繚乱のファンタズマゴリア 22
1.
―――私は、平凡だった。
その事は物心ついたころには気づいていた。
もしかしたらその前から何となく自覚していたのかもしれない。
容姿も。成績も。全部平均。
むしろ奇跡じゃないかと思うぐらいの没個性だった。
……本当は、容姿。それだけはちょっとだけ自信があったり。
確かに私の容姿は平均的だけど、その総数には人型の幻想存在も入ってる。
樹人種とか、妖精種とか。みんな美人。
だから、実はそのお陰でちょっとだけ顔立ちは良かったり。
………ううん、だめ。だめ。
確かに普通の人間だけで言ったら平均以上かもしれないけど。
周り、美人が多すぎ。
オルフェとか、セレスちゃんとか、ジルニトラちゃんとか。
結局その中では劣ってる。
というか、ブルーサスに勝ってるかも微妙。
だって彼、背はセレスちゃんには勝ってるぐらいの低さだし、中性的を軽く飛び越えて女の子の顔立ちだし。
……なんか腹が立ってきた。
ともかく、そのせいで吊り合いはとれてる。とれちゃってる。
あ、でも。
一部分だけは、勝ってるかな。
………とにかく。
私は平凡だ。
なのに。私には、何もない。
自分でも良く分からないけれど、私は持っていてしかるべきの何かが足りない。
ブルーサスのコンプレックスとは多分違う。
本当に漠然とした感覚。どちらかと言えば、違和感っていった方がいいかもしれない。
周りがすごい人ばかりだからなのかな。
特に最近になって自覚した感覚。
―――それでも。
私が平凡である事に変わりはなくて。
また今日も、平凡に過ごしていく。
ただ、それだけ。
それだけ、だった。
2. 喫茶店ロシェにて
吸血鬼事件が終わってから2週間が経った。
破壊された物の修復もかなり進んで、あと一週間もすれば王都は元通りになっていると思う。
―――亡くなった人は、戻ってこないけど。
喪われた見知らぬ誰かに少しだけ思いを馳せて、私は紅茶を口にする。
今日は休日。だからいつもみたいに私アサヒはロシェにいる。
実の所を言えば、事件が終わってから今日までずっと学院は休校だった。
体育館が半壊しているのもあるけど、何より学院長が思い切り浮かれてるから。
『しばらくはお祭りだ、だから学院も休みだ』、って。
のんびりできるのは嬉しいけど、正直暇を持て余す。
最初の方こそみんなと遊んだりしてたけど、後半になると流石にやることがなくなってた。
ブルーサスは何か色々大変な事が起きてるみたいでここ数日は全然会わないし。
オルフェたちとは今晩お泊り会を開くけど、昼間は別行動。
そんなこんなで、私はここ数日はロシェに通い詰めてる。
おかげで、ちょっと所持金がまずかったり。
(私もそろそろ何か仕事しようかな……)
なんて考えてみたりもするけれど、結局踏ん切りもつかなくて。
(なんだかな……)
何と言うか、憂鬱だった。
特に理由のない憂鬱。最近多い気がする、こういうの。
「すいません、紅茶を一杯頂けますか?」
そんな時だった。隣の席から注文の声。
(え……!?)
私は一瞬驚いた。
だって今の声、確かに隣の席からしたはずなのに。
隣、誰も座ってなかったから。
けど、私はすぐに気付いた。
隣の“席”じゃなくて、カウンターにちょこんと座っている小さな女の子に。
うん、小さい。文字通り手のひらサイズ。そして背中には蝶々みたいな羽。
「妖精―――」
私はぽつりと漏らした。
妖精種。
樹人種と同じで森に棲んでいる、人型の幻想存在の中では最小の種族。
けれど樹人種以上に閉塞的で、人里に現れるなんて滅多にない。
私も種族として存在している人型の幻想存在の中で唯一会った事がなかった種族だったりする。
そんな相手に思いもせず遭遇したから、失礼と分かっていてもついちらちらと目を向けてしまう。
―――と、視線に気付いたのか向こうもこちらを見てきた。
視線が合う。
「………」
「………?」
………視線が外せず見つめ合う形になってる。
(きっ、気まずい……)
「あ、あー……こんにちは?」
何で疑問形なの、私。
「はい、こんにちは。えっと……」
対照的に丁寧に挨拶を返す妖精(さんをつけたほうがいいのかな?)
「アサヒです。アサヒ・タチバナ」
「リノンと申します、アサヒさん。………もしかして、妖精種がこんな所にいて驚いてます?」
図星だった。やっぱり気付いていたみたい。
「す、すみません。失礼でしたよね」
頭を下げようとすると、リノンは慌てて首と手を横に振った。
「あ、いいえ、そういうつもりで言ったわけじゃなくて。ほら、妖精種って基本森の中で、あまりこういう人里に出てくることってないじゃないですか。だからやっぱり珍しいというか、目立つんだなあと思いまして」
うん、目立つ。特にこういうお店の中では。
逆に外だったら目立たないんじゃないだろうか。小さいし。
「だから、簡単に見つかるとおもったのですけど………」
見つかる?
気になってそのこと尋ねてみた。
リノンはその訳を説明し始めた。
* * *
「妹……ですか?」
「はい……」
リノンは昔王都へ向かいそのまま帰って来ない妹メアリを探しているらしい。
ちなみにいつ頃その妹が王都へ向かったのかを聞くと、返って来たのは
「50年ぐらい前です」
との言葉。
流石にその数字にはクラッときた。
50年前に行方不明になった相手を探すなんて、人間相手でも難しい。
ましてやそれ程時間が経っているのなら、既に王都を去っている可能性だってあるし。
というより、やっぱり年上だったのか。
すごい落ち着いた雰囲気だし、幻想存在の外見年齢なんて一切当てにならないから予想はしてたけど、やっぱり外見が基本的に幼い幻想存在の実年齢を聞くとけっこう衝撃を受ける。
「でも、どうして今になって妹さんを探そうと思ったんですか?」
「本当は、妹の選んだ道を尊重して好きにさせてあげようと考えていたのですが……少し、状況が変わってしまいまして」
リノン(この際さん付けは省略する)が語る事によると、最近彼女達が住む森の獣型の幻想存在が妙に狂暴化していて、最早住んでいられる状態じゃないのだという。
その為別の森へ移住することが決定したのだけど、その場所は王都から今まで住んでいた森よりも遥かに遠い。
その上リノンも穢れによる寿命が近づいていて、この機を逃したら二度と王都を訪れる事はできない。
だからこの最後の機会にもう一度妹に会いたいと願い、こうして王都まで来たのだ。
「別に、一緒に移住しようだなんて言うつもりはありません。ただもう一度会って、『元気でね』って伝えたいのです」
目を閉じて、祈るように言うリノン。
(最後の機会……最期の望み、ね……)
なんだか予想以上に重い話を聞いてしまった。
リノンの境遇の重さもあるけど、それ以上にその話を聞いてしまった私の“責任”が重い。
だって、そんな話を聞いちゃった以上暇な私が提案する事は一つしかないじゃない。
「私も妹さん探し、手伝ってもいいですか? 特に目星があるわけじゃないですけど、道案内ぐらいは出来る筈です」
「え、でも……」
私の提案にリノンさんは戸惑う。
まあ戸惑うよね。初対面の相手からそんな提案をされたら。
「というより、手伝わせてください。そんな話を聞いて放っておくなんてできませんし、どうせ暇を持て余すのなら誰かの手伝いをした方が有意義ですから」
その言葉にリノンは少しの間考えて、
「では、おねがいできますか」
と言った。
「それで、まだ手掛かりは無いんですよね?」
「ええ……」
「じゃあ、まずは役所と……あとはあの人かな」
もし妹さんが王都に来ているのであれば、もしかしたら役所に記録が残っているかもしれない。
それと、王都に昔からいる人といえば私に思い浮かぶのはあの人一択だ。
一応の目的地が決まったので、まずはそこへ向かう事にした。
2. ロードレシア学院 学院長室
トウヤは一人、手にしたそれを見つめていた。それは2枚の手紙だった。
片や十数年前に学院を卒業したかつての生徒が自分の店を持つという夢を叶えたという報告の手紙。
そして、もう片方は………
「あいつも、逝っちまったか」
小さく呟く。
それは同じくこの学院の卒業生の訃報であった。
「俺も随分歳をとったのかねぇ………」
トウヤは魔術師である。それもネロには一歩及ばないものの渇望を抱き螺旋階段を上る大魔術師だ。
生きた年数は500年前後、年寄りと呼ばれるべき年齢はとうの昔に越えている。
当然トウヤはその年月だけ自分と関わった多くの人を見送ってきた。
だが最近。この学院を創立してからの100年は特に永遠の別れが堪える。
それは青年時代を見つめた教育者としての感情か、それとも―――。
「結局新世界の幕開けの前に逝かれたら、ただ『計画』の為に使い捨てただけになっちまう」
―――夢想を掲げ非道の計画を進める魔術師として感情か。
(あと一年―――それがこれだけ長く感じるのは生まれて初めてかもな)
目を閉じある種の感慨に浸るトウヤ。
楽しみを待つ時間というものは往々にして長く感じるものだ。
ましてやそれに至るまでが困難の道のりならば尚更に。
しかし、トウヤの言う『計画』の前に立ちふさがるものは“困難”などという言葉で言い尽くせるようなものではない。
「ネロ………。お前は何時になったら前を見つけるんだ……?」
「ネロさんがどうかしたんですか?」
突然の声に目を開くと、目の前にアサヒの顔があった。
「うおっ!? アサヒ、お前ノックせずに入って来るなよ!つーか休日でも学院に来るときは制服着ろって校則にあるだろ!」
驚いて椅子を転げ落ちそうになるトウヤ。
その様子にアサヒは呆れたように肩をすくめる。
「ノックは何度もしましたよ。何時までも反応がないから入ってきたんです。それと戦いに勝ったからって浮かれて休校にしてる学院長に規則のことを言われる筋合いはないと思うんですけど」
冷たい目線を向けてくるアサヒに言い返せないトウヤ。
一応休校にしているのは設備(といっても体育館だけだが)の補修という理由もあるのだが、基本的に自分がのんびりしたいからというのも事実だからだ。
―――と、ここでようやくアサヒの頭の横でふわふわと飛んでいるリノンに気付いた。
「―――その子は?」
「そうですよ。本題に入りますけど―――」
そう前置きしてアサヒは経緯を説明した。
「ふうん、妹をね」
「何か心当たりはありませんか? 結局役場にも記録がなくて、王都一のご長寿の学院長を頼ってみたんですけど」
アサヒの問いにトウヤは首を振る。
「すまないが分からないな。そもそもいくら妖精種が滅多に人里に来ないとはいえ5、10年に一度くらいは見かけるし、その全員を記憶してるわけじゃない。つーか年寄りの記憶力を当てにすんな」
その答えにリノンはがっくりとうなだれた。
私はと言えば、
「……まあ、予想はしてましたけど」
……予想の範疇だった。
「おい頼って来たんじゃないのかよ」
「はい、期待三分の一ぐらいは。それで他にそういうこと分かりそうな人って知ってますか?」
返って来た言葉にに今度はトウヤが机に突っ伏しつつ答える。
「どうだろうな。やっぱ幻想存在の事は幻想存在に聞くのが一番だが……。なんか引っ掛かるんだよな」
「何か心当たりが!?」
リノンが身を乗り出して尋ねるが、明確な答えは返ってこなかった。
「まあ、なんか思い出したら連絡する。他を当たってくれ」
そしてアサヒとリノンが部屋から出ると、入れ替わりにケインが入ってきた。
「休日にアサヒが来るとは珍しいのう。あの妖精種がらみか?」
「ああ、妹を探してるらしい。なんでも50年程前に王都に来たらしいが……なんか気にならねえか?」
「知らないか」、ではなく「気にならないか」と奇妙な問い掛けをするトウヤ。
それはまるでケインに心当たりがあると確信しているような問い掛けだ。
「ふむ、確かに。その頃に妖精種に関する話を聞いた覚えがある」
「だろ? ちょっと調べてみるぞ。その時期の卒業生、あとその約20年後の卒業生の名簿を用意してくれ。ついでに在学生の家庭環境調査書だ」
3.
「はぁ……」
その日の夜。
結局私達は何の手掛かりも得られず、明日また調査してみようということで解散になった。
私が今どこにいるかというと……。
「いいお湯……」
女子寮の大浴場。しかも露天風呂だ。
学院の寮は東方式―――つまりは私の出身地方の様式のお風呂を備えている。
しかも広い。内風呂と露天風呂合わせれば50人は余裕で入れるんじゃないかな。
王都の中心に近い場所にあって露天風呂なんて外から丸見えじゃないかと思うけど、結界が張ってあって中からは空が見えるけど外からは普通に屋根があるように見えるという便利な構造になってる。ついでに完全防音。
そして私は浴槽のなかでくつろいでいる。
のんびり、とかゆっくり、じゃないのがミソだけど。
「ええ。やっぱり寮のお風呂は羨ましいですね。毎日入れる皆さんが羨ましいです」
まずは体を洗い終って露天風呂に出てきたオルフェ。
その裸身に私はいつも羨ましさを覚える。
濡れた髪は本当に綺麗に燃える炎のよう。
格闘の訓練とかしてるから少し筋肉質だけど、女の子らしい柔らかさを失っていない。
本当に健康的な身体つきだ。
ただ、残念な事。
それは、身体の傷痕。
もともと格闘訓練をやっているから小さな生傷は絶えなかったのだけど、特に痕になるようなことは今までなかったその辺は学院長が上手くやっていたみたい)。
けれど、あの吸血鬼の戦いで負った傷の内、幾つかが消えない傷痕になってしまった。
せめてもの救いは顔に傷が残らなかったことぐらい。
でも、女の子にとって消えない傷痕がどれだけ心に傷を残すだろう。
ましてや好きな人がいるオルフェが。
きっとリョウ先輩は気にしないだろう(消えない傷の事はもう知っているはずだ)けど、きっとオルフェはそれを気負ってしまうかもしれない。
それは私を守ってできた傷。
オルフェは自分が選んだことですからと笑ってたけど、その傷痕を見るたび申し訳なさで一杯になる。
「ええ、そうですね。王宮よりも立派かもしれません」
その後ろに続くのはセレスちゃん。
その姿に私は毎回息をのむ。
ただでさえ“輝いてる”と形容したくなるその姿は、うん、私には言い表せない。
本当に美少女。流石王族といったところだ。
「ふ、ふん! 人間には過ぎた代物よ! まあ私が入ってあげることで相応になるから感謝しなさい!」
その次の騒がしいのは―――カミラ。
そう、あの吸血鬼の一人の。
学院長が入学させると決定して、数日前から寮暮らしを始めてる。
当然、最初はみんな警戒してた。ていうか今も殆どの生徒がしてる。
そりゃ、ここにいる生徒の大半が体育館での惨劇を目の当たりにしてるのだから当然だけど。
でもその一番の被害者なオルフェとセレスが積極的に話しかけたりしてその人となりが分かってきてからはむしろいじられキャラとして馴染み始めてる。
ちなみにカミラに関しては―――正直言うことなし。
すごい失礼だけど、うん。
貧相な身体つき。以上。
で、なんで私たちがこうして一緒にお風呂に入ってるのかと言うと、件のお泊り会だ。
オルフェは2、3週間に一回ぐらいのペースで私の部屋に泊まりに来てて、今日がその日。
今回は折角だからセレスちゃんやカミラも誘ってこうやってわいわいと過ごしている。
改めて私と同じようにお風呂に浸かった皆をもう一度見比べる。そして。
(やっぱりまだ勝ってる!)
軽くガッツポーズ。
「あっ! アサヒ、また私の胸見てましたね!?」
私の視線に気付いたオルフェが慌てて胸を隠す。
「減るものじゃないんだし女の子同士だしいいじゃん。というか友人のちっぽけな自尊心のために我慢してよ」
「そういう問題じゃないでしょう! むしろ私が劣等感を掻き立てないようそちらが我慢してください!」
顔を真っ赤にして怒るオルフェ。本当に怒ってるわけじゃないけど。
この流れはオルフェと一緒にお風呂にはいった時のお決まりだったりする。
ちなみにセレスちゃんとカミラはあまり気にしてないみたいだ。
そう、何を隠そう私はこの中で一番胸が大きい。
というか、実は人間としては平均よりも多少大きい部類だったりする。
人型の幻想存在っていうのは極端なもので「ない」か「すごい」のどちらかだ(ただし『穢れ』をまったく考慮しなければの話だけど)。
例えば吸血鬼事件の後に出来たミスティルテインの人だとラヴィーネさんや九龍さんは大きい(ラヴィーネさんは本来子供の姿だと聞いたことはある)し、フィオーネさんは逆。
あとジルニトラちゃんは言わずもがな。
数でいえば割合は半々なんだろうけど、何分馬人種とか鬼人種とかは本当にすごい(元々人間よりも大きいのもあるけど)。
ついでにそういう幻想存在と人間のハーフもその特徴を多少なりとも引き継ぐし。
ともかく、そういう要素もあって胸だけはそこそこ誇れる。
―――ちょっと悲しい誇りだけど。
で、他のみんなはどうかと言うと、オルフェは中の下か下の上。セレスちゃんとカミラは下の下。
………冷静に考えるとこれって勝ってることを喜ぶ方が虚しくなってくる気がする。
しかもオルフェは毎回面白い反応しくれるけどセレスちゃんとカミラは胸が小さいこと自体気にしてないみたいだし。
逆に敗北感を覚える。
(―――あ)
そんな正直どうでもいいことを考えていたら、ある可能性が閃いた。
(幻想存在とのハーフ……!)
そうか。王都に来て森へ戻らなかった理由が最悪のケースでないのなら。
“王都にも家族ができたから”が理由ではないと言い切れない。
早い話、人間と結婚しているのではないか、と。
勿論そんなケースは多くはない。ましてや妖精種なら尚更。
でもなんの手掛かりもない現状、その可能性に賭けて探してみるのも手かもしれない。
(明日、リノンに提案してみよう)
と、一人自分の世界に入り込んでいたら、皆は真面目な話をしていた。
「本当にカミラも黒幕の事は知らないんですか?」
「本当よ。そもそもシュヴァリオス卿とはまともに話したことない―――っていうか他の仲間ともあまり関わりもないのよね。だからあまり仲間意識もないし」
どうやら話は事件の裏にいたとされる“誰か”の事のようだ。
「まあ……では、ずっと一人だったのですか?」
「ずっと、って訳でもないわよ。多少なりとも関わりはあったわ。シュヴァリオス卿は尊敬してたし、ロミオは色々構ってもらったからね。でもグランデルとは一回も話したことないし、レムルは嫌な奴だったから嫌いだったわ。それに……」
寂しくない、と言ったくせに寂しさ以外の何物でもない表情を浮かべてカミラは続ける。
「……下僕がいたからね。その世話とかしてたから、うん。寂しくなかったし、寂しいかどうかとか考える暇もなかったわ」
その言葉に私たちの間に重苦しい空気が流れる。
下僕。それはあの吸血鬼、ヴァンパイアの手下ナハツェーラのことなのだろう。
でも、それは……あの戦いで殲滅されている。
つまり私たちはカミラにとって敵なんだ。
―――だからといってそれが間違いだとも思わない。同情と後悔は別の感情。
あれは“戦争”で、カミラたちは“攻める側”だった。
なら、その結果は“仕方がないこと”だ。
とはいえ親しくなった相手の心の拠り所を奪った手前、非常に気まずくなりはするけど。
カミラもこの空気に気付いたようで、慌ててフォローする。
「ま、負けた私がとやかく皆を攻める権利があるわけじゃないわ。それに一応ロミオは生きてるしね。生きてればその内会えるんだから今は人間と過ごして寂しさを紛らわせるわ」
―――そう言えば学院長と戦った相手は学院の地面に封印されてるんだっけ。
カミラの話じゃ一番関係があったみたいだし、その点ではまだ心の拠り所もあるのかもしれない。
そしてただ、とカミラが付け足す。
「シュヴァリオス卿を誑かした奴がいて、それがきっかけでこの結果になったのなら。私はそいつを許さない。逆恨みだとしても許さない。それだけよ」
黒幕、か。
「もしかして『黒い人』だったり……」
「ちょ、やめてよオルフェ。あのおとぎ話私大っ嫌いなのよ、怖くて」
オルフェが冗談交じりに出した単語に、私はあからさまに嫌な顔をする。
『黒い人』。シャドウ・ビルダー。悪意なるもの。邪悪そのもの。悪徳を至高とするもの。
それはこの国のみならず大陸全土のおとぎ話に出てくる存在。
かつてあった大戦で幾つもの国が滅んだけど、その半分以上が実はこの『黒い人』によって滅ぼされたとまで噂されている。
幻想存在なのだろうけど明確な名前も無いし、あくまで“おとぎ話”であり“噂”にしか過ぎない。
だというのに、『黒い人』という言葉は大陸に住む誰もが知っている。
そのことが『黒い人』の実在するんじゃないかと思わせるのだ。
だから私はその話が大嫌いだ。
“いない”はずなのに“いる”なんて。まるでお化けみたい。
私は霊的な幻想存在じゃなくて、人の魂そのものが化けて人を苛むという話が怖い。
特に私の出身の東方地域ではそういうお化けの伝承が多い。
当然『黒い人』の出てくる怖い話も大量にあって、子供の頃に聞いたいくつかの話がいまもトラウマになってるほどだ。
「な、何が『黒い人』よ! あのフォーマルなんたらの方がよっぽど怖いわよ!」
一方のカミラはそんな存在よりも目の当たりにしたナシュト君の本気の方が怖いらしい。
目元には明らかに涙が浮かんでる。
……わたしは『影』さんの方しかあった事ないからよく分からないけど、よっぽど怖いのだろうか。
「しかし『黒い人』が悪さをする時には必ず自分の手で行うという話もありますし、その可能性は低いかと」
「そうなの?」
「はい。なんでも『黒い人』は竜が人化した姿で、竜の誇りとして他者の手は借りず全てを自らの手で成すと王家には伝えられています。それと、『終端の巨人』と対になる存在という話も伝承として残っています」
最初の話は初耳だ。そういう伝承もあるのか。
次の話は私も何度か聞いたことがある。
世界の終わりに現れる巨人と『黒い人』が戦って、勝った方が世界を滅ぼすという伝承。
「まあ結局こんな所で話してても真実は分からないんだけどね」
「そうなんですけどね。でもまた何かが起こる可能性はありますし、備えておくのは正解だと思います」
ていうか、冷静に考えてみたら。
なんで私たちわざわざお風呂でこんな真面目な話してるんだろう………?
3.
一方その頃、男子寮大浴場。
「………」
「………」
「………なあナシュト」
「なんですか、リョウ先輩」
「今頃オルフェたちも一緒に風呂入ってるんだろうな」
「かもしれませんね」
「………なにが嬉しくて俺らはむさい男どもと一緒に風呂はいらなくちゃいけないんだ!!」
「知りませんよ!」




