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繚乱のファンタズマゴリア  作者: USK
第二章 星下の歩み
27/33

繚乱のファンタズマゴリア 27 星はただ彼方にありて

01.


 セレスが王城に保護されたその翌日。ナシュトは城門前に来ていた。

今朝学院でセレスが突然休学したこと、そしてから昨夜寮にすら戻っていないことをカミラから知らされナシュトはトウヤにそのことを問い詰め、そして彼女が今置かれている状況を知り学校を抜け出してここに来たのだ。

 ―――何をしに来たのか。それはナシュトにも分からなかった。

 ただセレスに会いたいのか。それとも“取り戻したい”のか。

 少なくとも、目的をはっきりさせてから行動できる程今のナシュトは冷静ではなかった。

 当然そんな衝動的な行動でセレスに合える筈もない。現にナシュトは城門で衛兵に足止めをくらっていた。

 しかし足止めとはいってもただここで待つよう指示されただけだ。

 どうやらアルトがナシュトが城に来るであろうことを予測していて、もしナシュトが訪れたら自分を呼ぶよう衛兵に言付けしていたらしい。

 そしてしばらくした後、アルトは姿を現した。―――これまでナシュトが見たこともない冷たい眼をしたアルトが。

「―――何をしに来た、小僧」

 突き放すように放たれる眼と同じく冷たい声。

 まるで刃みたいだ、とナシュトはかの騎士の未だ見たことのない鋭利な気配にナシュトは一瞬気圧される。

「セレスに……会いに来ました」

「姫に? 貴様が? 笑わせる。貴様と姫の関係は見過ごされていただけに過ぎん。非常事態となった今、姫が貴様に構っている暇などないのだ」

 アルトは冷たく言い放つ。

 これが彼の本性なのか、と考えかけてナシュトはすぐさまその考えを否定する。

(これは―――“第二王女近衛隊”としてのアルトさんだ)

 ならば、そうそう突破できる筈はない。きっとセレスを守る為ならばどんな非情な決断もして見せるだろう。

 しかしだからといって引き下がるナシュトではなかった。

「いいえ、あなたはオレの話を聞かなくてはいけない理由があります!」

「ほう? 言ってみろ」

 興味深げに返すアルト。

「オレがセレスと会うことは、オレの願いだけではありません。セレスも同じことを願っています!」

「ふん。なにを根拠に。姫はそんなこと望んでおらんよ」

 勿論、根拠などない。きっと同じことを考えているはずだという確信はあるが、それをアルトに示す手段はないのだ。

 それでもナシュトは続ける。

「ならば、あなたこそ証拠を示すべきです! 近衛隊長とあろうものが王女の意思を偽ったともなれば、あなたもただではすまないはずですよ」

 ―――ただの詭弁だ。言いつつも自分でそう思うナシュト。

 しかしこれは同時にある種の意趣返しでもあった。

 アルトがナシュトを「ただの小僧」として扱った。ならばナシュトはアルトの「近衛隊長」という立場の持つ責務を突く。

 それに対するアルトの返答は、哄笑だった。

「ハハハ。成程、いい点を突く。確かに私は姫の意思を示す公文書も持たなければ、代弁者となる身分でもない。姫をここに連れてこない限り姫の心境はお前に示しようもないからな。

 ―――だが落第点だ。それでは私を退かせることなど出来ん。私は非常時において姫の行動を私の判断で制限する権限を皇帝より賜っている。分かるか? もとより姫の意思など関係ないのだよ」

 容易く言い返される。やはり詭弁は詭弁でしかなかった。

 いや、むしろ状況は悪化したと言ってもいいだろう。セレスがアルトよりも上の立場ならばまだ食い下がれたかもしれない。

 しかしその前提が崩れた今、ただでさえ冷静さを失っているナシュトには言葉でアルトを退ける手段は思いつかなかった。

(だったら、後は―――)

「実力行使で突破するか? 別に構わんが、それこそ最悪手だぞ。そんなことをすれば私達近衛のみならずこの国とも敵対することになる。

 ………いや、そんなことはどうでもいいのだ。私が言いたいのはただ一言だけだ。―――“今の貴様に何ができる”?」

「………どういう、意味ですか」

「そのままの意味だ。よしんば姫を我等から奪った所で、貴様如きが反乱軍を相手に姫を守れるとでも思っているのか? それこそ愚の骨頂と言うもの。

 ―――もとより、今の貴様が口をはさめるようなものではないのだよ、今の状況は」

「でもっ―――!」

 なおも食い下がろうとするナシュト。しかし、続けようとした言葉は後ろから肩に掛けられた手によって遮られた。

「そこまでだナシュト。ちょいと冷静さを失い過ぎだぜ」

「リョウ先輩………!?」

 驚愕と困惑の声を上げるナシュトを無視して、リョウはアルトに話しかける。

「後輩が面倒掛けたな。こいつは一旦俺が引き受けるから、ここは俺の顔に免じて収めてくれねえか?」

「修めるも何も、事を荒げようとしているのはそいつなのだがな。それと貴様の顔は俺が矛を収める程価値があるのか甚だ疑問だが―――まあいい。しっかりと言いつけておけ」

 溜息交じりに言葉を返すアルト。

 そして、最早ナシュト達には興味はないとでも言う様に踵を返し城へと戻って行った。

「ほら、ナシュト。ちょっと来い」

「あ、ちょっと先輩………!?」

 そしてナシュトもまたリョウに腕を引っ張られてその場を後にした。

 ―――その途中、ナシュトは戸惑いと未練の視線を幾度も城に向けた。



* * *


「ねえフィオーネ。隊長、あんなこと言ってるけどいいの? いつになく厳しいし、姫様の意思を無視してまで少年を遠ざけるなんてらしくないわ」

 一部始終を遠くから見つめていたシーラは、同じく隣で様子を伺っていたフィオーネに尋ねる。

「あやつにも立場というものがあるからのう。ああ見えて帝国に対する忠誠心の強い男じゃ。今『帝国』と呼ばれうる唯一の存在を小僧の様な者に託せる訳もなかろう。

 じゃが安心せい。あやつは小僧を見捨てたわけではない。ちゃんと小僧がお嬢と共に居られる“道”は用意してあるわ」

「道?」

「考えてもみい。まだ昼前じゃぞ。なのにどうして同じ学生の筈のあの男がああもタイミングよく現れたと思っておる」

「まさか……隊長の差し金?」

「その通り。小僧が来るのは分かっていたからのう。事前にあの男に色々と頼んでいたということじゃ。小僧がその“道”に至れなかったら、上手くそれに導いてやるように、な」

「………ちょっと待って! ってことはあの子、ずっとどこかで様子を伺ってたの!?」

「そのようじゃのう」

 シーラが驚くのも無理はない。彼女は現在王城の周囲に異能による感知結界を張り警戒を行っている。

 結界はかなり簡易的なものではあるが、少なくとも異能を少しでも使用した人物や面識のある人物は確実に察知できる物だ。

 しかし結界はリョウの存在を一切関知できなかった。

 近くで見ていたというのに感知できなかったというのならば、結界すら騙すような異能かなにかを利用して自身の存在を隠蔽していたのだろうか?

 いや、それもない。その手段が如何なるものかは不明だが、隠蔽している間はともかくそれを“解除した”瞬間すら結界に察知できなかったというのは妙だ。

 それにフィオーネの口ぶりからすると、竜の感覚ですら察知できなかったらしい。

「ハァ……予想外の所で課題が増えたわね。後でキースに結界の強化してもらわないと。

 まあ色々疑問はあるけど、少年の事は任せておきましょうか」

「では、わしはその間お嬢と菓子でも嗜んでいようかのう」

「………状況分かってます?」

「こういう時だからこそ、じゃよ。お嬢とて寂しがっとる。気を紛らわせてやるのも立派な臣下の務めというものじゃ。

 ―――なんじゃその目は」

「いえ、『この駄竜め』だなんてこれっぽっちも思ってませんよ?」

「……隊長権限で菓子代はお主の給料から天引きにしてやろう」

「ひどいっ!?」



* * *


「さて、と。状況―――は聞かなくても分かってるか。ともかく、ちょいと無茶しすぎだぜ。その気が無かったから良かったが、下手すりゃ一発で投獄だぞ」

「………すみません」

 椅子に座るリョウの言葉に、ベッドに腰掛けたナシュトは俯きながら無気力に返す。

 あの後ナシュトはリョウに連れられ彼の部屋へやって来ていた。

学院の男子寮ではない。確かに学生寮にも彼の部屋はあるが、ここはリョウが個人的に借りている集合住宅の一室だ。

 というのもリョウは今時分に割り当てられている二人部屋の寮室が嫌で、最近とある出来事にかこつけてこの部屋を借りたのだ。

 “最近借りた”という割には妙に物が多いが、ともかく今のような身内だけで話がしたい時には重宝している。

「別に俺に対して謝る事でもねえだろ。……で、頭は冷えたか?」

「先輩………オレには、何もできないんですか?」

顔を上げはしたものの相も変わらず覇気のないナシュトの言葉に、リョウは溜息ひとつつく。

「そりゃあ、な。酷な事を言うが、今回はお前が如何こうできる問題じゃねえ。世界を敵に回すよかマシだが、それでも国を相手にするのは今のお前には荷が重すぎるよ」

 「そうですよね」とナシュトが自虐的な笑みを浮かべながら俯く。

(調子狂うなぁ………)

 その様子にリョウは面倒くさそうに髪を掻く。

「あのなぁ………ちょっと原点に立ち返ってみろよ。なんでお前はセレスに会いたいんだ?」

「それは………」

「言っとくが、ややこしい理由は抜きだぜ。きっとお前は一言でその理由を言えるはずだ」

(オレがセレスに会いたい理由―――)

 突然に、そして理不尽にセレスと引き裂かれたから? いいや違う。それは冷静さを失う理由であって会いたい理由ではない。

 セレスとした「奪う」という約束を果たすため? それも違う。もっと単純な、それでいてどうしようもない感情のはずだ。

(あ………)

 ようやく、ナシュトはその理由に思い至った。

 あまりにも単純、いっそ純粋といった方がいいであろうその感情に今の今まで思い至らなかったことに、ナシュトは自分のことながら呆れ返る。

「オレは―――セレスが好きなんです」

「ほう?」

 リョウはナシュトに無言で続きを促す。

「始まりはそれこそ一目惚れでした。出会い方が特殊でしたし、なによりあんな綺麗な子を見たのは初めてでしたから。

 ―――最初はセレスのことを王女だからとか、そういう意味で特別視してました。オレなんかじゃ決して手の届かない存在だって。

 けれど一緒に過ごすうちにセレスも普通の女の子だって気付いて、そう考えるとセレスを身近に感じるようになって………」

「気付いたら好きになってた、と」

「……はい。でも、そう思えば思うほどに、“普通の女の子”のセレスとのどうしようもない距離が頭の中にちらつく様になりました。普通の女の子の事が好きなのに、普通じゃない理由でこの手は届かない。

 結局は無理やりにでもセレスを手に入れると約束しました。けれど、現実は変えられなかった」

 ……その結果がこのザマだ。結局ナシュト・ケムという人間はセレスにとって―――王女セレスにとって何者にもなれていない。

 星に手が届かぬように、やはり自分にとって身の丈に合わない“宝”だったのだと、ナシュトは思う。

 最初からあきらめていれば、レイフォンの言う通り固執しなければ。こんな思いはせずに済んだのかもしれない。

 だが、それができなかったからこうなっているのだ。ナシュトは師の教えのように割り切れる様な人間ではない。

「………本当は分かってるんです、オレに何もできないことは。けど、何もできないから辛いんです。例え手が届かない星であろうとも、なにかをしてあげたい。そう思うのは間違っていますか……?」

 星に手は届かない。

「―――なら、結論は出てるじゃないか」

 ―――だが、そう思わないものもまたいる。だからこそ、“こうしているのだ”。

「星に手は届かないと抜かす奴がいる。確かにその通りだが、同時に笑っちまうような短絡的思考だ。星に手が届かない? なら“星”の考え方を、見方を変えちまえばいい。すぐ足元にあるんだよ、星は」

 頭上の星にばかり気をとられて足元にある星に気付かぬように、重要な答えは得てして馬鹿馬鹿しい位に単純なことがある。

「アルトさんの言葉を思い返してみろよ。『今のお前に何ができる?』―――さて、ここで一つ質問だ。今のお前の肩書は何だ?」

「……学院生です」

「ああ、そうだな。今の『学生で冒険家志望のナシュト』じゃあ何もできない。だがな、ちょっと考えてみろ。今の肩書でセレスの側に居られないのなら、”セレスの側に居られる肩書を手に入れればいい“。―――分かるな?」

 セレスの側に居られる肩書? ナシュトは数瞬考え、単純なその答えに気付く。

「―――第二王女近衛隊?」

「ビンゴ!」

 指を鳴らし正解を告げるリョウ。

 自分で答えながらもあまりに“笑ってしまうほど短絡的な答え”にナシュトは呆気にとられる。

「まあ、簡単な道ではないさ。だがな、今の肩書を変える他に道はない。それに今後の情勢にもよるがセレスと同じように学園には通えなくなるし、お前の冒険家になるって夢も諦めなきゃいけなくなるかもしれない。

 それでも選択は出来る。夢か、セレスか」

 そんなもの、答えは決まっている。―――セレスだ。

 もとよりセレスと結ばれる為なら夢を捨てるつもりだったのだ、今更そんな選択肢に迷う程夢に未練はない。

 だが―――そんなに上手くいくのだろうか?

 確かに近衛兵という肩書を手にいれられればセレスの側に居られる。しかしそもそもの問題としてその肩書きをどう手に入れるというのか。

 そう尋ねたナシュトに、リョウはアルトに頼むほかないだろうと当然のように告げる。

(もし認めてもらえるにしても、ただではいかないだろうな)

 それでも道は示されたのだ。その道に賭ける以外に今できる事は無い。

「腹は決まったな。なら、早速リベンジに行くか!」

 そう言って勢いよく立ち上がるリョウ。

「もう行くんですか!?」

 アルトのもとへ再び赴くことは決まったが、ついさっきあの問答をしたばかりなのだ、流石に今すぐに行くのは印象が悪いのではないか。

 ついでに言えばリョウが付いてくる必要もない。

「善は急げっていうだろ? ………まあ、俺も城に用事があるからついでだ」

「先輩も何かあるんですか?」

「ああ、お前は知らなかったっけ。俺、今自警団から騎士団に出向してんだよ」

「……騎士団に、ですか?」

 初耳だった。

 しかし思い返すと多少心当たりはある。

 学生の身でありながらこうして寮以外に部屋を持っていたり妙に最近羽振りが良かったりするのは騎士団からの報酬があったからなのだろうと、ナシュトは思う。

 改めて部屋を見回してみれば、やや殺風景――装飾らしい装飾が一切ない―――ということを除けば、中々立派なものである。

 どんな用途に用いられるのか見当もつかない道具が辺りに散らばっている事と、その数が寮から移したにしては妙に多い事が気になるところだが。

「ほら、この間の吸血鬼事件でどっちも少なからず人的被害を受けただろ? 流石に騎士団の方は補充が済んでるが、自警団の方がみんな怖気付いちまって人を集めるどころか辞める奴まで出てきやがった。

 で、そうなるとこれまで自警団が担ってた分の警備を騎士団で補わなくちゃいけなくなるが、それをすると騎士団も戦力が厳しくなる。

 ―――そこで、高い実力を持つ俺と騎士団数人を一時的に交換して警備の人数を増やしつつ騎士団の戦力を不足させないようにしたってわけだ」

 ―――基本的にこの国の騎士団は各地の警備や大きな被害をもたらすと認定された盗賊団や幻想存在の討伐の為に組織されている。

 国土こそ帝国よりも狭いが砂漠や山脈など厳しい地形が多いこの国では、それらの地域で効果的な活動をするために移動能力に長けた騎士はそちらに優先的に配備され、また幻想存在による被害も僻地の方が大きくそちらに更に人員を割かなくてはならない。

 帝国と違い徴兵制がないため騎士の数が然程多くないこの国では、必然的に王都の守りを少数精鋭で行わざるを得ないのだ。

 そこで昼間別の仕事をしている者から有志を集い、ある程度の報酬を与えた上で夜間の警備を行わせることで騎士の負担を軽減していたのだが、先の事件で自警団の機能が低下してしまった。

 そこで自警団の中でも名のある騎士と同等の実力を持つリョウが騎士団に出向し、その戦力分の騎士何名か―――実力は低いが有能な者を中心に―――を自警団に出向させた。

 それにより騎士団の戦力を保ちつつも自警団の人数を元に戻したのだ。

 王都の警備においては質よりも量が優先される為、この策が取られたのだ。

「やっぱり、騎士団って大変なんですか?」

「まあな。『晴嵐』のトコに配備されたおかげでまだやりやすい方だが、あまり自由がない分息苦しくはある。

 ……やっぱり俺はああいう組織は合わないと再度認識したよ」

 リョウの言葉にナシュトはあれ、と首を傾げる。

 学生ながらも自警団に所属していたり騎士団と繋がりを持っていたりするため、ナシュトはてっきりリョウが卒業後騎士団に入団するものと思っていた。

 しかしリョウの口ぶりからするとそうではないらしい。

「正直な話、“軍隊”そのものにいい思い出がないんだよ。むしろ騎士団になることは絶対にない。正直言って俺はお前みたいに将来なんて考えてないんだよ。

 ……まあ、どっかの強気なお嬢様の旦那にでもなれりゃ本望だがな」

 そう言ってリョウはおどけた様に肩を竦めた。そして、

「だから、お前は後悔するような結末を迎えるなよ。―――俺みたいになるなよ」

 そう小さく告げた。

 ―――その意味を、この時のナシュトはまだ知らなかったが。

その声に込められていた並々ならぬ強い想いに応えるように強く頷いた。



* * *


 ―――再び城門前。

 今度は呼ぶまでもなく、アルトがそこに立っていた。まるで再びここに来るのをわかっていたかのように。

「アルトさん……」

「性懲りもなく来たか。今度はどんな戯言を―――いや、今更取り繕うのも面倒か。

 どうせ、『オレを近衛に入れてください』とでも言うつもりだったのだろう?」

 そしてまるで示し合わせていたかのようにナシュトが言わんとしていた事を言い当てる(事実リョウとこの事を示し合わせていたが、それをナシュトは知らない)。

「……そうです。オレを近衛に入れてください!!」

 そして、返って来た言葉は―――

「………構わんぞ」

「それでも―――は? え?」

 予想外の、あまりにもあっけない了承に意表を突かれたナシュトは一瞬思考が追い付かなくなった。

「部下から貴様の実力は聞いている。魔人と呼ばれるに値する凄まじいものだとな。その上で“実力は”近衛に値すると判断した」

「じゃあ……」

「まあ待て。私は“実力は”といった。―――しかしこうも聞いている。貴様の力が制御不能で信頼ができない、とな」

 アルトが示唆しているのはナシュトの『可能性変生』が護衛という任務をするにあたって信頼するに足るのか、ということだ。

 ナシュトでありながら“ナシュトとは違う何か”と化すあの技は、時に彼の意思とは異なる行動をとる。

 それはつまりどれだけナシュトがセレスを守るという意思を持っていても、『可能性』達はセレスを二の次にする可能性があるという事だ。

「つまり、オレと『オレの可能性』が信頼に足ると証明すればいいんですね」

「そうだ。全力で戦っても姫を守る意思を失わないか確かめさせろ。方法は―――簡単に行こうではないか。私と一対一で戦え」

 『可能性変生』の信頼性を証明しろと言われた時点である程度覚悟はしていたが、アルト程の相手と戦うともなれば流石に緊張が走る。

「安心しろ、俺は《契約者》としての力は使わん。魔術師として相手しよう。

 ただし手は抜かん。―――殺すつもりで戦わせてもらう」

「―――!」

 殺すつもり。その言葉にナシュトの緊張がさらに高まる。

「何を驚いている。極限状態でなければ本質は見えん」

「なら―――オレもそのつもりで戦わせてもらいます」

「うむ、では明日王都北の草原に来い。私達が本気でぶつかり合えば地形が変わりかねん、出来るだけ王都から離れなければ」

 それにはナシュトも同意だった。

 『悪』も『善』もただ単に「全力で戦え」と言われれば「全力で戦う」“だけ”だろう。それこそ周囲の被害など一切顧みず。

「では明日の正午、指定の場所で待つ。楽しみに待っている」

 そう言うと、アルトは身を翻し城へと戻って行った。

 ナシュトもまた一度だけ城を見据えると、明日に備える為踵を返した。―――今度は一度も振り返らずに。



2.


「さて……そろそろ教えてくれますかね、本当の事を」

 ―――同日夜、ネロ邸地下にある酒蔵。

 地下ながらもネロによって施された魔術的な仕掛けにより清涼な空気を保つその部屋に、同じく魔術による火なき灯りによって浮かび上がる4つの影があった。

 四つの影、即ち屋敷の主たるネロ、久遠なりし氷華の王ギュスターヴとラヴィーネ、そしてレイフォンだ。

「さて? 本当の事とはなにかな」

 呟くように尋ねたレイフォンに、ギュスターヴは涼しげな笑みを浮かべ首を傾げる。

 その所作を見て、レイフォンは苦々しい顔で言い返す。

「とぼけないでください。ミスティルテインの事ですよ。

 単刀直入に聞きます。この事件、今の所二人共動けませんね?」

「……はは、困ったな。流石に君は気付いているか」

「当然ですよ。子供達は気付いていないでしょうが、俺は少なくとも貴方の渇望は知っています。それに魔術協会騎士団の動向もある程度予測しているつもりですから」

 まいったという様子で苦笑するギュスターヴ。

 ネロもまた溜息を吐く。

「……言っておくが、悪気があって黙っていた訳ではないぞ。俺達にだって年寄りとしての矜持があるのでな。ブルーサスやアサヒらを失望させたくなかったのだ」

「ちょっと、年寄りなんて呼ばないでよ、失礼ね」

「人の家の酒を遠慮なく飲みあさっている貴方が言っても説得力はないぞ」

 周りがまだ一本目の酒瓶を飲んでいる中、一人周りに十本以上の空瓶を転がし飲んだくれの様相になっているラヴィーネにネロはやや呆れた視線を向ける。

「実際の所魔術協会騎士団はどうなんですか? 現時点で何も行動を起こしていないという事は、現状では“最悪の事態”にはならないと判断していると考えているんですが」

「正直気の進む話ではないが……魔術協会騎士団は此度の事件はあくまで『革命』であり『戦争』ではないと見ている。

 否―――それどころか、現時点で行動を起こすとすればアドネス帝国ではなくセフィリア共和国だろうな」

「……共和国が?」

 怪訝な顔を浮かべるレイフォン。

 魔術協会騎士団が行動を起こさない理由に関しては予想通りだったが、今後行動を起こす際の矛先が共和国に向けられていることは予想外だった。

「あくまで『現時点では』だ。言い換えれば『 “戦争回避の為には”』だな。

 知っているだろうが、帝国はセレス姫の送還を共和国に求めている。それも『従えば戦争は起こさない』と誓って」

「……守るとは思えないな」

「俺もそう思うさ。だが魔術協会騎士団としては信じるしかない。それ以外に戦争を起こさず事を収められるという名目の立つ選択肢しかないのだからな」

 ―――魔術協会騎士団はあくまで“最悪の状況”、即ち二国間での最終戦争の回避を目的とした組織だ。

 逆に言えば、“戦争回避の為ならば多少の犠牲はやむを得ない”という思想の元活動をしている。

 現時点の帝国が「セレス姫を寄越せば戦争は起こさない」と言い共和国が「セレス姫は渡さない」と言っている状況では、戦争を回避するためには共和国にセレス姫を送還させるよう強制力を働かせる以外に選択肢はない。

 勿論魔術協会騎士団の上層部が帝国の言葉を信じているという訳ではない。

 しかしだからといって共和国にセレスを送還させなければ“戦争を回避する努力すらしなかった”ということになってしまう。

 魔術協会騎士団としては、それだけはなんとしても阻止したい。

「その辺は魔術師などという融通の利かない者達が平和維持の使命を請け負った弊害だろう。まともな思考の者ならば帝国をどうにかしなければどうあがいても戦争は起こるというのに。

 ―――だが、問題はそれだけではないぞ」

「帝国の王族が未だ全員存命している事―――だね?」

 ギュスターヴの言葉にネロは頷く。

「そうだ。言っては何だが、いっそセレス以外の王族を皆殺しにしてくれれば魔術協会騎士団の方針も変わるのだが」

「それは俺も考えてました。ただの戦争狂なら良かったんですが、流石第一騎士兵団長というべきか」

「え、なに、どういうこと?」

 一人だけ話が分からないという風に周りを見渡すラヴィーネ(というより、酔ってギュスターヴとの思考・知識の共有ができていないようだ)。

「支配の正当性という奴だ。

 もしゴスペル・ゲオルギウスが捕らえている王族を皆殺しにしていれば、セレス姫は晴れて正当な『アドネス帝国皇帝』となる。そうなればセフィリア共和国は領土の一部を一時的にセレス新皇帝に譲渡し、それを正当なアドネス帝国の後継国家として扱うことが出来る。

 そうなれば魔術協会騎士団も“アドネス帝国を名乗る”不穏分子を共和国と正当アドネス帝国―――帝国は名目上だけだが―――と共に叩くことが出来る」

「けれど現皇帝が存命しているのであればそうはいかない。もしセレス姫を新皇帝と祀り上げようとすれば、ゴスペルは皇帝の座を現皇帝に返上したという名目でそれを拒むだろうね。少なくとも魔術協会騎士団の査察が入るまではその手段は有効だ」

「はぁ………。どこもかしこも名目名目って、どうでもいいことに縛られてて嫌になるわね」

 面倒くさそうに頭を抱えるラヴィーネ。

「巨大な組織などそんなものだ。だから何処にも属さない組織であるミスティルテインが結成されたのだが……肝心の主戦力が動き辛いという欠点が露天したな」

「そうだね。僕とラヴィーネは戦争も人の営みで、それもまた美しいものだと考えているからこの事件には多分干渉できないし」

「トウヤも王都から離れることが出来ない以上、あまり干渉はできないはずだ。俺も渇望の問題上何か強制力が働かなければ王都に戦火が及ぶまで動けん。

 ―――それに、その頃にはまず俺が学院を落としているだろうよ」

「……ちょっと聞き逃せないね、それは」

「ほう、予想外だな。貴方はあの計画に賛成か」

「ああ。あれは人類の夢であり、人よ美しくあれと願う僕の希望だからね」

「成程。ならば、まずは貴方を潰さねば―――」

「ちょ、ちょっと待ってください。何のことかは知りませんが、大人としての矜持があるというのなら対立ではなく協力すべきですよ!」

 不穏な空気―――否、明確な殺気を纏い始めたネロとギュスターヴをレイフォンは諌める。

 その言葉にネロは溜息をつき、その殺気を潜める。

「無論、今は協力するさ。とはいえミスティルテインで確実に動くことが出来るのは学生達と帝国の人間だけだ。これでは革命軍を叩きにいくことも不可能だ。流石に敵陣を突っ切って帝都に進撃できる程の戦力ではない」

 それに打って出る理由がまだない、と付け足すネロ。

「早くもミスティルテインがしなくなったって事ですね……」

「仕方がないさ。僕達でもこの事態は想定外だったんだ」

「………」

 複雑な表情で呟くレイフォンにギュスターヴは慰めの言葉を掛けるが、尚もレイフォンは浮かばない表情のままだ。

「あら、まだなにか思うところでもあるのかしら?」

「ええ。……革命の情報が入ってきたのは、“革命が達成された後”でした。交易の途絶という予兆はありましたが……それにしても、あまりに早く事が進み過ぎています」

 レイフォンに情報をもたらしている商人によれば、交易が途絶したのはほんの4、5日前。

 交易が途絶した時点で革命が始まっていたのであれば、その数日で革命を終えたことになる。―――あまりに早すぎるのだ。

 帝都防衛の中枢にいるゴスペルならば帝都自体を手中に収めるのは容易い。それこそ1日2日もあれば可能だろう。

 だが―――もし首都が反逆者により陥落し帝王が捕らわれたとなれば、帝都以外に陣を置く騎士達が帝都の奪還の為に動くはずだ。

 それに帝都の市民の抵抗も少なからずあるはずだ。

 だというのにその情報は一切ない。まるで帝国の全ての町で同時に革命が起こるか、あるいは革命への対象に消極的になっているかのように。

 どちらにせよ周到かつ迅速。

「………もしかしたら、俺達が思うよりも遥かに状況は切迫しているのかもしれません」

 ―――果たして。レイフォンのこの予想は、しかしそれよりも更に速く、しかも最悪の形で的中することになることを、まだ誰も気付いてはいなかった。



3.


 ―――月と星の僅かな光が照らす空。眼下に雲海を望むその高度を、一匹の蒼き竜が翔けていく。

 竜。正確には竜を模した鎧だ。蒼を主体に金の装飾が成された鎧を纏った小柄な人間。

 そよぐ風を裂く様に、誘われる様。あるいは風に包まれる様に、纏う様に、漆黒の空を翔けてゆく。

 しかしその飛翔は“自由気ままに”というにはやや拙さが残るものだ。

(ジルニトラ、急旋回の時の旋回と制動の時に『幼き風』をもう少し強く効かせられる? もう少し隙をなくしたいんだ)

『分かった、やってみる』

 鎧の主―――ブルーサスは遥か地上、ネロ邸の自室で飛行訓練の補助をしているジルニトラに語りかける。

 頷く気配を感じたブルーサスは一気に加速、重心と鎧から放出される圧縮空気のバランスを変化させ急旋回を行う。

 その始動と制動の際、ブルーサスはやや強い突風を鎧に受けるのを感じた。ジルニトラの力の一つ、風による補助『幼き風』だ。

 ―――ブルーサスがジルニトラの力を以って形成するこの『聖竜の鎧』は取り込んだ空気を圧縮し放出することで飛翔するという構造上、どうしても旋回の際に大きく円を書く様に飛行しなくてはならなくなる。

 緊急時にその場で急旋回することも出来るが、速度を殺さずに行えば大きく後退することになる。

 しかし速度を殺せば次の挙動までにやや大きい隙を敵に見せる事になり、しかもどちらにしても急旋回の際の勢いも制御しなくてはならない。

 ただでさえ地上での戦いと違い純粋な踏ん張りが効かない空中なのだ、足回りの不安は少しでも取り除いておきたかった。

 ―――飛行訓練自体は最近日課とまで呼べるものになっていた。

 とはいえそれは純粋に「空を飛ぶ」ことが好きなジルニトラと共にのんびりと飛んで飛行に慣れるのが主な目的だった。訓練というよりもむしろ空中散歩とか、空中デートとでも呼んだ方が感覚的には正しいだろう。

 しかし今行っているのは明らかな“戦闘訓練”だ。

 今のブルーサスは、空中飛行を心から楽しめる程心に余裕はなかった。それこそ、戦いに備える様な事をしていなければ落着けない程に。

 ………そして更に数度の急旋回の後、ジルニトラの疲れを感じ取ったブルーサスは圧縮空気の噴射を弱め飛行速度を緩めた。

 いつもならすぐに屋敷へ帰っているのだが、今日に限ってはそれをせずまるで躊躇う様にふらふらと彷徨う様に跳び続ける。

 ブルーサスの不安の理由を知るジルニトラは、おずおずと尋ねる。

『ねぇ、ブルーサス。………戦争が起きるの?』

「………うん、かもしれない」

 ブルーサスの不安の種とは、つまり起こるかもしれない戦争の事だった。

 ブルーサスからしたら戦争など伝説上の出来事とさほど変わらない程過去の話である。

 ただでさえそんな事が起きるかもしれないのに、更にブルーサスは自身がその戦争に関わらざるを得なくなる“可能性”を示唆されているのだ、不安にならないはずはない。

 そして理由はそれだけではない。

『私は戦争を良く知らないけど……人が、死ぬの?』

「うん……僕も知っている訳じゃないけど、きっとたくさんの人が死ぬ。幻想存在も沢山死ぬかもしれない」

『そう、なんだ……。………嫌だね……』

 嫌だ、というジルニトラにブルーサスは言葉に詰まる。

 ジルニトラは戦いを好まない。ましてや誰かの死など。

 そんな彼女を護る力を得るためにブルーサスはジルニトラと《契約》を交わした。

 しかし二人の感覚は繋がっている。

 ブルーサスがジルニトラを守る為に敵を殺せば、それはつまりジルニトラが敵を殺す感覚を味わうという事だ。

 護ろうとすればするほど傷つける。何たる矛盾。

 ―――積極的に戦わなければいいだけだ。分かっている。もしもの時に逃げ切れるだけの力はある。

 けれどもし自分がネロの言う“うねり”の中心だとしたら。逃げたとしてもきっと戦いは避けられない。

 何より、ブルーサスはおぼろげながらにも思い出していた。自分が“うねり”の中心であるかもしれない可能性を。

 すなわち、キョウカイノ―――


 ふとブルーサスは滞空し星空を見上げる。そしてジルニトラに―――あるいは自分自身に―――語りかける。

「―――僕は、空を見上げるのが好きだった。何も欠けていない、満ち足りた空を」

『うん、知ってる』

「僕も空みたいに足りない物のない満ちた存在になりたかった。

 でもこうやって空を飛んでみてふと思うんだ。確かに空は満ち足りている。……でも、だからこそ誰も受け入れない」

『………?』

「人は誰かの腕の中で死ねる。誰かの死をその腕で抱き締めることができる。でも空は違う。誰も空では死ねない。自分の中で死のうとした者を大地に落としてしまう。だって空は自分だけで満ち足りているから。死を知らないから」

『………』

「人から見たら空は孤独だ。けど空は孤独とは思っていない。だって自分だけで満ち足りているから。

 ねえジルニトラ。僕は―――そんな存在になりたいのかな? 僕とジルニトラだけでいい、他には何もいらない。近づくなら排除する。そうすれば二人で静かに居られる。

 ―――それでいいと思う僕は間違っているのかな……」

『………わからないよ』

「うん、僕も分からない。でもいつか僕のこの考えが取り返しのつかない事を引き起こしそうで……怖いんだ」

『……もしそうなっても、私はブルーサスと一緒にいるよ。ブルーサスは私を守ってくれた。だから、何があっても側にいる』

 はにかんで言うジルニトラを感じたブルーサスは、つられて兜の中で小さく笑みを浮かべる。

「そろそろ戻るよ。………帰ったら一緒にお風呂入ろうか」

『うん♪』

「じょ、冗談で言ったんだけどな……」

 笑みを苦笑いに変えながら、ブルーサスは雲海のその下へと下降していった。



次回予告

 ―――それは少年の意地。善なる果てを呼び覚まし振るうは支配の力。

 ―――それは男の意地。五大を振るい為すは試練にして導き。

 ぶつかり合う二つの意地。全ては星の為に。

 次回 繚乱のファンタズマゴリア 第28話 可能性変生~善王具現~

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