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繚乱のファンタズマゴリア  作者: USK
間章 妖精の休日
23/33

繚乱のファンタズマゴリア 23

1.


 私は王都の住宅街を歩いていた。

 隣にはリノンがふわふわと飛んでいる。

 結論から言うと、私が立てた仮説は見事に的中していた。

 中央噴水でリノンと合流して朝から色々聞き込みをしていたのだけれど。

 灯台下暗しと言うかなんというか、お昼頃になって、予想外の人物から有力過ぎる情報を得られたのだ。

『ようやく見つけたよアサヒちゃん』

 そう私に声をかけたのは、厳つい顔の豚人(オーク)種のハーフの中年男性。………ロシェのオーナーだった。

 昨日店での話を聞いていて、お客さんとかに色々尋ねていたらしい。

 で、夜になって知っている人を見つけて、ロシェの開店準備してからずっと私を探していたようだ。

 うん、つまり早い話待ち合わせが朝だったから場所を中央噴水にしたのが間違いだった。

 ロシェにしておけばお昼まで無駄に歩き回ることもなかっただろう。

 この後の事を考えれば、この時間の無駄はちょっとイタかったと思う。


 ともかく、伝えられたのはオーナーの祖母に会えば事情が分かるという事。

 オーナーの母親の知り合いに人間と結婚したメアリと言う名前の妖精種がいたそうなのだ。

 ―――「いた」。その語尾は私達に一つの覚悟をさせた。

 過去形。それはつまり妹さんが既に王都を去っているという事。

 まだ王都に居るのであれば、「知っている」と言うはずだから。

 そして王都を去っているという事実もまた二つの可能性を持っていた。

 生きて王都を去ったのか。それとも―――。

 ちらりと私の頭の横で飛ぶリノンに目を向ける。その顔は見るからに強張っていた。

 多分緊張しているのだろう。探していた真実を突き付けられるのことに対して。

 ―――ごめん、ひとつ訂正。もうひとつ理由があると思う。

(やっぱオーナーの顔怖かったわよね………)

 豚人種やそのハーフの男の人は顔つきが怖い。話しかけられると一瞬なにかされるんじゃないかと疑うほどに。

 実際はそんなことはない。というか豚人種は幻想存在一気前のいい種族とまで言われていたりする。

 とにかくそんな顔つきの人にすぐ後ろから声を掛けられて、あげくリノンが振り向いた先にその顔があったものだから見事なまでにしばらく硬直してしまっていた。

 まあそんなことがあったけれども、リノンは躊躇わずに進んで行く。


 そして、ある一軒家に辿り着く。

 呼び鈴を鳴らすと温厚そうなお婆さんが迎えてくれた。この人がマスターの母親。


* * *


「あの、妹を……メアリを知っているというのは……」

 通された居間の椅子に腰かけた私の、その肩の上に座っているリノンが率直に尋ねる。

「ええ、本当です。メアリちゃんの事はよく知っていますよ」

 お婆さんは微笑みながら頷く。そして昔に思いをはせるように上を向いた。

 念の為リノンはその外見的特徴を尋ねる。黒い髪と水色の瞳。薄い透明な羽。

 そしてそれはお婆さんの知る『メアリ』と完全に一致していた。

「メアリとは……どういう関係なのですか……?」

「私はロードレシア学院の生徒でした。そして私と親しかった後輩が結婚した相手―――それがメアリちゃんです」

 ―――お婆さんの話によるとこうだ。

 学院時代、お婆さんにはよく面倒を見ていた後輩がいた。

 そしてある日、その後輩が王都へ来ていたメアリと出会い、一目惚れした。

 そして後輩の熱烈なアピールにいつしかメアリも惹かれていき、遂に恋人になったのだという。

 そしてその後輩は卒業してすぐ、メアリと結婚した。

 やがて男の子も授かり、とても幸せそうな家庭を築いていたそうだ。

「けれど、幸せは長く続きませんでした。彼が流行り病で亡くなってしまったのです」

 ―――それからメアリは未亡人として、そして一児の母としての生活は始まった。

「女手一つで子供を育てるのはただでさえ難しいことです。ましてや妖精種のメアリちゃんとなれば」

 子供を育てるならば当然お金を稼ぐ必要がある。

 だけど妖精種が働ける職場などなかなかない。身体の大きさが違い過ぎるのだ。

 一応人間大まで大きくなることはできるけど、それでも精々子供ぐらい。

 けれどもメアリは子供を立派に育てた。小さい身体で力仕事をし、朝も昼も問わず働いたのだ。

 お婆さんはその頃、色々とメアリとその子供の面倒を見ていたらしい。

 仕事の間子供を預かったり、もっと楽な仕事を代わりに探したり。

 ―――けれど。メアリの仕事はやはり“無理”だったのだ。

 お婆さんの話は核心へと向かう。

「子供が学院を卒業した頃、メアリちゃんはそれまでの無理が祟り体調を崩す日々が続きました。そして―――」

 私は肩の上のリノンがごくりと喉を鳴らすのを聞いた。その身体は僅かに震えている。

「―――夫の後を追う様に、静かに息を引き取りました」

 次の瞬間、リノンが崩れ落ちた。

 落ちないように慌てて手でリノンを受け止める。

 ………一番考えたくなかった結末。けれど覚悟していた結末だった。

 私の手の上のリノンの顔はこちらからは見えない。

 けれど小刻みに震える身体と時折聞こえる咽ぶ声泣いていることは分かった。

「私は彼女が亡くなる数日前に彼女に会っていました。多分、もう長くはないと分かっていたのでしょう。私に『もし貴方と会うことがあればこう伝えてほしい』と言っていました」

 リノンがはっと顔を上げる。

「メアリは……メアリはなんて!?」

 縋りつくように前のめりになるリノンに、お婆さんは一拍置いて静かに告げた。

「『バイバイ』と」

 それを聞いた瞬間、リノンは大声で泣き出した。

 ―――それはあまりにもシンプルで、だからこそ言い表せないたくさんの感情が込められた別れの言葉。

 生きて再開していれば一体どれだけ多くの言葉を交わしただろう。

 けれど遺したのはたった一言だけ。

 もしかしたら、この姉妹には多くの言葉は必要なかったのかもしれない。

 そしてリノンは泣きながら、かろうじて言葉を紡ぐ。

「………もう、ひとつだけ、お聞きしてもいいですか?」

「はい、答えられることなら、なんでも」

「メアリの、お墓はありますか?」

 お婆さんは頷く。王都以外の、どこか静かな場所に夫のお墓を移し、その隣にお墓をつくったそうだ。

 幻想存在は基本的に死ぬと光の粒子となって消える。だから埋葬はできないけれど、そうやって供養することもある。

 ……けど、その場所までは知らないらしい。

 その答えにリノンは項垂れた。

 せめて妹との“対面”だけでもしたかったのだろう。

「あの、その妹さんの息子さんというのはどこに住んでいるんですか? その人なら―――」

 けれど現実はあまりにも残酷だった。

「残念ですが―――息子も、しばらく前に亡くなっています。私も少々疎遠になっていたので……。娘さんが生まれた、という報せと突然亡くなったという事以外は知らないのです」

 その娘―――メアリの孫の居場所も知らないらしい。

 そして私たちはお礼を言って、お婆さんの家を後にした。


* * *


 王都の路を、私達は無言で歩いていた。

 リノンはただ泣き腫らした顔を俯かせて、しょぼしょぼと飛んでいる。

 私の方はと言えば、かける言葉が見つからないというのが正直なところだった。

 大切な人を“失っていた”人に何をどういえばいいのかなんて私は知らないし、分からなかったから。

 かなりの時間そうやって当て所も無く歩いて、ようやく私は言うべきことを決めた。

「ねぇ、リノン」

「………?」

 止まって私の方を見るリノン。

 私はリノンへ向き直って告げた。

「まだ時間はある。妹さんのお墓、探そう。まだきっと手掛かりはあるよ」

 当然なにか見込みがあるわけじゃない。

 けれど今の自分に出来ることは気休めでしかない希望的観測を言うことだけだった。

 リノンは首を横に振る。その顔にはあきらめの表情が浮かんでいた。

「これ以上アサヒさんに迷惑をかける訳にはいきません。妹のことが分かっただけでも十分すぎる程救われました」

 ―――私には、なにもできないのか。

 悔しさに歯噛みする。

 けれど。けれど―――

「あれ、アサヒさん? どうしたの?」

 今日二人目の救世主は、思いがけず現れた。

 しかもマスター以上に予想外な人。

「ブルーサス………」


* * *


「―――うん、知っている。そのお墓の場所」

 ものは試しでブルーサスにこれまでの経緯を話したところ、なんと場所を知っているというのだ。

 気休めでしかないと悩んでいた私も諦めきっていたリノンも、あまりにあっさりと場所を知る人と出会ったことに呆然としている。

 予想外もいいところだけど、この遭遇は僥倖だった。

「ブルーサス、そこ、案内してもらえる!?」

「僕は―――うん、大丈夫だけど……かなり遠いよ? 多分帰ってくるのは夜になっちゃうけど」

 途中少し間を置いてから言うブルーサス。

 多分ジルニトラちゃんに大丈夫か聞いていたのだろう。

 ………そういえばブルーサスが一人で出歩いてるなんて最近じゃ滅多に見かけない光景だ。何かあったのだろうか。

 そういえば色々大変なことが起きてると噂で聞いたけど……。

 ともかく、折角場所が分かったのだ。この機を逃すわけにはいかない。

「私は大丈夫! リノンは!?」

「大丈夫です………あの、本当にいいのですか?」

 リノンは申し訳なさそうに私達を見回す。

「はい。ここで聞かなかったことにするなんてできませんから。半日無駄にする程度、気にする程でもありません。それに王都で場所を知っているのは多分僕だけですし」

 なんか男らしいことを言うブルーサス。ちょっと見直した。

 ………微笑みながら言うその顔は相変わらず可愛くて嫉妬しそうになるけど。

「私も。別に命に関わることじゃないですし。ここまできて『よかったですね』なんて放っておく程私は薄情じゃないですよ」

「みなさん……」

 瞳を閏わせ、声を震わせて感謝するリノン。

「じゃあちょっと王都正門で待っててください。一旦屋敷に戻ってネロさんから使い魔と魔鎧馬、あと馬車をを借りてきます」


* * *


 馬車に揺られて何時間たっただろうか。日は既に傾き赤くなり始めている。

 やがて馬車は小さな林の入口に到着する。

 ブルーサスに促されて馬車を降り、その場所へと進むブルーサスの後に付いて行く。

 そして丁度林の真ん中あたりだろうか。少しひらけた場所に出た。

 その真ん中。夕日で赤らんだ草原に、ひとつの墓石があった。

 ―――違う。正確にはふたつだ。

 普通の墓石の横に寄り添うように小さな岩が。

「ここが―――リノンさんの妹の、メアリさんとその旦那さんのお墓です」

 ふらふらとリノンがお墓に近寄る。

 そして小さな名前すら刻まていないお墓の前で、崩れるように座り込んだ。

「メアリ………」

 ぽつりと小さく呟く。そして。

「お姉ちゃん………ちょっとくるのが遅かったよね。ごめん、ね。こんな再会の仕方で」

 50年ぶりに、姉妹は再会した。

 既に物言わぬ墓碑となった妹に、リノンは泣き笑いの表情で語りかける。

「大変だったんだよね。頑張ったんだよね。ごめんね、何もしてあげられなくて……」

「………それは違うと思います」

「え……」

 突然ブルーサスがリノンに語りかけた。

「確かに、メアリさんは裕福ではなかったし、苦労もしたそうです。けど―――苦しくなったときは、いつもお姉さんのことを思い出して、それを糧に頑張っていたと聞いています」

「私、の………?」

「はい。それと、もうひとつ……。メアリさん、最期の時に笑っていたそうです」

 リノンが大粒の涙をこぼす。

「旦那さんとの約束を守って、子供を立派に育て上げて………旦那さんと子供と、そしていないお姉さんに向けて笑って言ったそうです。『幸せだったよ』って。誇らしそうに」

 その言葉に、リノンはもう耐え切れずに大声で嗚咽した。

 ………私はまた、リノンへかける言葉が見つからなかった。

 代わりに、ただ自分でも気づかない内に目尻に涙を浮かべながらブルーサスに疑問をぶつける。

「それにしても、どうして妹さんのことを知ってたの? この場所もそうだし……」

「……父さんとメアリさん、知り合いだったんだ。この場所にお墓をつくり直したのも倒産で、何回かお参りに来たことがある」

「へぇ……」

 素直に頷いたけど。

 ブルーサスが微妙に躊躇したのを、私は見逃さなかった。



3.


 ―――私は今日も一人静かに紅茶を飲む。

 だけど、いつもと違う憂鬱さで。

 あれから一日が経ち、長い休日が終わった。

 リノンは今朝、私に挨拶をして王都を後にした。

 私が最後に見たのは、彼女の寂しそうな笑顔だった。

 あの後リノンは思う存分泣いて、そしてメアリの墓石に別れを告げた。

 多分王都に戻ってきて一人になってからも泣いたのだろう、目は真っ赤に晴れていた。

 それでも、なにか吹っ切れたのだろう。笑顔で王都を去って行った。

 もしかしたら、二度と会うことはないかもしれないだろう。

 ―――大切な人を失うこと。家族を失うこと。私はそれを経験したことがない。

 だからこの2日間の出来事は、私の心に言いようのない“なにか”を残した。

 いつか私も誰かを失う。

 その時、私はどう思うのだろう。なにを感じるのだろう。

 私が今感じているのはその“喪失”への不安なのだろうか。それとも覚悟なのだろうか。

 いつもの理由のはっきりとしない憂鬱とは違う。理由のはっきりとしたもやもやとした憂鬱。

「はぁ……」

 今日はいつものカウンター席じゃない。なんとなく外が見たい気分だったから、通りに面した所に座っている。

 もっとも、目は外を向いていたけど、見てはいなかったらしい。

 知り合いがこの店に入ってくるのにすら気付かなかったから。


「また、何か悩み事か?」

「あ……」

 声を掛けたのはネロさん。手にはコーヒーの入ったカップが握られている。

「同席、いいか?」

 頷くとネロさんは私と向い合せに座った。

 そしてしばらく何かを考えるようなしぐさを見せた後、私に告げた。

「アサヒ。俺の屋敷で働いてみないか?」

 突然の誘いに、私は一瞬頭が真っ白になった。

 屋敷? 働く? 私が?

「ああ。住み込みの女中としてな」

「でも、屋敷の家事は使い魔がしてるんじゃ……」

「それなんだがな。ミスティルテインの運用資金調達のための仕事に使い魔を使用しているのだが、創り出せる使い魔の数には限りがある。現状家事に回す数を用意しきれないのだ。そこで、どうせ金自体は有り余っているから女中を雇おうかと考えていたところ、丁度お前を見つけたという訳だ。アルバイトは今も何もしていないのだろう? どうだ」

 女中、か……。

 ん? ちょっと待った。ネロさんの屋敷って、つまりブルーサスの下宿場所だよね?

 それで……住み込み? 住み込み!?

「それってブルーサスとひとつ屋根の下で暮らすってことですか!?」

 思わず大きな声を出してしまう。

 だって、異性の同級生と同居なんていくらなんでも問題があると思う。

「いや、むしろそれを言うのなら俺とも同居することになるのだが……」

 冷静にツッコむネロさん。

 それもそうだけど……ねぇ。

「別に俺も奴もお前の事を取って食おうなどと考えんよ。三食昼寝付、それに家事は暇があれば俺やあいつらも手伝うから然程大変でもないだろう。給料もはずむぞ」

 それにジルニトラちゃんもいるから人数的な吊り合いも取れてると言う。

 それはあまり関係ないんじゃないかな……。

 ―――でも。この誘いを断ったとして、私は他のどこかで働くのだろうか?

 いつも曖昧な思考で決断できなくて。

 だからこうして機会を与えられた今、はっきりと選ぶべきなんじゃないか。


 ―――そして私はこくりと頷いた。



4.???


『―――一目見てあなたに心を奪われました。僕と、お付き合いしていただけませんか』


* * *


『ごめんなさい……。僕はもう長くないようです……。息子を、お願いします………』


* * *


『母さん。少しおそくなったけど、孫を連れてきた。この子の名前に、あなたの名を突けようと思ってます―――』


次回予告

 ぐるり。くるり。

 世界を廻すのは歯車? それとも歯車を回すのが世界?

 くるり。ぐるり。

 星は歩みを止めない。太陽も、月も。

 少年よ、王の素質持つ者よ。

 君の手にあるものは。君の行く末にあるものは。

 次章 繚乱のファンタズマゴリア 第二章 星下の歩み 

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