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繚乱のファンタズマゴリア  作者: USK
第二章 星下の歩み
25/33

繚乱のファンタズマゴリア 25

1.


 ―――オレは、この王都が好きだ。

 ここは人が多い。人が多いという事は、それだけの人の営みがここにはあるという事。

 人の営み。人の生。それは“歩み”だと教えてくれた人がいた。

 ―――その人の事は実はあまり知らない。

 けれどその人が母さんを通じてオレに遺してくれた言葉は知っている。

 だからオレはこの街が好きだ。そして冒険も。

 冒険の意味を教えてくれたのもその人だった。

 ………けど。それは他人の歩みであってオレの歩みじゃない。

 オレはいつか決めなくちゃいけない。オレの歩む先を。歩み方を。

 だけど―――その道は、彼女と重なるのだろうか。

 重なっていて欲しい、とは思う。

 でも同時に重なって欲しくないという思いもある。その道はあまりにも暗いから。

 ………今のままでいられたらどれだけ幸せだろう。

 そう思っても、その時はどんどん近づいてくる。

 逃げる事は出来ない。オレは、もう渇望を抱いてしまったから。

 ―――願わくは。

 彼女と共に歩める日々が、少しでも長く続くように。




2.


「………シュト。ナシュト! ……どこか具合でも悪いのですか?」

 セレスの声にオレははっとする。

 物思いに耽っていて周りの事に意識が向いてなかったらしい。

「それで……どうでしょう、似合っていますか?」

 そう言って可愛らしい服を着たセレスが軽やかにくるりと回る。

「うん、似合ってるよ。でもちょっと地味じゃないかな?」

 確かに可愛らしいけど、……うん、セレスと比べるとちょっと見劣りする。

 もうちょっと派手な方がセレスに似合ってそうだ。お姫様だから尚更。

「私はこれくらいの方が好きなんです。その、あまり人目を引くのは好きではないので」

「そうなの?」

「はい、クラス人数程度なら大丈夫なんですけど。だから王侯主催の行事等で国民の前に立つのはちょっとつらいんです」

 そうなのか。王都に来てから何度かこっちの王侯行事を見たことがあるけど、確かにああいうのって人見知りが激しいと辛いだろうな。

「じゃあ、その服買う? 手持ちもあるし」

「いえ、ナシュトの分も見ようかと」

「オレの分?」

「はい。……思うのですけど、ナシュトは服装に無頓着過ぎです」

 そう思われてたのか……。

 いや、確かに無頓着と言えば無頓着かもしれない。基本的に動きやすければ良いって考えで選んでるから。

 もっとも、これでも王都に来てからは色々と考えてはいるのだけど。

 故郷に居た頃は基本的に見栄えしない民族衣装しか着てなかったし。

「じゃあさ。セレス、一緒に選んでくれる? オレあまりセンスないからさ」

「もちろん! 最初からそのつもりです」



* * *


 学院も長い休暇に入って、今日はその初日。

 オレとセレスはこうして二人っきりで王都を回っていた。

 そう、二人っきり。今日は近衛の人たちに付け回されることもなく本当に二人だけで………その、デートしてる。

 これまではいつも近衛の人が離れた場所から(あからさまに)監視していたり先輩達と一緒だったりしたから、セレスが王都に来てから2ヶ月と少し、これが初めての二人だけのお出かけだった。


 別にデートとはいっても特別な事をしてる訳じゃない。

 服を見たり、露天で買い食いしたり。そんなありきたりな事をしているだけだ。

 けれど、これは特別な事なんだろうとオレは思う。

 ………一緒に居る時間は、限られているのかもしれないから。

「疲れたね、あそこで一休みしよっか」

 オレが示したのは修復され、前よりもちょっと豪華になった中央噴水。

 ―――オレとセレスが初めて会った場所。

 セレスが頷いて、一緒にその縁に腰掛ける。

「なんだか懐かしいですね。つい最近のようで、とても昔の事のようでもあって」

 感慨深げに呟くセレス。

(確かにそうだな)

 たった2ヶ月とちょっとなのに、なんだか遠い事の様にも感じる。

 多分それは吸血鬼事件のごたごたがあったからなのか、それとも―――何と言うか、もどかしさみたいなものを感じているからなのか。


 それからしばらく他愛のない話をして、いつしか話題は将来の話になっていった。

「ナシュトはやはり冒険家に?」

「んー……どうだろ。確かに冒険家は夢の一つだけど―――別に冒険者に拘る必要もないかなって」

「というと?」

「『星が永遠に廻りつづけるように、人の生はそれそのものが“歩み”だ。そして冒険とはその“歩み”を識る為の手段の一つに過ぎない』。―――父さんの言葉でさ、人は生きる事自体が旅であり冒険であるっていうのが父さんの持論だったらしいんだ」

「ではお父上も冒険家だったのですか?」

「うん。………オレが物心つくかつかないかって頃に死んじゃったんだけどさ、その言葉は母さんを通じてオレに遺してくれた」

 死因も教えられている。冒険の帰りに賊に襲われて、なんとか撃退はしたけどそれで負った傷が原因で病気になって死んじゃったらしい。

 母さんは父さんの生き方を誇りに思っていた。だからオレにその言葉を受け継がせた。

「オレもその言葉に共感してる。だからオレとって重要なのは自分の生き方、自分の歩み方だ。オレは人の営みを、人の歩みを識りたい。そういう生き方をしたい。そしてその手段は冒険だけじゃない。だから……そうだな、辺境で宿屋を開くのも悪くはないかもしれない」

 そこまで言って、オレは照れくさそうに頭を掻く。

「まあ、つまり本当の所はまだ何も決めてないんだ」

「いいえ、私は立派だと思います。だってナシュトは自分の“在り方”をしっかり見据えていますから」

 微笑んで言うセレス。

(そんな立派なものじゃないんだけどな)

 そうは思いつつも、嬉しいような照れくさいようなこそばゆい感覚に顔が綻ぶ。

 その表情を隠すようにあらぬ方向に顔を向けつつ、同じ質問をセレスにする。


 ―――その質問が今のオレ達の関係を良くも悪くも変えてしまうものだという事を、セレスから顔を背けていたオレはすぐには気付かなかった。

 けれども、急に言葉を詰まらせたセレスになにか不穏なものを感じてその顔を見た時、流石に勘付いた。

 さっきまでの楽しげな、嬉しそうな笑顔とは正反対の、悲しげな、空虚な笑みに。



3.


「こーら。歩くときはちゃんと前をみなさい」

 街路をくるくると踊るように回るジルニトラちゃんを、私は注意する。

「大丈夫だよアサヒっ! 前はちゃんと見えてるから」

「そういう問題じゃないでしょ。ほらブルーサス、あなたがしっかり注意してあげないと」

 そう言っても、私の一歩後ろを歩く肝心のブルーサスは、

「大丈夫だよ。僕の方の視界で前は見えてるから。それに一番荷物をたくさん持ってくれてるからそれくらい大目に見てあげて」

 と役に立たない。

 私達は晩御飯の買い出しから帰る途中で、全員両手一杯に荷物を持っている。

 ただしジルニトラちゃんだけは両手だけじゃなくて尻尾を使って器用に荷物を持ってるから私とブルーサスよりも多く物を運べるのだ。

 とはいえ屋敷で一番の大食らいもジルニトラちゃんだからそれぐらい持ってもらってようやくつりあいが取れるのだけど、ブルーサスにはそんなの関係なしみたいだ。

「ブルーサス、あなたがそんなんでどうするの。あなた一応ジルニトラちゃんのお兄さんみたいなものなんだからあまり甘やかさないの」


「え、だって―――妹は甘やかすものでしょ?」

 ………は?

 想定外の答えに私は口をぽかんと開いた。ブルーサスの発言に頭が追い付いていかない。

 確かにジルニトラちゃんは可愛い。甘やかしたくなるのも分かる。

 けど―――ブルーサスは今、なんて言った?

 兄は妹を甘やかすのが当然だから甘やかしてる?

 え、なに、それ。順序がてんで逆だ。

 当のブルーサスはどうして私が唖然としているのか分かっていないみたいだけど―――。

 言いたくないけど、ブルーサスの考え方は正直異常だ。

「はぁ……もういいわ」

 うん、気にしない事にしよう。価値観なんて人それぞれだから。

 ブルーサスの場合かなりのお姉さんっ子だったらしいから、弟や妹のような存在には無意識で姉がそうだったように甘えさせてあげたいのかもしれない。


 相変わらず、ジルニトラちゃんはくるくると踊っている。

 その姿は、可愛らしくて、とても様になっていて。とても―――“異様な光景”。

(―――!?)

 視界が、歪んだ。

 ジルニトラちゃんが、周りの景色から“浮いて”見える。

 確かにジルニトラちゃんの他の幻想存在とも違う特徴ある外見は周囲から浮いているのだけど、そういう“浮く”とは違う。

 異常。異端。逸脱。―――そう、逸脱だ。

 まるでとても写実的な絵の前にジルニトラちゃんがいるみたいに。

 私の見るこの世界の景色から、ジルニトラちゃんの姿が逸脱している。

 それはジルニトラちゃんがこの世のものではないみたい。

 それは―――この世界がジルニトラちゃんを排除しようとしてるみたい。

「|アォヴォ、ゾ4ドグォギ(アサヒ、どうしたの)?」

「ひっ!?」

 駄目。駄目!

 ジルニトラちゃんの声が聞こえる。でもそれは雑音に紛れて良く聞こえない。

 けれど、周りは驚くほど静かだ。いいえ、遠く聞こえる? ともかく、周りの喧噪とかではない。

 これは雑音? それとも……?

「グィエダ942(だいじょうぶ)? ヘ6エ0ウガエゴ(ぐあいわるいの)?」

 雑音。

 異音。

 ジルニトラちゃんが心配そうに私を見上げてくる。

 その瞳は、金色の筈のその瞳はどこまでも深い蒼に濁り、その蒼は瞳から流れ出てその顔を浸食してその周りを浸食して景色を浸食してセカイをシンショクして―――

「アサヒさん!? 大丈夫!?」

 ブルーサスの声にはっとして、私は彼の方を振り返る。

 ―――視界は元通りになっていた。

 改めて、首を傾げて私の顔を見上げるジルニトラちゃんを見る。

 ……大丈夫、ちゃんと普通に見えている。瞳も金色だ。

「ご、ごめん。ちょっと眩暈しちゃって」

 私は咄嗟に嘘を吐いた。

 だって、あんなもの当の本人たちに言えるわけがない。ジルニトラちゃんが“壊れ”て見えたなんて。

 ―――けれど。

 私は見たくなかったそれを、一瞬だけ見てしまった。

 振り返った瞬間、彼の姿がジルニトラちゃん以上に逸脱して見えたことに。


 そんな思いは露知らず、私を気遣って「少し休もうか」だなんてブルーサスは言って。

 ―――その好意には甘えておく。実際、頭が重いというか、思考がまとまらない。

 丁度中央噴水の近くに私たちはいるから、そこで一休みしていこう。

 ブルーサスに頷いて、私は歩き出そうとする。

 ―――と、突然私の身体がふわりと宙に浮いた。ジルニトラちゃんが私の脚に尻尾を巻いて抱き上げたのだ。

 お尻の辺りに巻いた尻尾を椅子みたいにして、私の背中の方にある先っぽを支えにして。

 ……要はかなりバランスの悪い持ち上げ方で。

 でもえへんと小さな胸を誇らしげに張って得意げな顔をしているジルニトラちゃんにそんな指摘をすること、私はできなかった。

「ジルニトラちゃん、ありがと。でも重いでしょう? 一人で歩けるから、大丈夫だよ?」

「大丈夫! 私、力持ちだから!」

 そうは言うものの、足が微妙に震えてる。

 確かにまだ子供と言っていいジルニトラちゃんだけど、本来の姿は竜だ。それなりに力はあるだろう。

 それに尻尾は竜の姿の頃と同じぐらいの力を出せるみたい(力の加減は今の方ができるらしい)だけど、流石にバランスが悪い。

 でも結局私はジルニトラちゃんの好意にも甘える事にした。―――多分意地でも中央噴水までこうやって私を連れていくだろうし。

 ………なんだかんだ言って、私もジルニトラちゃんに甘いみたいだ。


 それからしばらく竜の尻尾に揺られるという超が付くほど貴重な経験をしていると、中央噴水が見えてきた。

(あれ……)

 そこに見慣れた二人を見つけた。ナシュト君とセレスちゃん。けど―――。

「あっ、セレ―――」

 ジルニトラちゃんもそれに気づいて大声で二人を呼ぼうとしたけど、ブルーサスが咄嗟に手でそれを制した。

「待って。―――何か様子が変だ。」

 深刻そうな顔で言うブルーサスに私は頷く。

 確かに様子が変。

 何と言うか―――修羅場?



4.


「………私は、王族です。王位継承権は低くとも、その事に変わりはありません」

 悲しげに微笑むセレスがおずおずと話し始める。

「王族に、自由などありません。民の為に生き、民の為に死ぬ。そして、その為に生き方すら定められる。それが王族であり、私です」

 セレスの言葉には―――諦観の色が見え隠れしていた。

 以前セレスはこんな話をしていた。

『王族として生きる事は途方もない覚悟が必要です』

 そしてセレスはその覚悟はできていると言っていた。

 けれど、それは覚悟じゃなくて――――諦めなんじゃないか?

 その疑問は、オレはセレスの次の言葉で確信に変わった。

「私も、定められた道を歩く覚悟はできています。けれど―――。けれど、叶うのなら―――」


 言い終えると、それっきりセレスは黙り込んでしまった。

 重い空気が流れる。

 オレにとってもセレスにとっても考えたくなかった“未来”の話。

 生きていく限り、歩んでいく限りいつか別れは来る。

 けれど、オレ達の道の前にある別れはそれよりも残酷で、猶予もない。

 永遠の別れではない。けれど永遠に分かたれる。

 ―――オレは、どうする? セレスに何を言えばいい? ………どうしたいんだ?

 オレには大層な身分はない。王族であるセレスに課せられた使命に口出しする権利なんてないけれど、それでも言いたいことはある。

 簡単なことだ。離れたくない。許されない想いだとしても、添い遂げたい。

 それはあまりにも幼稚な考えだ。まったくもって未来を考えていない。

 なら―――未来のオレはどうする?

(………なあ、お前達はどう思う? フォーマルハウト、それとシャッガイ)

 オレは内にある自分自身の可能性に語りかけた。

 多分極端な答えしかださないだろうけど、それは確かに未来の自分の出す答えなのだから参考にはなる筈だ。

『ハッ! 女々しいこと言ってやがるぜ未熟な俺はよぉ! 決まってんだろ、その女が欲しいんなら既成事実でも作っちまえ。それかその邪魔な国を滅ぼしっちまえ!! そうすりゃ誰も文句言わねえだろうよ!! それが最“悪”の答えだ!!』

 無茶言うなぁ、悪のオレは……。そういう仲になるにしても、しばらくは清い関係でいたいんだけど。

『その子と結ばれたい、という事を最大名目とするのならば……そうだね、今すぐその子と一緒に逃げ出す事を僕はお勧めするよ。それ以外に平和的な道はない。だがそれでは君達に平穏は訪れない。平和に暮らしたければ、国を滅ぼしてその子を自由にする他にない。それが最“善”の答えだ』

 確かに、逃げ続ける限りは一緒に居られるだろうな、善のオレ。けれどそれだけだ。捕まったら全部終わる。続くけど儚い未来だ。

 そして、悪のオレも善のオレもどっちもアドネス帝国を滅ぼすなんて過激な案。

 まあ、予想していた事ではある。極端ってことは、ある意味ではオレ以上に“幼稚”なのだから。


 けれど―――うん、ひとつだけ分かった事がある。いや、分かったというか確認できた事だ。

 ―――オレは、セレスの為ならどうしようもなく無謀な真似を出来る。それこそ国を滅ぼそうとするぐらいには。

 師匠は言った。宝に固執するな、固執すれば待っているのは滅亡だけだ。

 ―――上等だ。オレの持っている宝は一つだけじゃない。

 例え自分の見据えていた生き方という宝を捨てようとも、セレスと一緒に居れる道という宝が残るのなら、オレはそれでいい。

 そのためなら、オレはどこまでも悪らしく振舞い、誰にも認められない善を行おう。

 意は決した。なら、後は言葉にするだけだ。

「―――なら………オレが、セレスを奪う」

 突然の、予想外の言葉にはっとしたようにセレスがオレの顔を見つめる。

 オレは構わず続ける。

「いつか後悔する日が来るかもしれない。でも……オレは、セレスが好きだ。身分の差なんかなくなればいい。けど、きっとそれは許されないから……オレは、セレスを姫の座から引き摺り下ろす。セレスが望んでくれればだけどね」

 ―――完全に告白だった。正直半分勢い。けれどこれがオレの言いたい言葉なんだ、恥ずかしいとかそういう感覚はない。

 それを聞いたセレスは最初こそ理解が追い付いていなかったみたいだけど次第に顔に笑みが浮かんできて、最後にはまさに嬉しさそのものといった満面の笑顔になった。

 それはとても眩しい笑顔だった。けれどその笑顔は少しして曇ってしまった。

「私も―――私も、ナシュトのことが、好きです。けれど……ああ、ナシュト。その道はあまりにもナシュトにとって過酷なものです。貴方の言葉はとても嬉しいけれど……その事を想えば、素直に喜ぶことはできません」

 その言葉に、オレは全く逆だと反論する。

「違う、この道で苦しむのはきっとセレスだ。オレには夢とセレスしかないから失うものは夢と……最悪命だけだ。けれどセレスは地位も、財産も失くす。もしかしたら、いやきっと王族として生きる以上に自由をなくすかもしれない」

 そうだ。この話はセレスが一方的に損をする。だから悪の選択でもある。

「そんな事―――そんな事、貴方と共に在れるのならば、些細な事です! ナシュト、貴方は王子様になんてならなくていい。貴方らしい夢を追ってください。そして―――その夢に、私もいさせてください!」

 互いに見つめ合って、微笑む。


 ―――こうして。

 オレとセレスは、恋人同士になった。



5.


 ―――その姿を、遠くから見つめる二つの影があった。アルトとシーラである。

 ここからではナシュト達の声は聞こえないが、そもそもセレスの服には盗聴用の魔術が仕込んである。会話は最初から筒抜けだった。

「シーラ。お前はどう思う?」

「どう思うって………不憫すぎて見てられないわよ、私は」

 その答えにアルトは頷く。

 彼ら自身、個人としては二人の仲を応援したいと思っている。

 二人の想いは子供の頃の淡い恋心のようなものであり、王族としての道にある邪念に塗れた“愛情”などとはほど遠いものだ。

 アルト達も、どうせなら今の二人の様な幸福な想いでセレスの恋を実らせてやりたい。

 ―――けれど、彼らは近衛隊だ。そして、ナシュトは守るべき対象を奪う“略奪者”となる。

 ならばいつかはナシュトの前に自分たちは立ちはだかる。そして、勝たねばならないのだ。

 セレスの想い人を殺すことになる。それは自分たちにとっても、セレスにとっても残酷すぎる事だ。

 もしこれが本当に“子供の淡い恋心”ならばどれだけ気が楽だっただろう。

 子供の想いなんて移り変わるものだ。ましてやそれが命を賭ける様な想いならば、結局尻込みし、離れ、いつかは忘れていくだろう。

 けれど、ナシュトは渇望の螺旋階段を上っている。未だ途中なれど、渇望は確かに渇望だ。

 しかもそれは“未来”に関する物。そんなナシュトが未来を定めたのだ、セレスの想いが変わることはあっても、ナシュトの想いは決して変わらないだろう。

「本当、どうしてこうなっちゃうんだろうね。無謀な未来を、躊躇ってでも選んで、後は絶対に貫く。私達には出来ない事を普通にやってのけて、だからこそ道を阻まれる。可哀そうでしかたないよ」

 しかしアルトはその言葉には首を振る。

 ―――アルトとて男だ。それ程の信念で道を選ぶ男を可哀そうなどとは思わない。

 むしろその道に立ち塞がり、自らという壁を乗り越える事を願いつつも全力で倒しにかかる。それこそが“漢”に対する礼儀と心得ていた。

「だが、本当の問題は―――」

 アルトの小さな呟きは、誰にも届かなかった。



 ―――ナシュトとセレスの道は、余りにも困難であった。否、不可能と呼んだ方が良いかもしれない。


 ―――ランプを持たないアラジンは、王女を手に入れる事は出来ない。



6.


「―――それは本当か?」

 暗い部屋の中、レイフォンは尋ね返す。

 部屋の中にはもう一人、顔を隠した男がいた。いや、女か? 声は中性的であり性別を判別することはできない。

 彼(便宜的に彼と称する)はレイフォンの『子飼い』の商人であった。

 ミスティルテインにおいてレイフォンが担当する役割は情報収集。時に人脈を、時に金の力を用いて有用な情報をなりふり構わず、しかしこっそりと収集する。

 この商人は以前からレイフォンと懇意で様々な情報を提供していたが、ミスティルテインの結成に応じてレイフォンと金銭的な契約を結びかなり“危険”な情報まで提供するようになっている。

 もっとも、今回の話に関しては流石にあと2、3日もすればどんな商人からでも聞けるような内容であったが。

「アドネス帝国から交易品が届かない―――だと」

 商人は頷く。

 正確にはまだある程度は届いている。しかし以前と比べて急激に減少しており、商人の見立てではあと2日で完全に停止する勢いだという。

 それが意味するものは―――。

 レイフォンは静かに身震いした。


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