繚乱のファンタズマゴリア 16 魔術師達の宴 / ネロ~砕け得ぬ貴石~ / トウヤ~阻めぬ力~
1.
「しかしまあ、よくもこんな数の眷属を用意したもんだ。そのくせ妙に詰めが甘いときてる。この違和感は何だ?」
学院へと迫り来るナハツェーラの群れに疑念を抱くトウヤを、ネロが一笑に付す。
「下らない疑問だな。それを知って何になる。すべき事は一つ。生徒を奴らの命と引き換えに守る。それだけのことだろう」
「それもそうだけどな」と釈然としない様子ながらもトウヤは頷き、構える。
構えといっても何か流派に基づく構えではない。
ただ脱力し細かくステップを刻むだけだ。
「そうじゃのう。兎に角、先ずは奴らが我々の上を飛び越さぬ様にせねばな」
そう言って、ケインが左手を前へ突き出す。
足元には光る五芒星が。
しかし異能の領域を示す本来のそれと異なり、奇怪な文字の様なもので装飾されている。
魔術文字だ。
そしてケインは己の適合する理を魔術として行使する為のその言葉を紡ぐ。
「『|一 二 三 四 五 六 七 八 九 十(ひ ふ み よ い む な や ここのたり)!布留部、由良由良止、布留部』―――十種神宝ァ!!」
―――左手には刀が納められた一振りの鞘、中空には勾玉が四つ、鏡が二つ。
宿りし理は『安寧』、発現せし全ての道具は己へ如何なる脅威をも近づけぬ為の物。
四つの勾玉から光弾が高度をとって学院へと侵入せんとするナハツェーラへ連射される。
それぞれが異なるナハツェーラを正確に狙い、違わず地へ落とす。
光弾に貫通力はなく威力も必殺とはほど遠いが、その連射速度は恐るべきもの。
例え彼らが鋼鉄の鎧を纏っていたとしても絶え間なく叩き込まれる衝撃に地に落とされていただろう。
ケインが居合の構えをとる。
次の瞬間、数十メートルも離れた場所にいたナハツェーラが突如現れた光の刃に切り裂かれた。
ケインは数体の刀を抜く動作すらしていない。
―――そもそもこれは“斬撃”などではない。
離れた場所に鞘の内部の刃を光として設置しているだけだ。
しかし居合と同じく超速で現出する刃を飛翔するナハツェーラが避ける術はない。
高度をとって飛ぶのは危険だ。
そう判断し低空から庭園へと侵入したナハツェーラ達の前に立ちふさがるのは、ネロとトウヤ。
「金剛力で100体は潰すつもりだが、お前はどうする?」
「ならば俺は装備の形成のみで50は切り捨てよう」
笑いながら頷き、二人はそれぞれの言葉を紡ぐ。
ネロの足元には六芒星、トウヤの足元には蓮華を模した光図。
ネロはまるで見えない剣を突き上げるような体勢、トウヤはステップを一旦止め、両手を重ね突き出した体勢で。
「『odem, pi'tdah, bareqet, nofeq, sappir, yahalom, leshem, shebo, 'ahiamah, tarshish, shoham, yashfeh』……」
「『オン・バサラ・チシュタ・ウン』―――金剛ォ力ィ!!」
それぞれの身体が光が集う。
そしてそれぞれの姿が変ずる。
ネロが纏うのは無色の宝石を無数にあしらった鎧。
しかしそこに派手な印象はなく、むしろ周囲を圧倒する神聖な厳かさすら感じさせる。
その右手には同じく宝石をあしらった両刃の長剣。
鎧と剣に“今時点で”特別な力はない。
ただ頑丈さと切れ味が優れているだけの代物だ。
だが百戦錬磨の騎士たる彼にとってすれば、決して壊れず切れ味の落ちぬこの鎧と剣程戦場において信頼し得る物はない。
トウヤが纏うのは赤のオーラのみ。
しかしこの場に超常の視覚を持つ者がいれば彼の身体が膨れ上がったかのように幻視しただろう。
金剛力。
その効果は肉体の限界強化。
己の身体能力をおよそ人間が修得し得る極限の領域まで高めるものだ。
「行くぞ!」
「勝手に行け」
トウヤがナハツェーラの群れの中へと駆け出す。
目の前の一体の顎をサマーソルトキックで蹴り上げ、着地と共に両の掌底を打ち込みその胸骨を砕き吹き飛ばす。
吹き飛ばした個体には目もくれず後ろから首筋へと噛み付かんとするナハツェーラの顔面に肘鉄を叩き込み、振り返りざま手刀により首を刎ねる。
落ちる首を左手でキャッチし、どす黒い血を断面から噴き上げる死体を蹴飛ばす。
そして手にした首を思い切り振りかぶり、ナハツェーラの一体へと投げ付けた。
首は狙った一体の腹を貫通、その後ろに居た者を更に3体程打ち抜いた。
嵐の如き苛烈さで戦うトウヤを何とか避けて先へ進んだナハツェーラは、しかし更なる地獄を味わうこととなった。
そこには地面にぶち撒けられた無数のナハツェーラの残骸と血溜り、そしてその惨状の当事者とは思えぬほど未だ清廉な姿のネロの姿があった。
悍ましい事に、ナハツェーラの残骸はまだ息があった。
その悉くがネロにより即死“できない”ように致命傷を負わされているのだ。
およそ騎士と呼べぬ行動。
「なんだ貴様等、児戯のつもりか? 温い脆い、大祖母の予言した『うねり』だとは到底思えん。《アートレータ・アエテルヌム》どころか第一の貴石を使う価値もない。第三の貴石など使用したら貴様らなど瞬く間に屍と成り果てるだろうよ」
「なら俺にもっと楽させてくれてもいいんだぜ?」と闘いつつ自分にウインクしてくるトウヤを無視して、ネロは剣を振るう。
一見無造作な動きだが狙いは恐ろしく正確、違わずナハツェーラへ致命傷を負わせていく。
ネロの表情はただつまらなそうなもの。
少なくとも生死を掛けた戦場で浮かべる表情ではない。
軽口を叩き時折笑みさえ浮かべるトウヤすら、大なり小なり死に逝く敵へと敬意は払っているのに、だ。
とはいえ、途切れることなく侵入してくるナハツェーラ達をたった3人でいとも容易く防衛していることは驚愕に値することである。
彼らが知るところではないが王都においても特にこの区域は何故かナハツェーラが殺到しており、防衛に当たっていた騎士団や自警団にも殉職者が出ている。
民間人の犠牲者も言わずもがな。
更に不幸にも血を吸われた者は同じナハツェーラへと変異し人を襲っているのだ。
無論トウヤたちを避けて学院の横手や裏から侵入してきた者も多数いる。
しかしその悉くは体育館上空に滞空するルシウスが嘶きと共に放つ雷に打たれ地に堕ちていく。
攻め来る敵の数とは裏腹に、今この学院は王都で2番目に安全な場所となっていた(1番は当然王城だ)。
だが敵も無駄に戦力を減らすつもりはない。
強大な力を持つ少数が物量を防ぐのなら、こちらも強大な力を持つ一人を連れてくればいい。
ナハツェーラに蹴りを浴びせ掛けるトウヤが、はっと頭上から迫る“それ”に気付き後ろへ跳躍する。
数瞬遅れ、トウヤが立っていた場所に回転して飛来した大鎌が突き刺さる。
「へえ。流石に気付きましたか」
鎌が一人でに浮かび上がり声の主の手へ戻る。
校門から静かに歩み寄る金髪の青年。
伸ばした前髪で片目を隠した貴公子と紛う姿。
しかしその周囲に漂う血の様に赤いオーラは彼が人ならざる存在であることを明白に物語っていた。
「あんたがこいつらの頭か?」
「当たらずとも遠からずですよ。正確には彼らの主人の一人。ヴァンパイア・ロミオと申します」
前髪を掻き上げつつ名乗る青年。
それを聞いてトウヤが面倒くさげに髪を掻く。
「吸血鬼は吸血鬼でもよりにもよってヴァンパイアかよ。そうだろうとは思ってたが、まさか俺の所にくるとはな」
溜息ひとつ、油断なくロミオを見据える。そして、
「とりあえず、一発やらせてもらうぜ!」
叫ぶや否や、一瞬で数十メートルは離れたロミオの懐に飛び込む。
そして何が起きたのか分からないといった表情の顔面に拳を叩きこんだ。
トウヤは頭蓋骨を粉々に砕く感触を確かに感じる。
そして後ろに跳躍し、倒れ込んだロミオを観察する。
「へぇ……さっきまで本気じゃありませんでしたね?」
「ずっと本気だ。今ほどの攻撃をする相手がいなかっただけだ」
ゆらり、とロミオが立ち上がる。
潰れたトマトの様になっているはずの頭は僅かに血の跡を残すだけ、一切のダメージは見られない。
その姿にトウヤが舌打ちする。
これこそがヴァンパイアが持つ強い不死性。超回復能力。
「でも、その程度では僕は殺せませんよ!」
背の翼を羽ばたかせトウヤへ向けてロミオが飛翔、その大鎌を振るう。
トウヤは後転跳びでその刃を避け、着地と共に脚をばねにして跳躍、旋風脚を放つ。
凄まじい速度と威力の蹴りが大鎌を空振りし隙だらけのロミオの背へ叩き込まれる。
しかしロミオは背骨が粉々になったのを意に介せず身体を回転させ大鎌を振るう。
今度はトウヤが隙だらけだ。
しかしトウヤは不敵な笑みを浮かべる。
「轟爆波ぁ!!」
トウヤの全身から衝撃波が発生しロミオが吹き飛ばされる。
意外の攻撃にロミオはやや驚いた表情を浮かべる。
「何です今のは」
「服に仕込んであった魔術機構を発動しただけだ。身体を強化してないと自分の身体が耐えられない代物だけどな」
首を鳴らし、肩を回すトウヤが態々答える。
「まあ、てな訳であんたの回復と俺の威力が吊り合わないのが現状だな」
「なら、諦めて血を吸われますか?」
「へっ、冗談。勝負はここからだぜ」
鼻を鳴らし、再び両手を重ね前へ突き出す。
足元には再び蓮華の光図。
「『ノウモ・バギャバテイ・バイセイジャ・クロ・ベイルリヤ・ハラバ・アラジャヤ・タタギャタヤ・アラカテイ・サンミャクサンボダヤ・タニヤタ・オン・バイセイゼイ・バイセイゼイ・バイセイジャサンボリギャテイ・ソワカ』………」
―――上る、上る、螺旋階段を上る。遥か眼下には打ち捨てられ朽ち逝く廃墟、踏みしめる螺旋階段は石造り。
それはかの魔術師の心象風景。それはかの魔術師の渇望螺旋階段。
―――上る、上る、螺旋階段を上る。一歩一歩を踏みしめて、その果てなき果てを目指す。
そして―――
また―――
一歩を―――
踏み出して―――
「―――薬師力ィ!!」
トウヤの纏っていた赤いオーラが消える。
それに代わり周囲に緑の光の玉が漂い始めた。
瞬間、トウヤが再びロミオの懐へ飛び込む。
先程とくらべれば幾分か遅い。ヴァンパイアの反応速度を以ってすれば対応できる程度の速度だ。
しかしロミオは反応できない。
何故かトウヤの疾走を視覚できず、しかも身体に力が入らず咄嗟の行動ができないのだ。
トウヤの左拳がロミオの右肩を砕き、続けて放たれた右拳が胸の中心を打ち抜いて風穴を開ける。
たたらを踏んで後ろに下がるロミオ。
先程までならばすぐに治癒した筈の傷が今はゆっくりと塞がっていく。
ロミオは何が起こったのか未だ理解できないようだ。
思考が上手く働かず、しかも緩慢にしか物を考えられない。
「どうやら、効果は覿面みたいだな」
勝ち誇った笑みを浮かべるトウヤ。
「多分思考が追い付かねえだろうが教えてやる。俺の薬師力は自分の全ての能力―――それこそ、思考も含めて―――を倍にする。たった倍だ。そして同時に“敵の全ての能力の半分を”奪う。つまるところ、あんたにとっては俺の能力が4倍になったと感じる訳だ」
「あなたの魔術―――身体強化ではなかったのか!?」
纏まり切らない思考で何とか疑念を口にするロミオ。
先程まで使用していたトウヤの魔術は純然たる肉体強化。
魔術師が修得できるのは適合する理・概念ひとつなのだから、他者に効果を及ぼす魔術が使用できるはずがないのだ。
「最後にひとつだけ教えてやる。俺の魔術は『肉体強化』じゃねえ。適合する概念は『自由』―――俺の行動を妨げるものを排除する魔術だ」
金剛力は自らの肉体の制限という障害を排除し、薬師力は敵という障害を排除する。
肉体強化は障害を排除したことによる副産物に過ぎないのだ。
「というわけだ。そろそろケリを付けさせてもらうぜ」
「ふっ……例え再生力を低下させたところで、僕を倒す決定打を君は持っていない、だろう。君の魔術維持が限界まで耐えれば、僕の勝ち、さ」
「残念。『ノウマク・サラバタタギャテ・ビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン』―――明王力ィ!!」
明王力。
周囲の空間の様々なトウヤへの障害―――例えば、重力や摩擦―――を軽減する小規模結界魔術だ。
トウヤが空高く跳躍する。
空中に斜めに傾いた魔方陣が形成され、まるで磁石に引き寄せられるようにその下面に着地する。
そしてそれを足場にロミオへ向けて跳躍―――落下と言ったほうが正しいが―――する。
「流星脚!!」
速度を乗せて突き出される脚を、ロミオがなんとか大鎌の柄で防ぐ。
「なんだい、それは……今の僕ですら防げたよ?」
動きの派手さとは裏腹に、能力の半減したロミオですら容易く防げる威力。
―――だがロミオは気付いていない。
今の勢いで放たれた蹴りが、これほど低威力の筈がない事に。
「―――!?」
治癒しかけていた胸骨が再び砕け、爆ぜた。
直接蹴りは受けていない。
受け止めた大鎌を持つ腕すら然程の衝撃を受けていないのに。
「浸透勁―――とはちと違うか。衝撃を相手の内部まで余さず伝え、一気に爆発させる俺の必殺技だ。ま、ヴァンパイアは殺せねえがな」
言いつつ仰向けに石畳の上へ倒れ込んだロミオへトウヤが馬乗りになる。
「だから、倒す方法はひとつ。―――封じさせてもらうぜ!!」
雄叫びをあげ幾度となくロミオを殴りつける。
トウヤの拳はロミオの骨を砕き、内臓を破り、肉を磨り潰していく。
しかしトウヤは殴るのを止めない。
やがてロミオの下の石畳に罅が入り、砕け、その下の地面すら沈んでいく。
明王力の効力により地面が脆くなっているからこその現象だ。
徐々に穴は深くなり、トウヤと既に肉塊とも言えぬ有様のロミオを飲み込んでいく。
二人が地上のネロから見えなくなった頃、トウヤだけが穴の底から高く跳躍し姿を現す。
その袖の中からは細い帯状の布が地割れの中へ向けて伸びている。
封印布。
しかし通常の異能やその他能力の制御に用いられるものとは違う。
並の魔術師では理解できないであろう魔術文字を複雑に組み合わせたの術式を高密度で敷き詰めたトウヤ特製の封印布。
ならばそれがもたらすものもまた通常のとは違う。
穴の内部にはその封印布が底のロミオを覆い隠すように幾重にも張り巡らされている。
「即席必勝技―――地獄行路!!」
叫びと共にトウヤが穴へと伸びる封印布を引き寄せる。
瞬間、まるで地面に開いた口がその中の物を食らうが如く閉じた。
しかも砕けた筈の石畳はまるで何事もなかったかのように修復されている。
『自由』の概念に基づくトウヤの魔術では為し得ぬ現象。
かといってこの場に居る他の2人の魔術師の魔術でもない。
ならば基礎魔術か?
確かに封印布は用いているし、傷口に巻き付ければヴァンパイアの能力たる超再生能力を阻害することもできるだろう。
しかしトウヤが行ったこれは術式的な封印というよりむしろ物理的なものだ。
血の絨毯と化したロミオを隙間なく押し潰す事で再生を不可能とし、封印布によりその効果を確実なものとする。
ならばこれはトウヤの封印布に追加された機能か。
少なくともネロはその正体に気付いた。
「成程。それも貴様の『計画』の一端か。無機物にまで作用するか」
ロミオが埋められたそこを見つめるトウヤの背中にネロが問いかける。
既に周囲のナハツェーラは全て息絶え、遠くに戦闘の音が聞こえるだけだ。
「副産物だけどな。少なくともこの学院の敷地内なら管理者権限である程度発動させることは出来る。とりあえずこいつには100年は反省してもらうか」
「湧き出て復活してくるかもしれんぞ」
「大丈夫だよ。例えそうなっても“気付かない”だろう」
「100年如き、何も変わらんよ。貴様は破邪顕正を成すのだろう? ならば生かす必要もないだろう」
「逆だ。俺が目指すのは正邪別つことなく未来を求めることが許される世界だ。そいつもまた別の生き方ができるはずさ」
「理解できんな」
「理解させるさ。何時までもお前に悪夢を見せ続ける訳にはいかねえ」
トウヤはなおも振り返らず、しかし二人は視線ではなく闘気を交わし合う。
静かな、しかし濃厚な闘気のせめぎ合い受けて二人の間の石畳にピシリと罅がはいる。
『ぬうぅぅぅぅぅ!?』
「ルシウス!? どうした!?」
ルシウスの声に二人が闘気を止める。
『すまぬ……ヴァンパイアに突破された!!』
「わかった、すぐにそっちに向かう! ネロ、一緒に来てくれ!」
「ああ。今度は俺がヴァンパイアを倒す。貴様は露払いをしていろ」
「生徒の無事を最優先しろよ」とのトウヤの言葉にネロは頷き、並んで体育館へと走り出す。
―――その時、二人の間を白い疾風が通り抜けた。
それはトウヤやネロの動体視力を以ってしても“疾風”と言う他ない速度。
それでも二人は“それ”の後ろ姿を目撃する。
月の光そのものを放ち校舎を飛び越えるその姿を。
「リョウ―――!?」
あなたはここにいない。けれど、あなたも戦っている。
なら私も戦えるはず。あなたへの想いが、この胸の内に燃えているから。
―――この拳、黄金に輝かせて。
次回、繚乱のファンタズマゴリア 17話 『オルフェ~情熱はこの拳に~』




