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繚乱のファンタズマゴリア  作者: USK
第一章 砕けぬ氷華
15/33

繚乱のファンタズマゴリア 15 血風の夜は来る

1.


 満ちた月がその屋敷を照らす。

 王都アラザニアの東にある人が滅多に足を踏み入れぬ険しい山脈に立つ屋敷だ。

 しかしそんな場所にあるというのに。

 ああ、屋敷の中には無数の気配が満ちていた。

 しかも濃密な血の臭いを纏った気配だ。

 赤、赤、赤。

 大広間に集ったその気配の持ち主達は血の様に赤い瞳を輝かせ、目の前に立つ彼らが主の言葉を待つ。

 床に立つ者のみならず、天井よりぶら下がる者の姿もあった。

 ―――人であるはずがない。

 かの教徒達が変異した姿でもない。

 その背には蝙蝠の如き翼膜、口から覗く犬歯はまるでナイフの如く鋭く。

 正真正銘、吸血鬼たる幻想存在である。

 だが彼等もまたかの教徒達が信望せし主ではない。

 彼らとて幻想存在だが、それも主の忠実なる眷属に過ぎないのだ。

 主は、彼らの目の前に。

 ―――その姿は人と一見何の変わりもなかった。

 だが人間でもない。

 耳は尖り、瞳は血の様な赤。

 身に纏う服はどれも高貴さを感じさせる物だ。

 そして下僕よりも更に濃密な血の気配は最早紅い靄として視認に足りるものとなっていた。

 それが5人。男が4人、女が1人。

 そして中央に立つ白髪を撫でつけた壮齢らしい男が進み出、口を開く。

 そこに覗くのはこちらも鋭い牙。

「遂に。遂に、この時は来た!! 三百年に及ぶ眠りにより目覚め、我らが力は極限へと高まっている!! 汝ら愛し仔という更なる力を以ってすれば、かの王都すらも支配し、我等が餌場と変えられよう!!」

 言葉に歓声が響く。

 人の出し発し得ない高周波の音だ。

 ―――彼らこそ、この吸血鬼軍団の主たる幻想存在ヴァンパイア。

 その血によって僕たる幻想存在ナハツェーラを産み落とし人を襲う、人間に敵対的な種族である。

 その肉体は不死に等しく、穢れの蓄積以外の方法で滅ぼすことは難しいとされている。

 その上仮死状態の眠りによりその身に『穢れ』が蓄積するのを遅める能力がある為、他の幻想存在と比べても力を減退させずに長い時を生きる厄介な種族だ。

 しかし人間のみならずその他の幻想存在すら敵とした為、その殆どが討滅(あるいは封印)されたはずの種族でもある。

 しかし彼らは今こうしてここに居る。

 それは復讐の為か、それとも支配の為か。

 眠りによって力と戦力を蓄え、人間の築き上げた現在この大陸に在る二つだけの国、その内の一つにいま攻め込まんとしているのだ。

「今夜は満月―――我らが力を高みへと至らしめる夜だ。そして、鮮血が最も映える夜だ!!」

 男は語る。まるで陶酔するかの様に。

「愛し仔等よ、恐れるな!! 我らが力を下等なる人間へと知らしめ、全てを血に染めるのだ!! さあ行け、愛し仔等よ!!!」

 号令に応じ、異形達が窓という窓を突き破り空へと飛び立つ。

 演説を行っていた男の傍らに立っていた者達もまた同じように飛び立っていった。

 だが男は動かない。

 血の臭いを残しがらんどうになった大広間を見据える。

 否、がらんどうではない。

 人ならざる、しかし人の輝きを携える者の凝縮された気配が満ちる血の臭いを掻き消す程の存在感を放っている。

「―――何故見送った?」

「僕の目的は君一人だったからね。この地に住まうヴァンパイアの盟主、ロード・シュヴァリオス」

 気配の主が姿を現す。ギュスターヴとラヴィーネである。

「ほう? では、王都がどうなろうと構わんと?」

 挑発するように笑うシュヴァリオスに、ギュスターヴは涼しげに笑い返す。

 そして告げる。

「ああ、それなら問題ない。……君も分かっているはずだよ? 今の王都に集っている、異常な戦力を」



2. 王都城壁にて


「敵影を発見! 繰り返す、敵影を発見!!」

 暗視と遠視を強化する異能を持つ監視兵が叫ぶ。

 その言葉を聞き、王都をぐるりと取り囲む城壁に陣を構えた『灼光』ベイグラントが彼の率いる弓兵隊へ号令を発する。

「総員構え!! まずは此処で敵戦力を削る。十分に引き寄せ、一斉射撃を行う!!」

 号令に応じ、弓兵達が矢を番える。

 各々の矢はそれぞれの異能により月夜に輝いている。

(綺麗なものだ)

 これが戦でなければ月見酒を嗜みたいと感じさせる程見事な月夜であった。

 これで美しい花でもながら宴会でも催せるのなら最高の夜なのだが、生憎これから咲くのは異能と鮮血の華。

 ―――そして、ベイグラントは月夜に浮かぶ無数の影を目視した。

 数はギュスターヴが予想していた500を軽く上回り、下手をすれば600体居たとしてもおかしくはない。

「1.2、3……射てぇぇ!!」

 異能を纏った無数の矢が迫りくる異形に放たれる。

 ―――それが、開戦の合図となった。




3. 学院にて


 開戦からやや時間が過ぎた頃。

 既に戦場は城壁内へと移っていたが、まだこのロードレシア学院の敷地には敵は侵入してきてはいない。

 それでも遠くから響く戦闘の音は体育館に集められた生徒達の耳にも聞こえてきていた。

 そこにはオルフェとアサヒの姿もあった。

 生徒達は皆私服だが、その中でも数人は戦闘装束を身に纏っていた。オルフェもその一人。

「大丈夫よね、ここは……」

 アサヒが自分に言い聞かせるように言うが、その声音も瞳も不安の色を隠せてはいない。

 それに気付いたオルフェがアサヒの手を取った。

「大丈夫ですよ、アサヒ。学院長や副長、ルシウスさんも居るんです。きっと、そうここまで敵が来ることはありませんよ」

 そう言うオルフェも不安げだったが、それでも親友がこうして気丈に振る舞っているという事はアサヒにとって勇気の湧いてくる事だった。

 オルフェは自ら志願しこの学院の最終防衛線の一人として任命されている。

 戦う力があるとはいえ、それはつまりもしもの時まず矢面に立つという事。

 敵が最も狙うのは女の子と言われているのだから男子に比べて余計に危険が伴う。

 不安でない筈はなかった。

 しかも今ここに彼女が敬愛し信頼する男の姿はない。

(こういう時に、なんで好きな人の所に居てあげないのよ)

 その男に心の中で愚痴を言いつつ、ここに居ない皆の無事を祈った。


* * *


「さて、そろそろこっちにも敵さんがくるかね」

 校舎の屋上に立ち戦況を眺めるトウヤが軽く呟く。

 戦況は押されてはいるが悲観的なものではない。

 敵の数こそ多いが、練度ならばこちらの騎士団や自警団も負けてはいないのだから。

「そうだな。―――あれはアドネス帝国の?」

 突如街並みから首をもたげた炎を纏う巨大な竜の首をネロが興味深そうに見つめる。

 恐らくあそこで『竜騎士』アルトと『爆竜』フィオーネ、もしくはそのどちらかが戦っているのだろう。

「……どうやら、敵さんのおでましのようじゃのう」

 こちらへ向かって来た敵の一団を認め、ケインが庭園へと跳躍した。

「そうみたいだな。ルシウス、体育館の周囲は任せたぜ」

『承知した!!』

 念による返答と共に、巨大な鳥が校庭から羽ばたく。

 幻想存在ルフ。

 人型ならざる幻想存在ではあるが、この学院の教師の一人であり、生徒のみならず王都の子供達からも好かれているこの学院の名物のひとつでもある。

「さあて。ネロ、準備はいいな?」

「腕は鈍っていないだろうな?」

 「勿論」と頷き、トウヤとネロもまた庭園へと跳躍した。



3. 王都一般住宅区域にて


「たっく、なんでこんな時にリョウの奴はいないのかねえ!!」

 ナハツェーラに『黄光』を叩き込みつつガルスが愚痴る。

「そう文句を言うな。……文句を言える余裕があることは喜ばしい事だがな!!」

 傍らで剣を振るうのは『晴嵐』ミランダ。

 異能たる『疾風』を纏い、異形共を切り裂いていく。

 敵の物量は一級品だが、依然対峙した教徒が変化したものと比べれば肉質変化がないだけまだやりやすい相手ではあった。

 それでも王都全域を守るには人手は足りず、彼らの様にほぼ単独で複数の敵と渡り合える者は遊撃を行っていた。

 二人が今一緒に行動しているのは偶々遭遇した所に敵が現れたからに過ぎない。

 それでも互いに“速い”異能を持つ身、相性は良く次々と異形を打ち倒していく。

「どうしますかミランダさん。移動しますか?」

 ナハツェーラの一体の首を穂先で刎ねつつガルスが問う。

 ―――その頭上から、急降下してくるナハツェーラの姿が。

 危ない、そうミランダが叫ぼうとした刹那。

 その姿が炎を纏う巨大な竜の首に噛み付かれた。

 そして竜の口内で爆発が起こり、ナハツェーラの半身を消し炭と変えた。

「大丈夫かのう、お二人さん」

「あなたは……!」

 現れたのは、かの『竜騎士』アルトと《契約》を交わした『爆竜』フィオーネ。

 だがその傍らにアルトの姿はない。

「まったく、《契約者》の癖別の場所で戦おうなどとは。確かにこの方が気にせず暴れられるがの。さて若いの、残っている雑魚は儂が引き受けよう。南が手こずっているようじゃから、そっちへ向かうとよい」

「―――感謝する!!」

 一礼し、ガルスとミランダは駆け出す。

「さあ、もっと消し炭にしてやろうぞ!」

 フィオーネの左右から爆裂の力を纏った錬気による竜が首をもたげる。

 そして、ナハツェーラを殲滅せんとその牙を向けた。



3. 城壁外・西


 王都の西を這うように飛ぶナハツェーラの集団があった。

 現在彼らの主戦力は東から侵入しており、第一防衛線は東側に集中している。

 彼らはその隙を突くための奇襲隊であった。

 ―――だが、彼等の前に立ちはだかる6つの影を発見し、侵攻を止める。

「へっ。予想通りにこっちにきてくれて助かるぜ」

「しかもご丁寧に匍匐飛行で来てくれるだなんて。ありがたいわね」

 男と女が軽い口調で言う。

 ―――レイフォンと九龍である。

 そして九龍をレイフォンと挟むような位置に立つナシュト。

 その少し離れた場所にセレス、それを守るように前に立つキースとシーラ、セレスの後ろで座り込んで酒を飲んでいるグラウディス。

「この先は通さない。お前達全員―――オレ達が倒す」

 ナシュトが静かに告げる。

 ―――そして、戦闘が始まった。



4. ???


「ポイントCクリア。状況はどうですか?」

『芳しいとは言えん。だが勝つのは我らだ。他の結果などない』

『それより、彼が頼んだ場所は誰が付いているんだい?』

『一応私が付いてますけど……。な、何か凄い人たちがいて近づけそうもありませんよ!?』

「わかった。次のポイントをクリアしたらそっちに向かう。それまで、そこからでいいから監視を続けてて。―――栞さんの」



5. ネロ邸


「大丈夫だよ。僕がいるから」

 不安げに震えるジルニトラを、僕は抱き締める。

 ―――ネロさんは学院の防衛の手伝いへ向かった。

 僕達も本当なら学院に避難するべきだったのだけど、ネロさんが「並大抵の事がなければここに居る方が安心だ」と言って、こうして屋敷に居るよう指示したのだ。

 現在ネロさんの使い魔が敷地に侵入した敵を迎撃している。

 その成金趣味な見た目とは裏腹にかなりの力を持ち、未だに一体も欠けていない。

 けれど安心できない状況には変わりはない。

 もし敵が侵入してきたら。

 僕はジルニトラを守り切れるだろうか。

 一瞬頭に不安が過るが頭を振ってその考えを消そうとする。

(守れるか、じゃない。守り抜くんだ)

 それでも不安は中々消えてくれない。

 けれど腕の中のジルニトラの存在が僕の支えとなってくれている。

 ―――ジルニトラを信頼しろ。

 アルトさんはそう言っていた。

 なら―――。

「ねえ、ジルニトラ」

「なあに?」

「本当は、僕も少し不安なんだ。……少しだけ、ジルニトラも僕を抱き締めてくれないかな」

 「うん!」と少し嬉しそうにジルニトラは僕の身体に手を回す。

 小さな腕だけど、しっかりと。

 目を閉じてその感覚に集中してみる。

 なんだか、とても懐かしい感覚な気がした。

「お姉ちゃん……」

 そう言えば、小さい頃はよくお姉ちゃんにこうして抱き締めてもらってたっけ。

 お姉ちゃんとジルニトラは身長も立場も逆の筈なのに、まるで僕の方が子供みたいに感じた。

 ―――大丈夫だよ、ブルーサス。

 そんな声が聞こえた気がした。

 いいや聞こえた。

 それは声じゃない。

 念話でもない。

 “聲”でもない。

 ジルニトラの心の声だ。

 ―――聞こえるの? ブルーサス、もう少し強くぎゅってした良い?

 ジルニトラが僕に向けて微笑む。

 ああ、アルトさんが言っていた事が少しだけ理解できた。

 僕は今ジルニトラと心を交わしている。

 きっと完全ではないけど、確かに。

 そして今の僕はしっかりと“その光景”を視ていた。

 どこまでも広がる青い草原。

 頭上には雲一つない蒼穹、温かな陽射しが降り注いでいる。

 けれど、なによりも心地いいのはそよぐ風。

 まるで自分も風になったかのように軽やかな感覚に包まれる。

 これが。これが、ジルニトラの心。

 原風景と言ってもいいだろう。

(これがジルニトラの心なんだね)

 ―――そうみたい。

(みたい?)

 ―――私も、初めてはっきりと見たから。

(綺麗な景色だよ)

 ―――少し恥ずかしいかも。

 今の僕たちには、言葉は必要なかった。

 思えば通じる。それが《契約》の真価だから。

 けれど。その平穏は遂に打ち破られた。

 突然、壁に穴が開き―――。



6. オーバス山


「―――つまり、確かに君の仲間は多く、強力かもしれない。けれど、それだけさ。君達は負け、滅びる」

 ギュスターヴの告げる言葉を、シュヴァリオスはただ静かに聞いていた。

「『だから、同胞を退かせろ』とでも言いたいのか?」

「違うさ。むしろ僕が気になっているのは、君の事。君と少し話がしてみたい。ああ、でもちょっと長い対話になりそうだ」

「なら、お茶会でも開こうかしら? 最後の晩餐、血でなくて残念かもしれないけれど」

「赤いのは同じさ。血と紅茶、彼等は血を好み、僕達は紅茶を嗜む。違いなどないよ」

 小馬鹿にしているか状況を理解していないのか分からない提案。

 しかしあろうことかシュヴァリオスは頷いた。

「成程、最後の晩餐か。認めよう。ただし貴公の最後、だがな」

 ―――そして、茶会が始まる。

魔術師は笑う。それは敵に向けてか、己に向けてか。

次回 繚乱のファンタズマゴリア 16話 『魔術師たちの宴 / ネロ~砕け得ぬ貴石~ / トウヤ~阻めぬ力~』


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