繚乱のファンタズマゴリア 17 オルフェ~情熱はこの拳に~
1.
―――体育館は一瞬にして地獄と化した。
壁を切り裂いて悠々と、しかし騒がしく現れたレムルと名乗るヴァンパイアによって。
最終防衛線であった武装した学生と駆けつけた教員はレムルによって瞬く間に一蹴された。
「Hey! もう終わりかよ!? つまらなくね? つまらなくね!? いやいや、これからカワイー女の子の血のジュースで乾杯!するとこなんだけどさ。ほら前座って大事じゃん? でしょでしょ、キレイなおねーさん」
「誰が……やらせるものですか!」
隅に固まった生徒とレムルの間で構えるオルフェが声を張り上げる。
しかしその言葉は息も絶え絶えだ。
見ればその身体は至る所に裂傷を負い、戦闘用の服を血で染めている。
「おねーさんかっわいー! ほらほら、血に染まって綺麗だよ? 鏡見る?」
オルフェは何も言わず炎弾を投げつける。
レムルはそれを容易く両手に持つナイフで切り裂き、何もなかったかのように続ける。
「つれないなー。いいけどさ、いいけどさ。最初に用があるのはおねーさんじゃなくておねーさん……あ、分かんないかこれじゃ。分からないよね? ピンポーン。はいは~い。お客様の中にアサヒ・タチバナって名前の方はいらっしゃいますか~? いらっしゃったら大人しく血を吸われてくださーい」
芝居じみた動きをしながらのレムルの言葉に、オルフェとアサヒの顔が驚愕に固まる。
「アサヒに何の用です!」
「Oh!? おねーさんの知り合いなんだ! やっべ、仲良し二人を調教ですか!? ヤッホー!! ついてるよついてるよ僕!!」
問いに答えずケラケラと道化の様なふざけた身振りで喜ぶレムルをオルフェは歯を食いしばって睨み付ける。
ふざけた男だがその実力はとてつもない。
現に生徒はともかく、トウヤ達とは比べ物にならないとはいえそれなりに実力もある教員ですら近づくことすら出来ずに倒されたのだ。
「何故あなたがアサヒを狙うのかは分かりませんが―――アサヒには指一本触れさせません!!」
気合を込めた叫びと共に両腕に焔を纏わせレムルへと走る。
「わっはぁ!! 怖い怖い!!」
怖いと言いつつ楽しげな笑みを浮かべレムルは手の中でナイフをくるりと回す。
その瞬間、オルフェの身体に再び複数の裂傷が刻まれた。
(また―――!?)
ナイフを回す。
その動作だけで離れた場所にある物を切り裂く。
他の者もみなこの攻撃に倒されたのだ。
何かの能力か?
タネさえ判明すれば対処し得るが、オルフェには見当もつかない。
攻撃の挙動は小さく、その上速いためオルフェに見極めさせる暇を与えないのだ。
(せめて、近づくことさえ出来れば―――!!)
レムルとの距離は約25m。
ただ痛みを我慢して近づき、必殺の一撃を叩き込めばいいだけだ。
しかし―――
「おねーさん、もしかして僕を殺せると思ってる? No No!! ダメダメ!! 僕を殺したければ一瞬で灰にするぐらいの火力はないと! おねーさんの炎じゃ僕、再生しつつ焼かれ続ける事になっちゃうよ! おー怖! そりゃやべえ僕ションベンちびっちゃうぜ!」
レムルの言葉にオルフェは再び愕然とする。
一瞬でレムルを灰にする火力。
そんなもの今のオルフェにはどれだけ全力を込めた所で出すことはできない。
(こんな時、先輩がいれば―――)
頭に過った考えをオルフェは頭を振って掻き消す。
リョウもまた今敵の本拠地で戦っているはずなのだ。
頼ってばかりではいられない。
それに。
今自分の後ろにはアサヒがいる。他の生徒達がいる。
自分が弱気になったら誰が彼等を守るのか。
せめてトウヤが来るまでの時間稼ぎさえ出来ればいい。
それが出来なければ、瞬く間に皆血を吸われてしまうだろう。
その考えが満身創痍のオルフェの脚を支え前へ向けていた。
退いてはいけない。前へ出なければその分レムルは後ろのみんなに近づくのだから。
オルフェのその姿を見てレムルが哂う。
「スゴイスゴイ!! おねーさん傷だらけなのに僕に立ち向かってカッケー!! いじめたくなっちゃうぜ、オイ!!」
楽しそうに手の中でナイフをクルクルと何度も回す。
それに伴いオルフェの身体を幾度となく斬撃が襲う。
刻まれる裂傷はどれも浅いが、これだけの数の傷を負えば痛みも失血も酷くなる。
それでもオルフェは拳の焔を消すことなく、痛みに耐えながら一歩ずつ前へ出る。
「スゲエ!! おねーさんマジで気に入ったよ!! でも面倒だから手足は切っちまうか!! Yeah!! そうすりゃ弄ぶのも虐めるのも自由自在さ!!」
そう言い、レムルが初めてナイフを大きく振りかぶる。
オルフェはその僅かな隙に炎弾を放とうとするが、痛みで行動が遅れる。
レムルがナイフを振り下ろす。
不可視の斬撃がオルフェへ迫る。
彼の言う事が本気ならば、この一撃で手か足が切り落とされることになるだろう。
しかしオルフェには防ぐ術も避ける術もない。
歯を食いしばり訪れるであろう激痛に備える。
「―――みすみすやらせると思うかい」
しかし確実にオルフェの四肢を切り裂く筈の斬撃は訪れない。
代わりに。
代わりに―――
オルフェとレムルの間に疾風となって現れた、白虎を模した全体的に鋭角的な印象を受ける全身鎧を纏った人物が。
鎧。鋼鉄ではない。
その光沢は如何なる鉱物にも成し得る物ではなく、即ち異能で造り出した鎧に他ならない。
だが異能をこれ程までに精密な形で形成するなど容易い事ではない。
不定形の異能ならば尚更。
しかしオルフェはそれを成す人物を知っていた。
そして目の前の人物の纏う鎧がその人物と同じ不思議なデザインだという事も。
「リョウ先輩―――?」
問いに目の前の人物―――若い男の声―――が応える。
「ごめん。僕はリョウ君じゃない。けれど、彼に頼まれてここに来た。君を頼むって」
「私を……?」
「おいおいおい!? 折角のお楽しみを邪魔しといてなにすかしてるんですか~!? なになに、超ドSの方!? 人の迷惑になる様なことしてカ・イ・カ・ン感じちゃう人ですか!?」
悶えるように身体をくねらせるレムルに男は毅然と告げる。
「ご都合主義の権化―――と名乗りたい所だけど、それは今の彼の専売特許だからね。だから僕はこう名乗ろう。《白嵐皇》―――それが僕を指す名だ。《蒼霞王》の対にして共に同じ道を歩んだ者」
《白嵐皇》を名乗る男の言葉にオルフェは内心首を傾げる。
リョウの友人?
同じ道を歩んだということは自警団……いや、過去形だったのなら元自警団なのだろうか?
しかしこれ程象徴的な鎧の騎士や自警団ならば少なくともこの王都にはその名を馳せている筈だ。
リョウだって実力は元よりその《リヴァイアサン》の印象的な外見で王都で名を馳せている。
しかし《白嵐皇》などという名は聞いたこともない。
そもそもリョウが自警団に入団したのは1年前だし、その時からパートナーはガルスだ。
他に『同じ道を歩んだ』と言える相手はいない筈。
「さて―――始めようか」
「うおー!! 気取るねえ! 気取るねえ!! そんなアナタにステキな血まみれの身体をプレゼント!!」
レムルが大きくナイフを振るう。
あの不可視の斬撃だ。
しかし《白嵐皇》は身動ぎひとつしない。
―――そして斬撃も訪れない。
否、効いていない!
「悪いけどさっきのでタネは割れている。生憎だけどこの鎧をそんなちゃちな攻撃で傷付けられると思うな」
《白嵐皇》の言葉にオルフェが驚愕する。
あれだけの攻撃を食らっても分からなかった攻撃の正体を、たった一撃を見ただけで見破ったというのか。
「おおう!? 冗談キツイぜ。これを見破れるはずねえだろう!!」
レムルが滅茶苦茶にナイフを振るう。
《白嵐皇》の鎧が変形した。
脛当てが展開し、中から青白く光る刃が姿を現す。
そして《白嵐皇》は何もない空間へ跳び回し蹴りを放つ。
速い!
一切初動が見えない。
そして着地と共に落ちてくる何かをその手に掴み、オルフェの方へ放り投げた。
オルフェは地面に落ちたそれに目を凝らす。
そこには月明かりを受けて僅かに赤く光る物が。
(これは―――!)
ようやく見えた。これが不可視の斬撃の正体か。
「鋼糸―――!!」
髪の毛よりも一回り以上細い鋼の糸。
赤い色は犠牲者の血―――いや、もしかするとレムル自身の血かもしれない。
恐らくナイフに接続されているこれを血によって操作していたのだろう。
成程、ただでさえ細いこの糸を更に高速で操れば見極めるのは困難だ。
それに加えて満月により比較的明るいとはいえ今は夜。
視認することはまず不可能だろう。
「ま……マジかよ……。グランデルの野郎ですら見切れなかった僕渾身の一作だぜ!? なんでそんな簡単に見破れるんだよオイ!?」
「生憎だけどその手の武器には慣れている。僕自身心得はあるしね。―――こう使うんだろう?」
《白嵐皇》が無造作に手を振るう。
次の瞬間レムルの胴体が袈裟懸けに裂け血を噴き上げた。
しかしすぐに再生する。
「この《白嵐皇》にも似た装備はある。まあ、無駄みたいだけどね」
「そうさ、残念だったねえ!! 真似されたのはシャクだけど! テメエ程度じゃあ僕を殺す事なんて出来ないんだよ!!」
哄笑するレムルに向けて《白嵐皇》はやれやれといった風に首を振る。
「そうか、困ったな。なら徹底的に蹴り裂けば少しはやる気をなくすかな」
そう告げて《白嵐皇》は腰を落とし構える。
脛当ての刃は輝きを増し血臭の漂う体育館を照らす。
その輝きは月光にも似た清廉な光。
「―――ゲイルステップ」
《白嵐皇》が動き出す。
否、動き出したとオルフェやアサヒが認識した時には、既にその姿はレムルの後ろに。
レムルその一瞬で身体を蹴り裂かれ、血しぶきを噴き上げつつ何が起こったのか分からないような表情をしている。
「我が異能は『ロータ』! 比類なき速度の力! 君如き、見切れるものか我が月刃!!」
―――その攻撃を《白嵐皇》は幾度となく繰り返す。
その速度は更に増し、やがてその姿は光の軌跡としか認識できなくなる。
レムルから噴き出る血は《白嵐皇》の攻撃が巻き起こす疾風に巻き上げられ赤い霧と化している。
しかしレムルの再生速度は《白嵐皇》の速度に匹敵し、傷付いては再生し、傷付いては再生しを繰り返している。
その破壊と再生が併存する光景は悍ましくも美しいもの。
先程まで怯えていた生徒達ですらその光景に目を奪われていた。
―――しかし、オルフェの頭の中にあったのは別の事だ。
(私は、この光景を……?)
なぜだろうか、この光景に既視感を覚える。
《白嵐皇》の驚愕すべき戦闘能力に、何故だか「彼ならば当然だ」という言葉が浮かんでくるのだ。
自分は……昔何処かでこの光景を見たことがある?
そして《白嵐皇》を知っている?
そう考えた途端、脳裏にある光景がフラッシュバックした。
居並ぶ鎧姿の男女。その中には《白嵐皇》の姿もある。
そして……ああ、《リヴァイアサン》の、リョウの姿が。
いつこんな光景を見たというのだろうか。
子供の頃?
しかし視点は今の自分と同じぐらいの高さ。
もしこれが自分の見た光景ならば、精々数年前の事だろう。
しかしそんな記憶はない。
何より―――視界の端に僅かに映る自分の姿は《リヴァイアサン》や《白嵐皇》、そして他の鎧の人物と似た構造の真紅の鎧を纏っていた。
こんな鎧は知らない。
これは―――本当に自分の記憶? それとも……。
途端、胸と拳が熱くなる。
ああ、自分は弱い。
それでもリョウの側に居たい。
リョウと肩を並べたい。
なのに、リョウは自分には手の届かない場所に居て。
その上彼にはこれほどまでに強い人と共に歩んでいた過去があって。
こんなにも弱い自分がその隣に居る事など、許されるのだろうか。
許されたい。
傍に居たい。
―――強くなりたい。
拳を見ると、異能の焔が燃え盛っている。
―――異能の焔?
「何、これは……」
真紅の筈の焔にオルフェは金色が混ざっているのを見た。
こんな現象は見たことがない。
まるで先程の光景みたいに。
けれど。この紅金の焔で何ができるかは、分かった。
一方の《白嵐皇》は攻撃を一旦止め、レムルと再び対峙していた。
「ほら見ろ!! テメエには無理なんだよ!! 大人しく殺されやがれこんチクショウがよお!!」
「そうだね。どうやら君はどうやっても更生する気はないらしい。なら―――月のオオカミに代わって僕が引導を渡す他ないようだ」
《白嵐皇》が静かに告げ構える。
―――その横を、オルフェがふらりと通り越した。
「し……オルフェさん!?」
慌ててオルフェを引き留めようとする《白嵐皇》。
しかしオルフェの拳に宿る紅金の焔を見て絶句した。
「黄金光……!? リョウ君の話じゃ、思い出す可能性はないって―――」
《白嵐皇》の言葉も聞こえていないのか、夢遊病の様にレムルへとオルフェは足を進める。
「私は、先輩の側に居たい―――」
―――オルフェは、気付いているだろうか。
「私は、ずっと先輩と肩を並べていたのに―――」
自分の言葉がまったく別の意味合いを持つものになっていることに。いや、気付いてはいないだろう。気付く必要もない。“真実”や“過去”などこの場では意味を成さないのだから。
此処は最早戦いの場などではない。輝ける焔による火刑を執行するための処刑場。
「私がこんな有様じゃ、先輩の笑われる!!」
脚から焔を噴出させ高く跳び上がる。
天井ぎりぎりまで跳び上がると、レムルへと向けて降下する。
噴出する焔は更に勢いを増し、拳の焔もまたより熱く静かに燃え盛る。
それはトウヤの流星脚と似た挙動。
だがまったく異なる技だ。
流星脚は類稀なる体術による紛うことなき“業”。
こちらは落下の勢いを乗せただけの単純な“技”。
しかしその焔に宿った『あらゆる正の力』を込めれば、もたらすものは比類なき炎熱の破壊。
旧き焔の星の赤の光に似て、しかし旧き庭園の金の輝きを宿す焔。
「孤焔拳―――」
右腕を引き絞る。
ただこの一撃、レムルの全てを打ち抜き焼き尽すため。
しかしレムルとて愚かではない。
速いとはいえ単純な突撃、かわせばいいだけの話だ。
―――かわせればの話だが。
「ちょ、おい!? なんで身体が動かねえんだよ!?」
レムルは動けない。
身動き一つ取れないわけではないが、それでも少ししか身体を動かせないのだ。
「まさか―――!?」
「そのまさかさ。無駄ではなかったようだね、僕の鋼糸は」
先の連撃において《白嵐皇》は次の必殺の一撃に備えレムルの身体、正確には再生する傷口に鋼糸を植え付けていた。
そして周囲の床や天井に鋼糸を固定しレムルの動きを封じていたのだ。
「チクショウチクショウ!! ふざけんじゃねえぞ糞アマがぁ!! 死ね! 死ねよオイ!!」
「―――君が死ね」
迫るオルフェに向けてレムルが喚くが、《白嵐皇》が代わりに冷たく言い放つ。
そして―――
「―――椿!!」
レムルの体にオルフェの拳が突き刺さる。
次の瞬間拳から放たれた轟炎に包まれ、一瞬にしてその身体は灰となった。
悲鳴を上げる暇すら与えない。
如何にヴァンパイアと言えども、全身を消失する程のダメージから再生する力はないのだ。
しかも焔はその規模とは裏腹にレムルの身体のみを焼き尽くし、周囲には一切燃え移っていない。
そしてオルフェは自らが放ったその一撃を呆然と見ていた。
「出来る」という確証はあったが、それでも予想以上の威力。
これほどまでの力を目の当たりにするのは初めての事だ。
唖然とする他ない。
「凄い―――」
その光景を見ていたアサヒがぽつりと呟く。
他の生徒達も同じようにぽかんと口を開けている。
それほどまでに凄まじいものなのだ、オルフェが放った焔は。
……と、オルフェが力を使い果たしたようにその場に崩れ落ちた。
「オルフェ!?」
アサヒが慌ててオルフェへ駆け寄る。
「す、すみません……。力が抜けてしまって……」
「典型的な異能の使い過ぎと失血の症状だね。命に別状はないよ。それと―――霊子の過剰供給によるオーバーヒート? あれだけでここまで消耗するなんて……流石『黄金の勇者』の力だ。でも、スフィアもなしにどうやって……」
《白嵐皇》がオルフェを覗き込み何かを呟くが、オルフェは上の空だ。
(先輩……)
思い浮かべるのは遠く離れた場所で戦っているであろうリョウのこと。
この力が何なのか、今の自分には分からない。
それでも報告したいことがあった。
「私が果たすべき役割は、ちゃんと成し遂げましたよ……」
僅かに笑みを浮かべながら微笑んで、オルフェの意識は深い眠りへと落ちていった。
人は歩み往く。それは摂理。
しかして、その先にあるものは誰も知らぬ。
悪を極めようとも、善を究めようとも。
知り得る事は果てが在るという事のみ。
次回 繚乱のファンタズマゴリア 18話 『可能性変生~魔王降臨~』




