈風が渦巻き様々なものを巻き込もうとしている。
しかもその台風はまだ小さなものだ。徐々に徐々に大きさと激しさを増さんとしている台風。
そして台風の“目”であるセレスが動いたとしても、徒に巻き込むものを増やすだけ。
そして既に巻き込まれた物に対して手を伸ばそうとも届く事は無い。ただ行く末を見守る事しか出来ないのだ。
(ナシュト……)
小さく呟いたその言葉は、けっして戦いの場に届く事は無かった。
* * *
「『Dies iræ, dies illa solvet sæclum in favilla.』!!」
―――荒野に太陽の光が降り注ぐ。
否、それは太陽ではない。アルトが掲げる長杖の先には、太陽と見紛う程の超・極大火球。
直径100mはあろうその火球は大きさだけではなく密度・熱量ともに小型の太陽と呼ぶにふさわしいものだ。
荒野に僅かに生えていた草々はその熱によって燃え尽き、乾いた大地から更に水分が奪われていく。
しかし相対する『影』は尚も涼し気だ。
「五大を操る魔術。一つ一つの理も然る事ながら、他の理との相乗により強大な力となる。成程、流石一国の希望を守る者というべきか」
「然り! 複数の理の加護により威力を増す我が魔術、しかと受け取れ!!」
振り下ろされる長杖、隕石の如き火球が『影』へと射出される。
―――速い! 弾丸もかくやという速度。避けることは叶わない。高い反応速度を持つ幻想存在か、迅雷の如く駆ける異能を持つものでなければ。
だが『影』は動かない。空気を、大地を焼き焦がしつつ迫るその火球に対し、一切の同様なく佇み続ける。
そして火球がアルトの視界から『影』を覆い隠す。ただの余波で大地を溶ける寸前まで熱する火球は違わず『影』を焼き払うはずであった。
―――しかし『影』は変わらずそこに佇む。 如何な手段か、火球を何もなかったかのように掻き消して!
「返礼する。我が名のもとに来たれ、我が幻想、我が僕―――」
アルトへ向けてバーストを振るう『影』。
その全てアルトの《黄金瞳》は『視た』。火球が掻き消えるのと同時、アルトを取り囲むように伸ばされた蜘蛛の糸のように細い『幻想』を。
「―――ナイツ・オブ・カーズ!」
『影』の言葉に応じ、幻想の糸から無数の『騎士』が飛び出す。それはトランプの身体を持つ52の勇敢なる騎士達!
騎士達は現れるや否やアルトへと一斉にその手に持ったおもちゃのような細く小さな槍をアルトへ突き立てんとする。
アルトの眼は視る。その絵柄、“業火の如く揺らめいて”!
盾の兵隊は一瞬で形成され『力』を分散吸収し火球を掻き消し、即座に糸となり爆弾と化してアルトをぐるりと取り囲んだのだ。
自身が放った業火を向けられる逆襲の一手。しかしそれを許すアルトではない。
「『Requiem æternam dona eis Domine et lux perpetua luceat eis.』!」
槍がアルトの肌に触れる寸前、その全てが凍りつく! そして振るわれた長杖に薙ぎ払われその悉くは砕かれる。
「『Judex ergo cum sedebit, quidquid latet, apparebit: Nil inultum remanebit.』!」
のみならずアルトは即座に次の魔術が組み上げる。それは『影』を飲み込み滅殺せんと伸ばされる雷電纏う4本の激流!
「来たれ、ハンプティ・ダンプティ!」
それを遮るように現れたのは紺の卵。刹那、その卵が凄まじい衝撃を伴って砕け散る!
衝撃は激流を殺し、飛び散った破片は雷電を散らし無力化する。のみならず余波は爆心地に巨大なクレーターを作り、破片は先の火球により熱せられた大地に無数の穴を穿つ。
「まさかそんなものを姫の護衛に使おう気ではないだろうな!」
破片を風の楯で防ぎつつアルトが叫ぶ。セレスの護衛時、狭い場所でこんなものを使われてはたまったものではない。
「そのまさかだ。生憎と指向性は持たせられる!」
「そういう問題ではない!
『Quando cœli movendi sunt et terra.』!」
「来たれ、マッドハッタ―!」
今度は同時に叫ぶ。
熱せられた土が浮かび上がり、更なる熱を付与されつつ空中で圧縮されていく。―――それは溶岩の巨槍。
形成されゆくそれに、『影』の前に現れた紺のマントと帽子“だけ”の『幻想』が帽子の中から無数の拘束具を射出する。
拘束具は巨槍に食い込み、巻き付き、アルトの魔術による支配を奪い取る。
「愚策ッ!
『Tremens factus sum ego et timeo, dum discussio venerit atque ventura ira.』!」
否、アルトは巨槍の支配権を奪われたのではない。奪わせたのだ。
狙いは一つ、水と風、二つの理を圧縮した神速の斬撃!
『影』は明後日の方向へ巨槍を放り防御行動をとろうとする。しかし斬撃はそれよりも速い。
「殺った!」
勝利を確信するアルト。―――しかしその表情が驚愕に変わる。
彼の瞳は視た。斬撃の一部、丁度『影』を捉えようとしたそこが“消滅”したのだ。
防いだとか掻き消えたとかそんな生易しいものではない。文字通りの“消滅”だ。斬撃は残った部分が『影』の背後で大地に深い亀裂を刻むのみ。
「……なにをした」
敵に問うのは愚かと分かっていながらも、アルトは問わざるを得なかった。
「なに、大したことではない。紹介しよう、僕の幻想の一つ、チェシャだ」
『影』の足元に忽然と―――《黄金瞳》を以ってしてもそうとしか見えなかった―――小さな猫が現れた。
だがただの猫でないことは一目瞭然だった。その口、周囲の空間ごと裂けて!
それを見てアルトは理解する。
「空間の断裂―――!! そんなことまで出来るとはな!! おもしろい、ならば―――」
―――そして、戦いは激しさを増していく。だが互いに相手を傷付けられる一手が通らない。
ならば拮抗常態か。確かに二人は拮抗している。互いの攻撃は防ぎ難く避け難く、その全てが違わず“必殺”と呼び得るもの。
戦いは強い者を中心に弱い者が回るというが、全く動かない二人はまさに互角と言うべきだろう。
だが、その戦いに耐え切れないものがあった。
それは戦場そのものだ。二人が『力』を交わす度に抉れ砕け裂け溶け凍り潰れ消し飛ぶ。
アルトが「地形を変えかねない」と言っていたのは冗談ではなかった。強力過ぎる『力』がぶつかり合えばこれほどの被害をもたらす。
更に拮抗する実力を持つ者同士であることも被害を甚大なものにしている原因だ。拮抗する力が互いの力をより強い者にしてしまう。
より強力な力を持つ者―――例えば“果て”へと至った者―――のように力を凝縮・収束させ同士の戦いならば全力で戦おうとも一切の被害を出さないのだが。
―――だが、既に戦場は限界だ。しかも大地が熱を、冷気を、湿気を帯びるたびにアルトの魔術はその恩恵を受け、亀裂が、影が出来るたびに『影』が『幻想』を忍ばせる不意を狙う。
「『Preces meæ non sunt dignæ: Sed tu bonus fac benigne, Ne perenni cremer igne.』―――」
「来たれ我が幻想。愚かなりし欺瞞の竜―――」
この拮抗に決着を付けんと、両者がこれまで以上の極大な『力』を紡ぎ始める。
片や『幻想』を異様に細長い首を持つ歪んだ竜のカタチに紡ぎ。
片や五大の属性を収束させた小さな、しかし見るからに異様な輝きを秘めた光球を生成する。
放てば互いにただでは済まない。そんな代物。
………だが、それが放たれる事は無かった。両者のそれが消える。
―――先に消したのは、アルトであった。
「潮時か。……ひとつだけ聞こう。あのまま続けていたら相打ちになっていた筈だ。―――何故“無意味”と分かっていながら戦いを止めなかった、善王よ」
「然り。この戦いが無意味であることは分かっていた。こんな時にこんな戦いなどしている場合ではない。
―――だが無意味であっても無価値ではないと判断した。近衛にならなければセレスへの道は開けない。ならばどんな無意味なことでも僕と『オレ』はやってみせる。貴方を殺す事になったとしてもだ」
「ほう、価値を見出したならば誰かを無意味に犠牲にすると? どこが善だ、善王よ」
「善であるとも。悪ならば貴方を殺し、近衛も殺し、帝国を滅ぼし、セレスを害す総てを鏖にするだろう。……僕は“最善”を尽くす。それだけだ」
「成程、“独善”か。“偽善”よりはマシだ」
「それともうひとつ。これは貴方の最大の懸念への回答だ。
―――誓おう。善の果てであろうと悪の果てであろうと、『ナシュト』は永劫にセレスを愛すると」
その言葉を聴くと、アルトはよしと頷いた。
「合格だ。変生を解いてもかまわんぞ」
頷く『影』。その姿が霧散していき、元の『ナシュト・ケム』の姿に戻る。
強力な力を行使し続けたせいか、その息は荒く表情にも余裕がない。
「……一応、その理由を聞かせてください」
「もっと喜ぶかと思ったのだが、そんな余裕はなさそうだな。
まずは変生時の信頼性だが……まあ、臆面もなく私に『姫を愛している』などと言えるのなら大丈夫だろう。―――正直彼の印象からすれば予想外の台詞だったが」
「はは……」
正直『影』がああ言ったのはナシュトにとっても予想外の出来事だった。
『焔』ならむしろ戦いの中で叫んでいただろうが、『影』はなかなかシニカルな性格で本心を話す事すら稀だからだ。
「あとは一つだけだ。『無意味な戦いをできるか』―――姫を守るという事は、すなわちその身を害する敵を殺し、必要とあらば仲間も見殺しにし、こちらに非があっても殺す。そんな無意味な戦いを続けることができるかだ」
そしてナシュトと『影』は「無意味な」戦いをして見せた。『焔』の懸念は完全に消えたわけではないが十分な結果だ。
「ナシュト・ケム。我等第二王女近衛隊に歓迎する。早速今日から登城し住み込みで姫の警護に当たってもらおう。
―――姫も会いたがっている」
「はい! ……あれ、セレスはオレに会いたいと思っていないんじゃありませんでしたか?」
「ははっ、何の事だ?」
皮肉を言うナシュトにアルトは引きつった笑って返す。そして、ふとその顔から笑みが消え深刻な表情になった。
「………」
「どうしました?」
「いや、この試験のことはあらかじめ国王陛下に許可を得ていたのだが―――流石にこれはひどいな」
言われてナシュトは辺りを見回す。
ただの荒野だったそこは、一瞬地獄かと思うような光景へと姿を変えていた。
「一応可能な限り修復してから帰るつもりだが―――土下座ものだな、これは」
「い、一緒に謝ります……」
なお、これは余談だが。
こっそり執務から抜け出してセレス達と一緒に観戦していた王の「騎士団の訓練用の参考として映像を提供」という条件のもと二人は土下座を免れたという。
2.
夜。頭上の満天の星空をナシュトは眺める。
しかしここは屋外ではない。セフィリア共和国王城の有する四つの塔の内の一つ、その半ばにある一室だ。
室内の星というのも妙なものだが、体が冷えない分のんびりと見ていられてこれはこれで、とナシュトは思う。
「あれはルト=マルスの星ですね。太古の剛の英雄が天に放った槍が星になったものだとか。戦の吉兆として好まれているとか」
青く輝く星を指し示しその由来を話すセレス。
「へぇ……。オレはサルファの星って母さんに教わったな」
「その名は初耳ですね。なにか由縁でも?」
「サルファっていうのは、大昔に喧嘩していた二人の神様を鎮めるためにその身を捧げた女の子の名前。それを憐れんだ原初神様が女の子の魂を天に召し上げて星にしたんだって」
「悲しくも素敵な物語ですね。武を示したものと武を治めたもの……同じ星なのに、地域によってこうも違う物語があるのは興味深いです」
うっとりと微笑んで空を見つめるセレスの横顔を見て、ナシュトの顔にも笑みが浮かぶ。
―――アルトとの戦いを終え、ナシュトは久々に(たった2日ぶりだが)セレスと再会した。
そしてナシュトは彼女に叱られた。そして泣かれた。
『あなたは……無茶をし過ぎです』
セレスの言葉が蘇る。
あの大人しいセレスが迫力のある声で、しかし淡々と告げる姿には流石のナシュトもたじたじになった。流石は王族というべきか。
(約束はできないけどね………)
もう無茶をしないでと言われたが、ナシュトはそうできるとは思っていなかった。
自分の今の役目はセレスを護る事。その為には無茶をしなくてはいけないはずだから。
ともかく仲直りして、今はキースの魔術によって部屋に映しだされた星空を鑑賞している最中だった。
単に外の映像を映し出すだけの簡単な魔術なので、後で方法を教わろうかなとナシュトは内心画策する。
―――まあ簡単とはいえこの魔術を維持するためにキースが屋根の上で寒い思いをしているのだが、魔術の維持程度なら『幻想』にさせられるナシュトには関係のない話だ。
「そういえば……サルファの星、もう少し詳しい物語を聞いたことがある気がするんだけど……」
うーん、と唸りながら首を傾げる。
朧気だが、確かにそれらしい話を聞いた記憶がある。
多分父から聞いたものだ。今となっては遠い昔のこと、ナシュトが物心つくかつかないかという頃のはずだ。
「?」
ナシュトの方を見て首を傾げるセレス。
「ごめん、思い出せないや。思い出せたらまた教えるよ」
「楽しみにしていますね」
くすりとセレスは笑うと、再び星空を見上げた。
―――そしてふと、ナシュトはセレスのその横顔が曇るのを見た。
「……どうしたの?」
「あ、いえ、その………」
言葉を濁すセレス。その顔には明らかに不安の色が浮かんでいる。
「……星読み、というものをご存知でしょうか」
セレスの問にナシュトは頷く。
―――星読み。それは星占いの一種だ。
通常の星占いと違うのは、星辰を読むのではなく“目に映る星にどんな印象を抱くか、感じ取るか”を重視するということ。
その性質上自分の周りの吉兆しか読めず、また行う者の資質によって正確性が左右されやすい特徴を持つ。
「私はある程度星読みの才を持っています。それこそ吉凶を感じ取ることが出来る程度ですが……」
セレスが読み取れるのはせいぜい相対的な吉凶程度であり、特に何も良い事がない日なら『躓いて転びかける』だけでも凶兆に感じる。
そんな曖昧な占いだが、ここ数日明らかに異常な凶兆を感じ取っていたらしい。
「異常に気付いたのは、ナシュトに告白された日でした。あなたと恋人になれたとても素晴らしい日だったのに……前日感じ取ったのは凶兆だったのです。
そして今日もこうして―――紆余曲折はありましたがあなたと共に過ごせているのに、凶兆を感じました。
そして―――」
「今日も、だね?」
セレスはこくりと頷く。
それも星読みによる感覚だけではなく、星辰も凶兆を示しているとセレスは告げた。
「……きっと大丈夫。オレが守るから。それにアルトさんたちだって、先輩たちだっている
―――だから、大丈夫じゃなくても大丈夫にする。それで解決。でしょ?」
「そう……ですね。では、解決したら約束通り私を奪ってくださいね♪」
「が、頑張るよ」
「もうっ。こここそ自信を持って言うべきです。
……もしあなたが望むのであれば、今唇を奪ってもいいのですよ」
「今っ!!?」
「今、です」
冷静に考えてみれば、今の二人の状況はキスをするのにこの上ない好条件だ。
密室で、しかも恋人の部屋で二人きり。更には頭上に美しい星空ときた。
「………」
ごくり、と生唾を飲み込むナシュト。
「じ、じゃあ……」
そう言ってナシュトはセレスに顔を寄せる。
セレスも目を閉じて、それを待って―――
「はいそこまで!」
―――シーラの手のひらに遮られた。
「「―――!!」」
慌てて顔を背け離れる二人。小恥ずかしい会話を聞かれたからか、二人共顔が真っ赤だ。
「そういうのはキースの映す星空じゃなくて、本物の下でやりなさい。そのほうがロマンチックよ」
一方薄めの胸を反らして自慢げに言うシーラは自分が邪魔者だったということに気付いていないようだ。
もしこの場にキースかフィオーネがいれば「交際経験ないものが威張るな」と的確なツッコミを入れてくれていただろうが、生憎二人共ここにはいない。
「少年、城内巡回の交代、よろしくね。結界のチェック方法は教えた通りに、ついでになにか補強案も考えておいて」
「は、ハイっ!! 」
慌てて立ち上がり装備―――といっても手甲を装着しバーストを腰に提げるだけだが―――を整える。
「じゃあセレス、また後で」
「はい、お気をつけて」
そして一言交わすと、慌ただしく部屋を後にした。
手を振ってナシュトを送ったセレスは、彼の姿が見えなくなると落ち込む様に肩を落とした。
その姿を見たシーラがセレスの髪を撫でる。
「ねえ、姫」
「……なんでしょうか」
「今は辛いだろうけど、さ。大丈夫、きっと姫の想いは報われるから」
「……はい」
3.
「―――ええ、ええ。勿論あなたがた賛同はしますよ。賛同は、ね」
『―――』
「ええ、ご心配なく。理想に従い行動しますから」
次回予告
星に寄り添う希望。希望に寄り添う星。
それは寄り添い合う輝き。それは願いの光。
しかし悪意という暗雲は、信仰を騙る狂気はいとも容易く翳りをもたらす。
次回 繚乱のファンタズマゴリア 第29話 予兆~戦火は星を覆う~




