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繚乱のファンタズマゴリア  作者: USK
第一章 砕けぬ氷華
19/33

繚乱のファンタズマゴリア 19 竜の咆哮~力の顕現~

1.


 屋敷の壁に穴が開け侵入したその男の姿を見て、僕は咄嗟に変異しジルニトラを左腕に抱いて立ち上がった。

 男。長い青髪の、無骨な大剣を背負った大柄の男だ。

 そして纏うオーラは血の様に赤く、事実血の臭いを発している。

「ほう。巨大な力の塊にもかかわらず戦いの気配がない存在があると不思議に思って来てみれば……幼竜とその《契約者》か。珍しい物を見た」

「あなたが……この事件の黒幕ですか」

「肯定もしなければ否定もせん。俺はただ純粋に強い敵と戦いに来ただけだ。シュヴァリオスの意図など知ったことではない」

 つまり首謀者は別にいるのか……。

 いや、今重要なことはそれではない。

 今目の前にいるこの男はネロさんの使い魔による防衛網を突破してきたのだ。

 無数の吸血鬼の攻撃に傷一つついていなかったあの使い魔を。

 衣服に乱れはなく、一切の疲労も見えない。

 本当に容易く使い魔を倒したのだろう。

 それ程の猛者が、自分の前に現れた。

(勝てるのか、僕に……?)

 逃げるという案も考えた。

 しかしこの男は「強い敵」として自分に興味を持ったのだ。

 逃げたとしても追ってくるだろう。

 王都全体が手一杯の状況で増援も期待できない。

 この夜が明けるまで逃げ切れば、ともすれば生き残れるだろう。

 けれどそれで終わるという確証も、それまで逃げ切れるという確証もない。

 二重の不確定。

 なら、残された道は戦う事ただ1つ。

 勝つ確証はないが、必ず負けるという確証もない。半々だ。

 ただ今はジルニトラと一緒だ。ジルニトラを庇いながら戦わなくてはいけない。

(それでも、やるしかない……!!)

 僕はジルニトラを左腕で抱きしめながら半身で構える。

 腕の中のジルニトラは僕に掴まり不安げな視線を僕に向けている。

 しかし男は予想外の行動に出た。

 構えることもなく、逆に僕が構えるのを手で制したのだ。

「ここで戦うつもりはない。貴様もこれ程狭い場所では力を発揮できないだろう。この屋敷の周辺のナハツェーラは全て退かせた。屋敷の外でもそう邪魔は入らない」

 ―――? わざわざ僕に全力を出せる状況にするつもりか?

 一瞬疑問に思ったが、男が言っていた言葉を思いだし納得する。

 この男は決闘を望んでいる。

 「強い敵」を求めているのだ、ならばその敵が全力で戦える環境を求めるのも当然の事。

 拒否する理由はない。

 いや、正確には従わざるを得ないだろう。

 男は一切構えていないが、それでも僕が少しでも逃げる素振りを見せたらすぐさま切り捨てられる。

 そう理解できる程、男の殺気は静かで剣呑だった。


* * *


 屋敷の正門前の比較的大きい通りで僕と男は対峙していた。

 先程と違うのは男が背負っていた片刃の大剣を抜き放ち正眼に構えているということ。

 僕は依然としてジルニトラを抱きかかえたまま。

 出来れば離れた場所で待機させたいのだけど、男の望みは《契約者》との決闘。

 僕達は二人で一人の《契約者》なのだから、一緒に戦わなければ男は満足しない。

 なにより屋敷を守っていたネロさんの使い魔は全滅させられたのだ。

 その上大穴が開いている以上、最早屋敷の中も安全とは言えない。

 例えこの男を僕が惹き付けていても、あの吸血鬼達が無防備なジルニトラを襲わないなんて保証はないのだから。

 腕の中のジルニトラは固唾をのんで成り行きを見守っている。

 不安に決まっている。

 戦いの場になんて殆どいなかったのだから(それを言う僕も実践なんてたった2回しか経験していないのだけれど)。

「我が名はヴァンパイア・グランデル!! さあ、名乗るがいい《契約者》。それが決闘の流儀というものだ」

「………ブルーサス・ホライゾン。それと、ジルニトラ」

 僕の名乗りに、わずかに男―――グランデルが動揺した。

「ホライゾン、だと? ―――いや、まさかな。だがもしそうだとすればなんと数奇な廻り合わせか」

 何かに納得したように感慨深げに一人頷くグランデル。

 僕の姓に何か思うところがあったのだろうか?

 それ程珍しい姓でもないのだが。

「何でもない。少なくとも、戦いの場に必要な事ではない」

「……そう」

 僕は気になったのだけど、勝手に話題を終えられてしまった。

 確かにこの場でする話ではないのだけど。

 少しの間辺りは静寂に包まれる。

 ―――最初に静寂を破ったのはグランデルだった。

 大剣を上段から振り下ろすグランデル。

 それは僕の想定通りの攻撃であり、同時に予想外の攻撃でもあった。

(速い―――!)

 グランデルとの距離を過信していた。

 互いに離れた場所で対峙していたが、その距離を一瞬で詰められたのだ。

 もともと向こうに先手を打たせる心算だったが、まさかあの大剣を持って一瞬で距離を詰められるとは思ってもいなかった。

 けれども対処できない速さではない。

 確かに一瞬で距離は詰められたが、振るう大剣はそれほどの迅さではないのだ。

 少なくともリョウ先輩程ではない。

 もっともその分グランデルの剣はまさに剛剣、僕の腕で防げば例え変異していても容易く切り落とされていたかもしれない。

 僕にとって幸運だったことは剣、特に大剣を得物とする相手との戦いには比較的“慣れて”いたことだ。

 半身になり喰らう力を纏わせた右手で大剣の腹を押し攻撃を逸らす。

 先輩との訓練で身に着けた受け流しだ。

 回避と同時に武器にダメージを与える攻防一体の技。

 渾身の一撃をかわされ僅かに体勢を崩すグランデル。

 その顔目掛け右手の喰らう力を向ける―――はずだった。

 視界の端に映るグランデルの大剣。

 そこに―――傷が、ない?

 グランデルが微かに口元に笑みを浮かべる。

 その表情に僕ははっとした。

(まさか―――!?)

 僕の喰らう力を纏わせた手は触れた物を悉く喰らう。

 だから僕の手は今触覚がない。

 グランデルはそれを知っていた(または察知していた)。

 そしてそれを利用したのだ。

 グランデルの攻撃がそれたのは僕が逸らしたからじゃない。

 グランデルがわざと逸らしたのだ!

 そうして僕の攻撃を受け流すため。

 僕がグランデルの攻撃を逸らしたのではなく、グランデルが僕の防御を逸らしたのだ!

 前のめりに体勢を崩したグランデルがすぐに体勢を立て直す。

 それもそのはず、元々体勢を崩してなどいないのだから。

 そして刃を大剣を翻し、返す刃で僕を斬り付ける。

 僕は咄嗟に右腕を立てて下腕の鱗でそれを受ける。

 同時に後ろに跳躍しその威力を最低限に抑える。

 それでも威力を殺しきれるわけじゃない。

 剛剣に吹き飛ばされ着地した僕の右腕から血が噴き出る。

 ―――大丈夫、腕は動く。

 浅い傷ではないけど、致命的でもない。まだ戦える。

「―――実に面白い戦いだな、ブルーサスよ」

 グランデルが構え直しつつ、楽しそうに笑みを浮かべて言う。

 楽しい、か。

 理解はできないけど、そうだろうなとも思う。

「互いに一撃必殺の威力。先に受けたほうが負ける。これほど死闘と呼ぶに相応しい勝負など、中々出逢えぬものだ」

 ただ一瞬の攻防だったけどそのことは僕も身に染みた。

 どちらも一撃一撃が致命のもの。

 避けきれず防ぎきれずまともに受けたら確実に死ぬ。

 ジルニトラがいる事もあってこれまでにない緊張を強いられる。

「ブルーサス……」

 僕の傷を見てジルニトラが青ざめる。

「大丈夫。これぐらいならまだ戦える。それより、しっかり掴まってて。守りに徹して勝てる相手じゃないみたいだ」

「うん」

 毅然と頷き返すジルニトラ。

 まだ不安げだが、僕を信じてくれている。

 ならばそれに応えなくては。

 そして僕はグランデルに果敢に攻めかかる。

 この際周囲への被害は気にしないことにした。

 周りの建物の屋根を、壁を足場に縦横無尽に跳び回る。

 目的は攪乱や奇襲、ではない。

 ある家の屋根に着地する。

 僕の足元には無数の欠片。

 これまでの移動の着地・跳躍で砕けた屋根や壁の物を一か所に集めていたのだ。

 その中のいくつかを手に取りグランデルへと投げつける。

「むっ!?」

 グランデルは剣の腹でそれを受ける。

 欠片自体は小さいものだが、変異した僕の腕力で投げれば殺人的な威力を持つ武器となる。

 攻撃の手を休めず雨あられのようにグランデルに欠片を投擲する。

 グランデル自身には一切ダメージが通っていないが、欠片を防ぐ大剣は違う。

 僅かずつだが欠片に穿たれて傷ついていく。

 だがそれも本当の目的ではない。

「その程度―――なめるな!!」

 グランデルが欠片を防いでいた大剣を右手で軽々と振るう。

 その凄まじい剣圧は飛来する欠片を粉々に砕くに留まらず、僕が立っていた場所を大きく砕いた。

 ―――でも、そこに僕はいない。

 僕は―――大剣を振り抜いたグランデルの目の前に!

 剣圧の一点に右手の喰らう力を向けて穴を作りそこを抜けたのだ。

 流石のグランデルもこの応用法には意表を突かれたようだ。というか僕自身もこんな使い方が出来るのかと驚いてる。

 これはジルニトラが提案した方法だ。

『こんなことも、できるかもしれない』

 当然ジルニトラが試した事があるはずもなく、あくまで「かもしれない」という勘での提案だった。

 当然僕はその勘を信じた。

 これまでジルニトラは僕の事を信じてくれていたのだから。

 果たしてその目論みは上手くいった。

 グランデルは完全に意外を突かれ僕に無防備な姿を晒している。

(殺った!!)

「甘いっ!!」

 グランデルが開いている左手で僕の右腕を掴んだ。

 ―――ここへきて、体格の差が出てしまった。

 小柄な僕に対しグランデルは大柄。

 素手でのリーチならあちらに分があることは明白。

 そしてグランデルは僕の勢いを利用しそのまま投げつけた。

「!? ―――がっ」

 塀に激突する。なんとかジルニトラを庇うような体勢になれたが、その分僕へのダメージは増える。

 その衝撃に、僕の意識は一瞬で刈り取られた。


* * *


『おねえちゃん、かみなりこわいよ……』

「ブルーサスは怖がりだね。ほら、おいで」

 ―――これは、小さい頃の記憶だ。

 夜、雷が怖くてお姉ちゃんに泣き付いた時の記憶。

『お姉ちゃん。お父さんもお母さんも死んじゃって……僕達、これからどうなっちゃうの………?』

「大丈夫。大丈夫だよ。お姉ちゃんが付いてるから。一緒にいるから。君を、守るから」

 ―――これは、10年前の記憶だ。

 父さんと母さんが死んで、二人っきりになってしまった日。

 僕を抱きしめてそう言ってくれた記憶。

『お姉ちゃん……? ど、どこ行くの………?』

「ごめん。ごめんね、ブルーサス。私は、君が大切だから、好きだから―――行かなくちゃいけないの。ごめん、ごめん―――」

 ―――これは、5年前の記憶だ。

 一緒にいると言ってくれたのに、どこかへ行ってしまったお姉ちゃん。

 泣きながら言った最後の言葉。

(お姉ちゃん―――)

 両親を亡くしてから僕の親代わりをしてくれたたった一人だけの肉親。

 とても大切な人。

 なのに、行ってしまった。失くしてしまった。

(また―――失うの? お姉ちゃんみたいに?)

 お姉ちゃんを失った『欠落』。

 決して満たされなかったそれを、満たしてくれた子がいた。

(僕の欠落を埋めてくれたジルニトラを―――失うの? また?)

 怖い。

 怖い。

 いやだ、これ以上失いたくない、

 欠けたくない。

「―――こんな思い出に浸っている暇があるの?」

 ―――これは、お姉ちゃんの言葉。過去の言葉じゃない。

 僕の中のお姉ちゃんのイメージが僕に語りかける言葉。

 そうだ―――僕は、思い出に浸っている場合じゃない。

 少なくとも、今は。

「ほら、行ってきなさい。君なら出来る。だから、それは君がしなくちゃいけないことだ」

 うん。―――行ってくる。


* * *


 ………一瞬、気を失っていた。

 ……懐かしい夢を見た。

 大丈夫、意識ははっきりしている。

 ジルニトラが泣きながら僕を揺する感覚も、ゆっくりと歩み寄るグランデルの姿も、全部知覚できる。

『ブルーサス、起きて! ねえ、起きて!!』

「大丈夫……もう目は覚めた。ここからは―――これまでのようにはやらせない」

(そうだ。負けない。だから、その為にはまず―――)

「お姉ちゃん。父さん。母さん―――力を貸して」

 グランデルが足を止める。

 彼は見ただろう。僕の目つきが変わったのを。

 だがそれで戦いを止める男ではない。

 動かない僕へ向けて、剣を振り下ろす。

「―――遅い」

 振り下ろされた大剣が僕の後ろにあった塀を砕く。

 その一撃は僕の命を確実に奪うものだっただろう。

 ―――だけど、僕は死なない。

 僕は振り下ろされた大剣の、その棟の上に!

 一瞬驚きの表情を浮かべるグランデル。

 だがすぐに気を取り直し、僕を払う様に大剣を振るった。

 でも払えない。

 僕はまるで木の葉の様にゆらりと跳び、グランデルの後ろに着地する。

「何っ!?」

 再びグランデルが驚愕する。

 それもそうだ、僕の動きはさっきまでと全然違う。

 竜の力に任せた動きから、流れるような緩やかな動きに。

 それはまるで―――

「なんだその動きは。何かの流派……ではないな? しかし今の動きは……まるで樹人種ではないか」

 樹人種。

 森林に住む人型の幻想存在。

 僕の動きはそれにそっくりなのだという。

 再び僕とグランデルは対峙し合う。

 ―――けれど僕はその存在を無視した。

「ジルニトラ。僕は大きな間違いをしていた」

 アルトさんの言葉を思い出す。

 僕はジルニトラを遠ざけていると。

 一緒に戦うべきだと。

 僕はその為の言葉を―――まだジルニトラへ言っていない。

「僕はこう言うべきだったんだ。ジルニトラ、僕は君を護りたい。だけど僕は無力だ。だから……僕に力を貸してほしい。僕を支えてほしい……一緒に戦って欲しい」

「うん。わたしは、ブルーサスがすき。だから、まもりたい。わたしはちからをうまくつかえないけど、ブルーサスにそれをかしてあげることができる。ブルーサスをささえてあげたい。ブルーサスだけに、こわいおもいを、くるしいおもいをしてほしくない」

 笑って頷き返すジルニトラ。

 瞬間、僕はあの草原に立っていた。

 抜けるような青空と風がそよぐ草原。

 あの時と違うのは、明確に僕自身がその光景に立っていること。

 ―――世界が蒼く染まる。


* * *


 謳う。

 詠う。

 高みで、誰かが謳う。

「喝采せよ! ああ、ああ素晴らしい! 我が悲願の一端は、ここに成就した! 不死身の存在如き、満ち足りた彼に叶うものか!!」


* * *


 そして僕はその“言葉”を紡ぐ。

 《契約者》の繋がりを強め、『穢れ』を打ち払い、同じ『歪み』を共有する為の、その力ある言葉を。

「『此処を渡れば人間世界の悲惨、渡らなければ我が破滅。進もう、神々の待つ処へ。我々を侮辱した敵の待つ処へ</i>』―――Alea jacta est!!」


 変わる。

 組み変わる。

 変質する。

 僕の身体から竜の因子が抜け出て、代わりに溢れたそれが別の姿となる。

 ―――それは鎧だ。

 金の装飾が成された緋の鎧。

 兜は竜の頭部を模し、鎧の背面には下面に穴の開いた二対の棘がまるで翼の様に伸びている。

 その鎧は荒々しく、しかし月の光を受けてどこまでも神聖な輝きを放っていた。

 それは至高の力である竜すらも越えた、なにか別の領域の存在という印象。

 強いて言えば老成した竜へと付けられる名のひとつ、聖竜に似た気配。

 悪鬼へと無慈悲なる裁きを下すという意味でも“聖”の性質だろう。

『WOOOOOOOOOO!!!』

 天へ向けて咆哮し僕は右手を空へ向ける。

 そして広げた右手の中から銀の光が伸びる。

 それは徐々にカタチを成し、姿を現す。

 ―――剣だ。

 竜の上咢の様に片側がギザギザとした長剣。

 剣をだらりと下げる。

 長い刀身は地面に擦れ―――なかった。

 刀身が触れた地面が、まるで最初からなかったかのように消失する。

「まさか―――錬気で造り出した剣に喰らう力を纏わせたというのか!? ―――いや、違う……喰らう力そのものを錬気したのか、貴様!!?」

 錬気。

 それはアルトさんが言っていた純粋な竜の力を収束させた一種のオーラの様なもの。

 そう、この剣は、正確にはこの刀身は錬気により創り出した物だ。

 ただひとつ違うのは純粋な力ではなく、喰らう力を収束させたということ。

 ―――そんなこと不可能だ。

 そうグランデルは思っているのだろう。

 僕だって不可能だと思ってる。

 でも現にこうしてそれは成った。

 何も特別なことはしていない。

 ただそうしようと思ったら本当に出来ていただけのこと。

 しかしグランデルにとって驚愕すべきことはこの『削り喰らう剣』だけではない。

「そして、その鎧―――周囲の空間そのものを変異させたな!?」

 グランデルの予想は正解だ。

 この鎧は僕の身体が変化したのではなく、周囲の空間、正確には大気を変異させたもの。

 『削り喰らう剣』と同じく、いくら竜との《契約者》でも自分以外の存在を変異させるなんて不可能。

 ―――そもそも今の僕にとってそんなことはどうでもいいことなのだ。

 僕とジルニトラ協力したのだから出来て当たり前。

 それだけだ。

「さあ―――ここからが本番だ。僕とジルニトラの力、思い知れ!!」

「思い上がるなよ、油断は死を招くぞ!!」

 グランデルが一瞬で距離を詰め大剣を振り下ろす。

 僕はそれをあえて『削り喰らう剣』ではなく右腕の下腕で受けた。

 衝撃に足元の地面が砕け、沈み込む。

 だが僕の鎧には傷一つ付いていない!

「―――それだけか?」

 無防備なグランデルの腹を蹴り飛ばす。

 凄まじい勢いで吹き飛ぶグランデル。

 僕の身体自体は竜の変異が消えてそのままの肉体だけど、鎧そのものに筋力増加の力が加えられているため格闘能力が下がった訳ではない。

 むしろこの聖竜の鎧が持つ力により威力も速度も今まで以上に強化されている。

 そう。グランデルはまだこの鎧の本質を見ていない。

 ジルニトラの力と僕の渇望が結びついたこの鎧の能力を。

 背中の棘と鎧の各部にあるスリットが展開する。

 そして僕は空高く跳躍した。

 否、跳躍ではない。

 ―――飛んでいるんだ!!

 竜の身体だった時のジルニトラみたいに翼があるわけじゃない。

 ただ単に背中の棘から噴射される圧縮空気による飛行。

 各部のスリットからも圧縮空気が噴射し、姿勢制御や加速を行う。

「凄い―――本当に、飛んでる……。これが、空―――!!」

 ほんの少しの間だけ自由に空を翔ける。

 ずっと憧れていた空。

 僕は今、その空にいる。

 戦いの最中だというのに僕は感動を抑えきれず打ち震えていた。

 腕の中のジルニトラも久しぶりの空に気持ち良さそうに目を細めている。

 でもそんな時間は長く続かない。

 僕を追ってグランデルもまた空を翔ける。

『行くよ、ジルニトラ』

『うん』

 心の内でジルニトラに告げてグランデルへ向けて加速する。

「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

 気合一閃、グランデルへ『削り喰らう剣』を振るう。

「ぐっ!」

 グランデルは身を翻し回避しようとするが、切っ先がその身体を捉えた。グランデルは腹の一部を喰われながらも切り抜けた僕へ大剣を振るう。

 でも遅い。

 僕は既に遠く離れた場所まで突き抜けていた。

 ―――ところで、この聖竜の鎧の飛行能力にはひとつ欠点がある。

 空気の噴射を利用して飛行するという原理上、加速は速いが小回りが利かないのだ。

 方向転換には一度停止する必要がある。

 その瞬間だけはやや無防備になってしまうのだ。

 グランデルもそれに気付いているようだ。

 さっき散々跳び回っていたのだから当然のことなのだけど。

 一瞬の停止を狙いグランデルが飛翔する。

 ―――その瞬間、グランデルは体勢を崩した。

「何っ?」

 何が起こったのか理解できないように呆けた顔を晒すグランデル。

 体勢を立て直そうとするが、更に突然の突風にあおられて体勢を崩す。

 諦めてそのまま僕へ向けて飛ぼうとするが、強い向かい風で速度も出ない。

 後で知ったことだが、ヴァンパイアは身体の内部を一種のガス状態に変化させ風を読みその流れに乗ることで飛行しているらしい。

 その為風を読み間違えればすぐに体制を崩し、下手をすれば落ちる。

 もっとも風を読む力は先天的な能力であり、白痴か耄碌にでもならない限り失敗することはないのだという。

 だがグランデルは風を読むことに失敗した。

 そのことはヴァンパイアにとってかなりの精神的ダメージを与えただろう。

 僕はあえて彼の名誉のために言おう。

 グランデルは風を読むことには成功していた。

 ただ「風に嫌われた」だけだ。

 反対に僕達は自在に風に乗っていた。

 加速するときには追い風に、減速するときは向かい風に。

 方向転換するときはその方向につむじ風が渦を巻く。

 風の全てが僕達を手助けしていた。

 ―――これがジルニトラが持っていた固有の能力。

 ジルニトラ自身気付いていなかったが、本当は最初から固有の能力に目覚めていたのだ。

 ただあまりにもささやかで、当たり前の様に使っていたからそうと気付いていなかっただけ。

 『幼き風』。

 風はジルニトラにとって友達。風にとってもまた然り。

 だから周囲の風は全てジルニトラの味方をし、逆に敵を拒絶する。

 意図的に風を操っているというよりは風そのものが自発的に動いていると言った方が正しい。

 ある意味では風という概念そのものとの交信とも言えるだろうか。

 ジルニトラは昔からこの力を無意識に使い風と戯れていた。

 『風と遊ぶ幼竜』ジルニトラ。

 その性格を育んだのがこの能力なのだろう。

 本来なら多少厄介なだけで特別大きな効果はないこの『幼き風』も、空中のグランデルにとっては致命的。

 もはやグランデルは体勢を直す事も出来ずもがくのみだ。

 僕はグランデルよりも高く飛び上がり、月を背にグランデルへ急降下。

 『削り喰らう剣』を振り下ろした。

 グランデルは咄嗟に大剣防ごうとするが『削り喰らう剣』の前にそんなものは何の意味も成さない。

 触れた瞬間喰われ、折れる。

 そして刃はそのままグランデルを真っ二つに喰らった。

 『削り喰らう剣』はグランデルを喰い斬るだけにとどまらず断面からその身体を粒子に変え吸収し始める。

 一度喰らったものは決して残さない、貪欲なまでの力。

 ―――そしてゆっくりと絶命していったグランデルには目もくれず、僕は思う存分ジルニトラと空を翔けていった。


* * *


 屋敷の敷地に降り立ち、僕はジルニトラを地面に降ろした。

 同時に鎧を解除する。

 ―――次の瞬間ジルニトラの右下腕に突然裂傷が走り、血を噴き出した。

 僕は慌てて自分の服を裂いて止血する。

「あ……ブルーサスも……」

 気付けば僕がグランデルに負わされた傷も血を流している。

 さっきまでは殆ど血も止まっていたのに。

 そして奇しくもそれはジルニトラの傷と同じ位置。

 加えて痛みもやや増加している。

 ああ、と僕は理解した。

 僕とジルニトラの《契約》による繋がりが強くなって痛みどころか傷まで共有するようになったのだろう。

 聖竜の鎧によってこれまでよりも戦いで傷を負う可能性は低くなったけど、それでも今まで以上に注意しなくては。

 ……だというのに、ジルニトラは自分の傷を見て少し笑っていた。

「だって、これはブルーサスともっといっしょになれたあかしだから。―――っ!?」

 微笑んでいたジルニトラが突然口元を抑える。

 少しして、嘔吐してしまった。

 僕もまた異様な気持ち悪さを腹の中に感じた。

 思わず吐きそうになるがなんとか堪える。

「大丈夫、歩ける?」

 ジルニトラは頷き返すけど、また吐いてしまう。

 これは―――もしかしてグランデルを喰ったから?

 原因は分からない。

 とにかく僕はジルニトラを抱きかかえて屋敷の中へ戻って行った。


02. ???


『美しい……私は貴方に恋をした』

『その美しい髪と共に在れるのならば、私は二度と血など見ずに生きてみせよう』

『そのかぐわしい香りと共に在れるのならば、永劫私は血の臭いを忌避する他ない』

『―――私を、貴方のものとしてくれないだろうか』


* * *


『正気か、だと……?』

『正気だとも。愛に正気を失う事はこの上なく正気だ』

『人間如きに? ならば我等は可憐な花を愛でる事すら許されぬと?』

『私は、この生を選ぶ。今更血肉に塗れた生き方をするなら、死んだ方がマシだ』

『―――さらばだ、我が友グランデル』


* * *


『見ろ、私達の子だ。貴方の子だ。ああ、君に良く似ている』

『名? 私が? ―――そうだな、この子の名は―――』


次回予告

 1に1を永劫掛け続ける。答えは明らか、しかし証明が終わる事はなし。

 終わらぬ生は死と同義、終わらぬ証明は地獄にも勝る。

 彼の者の名は氷界の王、またの名を死界の翁。

 次回、繚乱のファンタズマゴリア 第20話 《氷華世界》~アートレータ・アエテルヌム~


 それでも、求め続けるのなら―――


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