繚乱のファンタズマゴリア 14 序曲~血は予兆の如く香り~
殆ど説明回です。
1. 喫茶店ロシェにて
「それにしても、事件の犯人が捕まったっていうのに騎士団も自警団も妙に緊張してるよね」
オレの言葉に、セレスが「そうですね」と頷く。
最近王都を脅かしていた吸血鬼事件の犯人“達”は、昨日遂に全員が逮捕されることとなった(しかも、オレの先輩の働きで!)。
だというのに、王都の警備は何故かこれまで以上に厳重になっている。
その上学院も休校になったので、まだ午前中だというのにこうしてセレスと一緒にロシェでお喋りをしているのだ。
でも二人きりというわけではない。
「どうやら事件の裏にまた別の犯人がいたらしい。それがどうも遠い場所を拠点にしている上、明日の夜街に攻め込んでくる可能性があると聞いた」
「ま、何かしら幻想存在が関わってるとは思ってたわけだけどね」
「しかし、通常ならまだしも飛べる相手ばかりの防衛戦というのはかなり骨が折れます。今からでは結界術式の準備も間に合わないでしょうし、僕たちも手伝わなければ」
「おや、不安ですか? 折角私たちがもてる久々の血肉踊る戦いですよ? 楽しまなくては損というものです、ええ」
「そうじゃそうじゃ。攻めてく相手ならば遠慮はいらんて。愚かな幻想存在なぞ、わしの爆炎で焼き尽くしてくれるわ」
セレスの後ろのテーブルからこちらへ向けられる5つの声。彼女の近衛達だ。
すなわち『竜騎士』アルト・オブライエンとその《契約》相手『爆竜』フィオーネ。
初めてセレスと会ったあの日に彼女を追っていた二人組、長い青髪を二つに結った女性『死せる都の』シーラ・リルバイン、同じく長い茶髪を後ろで結った男『魔人』キース・オーメル。
そしてあの日にオレと対峙した黒髪の女性『神迅』グラウディス・エスパード。
この5人がアドネス帝国第二王女近衛隊の総員だ。
数こそ少ないけれど、その全員がセフィリア共和国まで名を轟かせる程の実力者。
オレも外見こそ知らなかったけど、名前だけは知っていた。
ここに入るまではセレスと二人っきりで過ごしていたのだけれど、何故かここで待ち伏せされていた。
どうやら良い雰囲気になってきたオレ達を茶化しにきたらしい。
―――それと、多分監視の為だ。
王位継承権は低いとはいえセレスは王女。
その王女に悪い虫が付かないように監視しているんだろう。
例えば、砂漠地方の片田舎出身の冒険家志望の男とか。
「ま、そうなったら君もきちっと姫を守りなよ、少年」
「え?」
シーラさんの言葉にきょとんとなる。
そしてその言葉をアルトさんが引き継いだ。
「そうだな。我らが王に認められたくばそれ相応の実績がなければならん。そうでなければナシュト君、姫は手に入らないぞ?」
「―――!?」
危うく飲んでいたお茶を吹き出しそうになってしまった。
「な、何を言い出すんですか!? た、確かにオレはセレスの事が―――じゃなくて! 今は同級生ですけど、身分があまりにも違うんですよ!? そんな―――」
「ナシュト、落ち着いてください」
つい声を大きくしてしまったのをセレスにたしなめられる。
予想外の事につい動揺してしまった。
「そうですよ、ナシュト君。諦めては何も手に入りませんから」
諦めちゃ何も手に入らない。
キースさんの言葉は確かにその通りだけど……。
でも、どれだけ求めて努力しても手に入らないものだってある。
固執するな、もし固執すれば宝を手に入れたとしても死ぬぞ。
それが師匠から教わった冒険者にとって重要な心掛けだ。
―――でもそれは冒険に関しての教えで、恋愛じゃない。
結局オレはまだまだ子供で、本当に大事なことなんて分からなくて。
(希望は、持っていいのかな……)
少なくとも、この人たちは応援してくれている(……のだろうか良く分からないが)し、正直他人に諦めろと言われて諦められる自身はなかった。
「あれ、ナシュト君?」
そんな事を考えていると声を掛けられた。
アサヒ先輩だ。ブルーサス先輩とジルニトラちゃんもいる。
「こんにちは皆さん。またちょっと珍しい組み合わせですね」
「まあね。ジルニトラちゃんがここのお菓子が食べたいってちょっと駄々をこねたのをブルーサスが甘やかして連れてきたのよ。私はそのついでに一昨日ブルーサスの頼みを聞いたお礼として奢ってもらいに付いて来たの」
「そうなんですか。折角ですからご一緒しませんか?」
「うん、そうさせてもらうよ」
セレスの誘いに頷いて、三人が同じ席に着く。
ブルーサス先輩とジルニトラちゃんはオレの隣に、アサヒ先輩はセレスの隣に。
「そういえば、一昨日のブルーサス先輩の働きが犯人逮捕に繋がったって聞きましたよ。凄いです、先輩」
だけど、ブルーサス先輩はその言葉に困ったように微笑んだ。
「うん……そうだったみたいだね」
返ってきたのは妙に曖昧な返答。
聞く所によると、犯人に傷を負わせた時には殆ど正気を失っている状態で、何があったのか記憶がはっきりしていないらしい。
ただ分かることは、自分が竜の本能に負けて暴走した状態にあったということだけだそうだ。
「改めて僕が弱い事を自覚したよ。肉体も、精神も。ジルニトラと《契約》して、僕は浮かれていたんだ、きっと」
自虐気味に言う先輩。
続けてジルニトラちゃんの頭を撫でながらこう言う。
「それと……ジルニトラがどれだけ強かったのか、竜の本能に飲まれて気付いた。僕はたったあの程度傷付いただけで本能に飲まれたのに、僕と出会う前もっと傷付いていたジルニトラは『それでも傷付けたくない』って。僕は《契約者》失格なのかもしれない。この子を守りたいと思って、その力になりたくて《契約》して……蓋を開けてみれば、僕はこの子よりも弱かったんだ。僕は……」
声を詰まらせる先輩は悔しそうで。
その眼には、涙さえ浮かんでいた。
「ブルーサス……?」
先輩のその姿を、僕と先輩の間に座ったジルニトラちゃんが心配そうに見つめる。
「ふむ……。ここはひとつ、同じ竜との《契約者》としていくつか助言を授けてやろう」
「アルトさん?」
「まずお前は今その子が竜の本能を完全に抑えているといったが、それは勘違いだ。竜の理性と本能の比重は我ら人と何ら変わらない。竜の方が理知的ではあるがな。人間と違うのはその重さだ。竜にとっては容易く抑え込める本能でも、人間―――特にお前の様な何の訓練もしていない人間ならば容易く飲み込まれる。……と言いたいのだが、実際は違う」
「どういう事ですか?」
「《契約》によって手に入れるのは竜の本能だけではなく、理性もまた同じようにお前に宿っているはずだ。ならば何故本能に飲まれたのか。それはお前が竜の理性の面を自らの物に出来ていないからだ」
「竜の理性……」と先輩が繰り返す。
「お前は本能に堕ちる事ばかりに気をとられて、理性という“上”を意識できていない。一度瞑想でもしてみろ。意識しようとすれば簡単に気付く。それともう少しその子を信頼してあげることだ」
「信頼……ですか?」
「お前はその子を“非力”な存在と思い込んでいた。間違いではないが、それはお前も同じ。《契約者》同士、訓練すればより深く精神を繋げられる。そうなればお前がもし再び本能に負けたとしても、その分その子が理性を以ってお前を制御してくれる。―――今のままでは、恐らくお前が本能に負ければその子もそれに引きずられて訳も分からず錯乱するだろう」
その言葉に、アサヒ先輩が「あっ」と声を上げた。
話によると丁度ブルーサス先輩が犯人の一人と戦っている頃眠っていたジルニトラちゃんが突然何かに怯え出したらしい。
そしてそれはアルトさんがまさに予想した事態だそうだ。
アルトさん曰く、最も望ましいのはジルニトラちゃんも“戦う”ことだという。
但し「傷付ける為」ではなく先輩を「傷付けさせない」為の。
つまり、ジルニトラちゃんの肉体を守るために先輩は戦い、ジルニトラちゃんは先輩の精神を守る為に戦う。
そもそも《契約者》というのは、どういう形であれお互いに依存しあう状態にあるという。
では先輩達はどうかというと、ジルニトラちゃんは先輩に精神的に依存している状態、だけど先輩はアルトさんが言う “くだらない使命感”のせいでむしろジルニトラちゃんを遠ざけているのが現状だそうだ。
「僕がジルニトラを遠ざけてる……?」
「近づこうとしない、と言ったほうが正しいか。お前はその子を守ることに関して無私すぎる。その子に何も求めていない。それは尊いことだが、それでは心で強く繋がることはできないだろう。―――お前が気付いた様に、その子の心は強いはずだ。もっと甘え、求めてみろ。《契約者》はそれが許されるのだから」
「へぇ~。へぇ~?」
アルトさんの言葉に、シーラさんがにやにやと笑う。
そして「はいはーい、質問がありまーす。そういう隊長はどうなんですか~?」と茶化すように尋ねた。
それを聞いたアルトさんが面食らったような表情になる。
その様子にフィオーネさんがふふんと誇らしげに鼻を鳴らした。
「儂から見れば此奴も小便臭いガキに過ぎんからのう。儂に掛かれば、小僧など身も心も儂が溶かして―――」
「聞くな言うな答えるな。貴方が私の持っていた菓子に菓子に釣られて《契約》したと言い触らすぞ」
「にゃ、にゃにおう!? というか小僧、思いっきり言っておるではないか!?」
これまでの威厳は何処へやら、フィオーネさんがわーわーと騒ぐけれど、アルトさんはそれを無視した。
というかお菓子に釣られて《契約》って。
てっきり《契約》って命の危機とか愛情的な意味を含めてするものだと思ってたけど……。
いや、それよりも今ので自分の中の竜種のイメージが完全に瓦解した。
単に女の人(今の見た目は人とあまり変わらないので人と言っておく)だからかもしれないけど、なんというかジルニトラちゃんもフィオーネちゃんも随分可愛らしいというかなんというか。
この二人だけなのか、それとも案外竜種全体がこういう感じだったりするのだろうか。
「こほん。精神面に関してもうひとつ」
気を取り直すように咳払いして、アルトさんは“心を強く繋げる”ことのデメリットを話した。
簡単に言うと、その状態になると互いの感覚までも共有することになるそうだ。
先輩が傷付けばジルニトラちゃんも痛みを感じる。
そういうことも含めて“共に戦う”事なのだとアルトさんは語った。
「次に戦闘能力に関してだが―――」
ブルーサス先輩がごくりと唾を飲み込んで続く言葉を待つ。
そして、アルトさんの口からその言葉は告げられた。
「―――諦めろ」
…………。
途端に場がしいんとなった。
アサヒ先輩だけが「ええぇぇ……」と気の抜けたような声を上げる。
それとジルニトラちゃんもどうして皆が呆然としているのか分からなそうにオレたちを見回している。
「仕方ないだろう。聞いておくが、お前が主に使っているのは喰らう力だな? ……そうか。
説明すると、まず竜は普通戦闘に喰らう力は使わん。喰らう力は“竜種”という種族の能力だが、それに加え個体毎にまた別の力を持つ。例えばフィオーネは『爆裂』という力をな。
だがその子はまだ幼い上に戦いなどしたことがないだろうからその能力が目覚めていない。
いいか、竜種の絶対的な力というのは喰らう力と個体毎の能力、そしてもうひとつ『錬気』。その3柱の上に成り立っている」
錬気。
説明によると喰らう力でも個体毎の能力でもない、純然たる竜種の力でモノを形成する能力だそうだ。
形成すると言っても空気の塊みたいなものでそれ自体は攻撃力を持たず(とはいえ力を収束させて作るものには変わりないので、物理的なダメージは負わずとも単なる獣相手ならばそれだけで失神させるに事足りるらしい)目にも見えない。
能力を纏わせることで完全なものとなるらしい。
例えばフィオーネさんは錬気により竜を形作り、触れると爆発する彼女の能力をそれに纏わせて操り戦うと教えられた。
喰らう力と能力と錬気。
その3柱の内今の先輩は2つが欠けている状態。
他の幻想存在との《契約者》と比べてもその力はせいぜい同等らしい。
「元々喰らう力というのは幼竜が如何なる環境でも物を喰らいゆっくりと成長していく為の能力。確かに自己防衛として用いられることはあるが、そもそも竜に挑むなど精々人間か正気を失った幻想存在、生まれた時点で人の倍の体躯はある竜がわざわざ喰らう力を使うまでもない」
しかし《契約》により変異した肉体では体躯の差が縮まり、先輩の様に小柄な人間ならば変異の恩恵は更に少なくなる。
もしこれまでよりも強力な幻想存在や人を相手にすることになったら、本来ならその差を3柱の力で補う。
けど、今の先輩にはそれもできない。
結局喰らう力に頼らざるを得ないのだけど、竜にはそれを戦闘に使う本能がないので先輩自身の戦い方に良い影響を与えないのだそうだ。
精神状態を上手く制御できれば渡り合える可能性はあるけど、今の状態では勝つという確証もないとアルトさんは告げた。
「正直、私は幸運にも五大属性という分かりやすい魔術に適性があったお陰で変異せずとも戦えるのでな。その辺りは助言できん。言った通り、諦めてその子が能力を得るのを待つのが一番確実なのだが」
アルトさん、さらっととんでもない事を口にしたな……。
《契約者》なだけじゃなくて魔術師でもあるなんて。
五大属性―――火・水・風・土・雷は魔術師を志す人がまず最初に探究する事象なので、その全部に適合しているのだとしたら修得は容易いのだろうけど。
ブルーサス先輩はアルトさんの言葉にやりきれない様子だ。
「お前は無力だ」とはっきりと言われたのだ、そうなるのも当然だろう。
「ただし、私は一番重要な要素をあえて考慮にはいれていない」
「一番大事な要素?」
アルトさんの代わりに、セレスが答える。
「結局異能に一番重要なのは想いだと伝えられています。きっと、お二人なら大丈―――」
「―――やっと見つけたぞナシュト!!」
セレスが大事な事を言おうとしたのに、男の声でそれは掻き消された。
それはオレが良く知る声。
声を上げたのは、店の入り口に立つ金髪の男の人。
その後ろには青髪の女の人が連れ添っている。
そして二人はオレたちの席の所まで小走りに向かって来た。
「お前は……」
「ん? ああ、あんたこの前城で擦れ違った……」
「お知り合いですか?」と尋ねるセレスに、二人を紹介する。
「この人はオレの師匠のレイフォン・ストレイン。師匠、この子が話してたアドネス帝国の王女です」
まあ、とセレスが声を上げる。
セレスには師匠の事を何度か話していて、会ってみたいと言っていたから。
「おお、始めましての人が多いな。レイフォン・ストレイン、しがない冒険家だ。そして、連れが九龍だ」
師匠が紹介した女の人の姿に、近衛の人たちが珍しいものを見たと感心の声を漏らす。
その女の人、九龍さんは―――人間じゃない。
耳はまるで魚のヒレの様になっており、手足にもヒレが付いている。
なによりその肌の色は薄い水色。
人型の幻想存在水人種。
こうして人と幻想存在が《契約》以外で結ばれることは珍しい事ではあるけど、決して起こらないという事ではない。
樹人種や鉱人種のような人型の幻想存在は人里離れた場所を住処にしてはいるが、それぞれの技術や能力を活かして人間と商売をしたりと交流はある。
当然、この王都ではそういう理由で訪れた幻想存在をよく見かける。
数は少ないが非人型の幻想存在ですら交流がある個体もいるのだし(学院の教員にも大型の幻想存在が居るくらいだ)、幻想存在との交流自体は珍しいものでもないのだ。
とはいえあくまで互いに別種族であるという事は自覚しており、積極的に交流しようとはしていない。
むしろそうやって距離を置くことで共存は成り立ってきた。
それでも交流がある以上互いに恋に落ちることもある。
例えば師匠と九龍さんみたいに。
そして人間と人型の幻想存在(人化した幻想存在も含める)の間にはちゃんと子供もできる。
その場合、幻想存在の特徴を僅かに受け継いだ子供が産まれる。
もしその子供が人間と結婚し子供を産んだ場合は幻想存在の特徴は消え普通の人間と変わらない外見になると聞いている。
「早速だがナシュト、悪い報せと良い話がある。悪い報せを話さないと良い話もできないから悪い報せから先に話すぞ」
「それ普通に話せば良くない?」というシーラさんのツッコミを師匠は完全に無視して続ける。
すいません、こういう人なんですと心の中で謝罪しておいた。
「遂に戒厳令が発令されやがった。どうやら騎士団は防衛に徹することを決めたらしい」
「戒厳令!?」
先輩たちが驚きの声を上げる。
オレ自身はアルトさんの話を聞いて可能性は考えていたから二人ほどの驚きはなかった。
「住民の避難はどうするのだ?」
「今からじゃ難しいってのが騎士団の判断だ。“情報提供者”によると敵の戦力は―――軽く500は越えている」
「ごひゃっ!?」
500!? さすがにその数字にはオレも驚愕した。
そんな数が攻め込んでくるというのなら最早それは大規模な事件なんて領域じゃない。
完全に戦争だ。
ブルーサス先輩はその数に衝撃を受けたように硬直している。
「あれが、500体も……」と呟きながら。
なら尚更人を非難させるべきじゃないか、というアサヒ先輩の問いに九龍さんが首を横に振る。
「確かにそうなのだけど、敵の目的は“王都”ではなく“人”なの。もし人を他の村へ分散させれば、それだけ守らなければいけない範囲が広くなってしまう可能性があるわ。それなら、いっそ人を纏めて守る範囲を狭くしておいた方が “犠牲が少なくて済む”から」
それはつまり、犠牲は避けられないという事。
―――仕方のない事だ。
非情かもしれないけれど、それだけの数を相手にして犠牲者を出すなと言う方が無理がある。
「だからこそ、俺が持ってきた良い話がある。国王からの通達だ。『騎士団・自警団のみならず、我こそはと思う者は防衛に参加せよ』。参戦だけで報酬たんまり、戦果によっては更に報酬が出る」
「オレも師匠と一緒に参加しないか、ってことですね。―――それは構わないんですけど、オレは王都の中じゃ戦えませんよ? どうするんですか?」
オレの言葉に、近衛隊の面々が興味深そうにオレを見る。
そういえばグラウディスさん達と対峙した時は小さな『幻想』しか使っていなかったし、セレスにもその本質を話した事はなかったっけ。
「ああ。こいつの“本気”は大量破壊に特化している。その上何をしでかすかわからないっつー厄介なものだ。だから俺達は城壁の外に陣取る。盛大に暴れてれば敵も集まってくるだろうしな。そこを一気に叩く」
城壁の外か……。
それなら“焔”で盛大に暴れられる。
発動するときには師匠達には離れていてもらわないといけない事には変わりないけれど、どうにかなるだろう。
どちらにせよ街中でなんて使ったらその周囲一帯が焼け野原になりかねないのだし。
「そうだ! 少年、折角だし君の勇姿を姫に見せてあげれば?」
と、シーラさんがいきなりとんでもない提案をした。
それってつまり、セレスを戦場に連れ出すってことですよね……?
聞き間違いであることを祈って聞き返すと、あっさりと頷かれた。
「あたしとキースの異能って小規模結界作れるし、そのうえ攻勢防壁だから姫に手出しなんてまずさせないしね。離れた場所から見学ぐらい認めてあげるけど、どうする姫?」
そんなことしていいのかとアルトさんに目配せするけど、帰ってきたのは「問題ない」との声。
シーラさんもキースさんの実力なら敵の半数がセレスを狙ったとしても防げるとのことだった。
それでもオレはあまり賛成はできない。
セレスに戦場に出て欲しくないっていうのもあるけど、何よりオレの“本気”をセレスには見て欲しくなかったから。
それ程“焔”は―――暴虐だ。
“影”でも構わないけれど、沢山の敵と戦うのなら“焔”の方が効率がいいし。
けれど結局セレスも参加することになってしまった。
止めようとしたけど、セレスは妙なところで頑固だから……。
一体どうなってしまうのだろうか。
不安が頭を過る。
同時に、微かに血の香りがした気がした。
2. 学院にて
「聞いたかトウヤ殿。遂に戒厳令が発令されたそうじゃ」
「ああ、そうらしいな」
ロードレシア学院の学院長室には二人の姿があった。
学院長のトウヤと副長のケイン・クレイスだ。
ケインもまたトウヤには劣るものの高い実力をもった魔術師であり、ここ50年は彼がずっと副長を務めている。
「どうするのだ? 我々も対処を―――」
ケインが言い掛けた時、扉がバンと思い切り開かれ、一人の男が部屋に入ってきた。ネロだ。
「貴様―――!!」
ケインが構えようとするがトウヤがそれを手で制する。
ケインは憎々しげにネロを睨むが、当のネロはどこ吹く風だ。
「ようネロ。その後はどうだ?」
「若人と触れ合う機会が増えて久々に新鮮な気分だ。―――それより話がある。まずはこれを見ろ」
そう言ってネロが一冊の本を投げ渡す。
「《契約者》ギュスターヴが現場から唯一くすねてきた物だ。どうやら、吸血鬼どもが優先的に狙うべき目標のリストらしい」
ほう、と言ってトウヤは受け取った本をパラパラと捲る。
―――そして、その中にあるものを見つけて、その眼を驚愕に見開いた。
「おい、これは―――!?」
「気付いたか。……俺もそれを見て愕然としたよ」
果たして、そこに掛かれていたものは―――
『最優先確保対象 : アサヒ・タチバナ―――もしもの場合、この対象だけでも確保すること』
「アサヒ……貴様の所の生徒だな?」
「ああ。そういえば一昨日お前の屋敷に宿泊すると届けをだしていたな。……だが、何故彼女が?」
「その事を確認しに来たんだ。何かあいつに変わった点はあったか?」
しかしその問いにトウヤは首を横に振る。
生徒の個人情報を他人に話す訳にはいかないと。
「ならいい。邪魔をした」
溜息をひとつ吐いて部屋を去ろうとしたネロの背中にトウヤが口を開く。
「俺はこれから独り言を言う、反応するな。―――アサヒ・タチバナ。歳は18。『無能』。東方地方のごく普通の家庭の出身。成績・運動能力共に見事に平均」
「トウヤ殿!?」
ケインがトウヤの行動に動揺したような声を上げるが、トウヤは「気にするな」と流した。
「……独り言を言う、反応するな。彼女の魔術的な資質は?」
「独り言だ。まったくと言っていい程資質なし。まず習得することはないだろう」
「独り言だ。つまり、彼女は普通であると」
「独り言だ。普通以外の何者でもない。ならばこそ俺はこう判断する。狙われる要素は“ある”と」
「独り言は終わりだ。ふむ……ところで貴様はどうするのだ。学院長として、明日の防衛戦にどう対処するつもりだ?」
「独り言は終わりだ。現状、学院に生徒を集めた上で俺達が防衛を行うのが最善だろうな。寮を防衛するよりその方がやりやすい。俺とケインが第一防衛線。まずここを突破させないことが第一目標だ。第二防衛線は戦闘能力のある教員、最終防衛戦は生徒有志による。まあ残念なことに、うちの優秀な生徒の数人は別の場所にいっているだろうけどな」
「リョウ……か?」
ケインの問いに、トウヤは頷く。
どうせあいつは自警団として、それか独自に行動するだろうとトウヤは予測していた。
「それとナシュトも多分レイフォンに付いて行くだろうな。さて、ネロ。当然お前も手伝ってくれるよな?」
「そのつもりだ。貴様の計画こそ憎んではいるが生徒には罪もない。それとブルーサスは俺の屋敷で待機させる。雑兵なら使い魔で十分だろう。しかし、もし強力な個体が現れるのなら―――恐らくそれは奴の試金石となるだろう」
「……随分あいつを買っているようだな」
「そういう訳ではない。単にまだ奴がどういう存在なのか見極められない、ただそれだけだ」
そう、それは例えば……
「奴が『うねり』なのか否か、な」
3. アルメテウス邸にて
「オルフェ、リンゴ剥いたが食うか?」
オルフェの寝室。
ベッドから上半身を起こして窓の外を見つめるオルフェに、リョウが皮をむいた林檎の乗った皿を差し出す。
しかしオルフェはじっと窓の外を見つめたままだ。
「……いい加減気を取り直せよ。誰もお前を攻めたりはしないさ。結局これまでの犯人は捕まった訳だしな」
悔しい事だが、とリョウがおどけた様に肩をすくめる。
「ですが……」
「何か吐き出したい思いがあるのなら、俺にぶつけて構わないんだぞ。……俺じゃ不足か?」
リョウの言葉に、オルフェはふるふると力なく首を振る。
「そうじゃない……そうじゃないんです。私は先輩のお役に立ちたかった。先輩の隣で一緒に戦いたかった。なのに、私は先輩の足手纏いになってしまったのです。私は……」
リョウはオルフェの頬に雫が流れていることに気付いたが、見て見ぬ振りをした。
本当は今すぐにでも抱きしめてやりたい心境だったが、ただこうしてオルフェに思いの丈を気が済むまで聞いてやることだけが今の自分が出来る事だった。
しばらくの間部屋にはオルフェのすすり泣く声だけが響く。
そしてオルフェは「すいません……今日は、帰ってもらえますか? 多分、今日一日は先輩に無様なものをお見せする事になってしまいます」とリョウに告げた。
「……そうだな。そうするよ。―――俺はこれから事件の黒幕の所まで向かう。また会えるのはきっと明後日になるだろう。その時には。その時には、いつもみたいに笑えよ」
そう言い残しリョウは部屋を去っていった。
そして一人になったオルフェは、リョウの前ではなんとか堪えていた涙を思いっ切り流す。
そして慟哭も。
「私は―――私は、強くなりたい!! 弱いままじゃ―――弱くては、先輩の隣にいれない!! なのに……なのに!!」
* * *
その泣き声を、リョウはオルフェの寝室の扉に寄り掛かり聞いていた。
そこへ一人の男が近づいてくる。
オルフェの父にしてアルメテウス家当主マイル・アルメテウルスだ。
「リョウ君。すまないね、娘があんな調子で」
「いいえ、謝るのは俺の方です。俺のミスであいつは怪我をしたんですから」
マイルは首を横に振る。
「違うさ。娘が油断したから怪我をした。それが事実だ。君が悔やむことではないよ。何より君は娘をちゃんと連れて帰って来てくれたのだから。むしろ感謝して然るべきだ」
「俺は……そんな大層な人間じゃありません。俺はあいつとは吊り合わない。手の届かない輝きなんです、あいつは」
リョウの言葉に、マイルは微笑んだ。
「いいや。私はお似合いだと思うぞ。君みたいな男が娘を想ってくれて、そして娘も君みたいな男に想いを寄せている。私は嬉しいがね、その事が」
「こんな得体の知れない男がですか?」
「娘が信頼している。そして私は娘を信頼している。ならば私にとっても君は信頼に足る男だ」
相変わらずお人好しな人だ、とリョウは内心苦笑する。
だが嫌いではない。
「折角だ、食事でもどうかね?」
「すみません。俺はこれから行かなくてはいけない場所があるので。それに―――」
それに。
「―――俺は素戔嗚です。天鈿女にはなれない。<ruby><rb>天照</rb><rp>[</rp><rt>たいよう</rt><rp>]</rp></ruby>を天岩戸から出すことは出来ませんから」
言って、リョウは僅かに顔をしかめる。
それは自分の無力さへの嘆きと、僅かに薫る忌々しい血の臭いへの嫌悪によるものだった。
3. 王都城壁にて
吸血鬼事件。
その黒幕が巣食うオーバス山へと向かうギュスターヴとラヴィーネの姿を王都の城壁の上に立ち見つめる者がいた。
マントで全身を覆い、更に仮面を着けているのかその顔も伺い知れない。
「さて……俺も行くとするか」
呟きひとつ漏らし、城壁を飛び下りる。
そこには“鋼鉄の獣”があった。
一切の生命感無き代物。
「頼むぞ、皆」
それは独り言。周囲、彼以外の姿はない。
その筈であった。
だが。
『―――ああ。君も気を付けて』
返答する声が。
そして月は満ちる。月夜に舞うは幻想、待ち受けるは無双。
月光に咲く血の華は人か、異形か。
次回 繚乱のファンタズマゴリア15話 『血風の夜は来る』




