ご お嬢様、ドジにつき
嘩珀弥さんに意気揚々とされたお返し宣言。その内容はまさかの『学食を奢る』というものだった。
瀧黎ちゃんと綺音の3人で今にもスキップしそうな足取りの嘩珀弥さんを追いかける。
「すごい楽しみそうですね」
不意に隣の瀧黎ちゃんがそう口にする。すると、嘩珀弥さんが振り返ってしっかりと頷いてきた。
「それはもちろん!学食、初めてですもの!」
「初めて、ですか?」
「えぇ!」
期待を滲ませてしっかりを返事をする嘩珀弥さん。しかし、アタシや綺音と同じ学園3年生なのであれば、学食を食べる機会はそれなりにあったろうに。
「学食食べたことないの?」
「はい、以前までの学校では各々がお弁当を持ち寄っていましたの」
「へぇ、お弁当……すごい豪勢そう」
嘩珀弥さんの弁当を想像したのか、綺音がそんなことを口にする。嘩珀弥さんが『有名どころのお嬢様』というのはアタシや瀧黎ちゃんなど一部を除いて周知の事実。それもあってか基本どんな話を聞いても豪勢な想像がつく。だが、裕福な人の生活など優に凡人の考えなど凌駕する。
「豪勢、ということはありませんでしたわ。毎日持ってきてくださるお弁当は片手でも持てるほどの量でしたし」
「あ、思ったよりも豪勢じゃ───待って、持ってきて?」
「?はい、お昼時に出来たてのお弁当をメイドが持ってきてくださいますの」
「え、えぇ……」
聞き捨てならない言葉にそう問いかけると、嘩珀弥さんはさも当たり前かのように淡々と語る。それに対して言葉が漏れてしまう。
「なんか、次元が違うね」
「そうですね……」
綺音と瀧黎ちゃんが顔を見合わしてそんなことを口にする。
「いえ、今はそんなことは問題ではありません!」
「アタシたちからしたら大問題よ……」
「今はお礼が最優先ですわ!」
お昼ご飯をメイドに持ってきてもらうという状況下で育っていたからか、平然とした様子でそんなことを口にして学食へと足を進める。そんな様子にふとあることに気づき、嘩珀弥さんに問いかける。
「嘩珀弥さんは今日転校してきたばかりですよね?」
「えぇ、そうですわね」
「学食の場所、分かるんですか?」
そう問いかけると、嘩珀弥さんが自信満々といった様子で胸を張った。
「お任せ下さいませ!こんなこともあろうかと、昨日の放課後に先生方にお願いをして軽く案内をしていただきましたの、学食の場所もリサーチ済みですわ!」
そう意気揚々と歩いていた嘩珀弥さんだったが、今歩いている方向が学食と真逆であることは綺音含め気づいている。正直このまま先頭をお任せするには不安が残る。なので、素直に伝えることにした。
「あの、嘩珀弥さん、すごく言いにくいんですけど……」
「あら、どうされまして?そんなに畏まらなくても宜しくてよ?私とあなたは同級生ですから」
唐突にそんなことを言われる。本人はかなりしっかりとした敬語を話しているが、本人的にはフランクに話しかけてほしいということだろうか。
「わ、わかったわ」
正直お嬢様に対してこんな砕けた話し方でいいのかと思ってしまうが。
「えぇ、よしなに」
嘩珀弥さんはとても喜んでいるのでこれでいいのだろう。と、それはそれとして。
「嘩珀弥さん、学食は反対方向よ?」
「…………」
アタシの言葉に嘩珀弥さんは笑顔のまま固まる。木魚の音が2、3度鳴るほどの間が生まれ、嘩珀弥さんを除くアタシたちは顔を見合わせる。聞いてよかったのだろうかという不安を感じていると、嘩珀弥さんがものすごくキョトンとした顔で首を傾げた。
「───ほぇ?」
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「一生の不覚……」
そう肩を落としている嘩珀弥さんがとぼとぼとアタシたちの後ろをついてくる。その様子はさながら散歩帰りの柴犬のようだ。
「この学校かなり広いし、一日で場所を覚えるのは至難の業だから仕方ないよ」
綺音が嘩珀弥さんに励ましの言葉を投げかけるが、当の本人はまだ肩を落としていた。
そうして到着した学食はいつも通りかなりの人が利用しており、咳もほとんど埋まっている。その様子に嘩珀弥さんと瀧黎ちゃんが感嘆の声を漏らした。
「すごい人……」
「えぇ、大盛況ですわね……」
ここ瀧黎学園の学食は美味しいと学生に大人気。そしてこの街の住民のほとんどがこの学園から出ているため、学生以外からも味を懐かしむ声が多い。
この瀧黎学園に在籍して2年、アタシと綺音は入学当初からある程度慣れているから、この光景を見てもいつも通りと流す。
「これは、席を見つけるだけで一苦労ですわね」
そう言いながら嘩珀弥さんが席を探そうとつま先立ちになる。しかし、空いている席を中々見つけられないのか、嘩珀弥さんは小さく唸っている。
それに合わせてアタシたちも空いている席を探すが、どうも見つけられる空席は1人席ばかりだ。昼休みに入ってからそれなりに時間が経っているため、もうどこも空いていないだろう。
「んー、仕方ないわ。別の場所で───」
「あ、ありましたよ」
アタシがそう提案しようとした言葉を遮り、瀧黎ちゃんの言葉が飛び込んでくる。
「え?」
「本当ですの!?」
「この時間に空いてる?」
嘩珀弥さんは目をキラキラさせて喜んでいる。その隣でアタシと綺音は信じられずに言葉を漏らしていた。
「ほら、あそこ。丁度4人席が空いているみたいです」
確かに、瀧黎ちゃんが指し示した席はしっかりと空いており、4人全員が座れるようになっていた。
「まさか空いてる席があるなんてね」
四人席の一角に腰をかけた綺音がそう言葉を漏らす。その様子に続いてアタシたちも全員席に座り、安堵のため息を漏らした。
「運が良かったわね」
「本当ですわねぇ……」
この中で一際安心したような表情を見せる嘩珀弥さん。それほどまでにお礼をしたいと考えていたようだ。
「これでお礼ができますわね!」
「この流れ的に、学食を奢ってくれるってことよね?」
「そうですわ!」
意気揚々と声を高らかにあげる嘩珀弥さんが立ち上がる。その姿に全員が笑みを漏らす。
「席確保しておいた方がいいよね。2人で先にご飯頼んできたら?」
親切に綺音がそう言ってくれたので、アタシと嘩珀弥さんだけで学食のカウンターへ。
「カレーにおうどんに……色んな種類がありますのね」
そう言って学食のメニューをまじまじと眺める。ここの学食はメニューがかなり豊富で、郷土料理を除きほとんどの料理が楽しめる。そんな中メニューを思案していた嘩珀弥さんがある1つの料理に目を止めた。
「……焼き鮭定食」
和食メニューのひとつである焼き鮭定食だ。学生の内でも人気が高く、学食の人気メニューを似合う一角だ。
「ふむ、気になりますわね。これにしますわ」
早速焼き鮭に興味を示した嘩珀弥さんがそう口にする。それからアタシに顔を向けてくる。
「刻野さんはお決まりに?」
「えぇ、アタシは生姜焼き定食にするわ」
「生姜焼き……それも美味しそうですわね」
そう涎を垂らしそうな勢いで言う嘩珀弥さんだったが、首を横に振り、カウンターに視線を送る。
「いえ、ここは最初に気になった焼き鮭定食にいたしましょう」
そう決意する嘩珀弥さんが1歩前へと進むが、その場でしばし動かなくなり、アタシの方に振り返ってくる。
「あの、これはどうすれば良いんですの?」
その口ぶりから察するに注文方法が分からないのだろうか。
「それならこっちよ」
そう言って案内したのは注文カウンター。ここからならば注文をすることが可能だ。
「ほう、カウンターはカウンターでも役割がありますのね」
そう感心していると、アタシの注文の番が回ってくる。
「お、刻野ちゃんじゃないか」
そう明るく声をかけてくれるのは学食のおばあちゃんだ。
「お知り合いなんですの?」
「えぇ、ご近所さんでいつもお世話になってるのよ」
「まぁ、そうなのですね」
胸の前でポンと手を叩いてみせる。その仕草は年相応の女性らしさがありながらどこか上品さが滲んでいる。
「そっちの子は、あら?テレビで見たことがある顔だね」
おばあちゃんの言葉に嘩珀弥さんが笑みを浮かべ、顔をそちらに向けた。
「私を知っていただけているなんて光栄ですわ。お初にお目にかかります、嘩珀弥 誠麗と申しますわ。以後お見知り置き下さいませ」
「おやまぁこれは、まさか嘩珀弥家のお嬢様が転校生とはね。話には聞いていたが、えらく美人さんじゃないか」
「ふふ、お褒め頂き感謝ですわ」
どうやらおばあちゃんは嘩珀弥さんが転校してくることを知っていたようだ。学園の関係者だから知っていても不思議では無いのだが。それにしては動じなさすぎな気もしてくる。
「ほれ、後ろがつっかえてもいけないし、注文しなさいな」
「あ、そうだったわね」
そうしてアタシは生姜焼き定食、嘩珀弥さんは焼き鮭定食を注文する。注文を受けたおばあちゃんはメモを取り、素早く調理場の人に渡す。それからこちらに振り返り、口を開いた。
「ここは先払いだから、お金を貰おうかね」
その言葉に財布を取り出そうとしたが、その動きを嘩珀弥さんが止めてくる。
「刻野さん、ここは私が」
「そう言えば奢ってくれるんだったわね」
「えぇ、お任せ下さいませ!」
そう言って懐から取り出したのは小さなパスケース。
(……パスケース?)
嘩珀弥さんが取り出したものに疑問を持っていると、案の定嘩珀弥さんがそのパスケースから1枚のカードだけを取り出してきた。
「これでお支払い致しますわ!」
黒い外見のそのカードは異様な光沢を放ち、学園の蛍光灯を反射する。嘩珀弥さんはそれを掲げ、おばあちゃんに提示する。それを見たおばあちゃんは優しく笑みを零し、差し出されたカードを掌で押し返した。
「悪いけれど、クレジットカードは使えないね」
「───はぇ?」
嘩珀弥さんが素っ頓狂な声を出した。
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カウンターから料理をトレーで受け取り、そのまま席へ。そして席に着くも、嘩珀弥さんは終始肩を落としていた。
「あ、戻ってき……どしたの?」
戻ってきたアタシと嘩珀弥さんに気づいた綺音はすぐに嘩珀弥さんの異変に気がつき、そう問いかけてくる。
「食べたいものがなかったのでしょうか……?」
瀧黎ちゃんも心配そうにそう聞いてくるが、心配するほどの内容じゃないことを知っているアタシは笑いが込み上げていた。
「……このカード、使えませんでしたわ」
席に座って嘩珀弥さんが懐から先ほどのカードを取り出す。よくよく見ていなかったが、そのカードには烏と蛇がいがみ合っている絵が刻印されている。
(……なんで烏と蛇?)
その絵の意味はよくわからなかったが、今嘩珀弥さんが手に持っているカードがどれほどすごいものなのかはよくわかる。
「え、クレジットカードで支払おうとしたの!?」
綺音が驚いて声をあげる。おばあちゃんは淡々としていたが、この反応が一般的なものだろう。実際、学食をクレジットカードで支払おうなんて人は今までいたことがない。
「むぅ、これがあれば問題はないと聞き及んでおりましたのに……」
少し悔しそうにする嘩珀弥さんはそのパスケースを懐へとしまい直す。
「え、そのカードで支払えなかったんですよね?」
「えぇ、そうですわね」
「ではどうやって購入を?」
疑問に思った瀧黎ちゃんが問いかける。本当に、ただ疑問に思ったから問いかけたのだろうが、その問いかけは今の嘩珀弥さんにとってはとても酷なものだ。
「───ました」
「え?」
顔を伏せ、小声で何かをつぶやく嘩珀弥さんに瀧黎ちゃんが声をあげる。それを受けて嘩珀弥さんはゆっくりと顔を上げ、とても悔しそうに目を潤ませて口を開いた。
「刻野さんに、奢っていただきました……」
「あっ、そ、そうですか……」
その返答に気まずさを覚えた瀧黎ちゃんが小声で頷く。さすがにこのまま気まずいのはいけないと思い、隣に座る嘩珀弥さんに顔を向けた。
「誰にだって失敗はあるわよ。それを次に活かせばいいの」
「うぅ……そうですわね、その通りですわ」
一応納得してくれた嘩珀弥さんが前方の席に座る綺音と瀧黎ちゃんに声をかけた。
「お騒がせをして申し訳ありませんわ。お2人も昼食の購入を」
「そんなに思い詰めちゃダメだよ嘩珀弥ちゃん」
綺音が嘩珀弥さんを励まし、瀧黎ちゃんを連れてカウンターの方へと向かう。
「また、御恩を重ねてしまいましたわね」
そうアタシに言い放つ嘩珀弥さんの顔は少し悲しそうだ。そんな嘩珀弥さんにアタシは笑みをこぼし、口を開いた。
「気にしなくていいわよ、友達なんだから」
「……友達───」
その言葉を受けた嘩珀弥さんの顔にはもう先ほどの悲しげはない。その代わりに、とても明るく上品で強かな笑顔が広がっていた。
「そうですわね、友達ですもの!」
「えぇ、そうよ」
その可愛らしい反応に思わず微笑みが漏れる。
「ですが、ちゃんとお返しはしませんと」
「え?いいのに」
そう言うと、嘩珀弥さんが可愛らしく片目をパチッと閉じてみせた。
「友達ですもの、借りはしっかりとお返ししますわ」
そのあどけない表情に笑みが漏れると同時に、少しの間見蕩れてしまっていた。




